防災集団移転とは
あなたは、いつ発生してもおかしくはない南海トラフ地震と、これに伴う巨大津波への備えをどのように行っているだろうか。おそらく、あなたは一時的な対策として「津波が来たら避難すればいい」と考えているかもしれない。しかしながら、まだ記憶に新しい2011年3月に発生した東日本大震災では、約2万人もの命が奪われ、その9割以上が津波による溺死だった。津波は、木造や鉄骨造の建物をたやすく破壊し、流失させてしまう。
私自身も、当時仙台市内に勤務しており、仙台への転勤のために購入した1年も満たない新車を津波にさらわれてしまった。もちろん自分のことだけでなく、周囲の建築物は軒並み破壊つくされ悲惨な状況が広がっていた。私のように無事だったとしても、貴重な財産や家族との記録などを失った方も少なくないはずだ。
では、どうすればこれらの被害を防ぐことができるのか。津波から生命や財産を守る有効な手段の一つとして、災害リスクの低い安全な地域への移転が考えられる。本稿で紹介する「防災集団移転」とは、まさにそのための制度であり地域単位で一体的な移転を可能にするものである。現在、国ではより使いやすくするために見直しを進めている。本稿では「防災集団移転」の概要や見直しする内容などを解説する。
「防災集団移転」とは、「防災のための集団移転促進事業に係る国の財政上の特別措置等に関する法律」に基づく移転促進事業のことである。この法律の目的は、津波や洪水、火山による自然災害が発生した地域や、その可能性がある地域で、地域(集落単位)全体が一体となり、災害リスクの低い地域への移転を進めることにある。
「集団」という言葉が示すとおり、個人単位の移転は制度の対象外であり、少なくとも5戸以上が一緒に移転しなければ、制度の対象とはならない。移転に必要な住宅団地造成費等は、国が3/4、地方公共団体が1/4を負担する。地方負担の一部は、特別地方交付税による措置対象となることもある。これは、国の補助事業としてはかなり手厚い制度であり、国が所管する特別な財政支援を行う6つの法のうちの一つとされる。
この制度が制定された背景には、1972年(昭和47年)7月に発生した全国的な水害がある。この法律が成立した直後には、熊本や宮崎、秋田などで約600戸の移転が実現している。
防災集団移転事業の特徴
制度の前提として、住宅の所有者は、移転先で自らの住宅を建設する必要がある。しかしながら、自治体が移転元の土地を買い取り(家屋については2,000万円まで譲渡所得特別控除が適用)、引越し費用の助成や、住宅ローンの利子相当分の助成などの支援措置として用意されているため、比較的住民の負担は軽減されているといっていい。
なお、東日本大震災後に津波被害を受けた地域では、復興交付金などを活用して地方の負担を軽減し、積極的に防災集団移転が進められている。移転計画に記載されている移転戸数は、岩手県、宮城県、福島県、及び茨城県の4県で合計約3.7万戸に及ぶ。
施行者は市町村や都道府県であり、都市再生機構が自治体から委託を受けて担当することもできる。これにより、土木や建築の専門職が不足している財政規模の小さな自治体でも、この制度を実施することが可能である。
制度の対象となる移転元地の災害の危険性のあるエリアは、次のように分類されている。
① 浸水想定区域(河川洪水、内水氾濫、高潮)
② 地すべり防止区域
③ 急傾斜地崩壊危険区域
④ 火山災害警戒区域
⑤ 土砂災害警戒区域
⑥ 浸水被害防止区域(河川洪水)
⑦ 津波災害警戒区域
現在、①から⑦の区域については、都道府県によって順次指定が進められている。また、現行の制度上では、これらの災害リスクの高い区域に該当しない場合でも、実際に自然災害が発生した地域は対象とされる。
今回の制度の見直しでは、津波災害に対して集団移転が促進されるよう対象基準が緩和される方向で進んでいる。
防災集団移転促進事業の見直し
