アート畳の個展を開催
2023年7月某日、京都の光明院を訪れた。7月の1ヶ月間開催されていたアート畳の個展を見るためだ。光明院は見事な枯山水庭園で有名だが、建物に上がり、その庭園が視界の奥に広がる中で、手前の畳に鶴が浮かび上がっていた。大げさではなく、まさに息をのむ美しさだった。
置かれていた案内によると、畳はすべて同じ色のイグサできているとのこと。織り目の角度をずらして作った畳を組み合わせ、光の反射で色が変化して見えているのだという。
仕組みを知り、畳の上に座って目を近づけて見比べてみた。畳の目の向きが異なるのは分かる。だが、なぜ色が違って見えるのかは、正直理解が追いつかなかった。立ち位置によって濃い所と薄い所が反転したりすると、「すごい…」しか言葉に出てこないのである。
その不可思議さと感動を胸に、制作した山田憲司さんに取材を申し込むと、快くお受けくださった。
建築の仕事に就いていたが、ひょんなことからアート畳の世界へ
山田さんは、岐阜県羽島市で1869(明治2)年に創業した山田一畳店の5代目として1983年に生まれた。とはいえ、家業を継ぐつもりはなく、大学で建築を学び、2017年まで東京の建築事務所に勤務。その後、起業を目的に辞職し、実家へ戻って「ダラダラしていて(笑)」というときに、友人からワンボックスカーの後部をキャンプ時にゴロゴロと寝転がれるように畳を敷きたいという相談があった。
ワンボックスカーの後部は、フラットではなく、後タイヤの出っ張りがある。ぴったり敷き詰めるためにタイヤの形に添うように製作しなければならなかったが、思った以上に形よく完成した。「僕自身、それまで畳は正方形か長方形しかないと思っていたので、意外とできるなと。そこでアイデアが浮かんできたんです」
山田さんが就職したときにはすでに4代目である父は仕事を減らし、依頼などがあったときに働くような感じだった。山田さん自身、建築の仕事では高級路線の住宅を手掛け、ミラノで開かれる家具の見本市やドイツ、フランスに出かけたりして、最新のものに触れていたこともあり、畳に「古臭いイメージ」を抱いていたことは否めない。
ご存じのように、畳の生産量は減っている。山田さんによると国産イグサの収穫量日本一の熊本県でも、かつて8,000軒あった農家が、400軒以下になっているそうだ。
「畳が衰退している原因を考えたとき、一番は建物のデザインが洋風化しているのに対して、畳は和というワンパターンだったからではないかと。そこで、洋風化できる畳ができないかなと考え始めました。洋風リビングの隣にも合うような、幾何学模様だったら好まれるのではと」
「うまくハマれば世界展開できるかもしれない。逆に言えば、世界にはない素材なので、面白いのでは」。衰退している業界を救おうというのではなく、シンプルに世界で通用するはずだと、漠然とした思いながら進むことにした。
1300年以上の歴史がある畳は、なぜ四角のみだったのか!?
「畳の歴史を調べてみると、西暦700年くらいから記録があり、1300年以上の歴史があります。ただ、その間ずっと四角のみ。ここまでアップデートしていないプロダクトって他にないのではないでしょうか。陶器や鉄などは他国の影響がありますが、畳は日本独自の発祥。なおかつ、このグローバル社会の中で世界にまだあまり浸透していないということで、逆にめちゃくちゃ面白いなと思いました」
友人の車を手がけたあと、実姉の自宅の畳を作らせてもらった。そのとき畳の織り目の縦横をランダムに配置すると面白くなるのではないかと試したところ、出来上がりがきれいだと実感。そこから織り目の角度を考える実験に没頭していった。
「建築の仕事をしていたので、縦と横の織り目で色が違うというのは分かっていました。正方形の畳で作る市松模様はその原理です。そこから、では45度にしてみたらどうか、20度ではどう見えるか、などと試していきました」
実姉の畳製作と同時に作っていたのが、現在山田さんが「光のパレット」と呼ぶものの原型。中心から織り目の角度を変えた畳を段階的につなげて円状にしてある。素材は同じ色のイグサなのに光によっていろんな色が出ているように見えるのが一目瞭然だ。角度により、思った以上に色の変化が出ることが解析できた。
もしあのとき他の仕事をしていれば、きっと実験に時間を費やすことはできなかっただろうと振り返る。
「光のパレット」は、アート畳の依頼を受けたときに、設置する部屋などに持ち込み、その場所の光の当たり方を見てデザインを考えるのに活用している。
細かな工夫と計算を重ねて実現
四角以外の形にするのは、技術的には難しくないという。ただ、より美しく表面を仕上げるため、通常の畳床と呼ばれる畳の中の部分は3層が主体だが、山田さんは4層や5層にしたり、接着の方法を考えたり、工夫を施している。
