大規模な災害に備える津波防災地域づくり法
2022年7月19日に国土交通省は全国の5市町村の効果的な津波防災地域づくりの事例を公表した。津波対策の事例は2019年から毎年4~5事例が紹介されており、全国の市町村で次々と新しい津波対策が生まれている。このように毎年全国の各地で津波対策が整っていくのは、「津波防災地域づくり法(津波防災地域づくりに関する法律)」が存在するためである。
津波防災地域づくり法によって、地方への交付金制度が整備され、市町村が津波防災地域づくりを総合的に推進するための計画(推進計画)が作成しやすくなったのだ。津波防災地域づくり法は、東日本大震災を受けて2011年12月に制定された法律である。津波防災地域づくり法によって、都道府県は津波による災害の発生のおそれがある沿岸の陸域および海域に関する地形、地質、土地利用の状況その他の事項に関する基礎調査を行っている。
都道府県が行った基礎調査によって、津波があった場合に想定される浸水の区域および水深がわかる「津波浸水想定」が設定された。津波防災地域づくり法では、都道府県が「津波災害警戒区域」と呼ばれる特に整備すべき区域を指定することができるようになっており、20の道府県が津波災害警戒区域を指定している。津波災害警戒区域に指定された市町村では、推進計画の策定を進めており、これが全国の市町村で新たな津波対策が続々と生まれるきっかけとなっている。
津波防災地域づくり法が作られた背景
津波防災地域づくり法が制度化された背景としては、2011年3月11日に発生した東日本大震災が契機となっている。津波防災地域づくり法は2011年12月7日に法案が成立しており、東日本大震災を教訓として国も迅速に法整備を行ったことがわかる。
ただし、津波防災地域づくり法が制定される以前も、国は全く津波対策をしてこなかったわけではない。従前は、大規模地震対策特別措置法等の法律に基づき、「L1」と呼ばれるレベルの津波対策を実施していた。
L1の津波とは、「発生頻度は高く、津波高は低いものの大きな被害をもたらす津波」とされている。L1の津波対策は、一定程度の津波高に対して防波堤や防潮堤等を整備するといった対策だ。しかしながら、東日本大震災では各地で大きな津波被害が発生してしまったことから、L1の津波対策では不十分であったことが教訓となった。
そこで、津波防災地域づくり法では「災害に上限はない」という基本姿勢に立脚し、新しい発想で津波対策を推進する運びとなったのだ。
津波防災地域づくり法においては、「L2」と呼ばれるレベルの津波対策を目指している。L2とは、「発生頻度は極めて低いものの、発生すれば甚大な被害をもたらす津波」とされている。L2の津波対策をするには、単に防波堤や防潮堤等を整備するといったハード面の対策だけでは不十分と考えられている。そこで、L2の津波対策では、ハード面だけでなく、ハザードマップの整備等の避難することを中心とするソフト対策も加えられた。
つまり、津波防災地域づくり法では、従来の防波堤や防潮堤等の整備といった「一線防御」からハードとソフトの2つの対策による「多重防御」に転換したことが新しい点となる。
津波防災地域づくり法は、対策する津波をL2に引き上げたことから、まずはL2の津波がきた場合、どのような被害が生じるのか調査することから始める必要があった。調査は全国の39道府県で行われ、津波浸水想定は既に終了している。2022年8月時点においては、各市町村が地域の実情を踏まえ、ハード面とソフト面を合わせた津波対策を策定している状況となっている。
国土交通省による津波対策の支援
津波防災地域づくり法による津波対策は、全国一律で同じ対策を行うのではなく、立地場所の安全度等を踏まえ、地域の多様な実態・ニーズや施設整備の進捗進捗状況等を反映させた柔軟な対応ができることを目指している。
