財政再建団体転落を前に島が一致団結した

海産物に恵まれており、これは名物のひとつ、寒シマメ丼。冬に獲れるスルメイカを利用したもので、冷凍保存の技術がよくなり、年中食べられるようになった海産物に恵まれており、これは名物のひとつ、寒シマメ丼。冬に獲れるスルメイカを利用したもので、冷凍保存の技術がよくなり、年中食べられるようになった

島根県海士町は島根半島の沖合約60キロに浮かぶ隠岐諸島のひとつ、中ノ島にある一町一島、面積33.52km2、人口約2,300人の小さな町。対馬暖流の影響を受けた豊かな海と離島には珍しい豊富な湧水に恵まれており、自給自足が可能な半農半漁の島である。平城京跡から海士の海産物が献上されていた記録が出てきてもおり、自然の産物には恵まれた島でもある。一方で後鳥羽上皇や小野篁(おののたかむら)など多くの歴史的人物が配流された地でもあり、島には古くから人を受け入れ、もてなす土壌と文化が育まれてきたという。

豊かな自然、歴史を有する島ではあるが、戦後、島は問題を抱えてきた。1950年には6,986人いた人口は2010年には約3分の1の2,374人に減り、若い人は高校卒業後ほとんどが島外に出てしまうため、20~30代は極めて少なく、高齢化率は41%にも及んだ。

海産物に恵まれており、これは名物のひとつ、寒シマメ丼。冬に獲れるスルメイカを利用したもので、冷凍保存の技術がよくなり、年中食べられるようになった戦後からの60年間で人口は3分の1に。危機感を抱くのは当然だろう(資料提供/海士町)
財政危機も発覚、待ったなしの状態に(資料提供/海士町)財政危機も発覚、待ったなしの状態に(資料提供/海士町)

さらに平成の大合併時に隠岐3島の合併を断念した直後の2004年に行われた三位一体の改革で町が100億円を超す大きな借金=地方債を背負っていることが判明した。このままでは2008年には財政再建団体に転落する。生き残りのためにどうするか。

「海士町では行政、議会、住民が一体となり自立促進プランを策定。『守り』と『攻め』の両面作戦で生き残りを図ろうと考えたのです」と海士町交流促進課/外貨創出特命担当課長の柏谷猛氏。

守りについては「自らの身を削らない改革は支持されない」と当時の山内道雄町長が率先して給与半額返上を言い出した。最終的には役場の三役が40~50%、職員が16~30%、議員、教育委員で40%などと大幅な給与・報酬カットが行われ、2005年の人件費削減効果は町の税収に近い約2億円となった。

「当時は日本一給料の安い公務員と言われたほど。給料が減って職員が飲みに行かなくなったり、安さを求めてネットで買い物をするようになったり、町内の経済にはマイナスの影響もありましたが、役場、議員が自ら身を切る姿勢に住民の意識が変わりました」

海産物に恵まれており、これは名物のひとつ、寒シマメ丼。冬に獲れるスルメイカを利用したもので、冷凍保存の技術がよくなり、年中食べられるようになった町長をはじめ、役場の人たちが自ら身を削ったことで町民が一体になって改革に向かうことができたという(資料提供/海士町)

仕事づくりにチャレンジする風土が移住者を呼んだ

住民からも経費を削減しようという声があがり、バス料金の値上げ、各種補助金の返上などが行われ、各種委員からは日当減額の申し入れがあったりしたそうだ。危機感の共有と同時に各種改革に積極的に協力しようという雰囲気が生まれたことはもちろんだ。

また、こうして節約した人件費の5%は出産祝金、保育料無料化、本土で出産するための交通費助成などに充てた。

攻めでは3つの挑戦を掲げた。資源を生かした「しごとづくり」、若者との交流による「まちづくり」、教育魅力化による「ひとづくり」、それぞれへの挑戦である。大事な点は「真新しいことはせず、今ある資源を磨き、交流を通じて挑戦を展開したことです」と柏谷氏。

