実はすごい、埼玉県の水辺の変貌
この数年で大きく変わった東京の水辺、竹芝の東京ポートシティ竹芝で開かれたミズベリングフォーラムには、リアルで200人、オンラインで300人が参加した。2年ぶりということもあり、多くの人の期待を受けた開催というわけだが、内容はそれを裏切らないものだった。日本各地での活動報告に加え、最後には緊急参加ということでニューヨークの水辺事情もレポートされた。ここでは当日の様子をいくつか紹介していこう。
会冒頭のインスパイアセッションのトップバッターは埼玉県県土整備部河川環境課の石野剛史氏。海無県の埼玉県は川幅日本一(荒川の堤防間2,537m、平常時)、河川の面積割合日本一(3.9%、2008年当時)で、実は日本一の川の国。実際、埼玉県は2014年スタートのミズベリングよりも早く、2007年から川の再生プロジェクトに取り組んできてもいる。
2013年には「水辺空間とことん活用プロジェクト」が始まり、同年には早くも関東初の河川空間のオープン化に成功する。それが、ときがわ町の都幾川沿いにあるときがわ町河川広場、飯能市の入間川沿いの名栗弁天河原河川広場だ。いずれも水辺のBBQ場である。東京都が隅田川沿いで関東初のカフェの開業を目指していると聞き、それに先んじたいと考えた石野氏が河川占有料を東京の一等地の100分の1に設定してのオープンである。
さらに河川空間のオープン化し、開業数日本一を目指そうと各自治体に声をかけまくったものの、3年間の在職中に開業にこぎつけたのは5ヶ所。水都大阪の8ヶ所(当時日本一)には及ばなかったが、彼の蒔いた種は2019年に12ヶ所の開業に至り、これは河川空間オープン化開業数日本一。
また、本業では水辺を離れたものの、個人としては元荒川沿いにある自治会館みずべのアトリエや越谷レイクタウンのイベントに関わるなど、水辺に関連した取組みを続けた石野氏。狭山市役所の総合政策部政策企画課の北淳氏(前商業観光課)と、5年間をかけて2021年に入間川の河川敷に全国でも河川敷初のスターバックスコーヒーをオープンさせてもいる。それが入間川にこにこテラスだ。市街地に近い場所にあり、かつ堤防と同じ高さに広い河川敷地があるという立地で、開業後は年間24万人が訪れる人気スポットになっている。スタバがあるだけでなく、河川敷を利用してのイベントも開かれており、街の中に水辺に親しめる遊び場が新しく生まれたというのが正しいだろう。
こうした経験を経て、石野氏が次に取り組んでいるのが民間事業者が参画しやすい水辺づくりをすすめるための2021年からの新規事業、県がおもてなし整備を行うオーダーメイドの水辺づくり。この事業では石野氏がいずれ活用したいと考えていた越谷レイクタウンのほか、県内10ヶ所で整備が始まっているとか。地味だけど実はすごい埼玉県の水辺。この事業の成果が公開される日が待ち遠しい。
河川事務所がミズベリングするとどうなるか
続いては2020年7月の豪雨で大きな被害を受けた人吉市の球磨川下りの人吉発船場をリノベーション、地域復興のシンボルとして翌2021年1月に再生された『HASSENBA』を運営する球磨川くだり株式会社の瀬崎公介氏が登壇するはずだったが、諸般の事情から叶わず。この建物はリノベーション・オブ・ザ・イヤー2021年の総合グランプリに選ばれてもいるので、そちらの記事を参照していただきたい。
◆9年目のリノベーション・オブ・ザ・イヤーの収穫。コロナ禍の気づきが住空間の再編へ
2人目の登壇者は国土交通省関東地方整備局 荒川下流河川事務所長の早川潤氏。お題は河川事務所の仕事にミズベリングを入れるとどうなるかというもの。同事務所が担当しているのは荒川の下流部の約30キロ、主に23区内部分で、上流の山間部と違い、生活の場に近いエリアである。そのため、サイクリングや散歩などで訪れる人も多い。その人たちと一緒に川を楽しい場にしていく、SDGs達成に貢献する事業を行う、データとデジタル技術を活用して行政サービスの向上を目指すなど他方面での活動を想定しているという。
印象的だったのは2021年に掲げたという事務所の理念「みんなで一緒にあらかわろう!」という言葉。明解で朗らか、楽しく活動していこうという気持ちが表れた言葉で、聞いていた人たちも同様に思ったのではないかと思う。人工放水路である荒川は2024年に通水100周年を迎えるが、その時に荒川が今よりもっと親しまれる川であってほしいものである。
東京の水辺の10年、市民活動の変化
