八丁堀の地名の由来となった川跡に建つ「本の森ちゅうおう」

本の森ちゅうおうの入り口、東側に面したカフェ。午前中の取材だったが日当たりのよさが分かる本の森ちゅうおうの入り口、東側に面したカフェ。午前中の取材だったが日当たりのよさが分かる

東京メトロ日比谷線・JR京葉線八丁堀駅から八丁堀駅前交差点を目標に地上に出ると、南側の中央区立桜川公園の向かいに、好天であればきらきら輝く、大きな窓が印象的な建物を見ることができる。2022年12月4日にオープンした中央区の新しい複合施設・本の森ちゅうおうである。設計は図書館、大学なども手掛ける類設計室。

本の森という名称通り、中心となっているのは2022年の時点で創設111年という歴史を持つ京橋図書館だが、1~2階には郷土資料館が入り、エントランス脇にはカフェも用意されているなど図書館というにはとどまらない複合的な施設である。都心のオフィスも多い地域に立地することもあり、ビジネスを支援する場があるなど、施設だけでなく、機能も多様。さまざまな使い方ができそうである。実際にどんな施設なのかを中央区図書文化財課長の志賀谷優氏の案内で見学してきた。

本の森ちゅうおうの入り口、東側に面したカフェ。午前中の取材だったが日当たりのよさが分かる大きなガラス窓が印象的な本の森ちゅうおうの外観
敷地図を見ると建物の細長さが分かる。掲示の奥に庭が伸びている敷地図を見ると建物の細長さが分かる。掲示の奥に庭が伸びている

まずは建物のある場所について。ここは江戸時代には現在の地名、駅名ともなっている八丁堀の由来である八町堀があったところ。河口からの長さが八町(約872m)ある人口の堀だったことから八町堀と呼ばれるようになったとされており、その後明治13(1880)年の東京府布達で桜川と改められている。近所に楓川があったため、こちらを桜川にしたといわれているが、なんとも風流なことである。桜川の地名は現在、向かいの公園名、お隣の保育園の名称などに残っている。

敷地が川跡だったことを知ると、建物が東西に不思議なほど細長いことの意味が分かる。

「敷地の北側は暗渠となっており、杭を打てません。そこで建物を南側に寄せることにし北側には庭を作りました。でも、そのおかげで建物の長手方向は北向き。図書館の場合、ガラス張りにすると書籍が日焼けするというマイナスがありますが、本の森ちゅうおうは北向きなので日照の影響を受けにくく、それもあって大きな窓を作れました」

これに対して新大橋通り面した東側は陽光が室内に差し込むのを防ぐため、テラスを作って庇代わりに。窓も紫外線を反射するものとしてあるとか。もちろん、日の当たるところには貴重書は置かれてはいない。

本の森ちゅうおうの入り口、東側に面したカフェ。午前中の取材だったが日当たりのよさが分かる工事中の建物を上空から見たところ。写真提供/中央区

森をイメージ、細部にはボロノイ図

建物全体の意図を説明したエントランスの図。ボロノイ図の説明もある建物全体の意図を説明したエントランスの図。ボロノイ図の説明もある

まずは1階から見て行こう。エントランス右手にはカフェがあり、蓋付きの飲み物であれば図書館内へも持ち込みは可能。朝9時、図書館が開く時間から営業をしている。

エントランスに入ると目につくのが天井の照明ライン、床などに広がるボロノイ図。これは平面状に設定された母点と呼ばれる複数の座標をもとに、どの母点に近いかによって平面上の座標空間を分割することで作成される図のこと。

最寄り駅、最短ルートを探す時などに使われたりするのだが、ボロノイ図は葉脈、キリンの模様、トンボの翅、蜘蛛の巣など自然界にあるデザインと非常によく似ている。数学的な図と自然界のカタチの共通性に生命の神秘を感じる人も多い。本の森ちゅうおうは名称からも分かる通り、森をイメージして上階に行くほど明るく、各階に森林の階層構造の名が付けられるなどしており、その細部には葉脈をあしらったデザイン。自然に敬意を払ったデザインということだろう。

