建築家のKASA(アレクサンドラ・コ ヴァレヴァ+佐藤敬)と湯浅良介⽒の対話を展示

2023年春、建築家のKASA(アレクサンドラ・コヴァレヴァ+佐藤敬)、湯浅良介氏による2人展が行われた。
一般に2人展と聞くと2人の作品が並ぶ場面を想像するが、今回の展示は対話。それが展示として成り立つものなのか。それだけでも興味をそそられるというものである。

会場となったBASE。浅草橋の、下町の雰囲気が漂う場所に立地する。当日は外にあふれるほどの人が集まっていた(写真/楠瀬友将。以下すべて)会場となったBASE。浅草橋の、下町の雰囲気が漂う場所に立地する。当日は外にあふれるほどの人が集まっていた(写真/楠瀬友将。以下すべて)
会場となったBASE。浅草橋の、下町の雰囲気が漂う場所に立地する。当日は外にあふれるほどの人が集まっていた(写真/楠瀬友将。以下すべて)1階はすべて開け放して使うこともできるそうで、開かれた空間が意識されている

舞台となったのは金野千恵氏主宰のteco、畝森泰行建築設計事務所という2つの建築事務所がシェアオフィスとして1964年竣工のビルを改修したBASE。台東区浅草橋にあり、3階に金野氏の、4階に畝森氏のオフィスがあり、1階、2階は地域にも開かれることを意図したスペース。主催者のお二人はしばしば協働してコンペに参加する間柄だそうで、その時点でお二人にとっても対話は大事なキーワードなのだろうと推察した。

対話のお題となったのはKASA、湯浅氏がそれぞれに現在抱える住宅のプロジェクト。会場にはそれぞれのプロジェクトの模型や写真、展示などが置かれており、そのテイストがそもそも大きく異なる。軽やかで明るいKASAに比べると、思索的で絵画的な湯浅氏。展示からは建物になる前のほうの思考過程により個性が強く出るように感じられた。

最終日に展示を前に行われたトークイベントの内容をごく簡単に以下、紹介しよう。

会場となったBASE。浅草橋の、下町の雰囲気が漂う場所に立地する。当日は外にあふれるほどの人が集まっていた(写真/楠瀬友将。以下すべて)左がKASAのお二人、右が湯浅氏

プロジェクトのひとつは、区画整理が行われている土地に建つ細長い住宅

最初にそれぞれが抱えているプロジェクトを簡単に説明しておこう。
KASAが手掛けているのは佐藤氏の父の実家。三重県桑名市の桑名駅前の、20年ほどをかけて玉突き状態で区画整理が行われている地域に立地する。現状は「作られているのか、壊されているのか分からない状態」(佐藤氏)で整備された道路に沿ってポツポツと建物があり、あとは駐車場が広がる。

KASAの展示。手前に現地の状況を表す模型、奥に細長い、街と庭の間に建つ建物の模型KASAの展示。手前に現地の状況を表す模型、奥に細長い、街と庭の間に建つ建物の模型

実家は一昨年解体されており、今は土地が整理されるのを待っているところ。そこに計画されている住宅は2.1m幅の細長い建築で建築面積が40m2。土地自体は500m2ほどもある広い敷地になぜ、こんなに細いものを作るのだろうと思ったが、それは家の背後に庭が想定されているため。

佐藤氏の母は料理をするにあたってその背景、具体的には野菜や土中環境に関心を持っており、そのために新居には広い庭が作られる。家はその庭と駅前通りの間に建ち、建具の開閉で通りと庭が一体になったり、逆に離れたりする。言ってみれば家は街と庭の境界になるものと意図されている。

建築としては小さい、でも暮らす空間としては大きいと佐藤氏。「建築は屋根と壁の内部空間だけではないと考えています。この家の場合も庭や周辺も含めて暮らす空間となることを意識しています」。

対話をテーマにするにあたり、フォーマットを揃える

湯浅氏のプロジェクトは神奈川県茅ケ崎市の住宅街にあるスタジオ併設の二世帯住宅。
もともとは大きな家があったが、それを解体して土地の半分を売却。母と息子世帯が居住、カメラマンである息子が働くスタジオを作る計画で、息子に写真を撮ってもらい、母が新たな家に違和感を覚えないように配慮しながら家を作ろうとしているという。

湯浅氏はドローイングなどで建物の一部のイメージを施主とやりとり、それを積み重ねる形で設計をしているそうで、模型はこれまで作ってこなかった。あまりにも全体像が明らかになり過ぎ、説明でしかないと思っていたからだという。

映画のワンシーン、写真のようなインパクトのある湯浅氏のドローイング、模型映画のワンシーン、写真のようなインパクトのある湯浅氏のドローイング、模型
2組のやりとりは記録され、タブロイドとして当日販売された2組のやりとりは記録され、タブロイドとして当日販売された

だが、今回はKASAとの対話をテーマにするにあたり、共通の言語とツールで同じトピックについて話をすることが必要と考え、フォーマットを揃えようと決めた。それが今回、学部生に頼んで作ってもらったという模型である。

「展示が決まった後、KASAとは何度も会って対話し続けてきました。1回の打ち合わせが食事を挟んで5時間ということもあり、Messengerでもやりとりを繰り返しました。その上で今回は対話で影響を受けた模型、エスキースを展示しました」。

対話するにあたっては相手は自分と違うことを前提にフォーマットを揃え、互いに相手と違うことを意識しながら続けてきたという。対話の中で出てきたレファレンスに当たってみるなど、相手が言っている意味を理解する努力も多く行われている。

聞いていて思ったのは、対話という行為自体は日常的に行われている(ように見える)が、ここまで深く考えて行われていないのではないかということ。そこまで真剣にやりとりするから生まれるものがある。模型を見て思った。

