人口減少時代でも未来に「希望」を持てるまち

2014年にスタートした「地方創生」。10年が経過し、各地で進められてきたさまざまな取り組みの成果と課題が浮き彫りになってきた。思うように結果に結びつかず、苦しむ自治体も数多く見られるのが現状だ。今後新たなフェーズに進むためにも、各地の成功例を参考にし、自分たちのまちの政策をブラッシュアップしていく必要があるだろう。

2024年1月30日、LIFULL HOME’S PRESSは、「人口減少時代でも未来に『希望』を持てるまち ~愛知県岡崎市・千葉県流山市の事例から~」と題したオンラインセミナーを開催。地方創生や地域発展へ関心を寄せる参加者が集まった。

同セミナーでは、LIFULL HOME’S総研の調査研究とともに、公共空間を活用してまちの活性化をはかる「愛知県岡崎市」と、全国の市で6年連続人口増加率No.1という「千葉県流山市」の、2つの”地域の希望を育む事例”を紹介。さらにセミナー後半に行われたトークセッションでは、参加者から多くの質問も飛び交うなど、関心の高さを感じるセミナーとなった。今回は、そのセミナーの内容を紹介する。

公共空間を活用してまちの活性化をはかる「愛知県岡崎市」と、全国の市で6年連続人口増加率No.1という「千葉県流山市」の、2つの”地域の希望を育む事例”から学ぶ、LIFULL HOME’S PRESSが開催したセミナーを紹介する。上左:LIFULL HOME'S総研所長 島原 万丈氏/上右:岡崎市まちづくり推進課QURUWA戦略係長 中川 健太氏/下左:流山市マーケティング課係長 鈴木 真司氏/下中:流山市マーケティング課長 河尻 和佳子氏/下右:LIFULL HOME'S PRESS編集長 八久保 誠子氏

47都道府県の“希望の地域間格差”について調査・分析

株式会社LIFULLの社内シンクタンクであるLIFULL HOME'S総研では、毎年テーマを決めて調査研究を実施し、1冊の報告書を発表している。過去3年連続で「地方創生」に関わるテーマで発表しているのだが、2023年9月に発行した報告書のタイトルは「地方創生の希望格差 寛容と幸福の地方論Part3」だ。「地域の希望」を新たな論点とし、47都道府県の“希望の地域間格差”についてさまざまな視点から調査・分析を行った。

同報告書の内容を基に、まずはLIFULL HOME'S総研所長 島原万丈氏より「地方創生の希望格差」というテーマでセミナーがスタートした。

冒頭、島原氏はこう話した。「地方創生の政策は、人口の“頭数”を目標にした政策が語られることが多いです。しかし人口はその地域が選ばれた結果。選ばれるためには、地域に暮らすWell-being(幸福度)を目標にすべきではないかと考えました。ところが個人がそれぞれの幸福を追い求めると、違う幸福観がぶつかって衝突が起きます。幸福を追求する政策では、同時に異なる価値観や生き方、考え方などに対して寛容でなければならないのです。したがって今回の調査報告書では、寛容と幸福はセットという考え方に則って制作をしております」

「10年後の地域の未来に対してどの程度希望を持てるか」を、47都道府県各400人ずつ計1万8,800人にインターネット調査した「10年後の地域の未来に対してどの程度希望を持てるか」を、47都道府県各400人ずつ計1万8,800人にインターネット調査した

“人口が減少している”と認識していても、希望を持っている人たちと持っていない人たちがいる。その差はどこにあるのだろうか。さまざまなデータの中で島原氏が特に注目したのは、「地域の変化」と「ロールモデルの存在」、そして「政治行政への信頼度」だという。

地域の変化について、「まちにどんな変化があれば希望につながるのか」という調査で、希望の高低に最も影響を与えたのは「道路や公園などみんなが楽しめる公共の場所が整備されてきた」という項目だった。以降、「まちづくりのためのイベントやプロジェクトが開催される」「子育て支援の施設やサービスが充実してきた」と続く。これらは「市街地に新しいマンションやビルが増えた」という、いかにも地域が発展しそうな項目よりも上位という結果に。