総合案内所の向かいには無人の貸出カウンターがある。図書館は2階からで有人の予約/返却カウンターは3階にあるのだが、貸出機、検索機は各フロアに設置していると志賀谷氏。「やはり、あの本借りて帰ろうと思ったときにわざわざ3階に行かなくても自分で貸出処理して持ち帰れるようにするためです」

建物全体の意図を説明したエントランスの図。ボロノイ図の説明もある天井の照明がボロノイ図。知らないで見るとなんだろうと思うが、説明があればなるほど! である
各階に用意された検索、貸出カウンター。図書館も新旧で設備が大きく違うようだ各階に用意された検索、貸出カウンター。図書館も新旧で設備が大きく違うようだ

聞いて驚いたのだが、貸出、返却は無人で機械処理が可能。借りたい本を所定の位置に置けば機械が自動で一度に10冊までの情報を読みとって処理してくれ、それで手続き終了。パスワードを登録しておけば図書館の利用カードだけでなく、SuicaやPASMOなどの交通用ICカード、おサイフケータイなどでも借りることができる。

また、従前は図書カードなどに貸出履歴が残るのが当たり前だったが、この10年弱ほどの間で中央区の図書館では職員は貸出履歴その他の趣味嗜好、個人情報には関わらないようになっているそうだ。

建物全体の意図を説明したエントランスの図。ボロノイ図の説明もある今どきの図書館! と思ったのがこちらの図書除菌機。確かに気になる人もいるのかもしれない

ITを駆使、分かりやすく、楽しい展示の郷土資料館

大型サイネージのあるエントランスホールには木の椅子、テーブルが置かれており、その奥に多目的ホール、一番奥には中央区立郷土資料館がある。エントランスホールは飲食可能で、ランチタイムを過ごす人の姿も多く見かけるそうだ。多目的ホールはイベント、講演会などに使っていく予定で郷土資料館に隣接していることから、展示絡みの内容も考えられる。一般の人も利用も可だ。

エントランスホールから郷土資料館を見たところ。手前のコーナーはご近所の会社員のランチタイムなどにも使われているそうだエントランスホールから郷土資料館を見たところ。手前のコーナーはご近所の会社員のランチタイムなどにも使われているそうだ

郷土資料館は区内明石町の教育センターにあったものが移転してきており、1階が常設展示、2階が地域資料室、企画展示室となっている。このうちで特にお勧めしたいのは中央区の江戸から400年以上の歴史、文化を体験できる1階の常設展示。子どもはもちろん、大人も興奮すること間違いないほどデジタルを駆使し、見せる展示が行われているのだ。

たとえば床の地図は1950(昭和25)年の中央区。昔のココにはこんな建物があったのかと地図上をうろうろするだけで十分楽しいのだが、それ以上に遊べる仕掛けがある。館内に設置されたQRコードを読み取るとスマホやタブレットに「まちブラ中央区」なるクイズアプリが立ち上がり、地図上の地点にまつわるクイズが出題される。通常版のほか、子ども向けにジュニア版もあり、親子で来てそれぞれに楽しめるというのもよい。

館内の展示パネルのなかにはタッチするとさらなる情報がパネル上に出てきたり、出てきた情報を拡大、縮小できたりするものも多く、単に古文書が置かれているだけの資料館に比べるとはるかに理解しやすい。しかも、展示の多くは定期的に入れ替えられるとか。こんなに楽しく歴史、文化に触れられる環境があるのは羨ましいかぎりだ。

ちなみに郷土資料館では家庭にある古い写真や、今では貴重になった品などをデジタル化するなどして展示の中に盛り込んでいくことを考えており、もし、そうした貴重な写真などをお持ちの方はご連絡をとのことだ。

エントランスホールから郷土資料館を見たところ。手前のコーナーはご近所の会社員のランチタイムなどにも使われているそうだ郷土資料館入り口。昔ながらの紙、モノ中心の郷土資料館とはかなり様相が異なる