国によると、見直しの方向性としては、津波災害が想定される地域において、隣近接した5戸以上の小規模な範囲を対象とした段階的な移転を可能としたいとしている。これは、津波に対する「事前防災」を重視し、災害が発生する前に移転を推進するための見直しである。
実際、これまでに実施された防災集団移転は、すべて災害後に移転しており、あらかじめ災害が起きる前に実施された防災集団移転の例は存在しない。
この見直しを行いたい背景には、今後30年以内に発生確率が70~80%とされる、マグニチュード8~9クラスの南海トラフ地震がある。最悪のケースでは、津波や建物の倒壊などによる死者数が約32万人にも上ると想定されている。これほどの最悪の想定があるにもかかわらず沿岸部からの移転を決断する人は少ない。防災意識の高い個人であれば、すでに移転しているケースもあると考えられるが、集落単位での防災集団移転は一例もない。
その理由の一つとして、現行制度の適用にあたっての課題がある。
現行の防災集団移転の課題
現行制度においては、津波の浸水想定エリアに居住する住民全員が、移転元地に津波被害を軽減するための防潮堤などの防御施設を整備しないことに同意する必要がある。これは、集団移転と移転元地の津波防御の双方を行うことは、防災集団移転事業の補助制度の対象外となるためである。
その結果、移転元地においては最低限のインフラ整備のみとされることで津波防御施設の整備ができなくなる。これにより、災害の危険性があるエリアに住み続けたい住民がいても、地域全体での合意形成は難しい状況が存在する。日本では他国に比べ土地所有権制度における社会的影響への配慮が相対的に低いため、人それぞれ異なる津波に対する備えへの考えが合成形成を難しくしている。
事後移転であった東日本大震災では、集落ごと流失し、津波の脅威を目の当たりにしているため被災地に戻りたいという意向は少なくなり合意形成が図りやすくなる。しかしながら、高確率で災害が予見されるも、実際に発生していない地域では移転合意をまとめるのは非常に難しいといっていい。さらに、津波被害は広範囲に及び浸水想定エリアも広範囲となりそれぞれ想定浸水深も異なる上に住戸数も増える。これが、合意形成を図ることや移転の進展を難しくしている。
このような課題を解決し、段階的に防災集団移転を進めるために、制度の見直しが検討されている。
改正のねらい
そこで、国では見直しにより小規模な範囲であっても移転可能となるよう要件を緩和することとしている。ねらいとしては合意形成が図られた小規模範囲の単位ごとに段階的に移転を進めていく点にある。
なお、国への取材によると、今回の改正は津波を対象として2024年4月の改正を目指し検討を進めている段階で詳細を含め検討が済み次第公表したいとしている。おそらく移転元地での住民同意の範囲や、移転元地に残る住民の防御施設の整備のあり方などが一定程度合理化されることが期待される。
事後移転に比べて事前移転にはメリットが大きい。当然ながら生命や財産が守られる。これに加えて東日本大震災時に課題となった集団移転地の宅地が埋まらない問題も解消される。東日本大震災の際には、当初は移転地に住むことを望んでいた方も長期の避難生活により移転地に移り住まない判断が行われた例もある。これは時間の経過で従来地よりも住みやすい避難場所が生活の拠点となったことが理由にあげられる。
一方、事前移転のケースでは、集団移転地の完成時まで移転元で住み続けることが可能な上に避難生活が伴わないことから、事業完了後に意向が変わり移転地外に住み、集団移転地の宅地が放置される恐れは低いと想定される。
とはいえ、制度見直し後すぐに進めるにはもう一つ課題がある。それは津波災害警戒区域の指定が完了していないことだ。
津波災害警戒区域の指定が全国的に進んでいないという問題である。警戒区域の指定がないと移転要件を満たさなくなる。加えて、津波浸水想定地域における事前移転を適用するためには、移転元地への「災害危険区域(建築基準法による住宅建築規制)」の指定が必須となる。また、自治体による「災害危険区域」の指定にあたっては津波災害警戒区域を参酌するため事前に警戒区域の指定が必要となる。
