日本の建築は世界トップレベル。でもそれが知られていない

最初に「みんなの建築大賞」について説明しておこう。

「みんなの建築大賞」事務局代表でBUNGA NET編集長である宮沢洋さんによると日本の建築は世界でもトップレベル。建築界のノーベル賞と言われるプリツカー賞受賞者も7組8人とアメリカと競っているほど(と書いた後で、2024年3月に山本理顕氏が選出され、日本が世界で最も受賞者の多い国になった)だが、そのレベルの高さが一般に伝わっていないという。

「素晴らしい建築だということが理解されていないと建物の寿命も短くなってしまう。そこで一般の人に広く建築の楽しさ、面白さを広く知っていただこうという意図で文化庁の協力のもとで始めたのが『みんなの建築大賞』です。
一般の建築賞では建築家本人が応募、建築家が審査にあたり、広く受賞を発表することはしていません。それに対して『みんなの建築大賞』では建築を伝える立場のプロ、つまり建築ジャーナリスト、建築関連のメディア関係者と建築史家など約30人が推薦人となり、個人で推したい作品を推薦。1月初旬に推薦委員が集まり、そこで選ばれた10作品を公開、x(旧:Twitter)での投票を経て最終的に大賞1作品、推薦委員会ベスト1の2作品を選びました。そしてもちろん、授賞式も公開、誰がどの作品を推したかもわかるようになっています」

冒頭、賞の主旨について説明する宮沢さん(中央)。既存の賞ではこうして記者を集めての発表はないのだとか冒頭、賞の主旨について説明する宮沢さん(中央)。既存の賞ではこうして記者を集めての発表はないのだとか
冒頭、賞の主旨について説明する宮沢さん(中央)。既存の賞ではこうして記者を集めての発表はないのだとか選ばれた10作品のひとつで、こちらはリノベーション。花重リノベーション/MARU。Architecture(写真:Takuya Seki)

既存の賞では新刊を扱う書店の書店員が選ぶ「本屋大賞」をイメージしたそうだが、書籍の場合は世に本好きが多く、関心を持つ人の裾野が広い。それに対して建築好きはそれほどいないのではないかと想定、幅広い人に関心を持ってもらうことを意図してxでの投票を行ったという。

「推薦委員会で選んだ10作品『この建築がすごいベスト10』はどれもすばらしく、どの作品が大賞に選ばれてもおかしくないレベルでした」

冒頭、賞の主旨について説明する宮沢さん(中央)。既存の賞ではこうして記者を集めての発表はないのだとか同じく10作品のうちのひとつ、熊本地震 震災ミュージアム KIOKU/大西麻貴+百田有希/o+h・産紘設計(写真:宮沢洋)
冒頭、賞の主旨について説明する宮沢さん(中央)。既存の賞ではこうして記者を集めての発表はないのだとか障害があっても自分らしい暮らしを。 障害者の地域自立生活を支える住まいと助成

大賞は屋根だけがある、成長する建築「学ぶ、学び舎」

そうした経緯を経て選ばれたのは2作品。xでの投票もこの2作品が突出していたそうだ。

一般投票ベスト1である大賞に選ばれたのは秋吉浩気さんが率いる VUILD が設計を担当した「学ぶ、学び舎」(東京学芸大学内)。これは東京都小金井市の東京学芸大学内にあるもので、大学が民間と連携、新しい公教育の創造を目的とした組織の拠点となる施設である。

建物ではあるが、写真を見て分かるとおり、屋根と東西の傾斜した壁があるだけで、その屋根と壁も一体となっている。建物を床、壁、天井で四方を囲まれたものと考えると、これは大きな湾曲した屋根と一部の壁、床しかない。その壁もどこからが壁かと考えるとどでかい屋根があるだけともいえる。

設計段階では両面にガラスをはめた案もあったそうだが、「計画されすぎた空間からはモノは生まれないとの考えから屋根だけがつくられました。それ以外はオープンしてから考えましょうと。建物内には壁、家具などが作れるデジタル機械が設置されています。みんなで機械の操作を覚えてこれから一緒に空間をつくっていくという予定です」と秋吉さん。

