「地域連携」をテーマに研究を行う名古屋大学減災連携研究センター
“災害大国”と呼ばれる日本国内には数多くの防災研究機関が存在しているが、南海トラフ巨大地震をはじめとする自然災害の「減災=被害を極力減らすための戦略づくり」について、産官学民連携で研究を行っているのが《名古屋大学減災連携研究センター》だ。
同センターでは、各自治体の防災担当者やガス・電力会社など外部組織からの研究員の出向を積極的に受け入れ、愛知・岐阜・三重・静岡県内の国立5大学とも連携しながら様々な分野で減災研究を続けている。このように「地域とのつながり」を強く意識して研究を行う大学組織は、全国的に見ても同センターが先駆者的な存在だという。
2010年の設立から15年──センター長を務める名古屋大学の鷺谷 威(さぎや たけし)教授に「15年間の研究で判明したこと」と、その結果からわたしたちが学ぶべき「災害への備え」について話を聞いた。
現在の研究で「地震の予知」はどこまで可能なのか?
「よく皆さんに質問されるんですが(笑)、地震の“予知”については当てにしないでください」
筆者の思惑を見透かされたかのように、まず鷺谷教授の口から発せられたのがこちらの言葉だ。この15年間で私たちが暮らす社会は急速にデジタル進化を遂げているが、地震予知に関しては研究を進めれば進めるほど「難しい」ということがわかってきたという。
「私自身も地震予知の専門家のひとりではありますが、地震の予知を行うためには、何かしらの前触れや前兆現象がないと不可能です。確かに“前兆的なもの”のデータは集まってきているものの、それらを使って実用的かつ正確に警報を出せる方法がまだありません。おそらく我々が生きている間には“地震予知はできない”でしょうね。
2024年元日の能登半島地震に関しても、実は海岸沿いのところに活断層が存在していることは調査済みでした。あの地震の後で海岸が4mぐらい隆起したことがニュースになっていましたが、海底の地形を見ると、過去の大きな地震で同じような隆起の跡が段々と山のようにできていることもわかっていたんです。しかし、それは“千年に一度といわれる大地震の痕跡”であって、事前にいつ、どこで、何時に発生するか?を正確に予測することは難しいのです」(以下「」内は鷺谷教授談)
「現時点で私たち研究者にできることは、地震が発生した後で前兆と照らし合わせながら“答え合わせ”をして、次の予知に生かしていくことだけです。地震予知は簡単にはできないという理解が進んだことはこの数十年の研究の成果であり、最近よくSNSでウワサされる“〇月〇日〇時に地震が起こる”といった情報は、日時が特定されている時点でありえないと断言できます」
鷺谷教授によると、国が公式に「地震予知を行う」と宣言したのは東海地震のみ(前回は1944年・1946年に発生)。その予知研究は1978年から約40年にわたって続けられてきたが、膨大な観測データが積み上げられただけで、研究者が想定していたサイクル内に東海地震は(幸いにも)起こらなかった。
「東海地震の予知研究をおこなっているうちに時間がどんどん経過して、現在は南海トラフ巨大地震を警戒するステージに突入しました。南海トラフは想定範囲が広域に広がっているため、そのぶんわからない要因も多い…だからこそ、もっと予知が難しくなります」
東日本大震災の経験をふまえ、南海トラフでは「最大級の災害想定」を行う
2011年3月11日の東日本大震災発災時、鷺谷教授は東京の文部科学省で地震研究者の会議に出席していたそうだ。国内の名だたる研究者が霞が関に集まっていたまさにその瞬間、東日本大震災が起こった。
「その日の会議資料の中には過去の津波研究の資料もあって“これから対策を進めていきましょう”と話し合うことになるはずでした。東北はもともと30年に一回ぐらいの頻度で大きな地震が起こる場所でしたから、ずっと前から『宮城県沖の地震は30年間に99%の確率で発生する』と言われていたんですね。ただ、実際に起きた地震は研究者が想定していたものよりもはるかに大きな規模でした。
地震のあとの津波に関しても、まさか20mを超えるような巨大津波が起こるとは誰も想定していませんでした。近年私たちが経験したことのない災害だからこそ、研究者の間でも油断していた部分があったと思います。この3.11の災害規模を過小評価していた反省をふまえて、南海トラフ巨大地震に関しては“最大級の災害想定”で研究を進めています」
まずは土地の歴史を知る、家具を固定する、被災時は在宅避難を心がける
「最大級の想定を行っているため、私自身の希望的観測としては、現状発表されているような規模の災害には至らないのではないか?と考えています」と鷺谷教授。
その言葉に少しホッとしたが「安定した大陸のど真ん中ではなく、ここ日本に生まれて暮らしていく以上、宿命として自然災害が常に身近にあることは間違いない」という──では、わたしたちが日ごろから心がけるべき「災害への備え」とはどのような点にあるのだろうか?