国の発表によれば、2023年(令和5年)8月29日現在で、津波災害警戒区域の指定は26道府県にとどまっている。津波災害警戒区域とは、津波の浸水想定(浸水エリアと浸水深のみ記載されたもの)に基づいて都道府県が指定する区域であり、この浸水想定自体は全国の海岸線を持つ40都道府県で公表が終わっている。しかし、14都府県については警戒区域の具体的な指定はまだ完了していないのである。
災害が想定されるエリアでの現状
今後30年以内に発生確率が70~80%とされる南海トラフ地震。おそらく、住み慣れた地域を離れる決断をできる人は少なく、転職や子どもの転校、日常生活が不便になるなどで何も対策を行うことができずX Dayに至る可能性もある。
何もできないと感じている又はどうすればよいか悩んでいるあなたには、一度、東北地方への観光を機に被災地を訪れてみることをお勧めしたい。先月、宮城県南部の山元町の防災集団移転の様子を見てきた。
防災集団の移転元地には、もともと街が形成されていたが津波により消失した。現在、施設見学が可能な震災遺構となっている小学校を残す以外、住宅は一軒も存在していない。現在は防災集団移転事業に基づき町が買い上げた土地を農業法人が農地として運営して利用している。また、この地域では、津波対策としてJR常磐線が海側から内陸側のルートに移転・高架化し、新しい市街地が駅の西側に整備されている。
また、この他にも岩手、宮城、福島の沿岸部には、震災時の被災状況を伝える「震災伝承施設」が数多く設置されており(施設の一覧は一般財団法人3.11伝承ロード推進機構サイトを参照)、津波による壊滅的な悲惨な状況を知ることができる。自身が住んでいる地域でも同じような被害が起こり得ることを認識し、今後どのように対応するかを考えるきっかけになるはずだ。
今後期待すること
防災集団移転は、住民の意見や地域の歴史を尊重し、どのような形で進めるべきかを住民と自治体が対話しながら決定する必要がある。そのため、地域の歴史や実情に詳しい人材、そして地域をまとめるリーダーシップを持った人材の確保は一つの大きな課題である。
加えて、円滑に事業を進めるにあたっては、土木や建築の専門的知識が必要となるため自治体を人材確保の面で支援する制度が整備されれば、事業の推進がよりスムーズになると考えられる。
また、今回は津波災害に対する制度の見直しであるが、河川洪水においても同様の問題が存在する。河川洪水は津波よりも危険性は低いものの発生頻度が高い。河川洪水に対する制度についても見直しが進められれば、段階的な移転促進につながり都市復興を早期に進めやすくなる。
防災集団移転は、自治体と住民が共に災害リスクを共有し、将来の地域の姿を討議する中で選ばれる選択肢の一つである。いざ自身の住む地域が移転対象となれば移転の是非について悩むのは自然なことだ。加えて、自治体にとっても、新たな財源の確保や専門知識を持つ人材の配置が必要であり、大きな負担となる。特に、沿岸沿いに発展した都市では、数千戸もの移転元地を代替地に移すことが現実的に難しい場合もある。
重要なのは、将来どのような地域を目指すかは自治体のまちづくりの指針である「都市計画マスタープラン」や「立地適正化計画」に照らし合わせながら進めていくことである。その中では災害リスクのあるエリアに住み続ける選択をする地域もあるだろうし、これに伴う防潮堤や津波防波堤を整備することも考えられる。
いずれにしても、どちらを選ぶかは地域や自治体が選択するものでありいずれの判断も将来の結果に対して責任を負う。私はこの判断の積み重ねがまちづくりであると考えている。まちづくりには一つの正解がなく、各地域ごと、20~50年先を見据えて最適な解を見つけていくことが大切である。
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