酒を軸に福井をはじめとする北陸の食と文化を発信
2024年11月26日にオープンしたオーベルジュ「歓宿縁(かんしゅくえん) ESHIKOTO」(以下、歓宿縁)。前回の記事では、同宿が立つ複合施設・ESHIKOTOの成り立ちを合わせて紹介した。
あらためて“歓宿縁”とは、「またとない縁を歓(よろこ)ぶ」という意味の仏教用語。前記事で黒龍酒造の水野直人社長が施設の立ち上げで大切にした縁。このオーベルジュでも、酒と食とが人と人との縁を繋げることをコンセプトとしている。
歓宿縁を運営する株式会社アクアイグニスの立花哲也社長に経緯を聞いた。「弊社が手がける三重県・多気町にある食やホテルなどが集結した商業施設・VISONに、福井県の昆布の名店、奥井海生堂さんが出店されていて、そのご縁で黒龍酒造さんをご紹介いただきました。その後、福井県でオーベルジュをというお話があってお声がかかり、協定を結んで、前田建設工業と我々でやっていくことになりました」
アクアイグニスでは、三重県・菰野町に湯の山 素粋居という12のヴィラからなる宿を2020年7月にオープンした。そのノウハウを歓宿縁に生かす。「やはり地域が変わると食材が違います。例えば三重は太平洋に面していて、福井は日本海側なので、お魚が全然違います。しかも、福井はカニやアユなど食材が豊かです。そういった食材がたくさんあることで、まったく違うものができるので、期待がたくさんありました」と立花社長。
アクアイグニスが食をテーマの一つにしているのもESHIKOTOと共通し、その力をいかんなく発揮できるはず。
地元の食材や郷土料理の文化を堪能できるレストランと日本酒をユニークに使うバー
オーベルジュというと、宿泊施設付きのレストランだが、歓宿縁では宿泊は独立型のヴィラで、別棟でレストランとバーを構える。ヴィラを紹介する前に、施設としても大切にしている食の部分を担うレストランとバーにも触れておきたい。
レストランは、2010年に福井市で開業し、「ミシュランガイド北陸 2021 特別版」で一つ星に掲載された「馳走 えん」が移転し、「日本料理 えん」として営業。冬は越前ガニ、春は山菜、夏は目の前を流れる九頭竜川で獲れるアユ、秋はきのこと、福井や北陸の四季折々の食材を使い、近くの永平寺の精進料理や、江戸時代後半から明治時代にかけて大阪と北海道を往復した北前船の寄港地の一つであったことで発展した昆布の食文化など、郷土料理を取り入れた日本酒と合うコース料理を用意する。
レストランでは珍しい取り組みも行われている。「日本料理 えん」の定休日の月に数日のみ、レストランガイド「ゴ・エ・ミヨ」に3年連続で掲載され、2023年に惜しまれつつ閉店した福井市内のフレンチ店「cadre」が復活。「日本料理 えん」と同じ厨房を使うだけでなく、食器もシェアし、越前焼の器に地元の食材などを使ったフレンチの料理が盛り付けられる。なお、「cadre」のシェフは朝食も担当し、そちらはESHIKOTOの酒樂棟内にある「acoya」で提供される。
レストランの隣にある「Bar 刻(とき)」は、福井市内でフレッシュフルーツを使ったカクテルバー「GIORNO(ジョルノ)」を営む安川翔太氏がカクテルディレクターを務める。黒龍酒造の日本酒と旬のフルーツを合わせたカクテルや、日本酒で抹茶をたてる新発想のメニューも。同店は、水盤の上に建てられているのもおもしろく、三方がガラス張りなので中から外を見ると水に浮かんでいるような感覚になり、非日常感を演出する。
全8棟のヴィラは「大人」と「本物」がテーマ、風土の自然と美術を感じる
「大人」と「本物」をテーマにした客室の監修、アートキュレーションを手がけるのは、アクアイグニスが三重県で手がける湯の山 素粋居を担当した陶芸家・造形作家の内田鋼一氏。素粋居の取材時、土や石、漆喰など素材が異なるヴィラの建築が連なる施設全体を「美術館やギャラリーのように見立てたかった」ということだった。この歓宿縁も同じようにヴィラが立ち並ぶが、「ここは借景がきれいに見える」ことを生かした造りになっているという。