「災害への備えというのは“どこに住んでいるか?どこで被災するか?”によってまったく違ってくるんですね。だから、皆さんに共通してこれをやってくださいということが言いにくいのですが、あえて助言するなら『住んでいる場所の災害リスク』について知っておくことですね。
日本では大きな災害を経験しなかった数十年の間に、本来住んではいけないところに人が住み、建ててはいけない建物をどんどん建ててしまいました。こればかりはもうどうしようもありません。でも、その土地の歴史を振り返れば“そこが人が住むべき場所かどうか?”がわかるはずですから、土地の特性に対する準備をしておくこと。また、地震対策としてはごく当たり前のことのようですが『家の耐震化』と『家具の固定』をしておくこと。これが減災対策の基本です」
少々意外だったのは「できるかぎり避難所へは行かないこと」というアドバイスだった。
実は海外の避難所では「スフィア基準=人道憲章と人道対応に関する最低基準」に基づいて、ひとり当たりの最低居住スペースを3.5m2以上、トイレは男女比を1対3とし20人に1基を設けるなど、被災者が“尊厳ある生活を送るための権利”への配慮が行われているのだが、日本ではその世界基準を満たさない避難所がほとんどだ。
「避難所生活は、精神的にも肉体的にも非常にリスクを伴うので“いかにして避難所に行かないか?”を考えておくことも大切な備えです。もちろん“避難所へ行ってはいけない”ということではありません。非常用持ち出し袋の準備をしたからそれでいいと安心するのではなく、その前にやるべき対策があるということを意識していただきたいですね。
また、今の時代は正しい情報とフェイク情報が混在してやってきますから、その中で正しい情報を見極める能力を身につけて、その上で、情報に基づいて自分の行動を選択する判断力を養うことも大切だと思います」
都市化が“災害復旧の遅れ”をもたらす、今の時代だからこそ地域連携が重要
「前回の南海トラフ地震が起こったのは約80年前の終戦前後の2回でした。その頃、地方ではみんな井戸水で暮らしていましたし、畑を持って自給自足生活を送っている世帯が多かったので、交通網が遮断されて孤立集落になっても、生活復旧が早かったという記録があります。
しかし、今は地方も含めて物流に依存していますから、災害時には脆弱性をもたらすことになります。また、過疎化による若者たちの流出でマンパワー不足状態にあるため、復旧が遅れてしまう傾向も見られます。一方、都市部は都市部で危険性をはらんでいて、多くの人が集まることによって災害時には社会的な混乱が起こってしまう…つまり、誰にもいいことがないんです。
こういう時代だからこそ『地域連携での減災への取り組み』が重要になってきます。当センターでは災害発生後の社会対応について、例えば、企業活動をどのように継続していくか?といったBCP(事業継続計画)についても、産業界と連携しながら研究を進めています」
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先進国として発展し、生活が急速に近代化したいまの日本だからこそ、減災への取り組みには“地域のヨコのつながりが欠かせない”と語る鷺谷教授。私たちも改めてこの機会に、家族・近所・学校・職場など、小さなコミュニティの中の「災害時の連携」について見直してみたいものだ。