また希望の高い地域には、生き方が面白い人がいるという結果も出ている。どの地域でも高齢化は避けられない問題であるが、希望の高い地域には感性の若々しい高齢者が多いとも島原氏は話す。つまり「ロールモデルの存在」も地域の希望に重要なファクターなのだ。

そして今回の調査で、島原氏が非常に驚いたと話すのは「政治行政への信頼度」だ。人口が減少しているにもかかわらず希望が高い人たちは、地域の政治行政について信頼度が高い傾向にあり、最も影響が大きかったのは「市民に向けた情報発信が丁寧で親切・熱心である」という項目だった。市民に対して情報発信を丁寧にされていることへの評価が、地域の希望に影響することがわかったことは興味深い。

島原氏は最後に「人口減少でも未来の希望をつくる地方創生はどうすべきなのか。今回の調査結果から『人口減少の心理的インパクトを緩和する』こと。そして公共空間の活用やリノベーションなどで『まちに変化を起こす』こと。それから多様性を体現して『ひとの変化を可視化する』こと。そして大きいのは『政治行政のPR体制の強化』。きめ細かい情報発信、シティプロモーションやブランディングがしっかりできるか。これらが重要なポイントになるのではと思います」と語り、自身の発表を締めくくった。

公共空間を活用し自治会が下支えする、愛知県岡崎市「QURUWA戦略」

岡崎市中心部の公共空間を結ぶと「Q」の字の動線が見えてくること、また岡崎城跡の「総曲輪(そうぐるわ)」の一部と重なることが「QURUWA戦略」名づけの由来(中川氏の投映資料より)岡崎市中心部の公共空間を結ぶと「Q」の字の動線が見えてくること、また岡崎城跡の「総曲輪(そうぐるわ)」の一部と重なることが「QURUWA戦略」名づけの由来(中川氏の投映資料より)

最初の事例紹介は、愛知県岡崎市のまちの活性化やエリア価値向上を目指す公民連携プロジェクト「QURUWA(くるわ)戦略」だ。

ゲストスピーカーである、岡崎市まちづくり推進課QURUWA戦略係長 中川健太氏は、戦略開始前のまちの状況をこう話す。「過去30年で人口は30%減り、商店も75%減。地価も40%下落。籠田公園は近所の子どもも遊ばない場所となっていました。この状況を打破するために約10年前に策定されたのがQURUWA戦略です」

QURUWA戦略の舞台は約50%が公共空間であり、それらを民間空間と合わせて最大限活用している。具体的には、先述の籠田公園や中心市街地を通る中央緑道などの公共空間を再整備し、その周辺で民間の人たちが得意分野を生かしながらさまざまな事業などにトライ。こういった「大きなリノベーションまちづくり」と「小さなリノベーションまちづくり」を掛け合わせながら進めていったのが同プロジェクトの特徴だ。


このQURUWA戦略=まちの希望を下支えするのが「自治会の連合体」である。

じつは岡崎市の自治会加入率は約9割と非常に高い。そんな地域の結びつきが強いこのエリアで、自治会主体で立ち上がったのが「QURUWA7町・広域連合会」だ。組成のきっかけは約30年前まで行われていた地域の盆踊りの復活。3年前に見事復活させ、今では若者も参加するまちの一大イベントとなっている。

岡崎市中心部の公共空間を結ぶと「Q」の字の動線が見えてくること、また岡崎城跡の「総曲輪(そうぐるわ)」の一部と重なることが「QURUWA戦略」名づけの由来(中川氏の投映資料より)「QURUWA7町・広域連合会」の写真。現在では自治会に高校生からまちの長老まで多様な世代が参画し、都市経営と自治再生がリアルタイムに行われる場となっているそうだ(中川氏の投映資料より)

自治会主催でまちづくりを進めるメリットについて「会議はオープンでフラットな場となり、多様な人が集まるようになります。そしてコミュニティやネットワークもどんどん拡大していく。通常、自治会と民間と行政はWin-Winとなるところしか連携することはありませんが、QURUWA戦略はQURUWA7町・広域連合会がフィールドをつくってくれて、その中で行政と民間の公民連携がとれていると感じます」と中川氏。