戦災で焼けなかった希少資料を多数収蔵

ちらと背表紙を眺めながら通り過ぎただけでも資料の充実ぶりがうかがえたちらと背表紙を眺めながら通り過ぎただけでも資料の充実ぶりがうかがえた

郷土資料館2階の地域資料室も歴史、地理に関心のある人なら何時間でもいられてしまいそうな危険な場所。中央区関連の資料の充実はもちろん、東京都、他区の資料も多く集められており、調べものには使いやすそうだ。

「以前は1万冊が開架でしたが、今回は2万冊。歴史文書、たとえば江戸時代から東京に移り変わる時期の資料などが多く、わが家の歴史を調べたいといらっしゃる方も少なくありません。閉架には戦時中の内務省で検閲を受けた図書など希少な書籍もあります」

こうした貴重な資料類が多く所蔵されているのは京橋図書館ならでは。というのは1944(昭和19)年当時、東京には中央図書館としての日比谷図書館のほかに、27の都立図書館があったものの、そのうちで戦災に遭わず、無傷だったのは駿河台、京橋、日本橋、月島の4図書館。しかも、京橋図書館は戦争中も、戦後も休館することなく、閲覧を継続していたそうだ。

この記事を書くにあたり、1911(明治44)年に東京市立京橋簡易図書館として京橋尋常小学校内に誕生したときから今に至るまでの京橋図書館について調べたのだが、戦災で被害を受けなかっただけではなく、大正時代から開架式書架を採用し、児童閲覧室を設置するなど先進性に富んでいた図書館であったことも分かった。1929(昭和4)年に当時の京橋区役所・京橋公会堂との複合施設に新築開館した際には当時の日本最大の開架式図書館、超近代的な図書館として高い評価を受けたとか。

もうひとつ、面白かったのは1961(昭和36)年に新設された実業資料室。開館当初から実業図書室はあったものの、戦時中に自然消滅。名を変えて復活したのは都内では初の試みだったそうで、当時は多数の新聞にも取り上げられた。

今の本の森ちゅうおうにも5階にはビジネス書が置かれたコーナー、調べものや打ち合わせに使えるラウンジ2室が用意されている。公共施設も歴史を受け継ぐものというわけである。

ちらと背表紙を眺めながら通り過ぎただけでも資料の充実ぶりがうかがえた調べもの、資料作成などに重宝しそうな一般学習室

2階に乳幼児、3階にはティーンズコーナー

こどもコーナー。他のフロアに比べると柔らかい雰囲気で書棚も低い。写真提供/中央区こどもコーナー。他のフロアに比べると柔らかい雰囲気で書棚も低い。写真提供/中央区

では、続いて京橋図書館を見ていこう。2階の中央から東側は乳幼児を対象にしたコーナーとなっており、床に座って本を読んだり、読み聞かせのできる場が設けられていたりするなど全体に高さを抑えた作りになっている。書棚には多摩産材が使われており、他のフロアに比べると柔らかい雰囲気が特徴。ベビーカー置き場(1階にもある)、授乳室なども用意されている。

また、お母さんと子どもが一緒に来ることを想定、暮らしに役立つノウハウ書などもまとめて置かれている。12月ならクリスマスなどを意識、パーティーに役立つコーナーを作るなど季節ごとにアレンジする棚もあった。ところどころにはスタッフの折った折り紙が飾られてもおり、和む雰囲気の階である。

こどもコーナー。他のフロアに比べると柔らかい雰囲気で書棚も低い。写真提供/中央区靴を脱いで上がれるスペースも用意されている。読み聞かせなどに使われている。写真提供/中央区
グループ学習室。子どもたちが集まって一緒に宿題をしたり、共同研究をするなどで使われているグループ学習室。子どもたちが集まって一緒に宿題をしたり、共同研究をするなどで使われている