「部分から全体か、全体から部分か」

模型を作る、作らないだけでなく、2組には仕事の進め方にも違いがある。湯浅氏は基本的には一人で設計しており、固定のスタッフはいない。他の人に相談することもほぼない。これについては誰かと協働することへの苦手意識もあったという。

その一方で「オープンダイアローグとは何か」(斎藤環著・翻訳 医学書院刊)という書籍を読んでもおり、人との関わりを考えていたタイミングでもあった。そこで展示への参加を求められた時には、テーマがダイアローグだとは知らず、対話をテーマにしたいと要望したそうだ。ちなみにオープンダイアローグとは開かれた対話を意味し、当初は精神疾患への治療的介入の手法として実践されていたが、近年は広い場面で利用され始めているものである。

基本的には1人で作業することが多いという湯浅氏基本的には1人で作業することが多いという湯浅氏

一方のKASAは国籍、性別の異なる2人のチームで、過去に取材させていただいた時にはお二人の間でひとつずつ言葉の意味、使った意図、それが伝わっているかどうかを丁寧に確認するキャッチボールが繰り返されているのを身近で感じた。

ただ、今回のイベントで最後の感想としてコヴァレヴァ氏が「ずっと一人で考えるのではなく、いろいろな意見が聞けて面白かった、背中を押されてはっとした」と語っていたことを考えると、長年チームでやっていると対話の意味も変わってくるのかもしれない。だとすると、新たな第三者との対話には通常の対話とは異なる意味があるのだろう。

金野氏によるとこの2組の建築家は建築へのアプローチ法も違う。

「湯浅さんはいつもミステリアスで、全体を説明しようとしていない。試行錯誤の断片を積み重ねていくやり方。一方でKASAは全体から見て、いろいろなスケールを行き来する。こういうお二方がよく会話できたなと思う」。

全体から部分を見る、部分から全体を見る。思考の向きは異なるが、それが最終的には同じように建築物になる。建築を知らない人間からすると少し不思議な気がする。

基本的には1人で作業することが多いという湯浅氏互いの言葉を確認しながら話をするKASAのお二人。人は違うものであるということを日常的に感じていらっしゃるのではないかと思いながら取材させていただいた

他者の視点を自分なりに取り入れる

さて、異なる2組が対話を繰り返した結果に何が起こったか。それぞれの作品には変化が起きた。当初、塔状の建物と平屋の細長い建物から成っていたKASAの住宅は畝森さんに「搭状の建物、いる?気持ちが入っていない」と言われ、平屋のみとなった。

これに対して佐藤氏は「指摘を受けて平屋だけにしようと思った時、ジャンプしたと感じた」という。新たに作るより、作ったものを変更、削除することのほうが難しく、思いきれないのだろう。

湯浅氏から塀や門も大事ではないかと言われたことが敷地内の段差の処理を考え直すきっかけになった。「微地形のある場所なのでひな壇状の造成がある土地になる予定で、となると外構の擁壁や塀、門など住宅以外の要素も街全体に対して影響を与えると考えました」。

個性というのは面白いと思いながら見学した。意図して変えようとしなくてもちゃんと違うものができるのだ個性というのは面白いと思いながら見学した。意図して変えようとしなくてもちゃんと違うものができるのだ

湯浅氏は施主からの具体的な要望もあり、当初は建物北側の2階にワンフロアのスタジオを想定していた。
だが、KASAから1~2階の吹き抜けで階段が玄関とスタジオを兼ねたものにしてはどうかと言われて、そうした提案をしてみたとか。「サーシャ(コヴァレヴァ氏の愛称)からは住宅も含んだ全体がスタジオみたいだったらという声もあり、それもいいなと思いました」。

これまで作らなかった模型も書割のような、考えている部分だけのものを作ってみる手があるのではないかと考えてもいるという。他者の視点を自分なりのやり方で取り入れてみようと思ったということだろう。

それぞれの作品に変化はあっても、本質は揺るがない

それぞれの作品に変化が起きてはいるのだが、面白いと思ったのはその変化があっても湯浅氏の作品は湯浅氏の、KASAの作品はKASAの作品であり、本質的なところは揺らいでいないという点。対話を重ねることで新たな視点を発見したり、違う見方を得たとしても芯となる部分は変わっていないのである。

トークイベントに参加されていた建築家の門脇耕三氏はそれを「結果としてそれぞれが尖っていく」とコメントされており、これが最も分かりやすいのではないかと思う。対話の目的のひとつに相互理解を深めることがあるが、それは同時に自分自身への理解を深めることでもある。今回のイベントで2組の建築家が行ったことにはそうした双方向への働きがあり、その点で2組がまったく異なるタイプだったことには意味がある。違いを知ることは自分を知ることで、その場合、違いが大きければ大きいほど自分を振り返る部分も大きくなり、理解も深まると思うからだ。

また、この試みは建築関係者が中心と思われる参加者に協業という意味を考えさせてくれたのではないかと思う。個人の名まえで仕事をするアトリエ系の建築事務所であっても、他者と一緒に、でも自分たちらしい仕事をする、そんな可能性があることを教えてくれたのではないかと思うのだ。

個人的には建築家ってこんなことを考えて仕事をするんだという点が分かったのが面白かった。当たり前だが、建築家は一人ひとり異なり、誰と仕事をするかで途中経過、出来上がりは違ったものになる。どれが良い、悪いというのではなく、機械や組織ではなく、人と仕事をするというのはこういうことなのだと思った。

部外者が聞いても面白いイベントで、次回にも期待したい部外者が聞いても面白いイベントで、次回にも期待したい

公開日:

ホームズ君

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