10年間動き続けてきたQURUWA戦略で、このエリアへの来街者数はコロナ禍以降右肩上がりとなり、公共空間における民間活動日数は約1,400%アップしたそうだ。さらにエリア内の1年間の出店数も5年連続で10店舗以上を数え、地区内の路線価(13ヶ所の平均値)も10年前に比べ5.5%上昇。税収も上昇しているのだとか。

最後に中川氏は、自身が公私ともにまちに関わり続ける動機について「やはり仲間と一緒にまちの未来を見続けたいということ。そして自分も欲しいコンテンツがいろいろあるので、そういったものを民間の方々と一緒につくっていけたら」と話した。

公共空間の再整備という大きなリノベーションでまちが変わるだけでなく、地域の人たちが主体的にまちづくりに取り組むことで、地域の未来に対する希望がますます大きくなっていくのだろう。今後のQURUWAエリアの発展も楽しみである。

岡崎市中心部の公共空間を結ぶと「Q」の字の動線が見えてくること、また岡崎城跡の「総曲輪(そうぐるわ)」の一部と重なることが「QURUWA戦略」名づけの由来(中川氏の投映資料より)「つどう・つながる・つづく」コンセプトがコンセプトの籠田公園。子育て世代のみならず、学生が宿題をしたり、毎日ラジオ体操が行われたり、イベントが開催されたりしている(中川氏の投映資料より)

情報発信により人口が大きく増加した、千葉県流山市

続いての事例紹介は、つくばエクスプレスで秋葉原まで20~25分という立地にある千葉県流山市。多角的な“情報発信”もあって人口が大きく増加し、全国の市で人口増加率6年連続トップを誇っているというから驚きだ。

登壇者の流山市マーケティング課係長の鈴木真司氏は「情報発信は、丁寧で熱心であってもそれだけで伝わらない。こちら側が伝えたい内容を一方的に発信することではないと考えて取り組んできました」と話す。流山市の情報発信は、伝えたい相手がどのような現状なのか、何を思うのかを事前に把握し、それに沿った内容を考えている。あくまで相手ありきで情報発信をしてきたそうだ。

たとえば「母になるなら、流山市。父になるなら、流山市。」というキャッチコピー。市外の人に向けたプロモーションであるが、見る人を主語にして制作。見た人がいかに自分事になるかを考えてつくられたそうだ。子育て世代向けイベントの反響と相まって住民誘致につながった。

また市外からの転入検討者だけでなく、市内に住む人にも流山市への興味関心や共感につながる情報を発信するためのブランディングサイト「ながれやまStyle」も開設。同サイトでは「母になるなら、流山市。父になるなら、流山市。」をはじめ、「市民の知恵と力が活きるまち」「都心から一番近い森のまち」の3つをブランド資源とし、流山市に実際に暮らしている“人”を通じて多様な暮らしのロールモデルを紹介している。住民が自分の言葉で自らのエピソードを交えながらまちの魅力を詳細に語ることで、流山での理想的な暮らしをイメージし、さまざまな立場の人に共感や愛着を感じてもらえる構成になっているという。

市のホームページでは、雑誌の表紙風にまちで素晴らしい活動をする方々を紹介。流山市に住んでいても知り得なかったまちの活動を市民に見える化しているそうだ(鈴木氏の投映資料より)市のホームページでは、雑誌の表紙風にまちで素晴らしい活動をする方々を紹介。流山市に住んでいても知り得なかったまちの活動を市民に見える化しているそうだ(鈴木氏の投映資料より)

市民に向けた情報発信=見える化も積極的に行っている。市民と一緒にイベントを企画したり出店したりし、市は地域の方々の「やってみたい」という気持ちに伴走。それらをパンフレットなどで紹介することで、市民のスキルを見える化し、市民同士のリアルなつながりの場を提供している。これまで“お客さま”側だった市民が、イベントを通して地域に主体的に関わることで、シビックプライドの醸成にもつながっているという。メディアに取材されることも増え、さらに市内外に情報を拡散できているそうだ。