作品について説明する秋吉さん。ぜひ、実物を見に行きたい作品について説明する秋吉さん。ぜひ、実物を見に行きたい
作品について説明する秋吉さん。ぜひ、実物を見に行きたい未完成の、いつ完成するか分からない建物が選ばれる時点でこの賞のこれまでと違う点が分かる(学ぶ、学び舎/VUILD(写真:市川紘司)

面白いのはこの建物自体がその機械、秋吉さんいわく「3Ðプリンタの木工版」でつくられていること。建物内部に見える葉脈状のCLT(直交集成板)部分はコンクリート造の建物の型枠で全部で2000ほどのパーツから成っている。すべて異なる形状だが、デジタル機械を使えば同じコストで切り出せるという。

しかも、この建物で使用されたパーツは子どもでも扱えるサイズで番号どおりに入れていくと組み立てられるものだという。そうやって組み上げた木の型枠の上にコンクリートを打設してあるため、建物としてはコンクリート造になる。内部に木部が見えているが、これは普通だったらコンクリート打設後に撤去するものなのだ。

推薦委員会ベスト1は立地の不利を逆手にとった賃貸住宅「天神町place」

もうひとつの推薦委員会ベスト1はホームズプレスの記事でも紹介した賃貸集合住宅「天神町place」。設計はこれまでも多くの賃貸集合住宅を手がけてきた伊藤博之建築設計事務所だ。

この建物は三方向を高層建物が囲む旗竿敷地でしかも高低差大という一癖も二癖もある立地を逆手に取り、建物自体を馬蹄形にして周囲の四角い建物から少しずらし、ずらした隙間から光や風、眺望が取れるようになっている。

それでも暗くなるかもしれない住戸内をいかに居心地のよい空間にするか。いくつもの工夫が重ねられている。ひとつは建物中央に中庭を設けて吹き抜けをつくること。ただ、8階建てという高さを考えると吹き抜けがあるだけでは足りない。

中庭が印象的だった天神町place/伊藤博之建築設計事務所(写真:歌津亮悟)中庭が印象的だった天神町place/伊藤博之建築設計事務所(写真:歌津亮悟)

「暗いのに人がいたくなる空間のためにやったことは3つあります。ひとつは建物の吹き抜けに面して横穴を開けて共用部や住戸のバルコニーとし、さまざまな方向から光や風が入るようにすること。
普通は吹き抜けの壁に沿って廊下をつくって住戸に入るようにしますが、メゾネット住戸を作るなど間取りから工夫。できるだけ廊下を少なくして中庭に落ちる影を減らしました。
また、わずかな光も感じられるようにコンクリート面に複雑な凹凸をつくってもいます。これらの工夫から中庭が明るく感じる空間になりました」

一般にマンションでは上階ほど価値があるとされるが、こうした工夫の結果、階ごとに異なる風景が広がっており、どの階にもそれぞれ魅力がある建物になっているのが特徴。室内の柱、梁などをカウンターやベンチ、収納などとして上手に活用しているのも面白く、多くの推薦委員が推したのも分かる。

ただ、賃貸住宅であることから、受賞後見学したいとなっても内部を見学できないのは残念なところだ。

中庭が印象的だった天神町place/伊藤博之建築設計事務所(写真:歌津亮悟)暗い場所や梁などで制限のある空間でも居心地よくという伊藤さんの言葉が印象的だった。天神町place/伊藤博之建築設計事務所(写真:歌津亮悟)

建築ファンを増やすためには情報発信も大事

推薦委員会委員長である五十嵐太郎東北大学教授は大賞に選ばれた「学ぶ、学び舎」を完成しない建築、成長する建築と評したが、聞いていてそれが大賞に選ばれるところが「みんなの建築大賞」の新しさだと感じた。普通の建築賞であれば完成した作品のみが対象になるはずだからだ。

「学ぶ、学び舎」についてもうひとつ印象的だったのは、五十嵐さんが「学ぶ、学び舎」はSNSユーザーとマッチしやすいと評したこと。これは今後建築好きを増やしていく活動の中では重要なポイントだろう。

