デジタル家づくりプラットフォーム『NESTING』実証実験の1棟目が竣工
「家づくり」という行為が、大きく変わる。そして「建築」という行為と社会との関係性が再構築されていく。そんなターニングポイントを、私たちは目にしようとしている。
建築家・メタアーキテクトの秋吉浩気氏率いる株式会社VUILDの『NESTING』は「施主自らが、思い通りに家をデザイン・設計することができる」という、デジタル家づくりプラットフォームである。
その『NESTING』の実証実験として、1棟目の住宅が竣工した。場所は、筆者の住居のひとつ(2地域居住なので)がある北海道の弟子屈町だ。弟子屈町は、摩周湖や屈斜路湖を抱く、自然豊かな温泉の町である。しかし、冬場はマイナス20度を下回ることもしばしばある、住宅にとってかなり過酷な環境なのだ。
実証実験では「施主自らが設計・デザインした住宅」が竣工した。施工は地元の工務店。その住宅は、極寒の地にもかかわらず、寒冷地用エアコンだけで過ごすことができる高気密・高断熱性能(HEAT20のG2相当)を有する。また温泉熱も活用することから消費電力は小さく、ソーラーパネルと蓄電池を設置すれば、それらですべての電力を賄うこともできるという高性能住宅である。
この実証実験についてのリリースを読んだとき、まずは「施主自らが設計・デザイン」でき、「住まいを作る喜び」を提供しようとするところが、筆者の琴線に触れた。しかし、秋吉氏に少々話を伺う機会を得て、さらに氏が上梓した新刊『メタアーキテクト建築』(スペルプラーツ刊)を読んで驚いた。『NESTING』の背景には、中央集権型社会から自律分散型社会へ、という壮大なビジョンがあることがわかったのだ。秋吉氏はソーシャルイノベーター(社会変革者)として、『NESTING』を世に送り出そうとしている。
自由自在に試行錯誤しながら家をデザイン・設計する
『NESTING』をユーザーが利用する際は、以下のような流れとなる。
まず、各地に用意される建設候補地から、風景や文化など好みの土地を選ぶ。自分がこれから描く理想の暮らしをイメージしたなら、ここからはオンライン上で家づくりアプリケーションを利用し、理想とする家を設計・デザインしていくことになる。アプリには、各種テンプレートが用意されていて、それらをセレクトしながら間取りを作っていくと、瞬時に家の形が立ち上がり、同時に見積もりも表示される仕組みとなっている。希望と予算を勘案しながら間取りの調整をしていく。
さらに、住宅の性能もアプリ上で決める。ここでも予算に応じて、設備の種類・断熱材の厚み・建具・内装などを選ぶことができる。ここまでが家づくりアプリケーションによる設計・デザインの段階である。ここから先は、製造・施工部分に入っていく。
アプリで作られた設計データに基づいて、地元で伐り出された木材が加工されて部材となって届く。その部材を使って地元の工務店が施工することになる。
なお、これらの過程全体にわたって、サービス提供者であるVUILDの専門スタッフのサポートが受けられる。
『NESTING』 の3つのイノベーションポイント
「施主自らが設計・デザインできる」というフレーズだけで、すでに『NESTING』はイノベーティブなことがわかるのだが、VUILDによれば『NESTING』のイノベーションポイントは、「UX(ユーザーエクスペリエンス)」「構法」「性能」の3つに分解して表現できるという。
1つ目の「UX」は、つまり体験。コストを検討しながら、施主自ら設計・デザインを決められることだ。施主にとって、建築家とのプラン変更や見積確認のやり取りは、意思疎通が容易ではなかったり、とても時間がかかったりして、非常に苦労することも多い。しかし『NESTING』では、施主自らの手で思いのままにそれができる。しかも、アプリ上で、瞬間的にだ。苦労がなくなるだけではなく、試行錯誤する行為そのものが、家づくりの本質的な楽しさ=体験を取り戻すということになる。
2つ目の「構法」のポイントは、その土地の木を使えることである。近隣にあるデジタル木工機器『ShopBot』で加工された建材で、その土地の工務店が建てることができる。木材や工務店を選ばない、つまりほとんどすべてがその土地で完結できる構法なのである。
3つ目に「性能」。環境性能が高いテンプレートが用意されている上に、調整をしながら性能をカスタマイズし、家自体の消費エネルギーを抑えることができ、発電機と蓄電池を搭載すればオフグリッド住宅も実現可能となる。そして地域材を使って建てることで二酸化炭素を固定化し、ウッドマイレージ(木材輸送時の環境負荷)も劇的に減少する。
この3つのポイントによって、「誰でも」「どこでも」「好きな家」という、「自律分散型地域生産」家づくりが実現する。これは持続可能な地域づくりに必要な要素とされる「自律分散」へのコミットメントでもあり、すでに家づくりの枠組みを逸脱したイノベーションであることに、まず注目しておきたい。
『NESTING』のベースにある「建築の民主化」という思想
VUILD 代表の秋吉氏が、『NESTING』を開発している背景には、「建築の民主化」というビジョンがある。それは「建築家だけではなく、誰もが建築に参加できる世界」にしていこうというビジョンだ。このビジョンが秋吉氏の中に生まれたのは、大学院に進学する頃だという。
幼い頃からぼんやりと建築の道にあこがれ、大学では建築学科に進んだ。そこでは、なんとなくリアリティのなさを感じることがあったという。つまり、大学で学ぶ建築は一部の専門的な知識を持った専門家しか作れない中央集権的な建築で、建築と社会の間にある距離を感じていたのだった。そこに追い討ちをかけたのが2011年の東日本大震災。災害復興で、自分が学んでいる建築という専門スキルが、全く力を発揮できない現状を目の当たりにした。「建築は何もできていない」(秋吉氏)と。