続いてはミズベリングとほぼ同時期に営業を始めた舟遊びみづはの佐藤美穂氏、佐藤勉氏のお二人。みづはは乗合で、貸切で楽しむことができる最大定員12名のコンパクトな船で、会社員だった佐藤夫妻が脱サラして始めたもの。開業から10年近く、江戸の面影が残る水路を巡り続けてきたお二人がこの間に感じたことのうちのひとつが、水辺の変化だという。
「吾妻橋、小梅橋、竹芝などで船着き場が新しくなり、両国リバーセンターのように民間がホテルやレストランなどを開業したものもできました。水辺の宿「LYURO 東京清澄」や水上ホテル「PETALS TOKYO」、商業施設「東京ミズマチ」などのおしゃれな施設もずいぶんできましたし、天王洲キャナルフェス、隅田川マルシェ、水辺で乾杯などのイベントも開かれるようになりました。国際クルーズターミナル、豊洲市場、有明アリーナなどの設備も増え、隅田川12橋ライトアップ、隅田川テラスのライティングなどで夜間の水辺の雰囲気も大きく変わりました」
設備、条件は整ってきた。これからはそれを自由に使いこなす時代だが、そこが意外に自由でないと佐藤氏。たとえば船着き場の予約は当日はできないため、今日は天気が良いので貸切で運行したいというわけにはいかないのだという。せっかく、ここまで整備してきたのなら、もう一歩である。行政も含め、水辺の関係者にはもう一歩前進していただきたいものである。
前半最後の登壇は滋賀県の公益財団法人東近江三方よし基金の山口美知子氏。この財団は東近江市の市民772人が3,000円ずつ寄付した資金を基本財産として設立されており、その基金を地域に寄与する事業に助成している。そのうちのひとつに地域を流れる愛知川(えちがわ)の環境整備がある。子どもたちにビワマスを見せるため、魚が川を遡上できるように魚道を作ろうというのである。
この事業を助成するにあたり、山口氏はこれまでに出合った企業、団体100社ほどにメールで連絡し、地元企業なども25社ほど回ったそうで、うち約10%から出資に前向きな回答をもらい、助成を実現した。非常に雑にまとめると水辺再生のために資金を提供しようという企業、団体がいて、それを利用して関わる人を幸せにする事業が組み立てられるようになってきたということ。これまで環境のような収益につながりにくい分野の資金は公が担ってきたが、これからは民も関われるようになり、そこにさまざまな可能性が生まれてきたということだろう。会場にいた多くの人たちがこの事業に感銘を受けていた。
川の3次元測量が生まれるまで
短い休憩を挟んで次は国土交通省の、最近活用が進みだした道路、水辺という2つの公共空間を担当する若手職員のトークセッションが行われた。道路では路線を指定してカフェを作ったり、ベンチが置けるようになる「歩行者利便増進道路」、略して「ほこみち」という制度がありる。それを担当する番場良平氏、車中心の街づくりを転換、ウォーカブルなまちづくりを目指す動きを担当する松岡里奈氏が登壇。
水辺では、今回のイベントのテーマである水辺を身近な空間にしようという活動、ミズベリングを担当する坂本いずる氏、省庁、自治体を越えて流域全体での治水対策や、流域治水を担当する山本浩之氏が登壇。それぞれの取組みを紹介した。
どれもこれまでにないジャンルであり、流域治水に代表されるように省庁、自治体、公民など立場や役割などを越えた連携が求められるものでもある。同じ省内にいる人たちが連携するのは当然のことでもあり、今回はその良い機会ということだろう。
その次に登壇したのは公益財団法人リバーフロント研究所主席研究員の中村圭吾氏。テーマは河川の3次元測量である。
中村氏が国土交通省勤務だった2010年当時、地表については空からレーザーを用いた測量が使われるようになっていたが、水中はそのやり方では測れなかった。ところがそんなときにグリーンレーザなら水中も測れるという情報を耳にして開発を推進、いよいよ現場投入という段階で中村氏は福井県河川国道事務所長に赴任。そこで同事務所にいた河川管理課長とともに日本初のグリーンレーザによる河川測量を実施し、それが日本の3次元測量の原点になった。
中村氏はその後、2018年に移動した土木研究所で3次元設計の開発に取り組み、今では3次元で測量、設計、施工が可能になっており、その量は間違いなく世界一とか。しかも、3次元設計に当たっては日本の得意分野であるゲームに使われる圧倒的な画力のあるゲームエンジンを採用。素人でも理解できる3次元図面が作れるようになり、それが地域の河川改修などでの合意形成に役立っているという。
河川の見える化がどのように行われてきたか。開発物語にちょっとわくわくした。
水辺への公平なアクセスが社会的格差解消に繋がる