「学ぶ、学び舎」は見た目のインパクトもあるが、それに加えて秋吉さんはかなり情報発信をされたようで「最後はQRコードを配ろうかと思ったほど」とのこと。普段SNSをやっていない林業、スタートアップの人たちが応援してくれたそうで、積極的に情報を出していくことが建築ファンを増やすには必要といえそうだ。

これに対して伊藤さんも推薦を勝ち取るための要素として新しさを伝える提案力、写真映え、そして発信力が必要なのではないかと語り、自身の発信力の無さを反省しないといけないとも。そのためにもこの賞が情報発信役になることを期待したい。

その伊藤さんの作品、「天神町place」については意外だったと五十嵐さん。
「一般の人が入れない住宅より、公共建築のほうが有利かもしれないと思っていたからです。でも、この作品は集合住宅の中庭を根本的に変えたもの。外皮も面白く、建築の面白さに気づいてもらうきっかけになる作品だと思います」

文化庁も建築文化推し。みんな、建築を見に行こう

今回の推薦作品についてはそれ以外にも特徴があった。

地域としては東京から西日本、九州が強かったとのことで、「自分で見たものから推すと考えると首都圏が中心になるかと思ったのですが、そうでもなかった。ただ、ある程度復興プロジェクトが一段落したタイミングだからでしょうか、東北から北が少なかったですね」。

2023年は都心部を中心に大型の都市計画プロジェクトが続々誕生しているが、意外に入ってきていない。すべてが完成していない作品もあるため、出てくるとすれば来年以降だろうか。

「植物を使った作品が比較的多かった点も印象に残った」と五十嵐さん。具体的には太宰府天満宮仮殿(藤本壮介建築設計事務所)、地中図書館(中村拓志&NAP 建築設計事務所)、庭の床 福武トレス F ギャラリー(武井誠+鍋島千恵/TNA)など。前述の天神町placeも中庭、空中廊下の緑が印象的だった。

緑という意味では印象的だった地中図書館/中村拓志&NAP建築設計事務所(写真:長井美暁)緑という意味では印象的だった地中図書館/中村拓志&NAP建築設計事務所(写真:長井美暁)
緑という意味では印象的だった地中図書館/中村拓志&NAP建築設計事務所(写真:長井美暁)仮設の建物であるため、見たいなら早めに行こう。太宰府天満宮 仮殿/藤本壮介建築設計事務所(写真:萩原詩子)
国立近現代建築資料館について説明する文化庁の寺本さん国立近現代建築資料館について説明する文化庁の寺本さん

今後のことを考えるといくつか課題もある。

「日本人が海外で作った作品をどうするか、また、今回は2023年に竣工した作品を対象にしましたが、そうなると年度末竣工の作品は不利になります。自分が見学した作品だけを対象にすると行きづらい場所にある作品は不利じゃないかという考えもあります」。

ただ、課題は乗り越えられるもの。建築ファンが増えることで古くても良い建築が残りやすくなる、まちが魅力的になる日を目指して今後も継続、多くの人が注目するイベントに成長させていっていただきたいものである。

最後に冒頭にあった「文化庁の協力のもと」という言葉の意味を付け加えておきたい。今回の会場となったのは文京区湯島にある文化庁の国立近現代建築資料館。2013年に開館したもので、日本人建築家のスケッチ、図面、模型などを保存、展示している。世界で高い評価を受けている日本の建築は歴史上、芸術上、学術上重要な存在であり、文化庁は現在、建築文化を世に広めていく計画をしている。そうしたことを踏まえると現状では一般から少し離れている感のある建築をもっと身近にという意図で始められた「みんなの建築大賞」の会場たるにふさわしい場所というわけである。

また、大賞以外の作品については以下のサイトで見ることができる。推しの理由も細かく記載されているので、関心をもった方はぜひ。

国立近現代建築資料館
https://nama.bunka.go.jp/
五十嵐委員長の総評+全委員の推しコメント──みんなの建築大賞「ベスト10」はこうして選ばれた
https://bunganet.tokyo/award04/

緑という意味では印象的だった地中図書館/中村拓志&NAP建築設計事務所(写真:長井美暁)湯島合同庁舎敷地内の目立たないところにあるが、収蔵品は充実しており、関心のある方は訪れてみてほしい

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