地域の実情に応じてきめ細かな対策を作るには、地域の実情を最も把握している市町村が適任となる。よって、具体的な津波対策を策定する主体は市町村となっているのだ。津波防災地域づくり法の津波対策は国がトップダウンで策定するものではなく、市町村がボトムアップで策定していくものであることから、国土交通省は市町村を支援するサポート役を担っている。具体的には、津波防災地域づくりに関する施策を所掌する国土交通省の関連部局が支援チームを作っており、ワンストップで相談・提案できる体制を構築している。
従来であれば、例えばハード対策で津波防波堤の整備をするには「港湾局の海岸・防災課」、避難施設の整備をするには「都市局の都市安全課」に市町村がそれぞれ相談しなければならなかった。担当部局が異なれば調整に時間もかかり、一体的かつ柔軟な対策を策定することが難しくなってしまう。そこで、津波防災地域づくり法の下では国土交通省の関連部局が一つのチームとなり窓口を一本化することで、市町村が津波対策を策定しやすくなっているのだ。また、国土交通省は、津波対策関連の地方への交付金も充実させている。
例えば、津波防護施設を整備する場合は、国が2分の1を補助する形となっており、市町村の負担は2分の1で抑えられるものとなっている。また、ハード面の対策だけではなく、例えばハザードマップの作成といったソフト面の対策にも交付金が用意されている。
津波・高潮危機管理対策緊急事業を利用すれば、ハザードマップ作りに国が2分の1を補助する形になっているのだ。国土交通省も意欲のある市町村に対しては活用可能な交付金を重点的に配分すると表明しており、市町村も以前より国から資金の交付を受けやすくなっている。
全国における進捗状況
津波対策は全国で少しずつ広まりつつある。津波防災地域づくり法では、津波対策が東日本大震災で被害を受けた自治体だけでなく、全国に広めることを目標としている。2022年5月10日時点において、推進計画(津波防災地域づくりを総合的に推進するための計画)が策定済みの市町村は17市町となっている。
具体的には、神奈川県小田原市や静岡県焼津市、愛知県田原市、和歌山県串本町、高知県須崎市等が策定している。17市町のうち、7市町が静岡県の自治体となっている点も特徴だ。傾向としては、南海トラフ地震の被害が想定されている太平洋側の自治体が多く、日本海側の自治体はではまだ推進計画が策定されていない。
南海トラフ地震の被害が想定されている自治体では計画策定の動きが早く、津波に対する危機意識が高いことがわかる。太平洋側の自治体は、今後も積極的に津波対策に取り組んでいくものと予想される。
令和4年度当初予算で実施される津波対策
国土交通省では、2022年7月19日に令和4年度当初予算で実施される効果的な津波対策を紹介している。紹介されている事例は、「北海道浜中町」と「静岡県静岡市」、「愛知県田原市」、「高知県安芸市」、「静岡県牧之原市・吉田町」の5市町村である。上記のうち、ここでは静岡県静岡市の対策を紹介する。
静岡市では、清水港海岸が南海トラフ地震津波避難対策強化地域に位置付けられている。
静岡市は沿岸部に産業拠点や観光交流文化拠点等の多様な施設が集積しており、また津波到達時間が短いことから、広範囲に甚大な被害が想定されている。静岡県では、津波被害を静岡県特有の課題と認識しており、「静岡方式」と称してハードとソフトの対策を早くから積極的に策定している。
令和4年度当初予算では、静岡市は海岸保全施設と港湾における津波避難施設の2つの整備を行っている。また、地域住民等への津波避難マップの配布や掲示板の設置、防災アプリを活用した避難トレーニング等のソフト対策も従来から取り組んでいる。防災フェスタ等のイベントを行って、市民の津波災害に対する意識啓発を図っている点も特徴だ。
静岡市はハード対策だけでなく、市民の意識啓発といったソフト対策も継続的に行っていることから、津波対策の効果は高いといえる。静岡県の自治体は毎年のように好事例の一つに取り上げられており、「静岡方式」は津波対策における優良モデルになっていくものと思われる。