開催直前に決まったというセッションが、大阪を拠点とする都市デザイン事務所・ハートビートプランの岸本しおり氏、田中咲氏による「NY(ニューヨーク)からみたミズベリング」。2022年4月27日から5月9日にかけて行った研修旅行で見たNYの水辺事情のレポートである。
まず、現在のNYでは屋外空間がフル活用されているという。自分の店の前の車道、歩道を客席として利用する店舗の数、約1万2,000。車道を一時的に、全面あるいは一部を歩行者天国状態にして市民が休憩や、イベントに使えるようになっているところもある。これらは以前からの取組みがコロナ禍で加速されたため。日本でも特例的に道路を使える仕組みが生まれたものの、スピード感は比ではなかったようである。
では、水辺はどうか。お二人が挙げたキーワードのひとつがAccessible。ドミノ・パーク、ブルックリンブリッジパーク、イーストリバーパーク、ピア17、ハンターズ・ポイント・サウスパークと、いくつかの水辺の公園が例として挙げられたのだが、どの公園も水辺にアクセスしやすく作られており、よく利用されている。その結果、公園周辺が魅力的なエリアとして注目を集めるようにもなっている。
これは政策として意図して行われていることだとお二人は話す。NYでよく聞いた言葉がEquity=公平・公正という言葉で、これは物事が偏らないようにすることの意。NYは2015年に出された市の長期ビジョンの中でも公平な都市を目指すことを掲げており、さまざまな施策で格差をなくす取組みがされている。誰もが安全で魅力的なオープンスペースにアクセスできることも格差是正のひとつと考えられているわけである。
コロナ禍をきっかけにオープンスペースの価値を再認識したのは日本も同様だが、その結果としての現在にはかなりの違いがある。その差がどこから生じているか、そこを考えていくことがこれからの水辺も含めた公共空間の活用につながると思う。その点でお二人の発表で印象に残った言葉は「完璧にしてから始めるのではなくやりながら仕組みを構築していく」というもの。最初から完璧を求めていたらいつまでも始まらない。思い切って始めてみるのが大事ということだろう。
これからの公共空間活用を前進させるきっかけに
最後は国交省水管理・国土保全局河川環境課の内藤正彦課長、ランドスケープデザイナーの忽那裕樹氏、建築家の馬場正尊氏のトークセッション「ミズベリングの未来を占う、水辺でナマ会議」。
それまでのセッションの感想や水辺のこれからについて意見が交わされたのだが、そのうちから2点、印象的だったものを紹介したい。ひとつはコロナ禍でストップしたさまざまな動きについて。
馬場氏は直前のNYレポートについて「NYにはすでにコロナ感はないよね」という。それどころか、コロナをうまく利用、プラスに転じさせており、したたかだとも。当然だが、日本もそうしないといけないはず。「転んでもただでは立ち上がらないということです」。
内藤氏も舟遊びみづはの事例に関連して、この2年ほどの停滞について語った。みづはが使うのは公共の桟橋だが、この2年ほどいろいろなイベント等ができておらず、再起動させるのは新たに始めるより大変だという。
公務員は3年ほどで異動することが多く、1年の中止なら問題ないとしても、中止が2年続くと前任者も知らないことになる。それが新たに始めるよりも大変ということになるわけだが、国交省としてはそれでも前へ進むという。止まってしまっていたものをきちんと再始動させる。水辺に限らず、大事な姿勢ではないかと思った。
もうひとつ、何度か繰り返された言葉が全体最適。馬場氏は「こういう都市に住みたいというイメージの共有があって、そこからブレイクダウンして政策、ファイナンス、仕組みその他を考えていくべきではないか」と語った。内藤氏も水管理・国土保全局局長の口癖は全体性だと語り、「部分最適から全体最適という流れになっているのかもしれない」とも。
部分最適は簡単に言ってしまえば街中にたくさんの蛸壺を並べるようなもの。蛸壺内部は快適かもしれないが、街全体で見たときにはあちこちでつまずくし、邪魔だろう。それよりは馬場氏が言うように全体から見て、どの道もつながっている、欲しいところにベンチがあるという街を作るのがこれからやるべきことなのだ。
最後に水辺という公共空間を使うにあたり、NYでは行政の公平性のある投資が民間の投資の呼び水になっているという忽那氏の指摘も挙げておきたい。日本は民間が先にやることが多いが、公共空間という特殊性を考えると、バランスを考えた投資がベースになることは重要だろう。それがより楽しい水辺になることを期待したい。
公開日:




