どの部屋からも眺められる自然の美しさ。実は、黒龍酒造の水野社長はESHIKOTOを作る際、周囲の電柱を自費で埋める工事をした。「景色を楽しんでいただくには、人工物がなるべくないほうがいいので」(水野社長)という思いは、この歓宿縁でも最大限に生きた。全客室のリビングが九頭竜川と大佛寺山などの山々の方角に向いていて、全開する窓からそれらが“借景”として楽しめる。食の体験とともに、水野社長が願った風土を存分に感じられ、そこからさまざまなことに思いを馳せることができるのは「大人」だからこそともいえるのではないだろうか。
そしてもう一つのテーマ「本物」は、室内に飾られた美術品からも感じられること。「美術品がショーケース越しではなく、目の前でみることができます」と内田氏。紀元前から現代アーティストのものまで実に幅広いものが飾られ、全ヴィラに共通して鎌倉時代をはじめとする壺などの越前焼や越前箪笥などの地元工芸品が配されている。
内田氏に福井の古美術の魅力を教えてもらった。「実はどちらかというと、石川など他の北陸の地域に比べると残っているものは少ないんです。でもそのなかで、長い年月を経た力強さ、質実剛健というようなものが感じられます」
確かに客室を見学させてもらうと、素朴な見かけだが、どっしりとした趣があるというか、内田氏いわく「地に足のついた」というのがぴったりの壺が存在感を放っていた。越前焼は、鉄分の多い土を使った落ち着いた色合いで、壺、甕(かめ)、すり鉢を中心にした生活雑器が多かったそうだ。それこそ風土に密着した焼き物を見ることができるのだ。
半露天風呂からも眺められる永平寺町の自然
ヴィラ建物の外装は、ESHIKOTO施設に合わせた黒を基調にしている。3列の配置で「JOUⅠ~Ⅲ」「RYUⅠ~Ⅲ」「ZENⅠ~Ⅱ」と名称が分かれているが、インテリアはすべて異なり、飾られる美術品も違う。素粋居のときにも感じた、また別のヴィラに泊まるために再訪したくなる造りだ。
オーベルジュの誕生で完成ではない、さらなる地域活性へ
オーベルジュがオープンして、ESHIKOTOという複合施設が完成した――のかと思ったが、「オーベルジュまでが第一弾です」と水野社長。ESHIKOTOが面している道路は、通称・鮎街道と呼ばれているのだが、その一帯を開発していくことがもともとの構想だという。「自然や食を楽しむというのは世界中で起きていますから、これから福井県で始まるという意味で、第一弾と思っています。また、歓宿縁 ESHIKOTOは高級路線な面がありますが、同時期にESHIKOTOのほうにオープンしたベーカリーや蕎麦店のようなカジュアルに楽しんでいただける設えも増やしていきたい」とのこと。
筆者は福井市を訪れたことはあったが、永平寺町はこの取材が初めて。取材前後に鮎街道を車で走ってみると、九頭竜川の流れとともに、のどかなまちなみが続いた。ESHIKOTOと歓宿縁ESHIKOTOはその景観を崩すことなく佇んでいた。風土を伝える施設として、地域活性へのスタートに期待したい。
なおアクアイグニスの立花社長も、さらに地域活性に注力したいという思いがある。「実は、すでにそういうお話もいただいているのですが、県が変われば獲れる魚も、お肉も野菜も、そこで作られるお酒もまったく違います。特に味噌など発酵文化もそうですね。そういう特色ある食をテーマにしたオーベルジュができるのはすごくいいことだと思うんです。我々は地域の良さをしっかり出していくことを極めていきたい。全国にご縁があれば、ぜひ続けていきたいです」と語った。
取材協力:株式会社アクアイグニス https://aquaignis.jp/
黒龍酒造 https://www.kokuryu.co.jp/
歓宿縁 ESHIKOTO https://kanshukuen.com/
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