このうちの教育魅力化については別の記事で取り上げることとし、ここではもう少し町全体の取組みを見ていこう。

CAS凍結センターを作ったことで名産品の鮮度を保持したまま、各地に送ることができるようになった(写真提供/海士町)CAS凍結センターを作ったことで名産品の鮮度を保持したまま、各地に送ることができるようになった(写真提供/海士町)

3つの挑戦のうち、仕事づくりでは海産物の美味しさをそのままに急冷するCASシステムを導入した凍結センターを作り、地元名産の海士のいわがき「春香」や烏賊のブランド化を図り、首都圏を中心に販路を拡大し、その認知度を高めることで売り上げを伸ばして雇用を作る。隠岐牛のブランド化も同じ路線だ。前町長はNOと言わない人だったそうで、若い人たちのチャレンジを次々に受け入れ、そうした挑戦できる風土が魅力的に見えたのだろう、40代以下の移住者増につながった。

「特産のナマコを中国に販売する事業を手掛ける人や新卒で観光協会に入り、現在は町の大きな産業となっているホテルの経営者になっている人など、面白い人たちが次々に集まってきました。仕事づくりがまちづくりにもつながったわけで、2004年から2021年11月末の18年ほどで移住者は873人、622世帯にのぼり、定着率は約47%。いまや人口の約18%を移住者が占めるまでになっています」

人口減少には歯止め。次の新たな課題に取り組むための改革とは?

人口減少には一定の歯止めがかかったものの、新しい問題も(資料提供/海士町)人口減少には一定の歯止めがかかったものの、新しい問題も(資料提供/海士町)

その結果、2010年の国勢調査で2,374人だった人口は5年後の同じ国勢調査で2,353人となり、人口減少には一応の歯止めがかかった。とはいえ、課題は山積していると柏谷氏。

「一例を挙げると、これまで行政主導できたための地域内事業者の活力の低下、地域内の経済循環率の低さ、産業を担う人材不足、農林水産業の後継者不足などが挙げられます。そこで2018年の4期16年務めた前町長退任後、新しい大江和彦町長の下、それまでの自立・挑戦・交流という町政の指針に、継承・団結を加え、新たな挑戦をスタートさせました」

交流促進、外貨創出を担う柏谷氏にとっての新たな取組みは大きく3つあるのだが、そのすべての取組みの前提となる改革がある。それが半官半Xという公務員の働き方改革である。海士町では2022年に「海士町半官半X制度等を定める条例」を作っており、条例では半官半Xを以下のように定義している。

人口減少には一定の歯止めがかかったものの、新しい問題も(資料提供/海士町)菱浦港にある承久海道キンニャモニャセンターに掲げられた前町長、現町長それぞれのスローガン
半官半Xで想定している具体的な内容(資料提供/海士町)半官半Xで想定している具体的な内容(資料提供/海士町)

「職員が、職員としての身分を保持したまま、職員の自発的な興味関心に基づき、勤務時間の一部を利用して地域活性化及び地域課題への取り組みを行うことをいう」

具体的な半X活動には趣味や特技を生かした活動でかつ地域のためになる兼業型、緊急性、公益性のある公務拡大型があり、後者は民間の、地域のために必須の活動を職員が兼務することと考えると分かりやすいだろう。職員が地域の担い手そのものになり、民間とともに課題解決にあたるというやり方である。

これを可能にしたことで柏谷氏の担当する取組みはもちろん、他の取組みも実現性が高まった。行政の仕事には公平性が強く求められるのが基本で、そのために特定の民間企業を推薦する、協働することが難しいのはよくある話だが、人口、企業が少なく、限られたリソースを使って成果を出そうとした時には障壁になりかねない。そこでまず、それを取り払ったと考えると取組みの先進性がお分かりいただけるのではなかろうか。

と言いつつ、島の昔からの半農半漁という暮らしぶりを踏まえているのもうまいところ。昔からそうだったじゃないかと言われれば、多くの人はなるほどと頷き、同意するはずだ。

官民連携のまちづくりにシフト

公務員が地域の担い手として自由に動けるようにした上で3つの取組みである。ひとつは2021年7月にオープンしたホテルEntô。隠岐諸島は2013年にユネスコ世界ジオパークに認定されており、Entôは宿泊施設にジオパークの魅力を体験できる機能を付加したもの。これについては仕事、担い手の生み出し方を取り上げる別の記事でご紹介したい。