その上階、3階の建物も中央から東側は2階よりももう少し大きな子どもたち、いわゆるティーンズを対象としたコーナーがあり、窓辺には予約制のグループ学習室が設けられている。子どもたちが一緒に宿題や調べものや、グループワークをするための部屋だ。北側の壁際には一般学習室があり、こちらも予約制。一般学習室は3階、4階で計40席。Wi-Fiが使えるので、調べものをしつつ、パソコンを広げてという使い方ができる。

3階西側には貸出・返却の窓口があり、雑誌や新聞もこのあたりに置かれている。個人的に羨ましく思ったのはデジタルで新聞が閲覧できるシステム。スマホ、タブレットで新聞を読むとなると単体の記事しか読めないが、大きな画面で紙面全体を見渡せ、興味がある記事だけを拡大して閲覧できるのは実に便利。紙の新聞とデジタルのよいとこどりとはこういうものをいうのだろう。

また、3階は階下の子どもの声が気にならないよう、せせらぎの音、鳥の声など自然の音を小さく流してもいるそうだ。視覚障害の方向けの対面朗読室もこの階にある。それ以外は階、コーナーごとに特徴はあるものの、一般書架が並んでいると思えばよい。

ゆったり座れる、本に没頭できる空間

東側の席。テラスにもテーブル、椅子が用意されており、気候のよい季節なら外で読書も楽しい東側の席。テラスにもテーブル、椅子が用意されており、気候のよい季節なら外で読書も楽しい

2階に乳幼児、3階にティーンズ、5階にビジネスマン向きのコーナーがそれぞれ配されていることから建物は下から上に年代が上がっていくことを想定しているようだ。どのフロアにもテラスがあり、あちこちに椅子やテーブルが置かれ、本を手にして好きなところに座れるようになっている。古いタイプの図書館の近隣に住むものとしては座りたいと思ったところに座れ、読書に没頭できるのは羨ましい。

「以前は166席でしたが、それが3倍ほどの約450席に増えました。それでも初日は7,000人を超える人が訪れ、一杯になりました。席数だけでなく、窓側に向いた席には照明、コンセントを設置してパソコン、タブレットなどが使いやすくなりましたし、前に比べると一人ずつのスペースの横幅も広げてあります」

フロアの書棚だけでなく、3階、4階には特集コーナーが設けてあり、季節ごとに並ぶ本が変わる。建物内の移動のために建物には南北2ヶ所に階段があるのだが、そのうち、北側の庭が見える、多くの人が移動する階段脇にもお勧め本を表紙を見せて展示。いつも新しい何かが目につくようになっている。図書館の蔵書そのものが毎月変わるわけではないにしても、目にしたことがない本が目に入れば読んでみようという気になる人も多いはず。スタッフの方々の小さな気配りが読書熱につながるというわけである。

東側の席。テラスにもテーブル、椅子が用意されており、気候のよい季節なら外で読書も楽しいあちこちに特集コーナーが作られており、見て歩いているだけで楽しい

もうひとつ、この建物にはこれまでの図書館に無かった魅力的な空間がある。屋上だ。6階に屋上庭園とそれより一段上がった屋上展望台が設けられているのである。移転前の郷土資料館では天体観測などが定期的に行われてきており、新施設でも天体望遠鏡を設置し、定期的に星空観望会が開催される予定。屋上はそのための場として使われるのである。

実際に上がってみると、ちょうどビルのない谷間のような場所に位置しているためか、周囲にはほとんど高い建物がなく、空は開けている。驚くほど開放的で日当たりも良く、ベンチもあってのんびりするには最適な場所。借りてきた本とコーヒーがあれば、ランチタイムどころか、半日過ごせそうな空間でもあり、ご近所に住む、働く人にとってはうれしい場の誕生といえそうだ。


本の森ちゅうおう 
https://www.library.city.chuo.tokyo.jp/contents?5&pid=1943

東側の席。テラスにもテーブル、椅子が用意されており、気候のよい季節なら外で読書も楽しい本の森ちゅうおうの屋上。ベンチも用意されており、子ども連れにも、会社員にもうれしいスペース

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