東京五輪選手村跡地に2024年4月、新しい街が生まれる
東京五輪で選手村として利用された晴海五丁目西地区では、現在、再開発事業が進行中。都心部から近く、海に向かって開かれた立地の特性を生かし、子育てファミリー、高齢者、外国人など多様な人々が交流しながら生活できる、大会のレガシーとなる先進的・先駆的なまちづくりを目指している。
分譲住宅は子育てファミリー層向けを中心に整備。賃貸住宅は一般賃貸のほか、サービスアパートメント(家具付き住宅)、SOHO、シェアハウス、サービス付き高齢者向け住宅など、多様なニーズに柔軟に対応する幅広いバリエーションの住戸を予定している。また、多世代居住を実現するための子育て支援施設やコミュニティ施設なども計画中だ。
特に選手村として使用された住宅棟21棟に加え、住宅棟のタワー2棟、商業棟1棟を中心にしたエリアは「晴海フラッグ」と命名され、三井不動産株式会社を始めとする大手デベロッパー10社が開発に取り組むプロジェクトとなっている。2024年4月に予定されている街びらきに向けて、周辺施設も含め、整備、施工が進んでいる真っ最中だ。
埋立地から物流拠点、戦後は住宅地へ。変貌を遂げ、進化する晴海
そんな晴海で10月21日、プロローグイベント「HARUMI Coming!」が開催された。筆者はこの付近に10年ほど暮らしていた時期があり、晴海のふ頭公園にもよく自転車で訪れていた経験がある。当時はいかにも「埋立地」然としていた晴海がどう変わったのか。それを確かめたい思いもあり、イベントに足を運んでみた。
晴海地区は、明治中期から昭和初期にかけて埋め立てられてできたエリアだ。1940年の東京五輪と同時開催される予定だった紀元2600年を記念する博覧会の開催地として整備された。しかし、博覧会は五輪とともに日中戦争の勃発により中止となる。
第二次大戦後、晴海埠頭が整備され、流通の拠点として発展。その後「東京国際見本市会場」が建設され、多くのイベントが開催されるようになるとともに、晴海団地をはじめとする集合住宅が次々と建設され、徐々に倉庫街から住宅地へと変貌を遂げていった。
ファミリーが快適に過ごせる公園も。街全体がイベント会場に
晴海地区に行くには、最寄りの都営大江戸線「勝どき」駅から徒歩で20分強。都営バスだと10分ほどかかる。久しぶりに訪れた勝どきも、近隣の月島や豊海と同様、タワーマンションが次々と建設され、すっかり街の風景も様変わりしていた。
晴海通り沿いに進み、運河にかかる橋を越えていくと、晴海地区に入る。まず目につくのは中央清掃工場の煙突だ。177.5mの高さがあり、東京都で2番目に高い工場煙突なのだという。
同時に、その一帯には建設途中の工事現場が展開されている。街開きに向けて急ピッチで作業が進められていることがうかがえる。その先に見えるのが、晴海フラッグのエリアだ。
この日は、メインストリートの車両通行が止められ、歩行者天国となっていた。キッチンカーが何台も出店し、訪れた人たちの飲食の場に。また、消防車や白バイなど「はたらく車」の展示も行われていた。
その先にある晴海ふ頭公園もイベントの会場の一部となった。ステージでは、キッズチアのパフォーマンス、警視庁音楽隊や豊海小学校管楽器クラブの演奏などが行われていた。
晴海ふ頭公園は、東京湾に面しており、レインボーブリッジや東京タワー®などを望める、視界の開けた気持ちのいい場所だ。五輪後のリニューアル工事を終え、遊具なども充実。ファミリー層が子どもと遊ぶにはうってつけのレジャースポットとなった。
数ヶ月後には1万2,000人の住む街に。そんな未来をイメージさせた一日
晴海フラッグ内は4つのエリアに分かれており、3つの分譲住宅「SEA VILLAGE」「SUN VILLAGE」「PARK VILLAGE」と、賃貸住宅「PORT VILLAGE」で構成されている。分譲住宅は4,145戸、賃貸住宅は1,487戸と数多くの住戸を擁しており、住戸の広さにもバリエーションがあるため、家族構成やライフスタイルに合わせた選択が可能となっている。
また晴海フラッグ内には延床面積約1万9,000m2の大型商業施設が開業する予定。さらに約6,000m2の校庭や小・中学校共用の屋内プールを持つ晴海西小学校(仮称)、晴海西中学校(仮称)が2024年に開校する見込みだ。
整備が進む街を会場にすることで、そこでの生活をイメージさせる。プロローグイベント「HARUMI Coming!」は、数ヶ月後の未来の街の姿を垣間見させてくれた。
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