二つ目は官民連携による攻めの政策を担う事業会社、AMAホールディングス株式会社だ。この会社は観光、教育、産業、行政などそれぞれの分野の中でより早い意思決定、より強い連携を行うために2018年に海士町の100%出資で設立された。4名の取締役のうち、代表取締役は大江町長だが、残り3名は島内の民間経営者となっている。そのことからもまちづくりを行政主導型から官民連携型にシフトするという意図が見えてくる。

この会社の任務は外貨を獲得(島の場合、稼ぐことは確かに外貨獲得である)、そこで得た利益を町内へ還元すること。具体的な事業は3つ。ここではそのうちのふるさと納税事業で稼ぎ、そこで入ってきた資金を地域の新しい事業に投資するという未来投資事業(未来共創基金)の2つについて説明しよう。

ジオパークの拠点として機能しており、多くの人を集め始めているEntô。人工物が見えないこだわりの眺望が圧倒的ジオパークの拠点として機能しており、多くの人を集め始めているEntô。人工物が見えないこだわりの眺望が圧倒的

まずはふるさと納税。この制度については説明は不要だろう。海士町では2019年8月以降の3ヶ月ほどでふるさと納税の返礼品を80品目から200品目に増やし、それによって2019年に1,516人だったふるさと納税者を2020年に4,994人に増やし、一人あたりの単価も1,000円以上アップさせた。それによって納税額は2019年の約4,000万円が2020年には1億2,000万円ほどに伸びた。さらに2021年には2億2,000万円弱となるなど、上昇基調は以降も続いている。

これだけならどの自治体も力を入れていることだ。だが、海士町が独特なのはそれを行政予算として使ってしまうのではなく、町民が島の未来を創るための地域振興事業に投資、熱意のある町民なら誰もがチャレンジできる仕組みを作ったことだ。

ジオパークの拠点として機能しており、多くの人を集め始めているEntô。人工物が見えないこだわりの眺望が圧倒的ユネスコ世界ジオパークである隠岐諸島ではあちこちでこうしたダイナミックな風景を見ることができる。写真は海士町の菱浦港から15分ほどフェリーで移動した西ノ島の通天橋周辺

ふるさと納税寄付金の一部を島民のチャレンジに支出

小さな島ながら集落は点在しており、そうした地域をつないで情報を届けていくのは大事なこと。菱浦港は図の左上にある小さな島ながら集落は点在しており、そうした地域をつないで情報を届けていくのは大事なこと。菱浦港は図の左上にある

そのために条例を改正して作られたのが、ふるさと納税の寄付金の一部を原資とした未来共創基金。この基金の使い道である町民の挑戦内容を客観的に審査する機関として一般社団法人海士町未来投資委員会も設立されている。

ここでなるほどと思ったのは未来共創基金。ふるさと納税額の22.5%を同委員会に補助金として出す仕組みになっており、投資する案件や内容については議会は関与しない。普通、自治体の出費には議会の議決というワンクッションが必要だが、この仕組みならふるさと納税額と連動してスピーディーに助成できることになる。

では、どんな事業に助成されているか。2021年は2,000万円がナマコ漁師会、海が好きになるマリンボート事業の2つの事業に投資された。

「後者のマリンボート事業は島で飲食店を営む経営者がせっかくホテルを作っても島内にアクティビティが少ないのが問題と指摘、それを埋めるための新規事業として提案。採択されました。ナマコ加工のように既存の事業に投資すると同時に、新たな産業を生み出していくためにもこの助成を上手に使っていきたいと考えています」

2022年度事業には13件のエントリーがあり、うち5件は途中で辞退したものの、最終的に8件の事業申請があり、1次審査を2事業が通過。2次審査に向けて事業の磨き上げをしている段階だという。生き残りをかけた事業がスタートした時点からチャレンジしやすい土壌が評価されてきた海士町だが、現在はそこに新たな資金援助のルートも築かれてきたわけである。