ほかにも市民へのインタビュー動画を各SNSに公開し、流山市に住むことの価値を、市民側から見える化をすることを試みるなど、積極的に情報を発信し続けている流山市。

鈴木氏は最後に「ロールモデルケースやリアルな声をどんどん出していくことで、『こういう自由があってもいいんだ』と思う人が増えるだけでなく、『住んでよかった』と実感していただけるよう取り組んでいます」こう話し締めくくった。

流山市はまさに、島原氏が言っていた「ロールモデルの存在」や「政治行政への信頼度」が“地域の希望”となっている好例だ。今後もさまざまな目線での情報発信が期待される。

市のホームページでは、雑誌の表紙風にまちで素晴らしい活動をする方々を紹介。流山市に住んでいても知り得なかったまちの活動を市民に見える化しているそうだ(鈴木氏の投映資料より)子育て環境の充実はもちろんだが、それだけではない魅力を「人」に語ってもらう情報発信が流山流(鈴木氏の投映資料より)

地域の人を巻き込むブランディングがカギ

事例紹介のあとには、LIFULL HOME'S PRESS編集長 八久保誠子氏がファシリテーターとなり、これまでの登壇者に加え、千葉県流山市から流山市マーケティング課長 河尻和佳子氏が参加。トークセッションが行われた。

この日、多くの参加者から質問があったのは「ブランディングについて」だった。

岡崎市のブランディングについて中川氏は、「トライしやすいことを軸に置いて取り組んできた」と話す。公共空間を活用すれば安く使えるのはもちろん、ライトにチャレンジできる。このトライしやすい環境を肝にブランディングしてきたそうだ。

続いて河尻氏は中川氏の話を受けて「結局そのまちにあるものじゃないとつくれないのは当たり前の話。ないものを持ってこようとすると大体失敗してしまうんですよね。じつは私は、都心にあるキラキラしたものを流山に移植しようかと思って失敗したことがありました。結局今まで育んできたもの・らしさを、どうアップデートしてどう編集し、どう共有するか。その作業がブランディングだと思います」と話した。

参加者のみならず、登壇者同士でも質問が飛び交い、大いに盛り上がったトークセッション参加者のみならず、登壇者同士でも質問が飛び交い、大いに盛り上がったトークセッション

マーケティングやブランディングなどをコーディネートする人やエネルギー持って進める人材についての話題では、岡崎市の「自治会を巻き込むアイデア」についての質問が相次ぐ。

中川氏は「自治会に入っていくタイミングは、公共空間の再整備説明会でした。いくつかのクレームが出ている中で、自治会の側から『行政が説明会をしてもうまくいかないから、自分たちに説明させてくれ』と言われ、そこから自治会主体で動き出しました」と話す。これには登壇者全員が感嘆の声を上げていたのは言うまでもないだろう。

そして島原氏は「データで示したように、行政への信頼のほか、まちの変化や人の変化が“地域の希望”につながっていくんです。そこにものすごく影響するのが『地域の寛容性』。地域社会が、異なる価値観の中でもうまく折り合いをつけてやっていけるか、寛容であるかどうかが非常に重要です。岡崎市の場合は、自治会の皆さんがうまく和らげてくれたという背景もあるのでしょうね」と付け加えた。

そこで河尻氏はこんな話をした。「流山市はもともと寛容性のある地域ではなかったと私は思っています。そんな中で“寛容性をどう育むか”が私の中の大きなテーマでした。そこで大事にしていることは、『小さくてもいいから事実をつくる』ということ。事実ができるとそれを情報発信でき、既成事実化できる。事実があるからそれを寛容に認めていく流れができるんですよね。イベントも最初は小さくてもいいから地道に始めること。大きく始めると反対する人もいっぱい出てきます。小さく始めてだんだん関わる人を増やし育てていく。そのほうが短くPDCAを回して実行できます」

成功ばかりではなかったであろう両市だが、今では市民が自らの手で「地域の希望」を育み、まちをポジティブに語る人が増えた。そこに住む人たちをうまく巻き込み、市民が主体的にまちづくりに取り組める。そして参加したくなる仕組みづくりをした両市の事例は、人口増加だけではない地方創生のヒントが詰まっていたように筆者は思う。

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