そんななか苦労する点は、絵柄などだけで作品として完結するわけではないことだ。「どこに設置するかによって見え方が変わります。光がどのように入るのか、時間帯によっても異なります。また、例えばリビングの隣の和室に設置するとしたら、絵柄の正面がリビングから真逆に見えては意味がありません。人の動線、流れ、空間の使い方、そして光の状況や窓の配置。そういったものを細かく把握していかなくてはなりません」
発注を受けると、光の入り方を確認させてもらう。朝昼晩、また春夏秋冬でどうなるかを知りたいのだが、納品予定もあり、経験などを元に計算して簡略化することもある。「自然の光を扱うので、それが計画段階では非常に悩ましいです」と山田さんは語る。
新作は枯山水の庭園に水を飲みに来た鶴をデザイン
さて、あらためて光明院での個展についても話を聞いた。
変形畳を作り始めたときからアイデアとしてあり、2019年に完成した龍の畳や、六角形の小さな畳を敷き詰めたものも展示されていたが、今回のメインは鶴の畳。「鶴休飲水図」と名付け、部屋の目の前に広がる枯山水の庭園に水を飲みに来た鶴というイメージだ。光明院の寺紋に合わせたデザインとなっている。
「今回、個展を開催するにあたり、2面壁がない場所を探していました。それはなぜかというと、普通の畳だったら、そこが外部空間と内部空間の境界面になりますが、床のデザインを変えることで、その境界があいまいになるのではという仮説を2年前に思い付いたことに始まります。その実証のために、東京、大阪、名古屋、京都で探していたところ、インターネットで光明院を見つけ、飛び込みでお願いをしました」
畳だけが作品ではなく、外部と内部が共通のストーリーを持ち、空間全体が作品となるように考えて作った。
「外と中をつなげるというのは、床だからできる表現だなと思いました。例えば、壁に絵画をかける、空間の中に彫刻を置くと、そこで分断されてしまいます。視界を遮らない、何もない空間だけれど、なにか違う空間に見えるというのがやりたかったんです。それがひいては、一般の住宅でも絵を飾るというのとはまた違う、芸術の鑑賞になるかもしれません」
夢はヴェルサイユ宮殿での個展!
日本古来の畳とアートの世界がつながった。近年、イグサに色をつけたり、畳表に絵を描いたりなどというのは見かける。そのなかで、織り目を変えた畳を組み合わせて絵柄を見せるという山田さんオリジナルの世界は、伝統的な畳の趣は残しながら、そこに秘められていた可能性をぐっと引き出したものだ。
古くから日本の人々の暮らしを支えてきた“家”。屋根や柱などの装飾であったり、窓の形や、板の間など、利便性や見映えが工夫されてきたなかで、人々が直に触れてその上で長時間過ごしてきた畳は、なぜ大きく変わることがなかったのか。改めてその不思議さを思うと面白く、興味深い。
何度見ても、同じ色のイグサでできているとは驚きだ。何度も繰り返してしまうが、写真で見るよりも、実際に間近で見ると、一段とその衝撃があったのでご容赦を…。残念ながら個展の予定はしばらくないが、ぜひ機会あれば直接見ていただきたい。
山田さんの畳のコンセプトは「感動」×「空間」。衰退する日本文化とアートを掛け合わせることで生まれる希望を、世界へと広げることを目標としている。ただ、京都の個展であらためて痛感した課題がある。プロモーションの大切さ、必要性だ。「海外の方も全体の2割ほど来てくださったのですが、リアクションはよかったです。しかし、それは説明をしたときの反応。何も言わないと、日本人以上に素通りなんですよ。床に絵がプリントしてあるくらいな様子で、そもそも畳のことを知らないので」
家に畳の部屋がある筆者でも不思議に思うのだから、仕方ないかもしれないが、仕組みを知るときっと興味をひくはずだ。「すべて同じイグサなんだというプラスアルファの知識があることで、感動が全然変わってくる」と山田さん。これから国内も含め、認知度を高める取組みに力を入れていきたいという。
そして、アートな畳としての夢は、フランスのヴェルサイユ宮殿での個展だ。「世界で一番絢爛豪華な建物はヴェルサイユ宮殿だと思うんです。石などのいろいろな素材や、宝石や絵画などの装飾品がある中で、もちろん畳は使われていません。もし、この宮殿を建造したルイ14世が僕の畳を知っていたら、どんな注文をするだろうかと想像し、あの空間の中でどういうインスタレーションができるか、空間と組み合わせると畳をどこまで高められるかに挑戦したいですね」
ヴェルサイユ宮殿と畳、ぜひとも見てみたい。
取材協力・写真提供:山田憲司、山田一畳店
https://art-tatami.com/
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