ちなみに未来共創基金のもうひとつの事業は、わがとこバスツアー事業というもの。これは島内でのさまざまな挑戦を知らない島民に知る機会を構築することで応援者になってもらうことを第一の目的としたもの。その上でツアーに役場職員が同行することで、さまざまな事業所との関係を良好にし、結果的にお困りごとに出会える可能性が高まることを副次的な目的としている。

目的は人材の還流を興すこと、そのために滞在人口に着目

一次産業では繁忙期、閑散期があり、通年で人を雇うのが難しいことがあるが、複数の仕事をすると考えれば解決できることもある(写真は大人の島留学で島を訪れた人の現場。写真提供/海士町)一次産業では繁忙期、閑散期があり、通年で人を雇うのが難しいことがあるが、複数の仕事をすると考えれば解決できることもある(写真は大人の島留学で島を訪れた人の現場。写真提供/海士町)

三つ目の取組みは海士町複業協同組合の設立とその運用である。これは簡単に言えばひとつの仕事だけでは繁閑があって雇用できないものの、複数の仕事を組み合わせれば雇えるようになるという発想から生まれたもの。

海士町では2012年から行われており、国はそれを下敷きに2020年に「地域人口の急減に対処するための特定地域づくり事業の推進に関する法律」を施行。海士町複業協同組合はそれに基づいて全国第一号として設立されたものである。簡単に言えばマルチワークを可能にすることで新しい働き方、ライフスタイルを提案するものであり、それによって地域の働き手不足、人材育成に取り組むものともいえる。これについてはホテルEntôについての記事で別途ご紹介したい。

前町長時代に人口減少に歯止めをかけ、現在は官民連携を柱に稼げる町に向けてさまざまな施策を行っている海士町だが、いずれの施策も目指すものは人材の還流を興すことだと柏谷氏。

と聞くと移住、定住を想定するのが一般的だが、海士町では滞在人口、還流人口などといったいくつかの段階の、幅の広い層を想定して還流を考えている。

当初からの事業のひとつで今回は触れなかったもののひとつに教育の魅力化がある。これは地元の県立隠岐島前高校を魅力化し、島外からの生徒を迎え入れるというところから始まった。島留学という仕組みで、この制度はその後、島根県に広がり、全国に広がり、海士町ではさらに親子で、学生が、大人が、企業人がなどと留学する対象者を広げて実施している。この3ヶ月から1年ほど留学のために島で暮らす人達が滞在人口である。

このうちの一部、全体の5~8%ほどは滞在後、1~3年ほど島に暮らす移住人口に移行するそうで、さらにそのうちには3年以上暮らす定住人口となることもあるという。

滞在人口を増やすことで社会増を。さらに将来にも期待

といっても大半の人は滞在後、都市部に戻ってしまう。だが、そのうちにはふるさと納税や出郷者会、観光、帰省などで海士町に関わり続ける人がおり、海士町ではそれを還流人口と考えている。その人たちは他の人に比べて海士町にある程度以上のシンパシーを感じており、継続的に働きかけていけば再度の滞在人口につながる可能性がある。さらにタイミングによっては移住人口に、定住人口に発展するかもしれない。

浅く、広い関係人口より、もう少し深い付き合いの滞在人口を増やすことで次につながる可能性を高めるというやり方である。また、旅行ではない形で一定期間滞在する人口であれば、それを社会増としてカウントすることもできる。

海士町ではこうした滞在人口創出による社会増で2023年5月時点で2,300人、2025年同月時点で2,400人という人口目標を掲げており、着実に滞在する人を増やしつつある。最近ではお試し居住という制度を取り入れている自治体もあるが、その場合の滞在期間はもっと短く、その土地を知るには短い。よく知ってもらった上でその人の人生のステージに合わせて濃淡つけて長く付き合っていこうというのが海士町のやり方なのだろう。

個人的にはこうしていろいろな人が還流、循環していくことで新しいアイディアや発想が生まれ、その実現のためにまた人が入ってくる、他の人とつながるなどといったさまざまな動きを妄想。楽しい期待を抱いた。人口を増やすことはもちろん大事だが、問題は数だけではないはずである。

また、滞在人口増加には大人の島留学という新しい制度その他が大きく寄与しているのだが、これについては他の記事でもう少し詳しく触れる予定である。

公開日:

ホームズ君

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