秋吉氏は、建築が社会に必要とされる「別の回路」が作れないかと思った。このことを「建築と社会の再接続」と語っている。本稿の最初で筆者は「再構築」と表現したが、秋吉氏によれば建築は社会と分断されていたのであり、「再接続」させなければならなかったという。その「再接続」とはつまり、建築を広く社会のもの、皆のものとして取り戻す「建築の民主化」だったのだ。
建築を、建築家の「先生」を頂点とするピラミッド型の中央集権的なあり方から、誰もが自由に参加できる自律分散的なあり方へ。それが『NESTING』に託された「建築の民主化」だ。
秋吉氏が大学院時代に「建築の民主化」をイメージしたとき、すでにひとつ高次の視点で問題を考える「メタ化」が始まっていたといえるだろう。自らが建築家として活動するだけではなく、「建築」が社会に対してできることを考える「メタ・アーキテクト=超建築家」として動き始めていたのである。
デジタルファブリケーションというツール
「建築の民主化」というビジョンは、「デジタルファブリケーション」という技術の存在に支えられているところが大きい。『NESTING』のシステムの中では、その構法を支えるデジタル木工機器『ShopBot』がそれである。
「デジタルファブリケーション(以下、デジファブ)」とは、デジタルデータを基にものを作りだす技術・機器のことで、私たちがよく耳にするものでいえば、3Dプリンタである。それらが日本で広まったのは、秋吉氏が「建築の民主化」を意識し始めた大学院時代、ちょうど『Fab Lab』というデジファブ技術を活用した市民工房が日本各地でできつつあった頃だ。そこでは、デジファブ機器を使って、さまざまな人たちが「自分たちが使うものを、使う人自身がつくる」自律分散型のものづくりが展開されていたのを秋吉氏は目の当たりにした。ものづくりの「民主化」が萌芽しつつあったのだ。
『Fab Lab』にのめり込む中で、秋吉氏はデジタル木工機器『ShopBot』と出合う。CNC(コンピュータ数値制御)ルーターで、デジタルデータを基に木材を好きな形に切り出すことができる機械だ。これこそ「建築の民主化」を支えるツールであり、秋吉氏にとって運命の出合いであったと言っていいだろう。
日本では林業の停滞から、伐るべき木が全国にそろっている。『ShopBot』を全国に普及させることが、「どこでも、誰でも」を支える自律分散型生産システムへの足掛かりとなる。故に、秋吉氏がVUILDを起業した当初の事業のベースは、建築家としての住宅設計業務と、この『ShopBot』の輸入販売業務の二本立てだった。
さらにさまざまなデザインデータを『ShopBot』などの加工機で出力するためのクラウドサービス『EMARF』も連携させて提供し、デジファブが根付くエコシステムを構築している。これら総体がVUILDのビジネスであり、すべてが『NESTING』実現の前段となっている。さらには『NESTING』も、「建築の民主化」に向けたひとつのツールなのだ。
「建築の民主化」と林業・木造建築の関係
今回筆者が注目した部分に、「建築の民主化」と「林業」・「木造建築」の関係がある。
持続可能な社会づくりや地方創生などの話題が出るとき、さまざまな意味で注目されつつも、その未来像がはっきりと定義されていないのが森林資源を管理する「林業」ではないだろうか。「林業」には、流通システムに構造的な問題があるのに、そこを打破する発想がなかなか出てきていない。
ところが『NESTING』は、「林業」も自律分散型生産システムに巻き込んでいくことで、その構造的問題を打破しようとしている。地域の木を必要な形に加工して近隣で提供することは「林業」の6次産業化であり、驚くべき流通イノベーションである。そこに気づいた林業・木材関係者は『ShopBot』を入手して、すでに新たなサービスを生み出し始めている。
さらに、秋吉氏は著書『メタアーキテクト建築』でこう語る。「建築の生産体系を自律分散型に書き換えるためには、どの地域でも調達が可能な固有の『木材』を生産体系の中心に据える必要があり、それは産業化以前の日本木造建築の歴史と必然的に再接続することになる」
なんと、デジファブという新たな技法で、かつて大工=建築家が担っていた地域の木造建築・家づくりに回帰していくのだ。かつての大工の職能を、すべての人の手に開放するツールがデジファブであり、プラットフォームが『NESTING』であったということである。
これはつまり、セルフビルドのデジタルバージョンといえる。今回第1号の実証実験の舞台となった弟子屈町は、セルフビルドで家を建てる人も多い。ある意味アナログながら、自律分散型の暮らし作りを模索している人が多いのだ。そんなわが町で、『NESTING』の最初の実証実験が行われたということに、筆者は何か運命的な縁を感じる。
『NESTING』は自律分散型社会を生み出すエコシステム
『NESTING』の「自分で設計・デザイン」「地域の木を使う」「オフグリッド空間」などというキーワードは、新たな暮らし方を求める感度の高いユーザーを集めることになるだろう。今後は、個人の住宅だけではなく、時にはコミュニティ空間作りにも使われていくそうだ。
『NESTING』が多くの人たちに利用され、建築という行為を核に、好きな場所で生き生きと暮らす喜びを掴み取っていく。それは、先に書いた自律分散型生産システムと相互作用して広がっていくのだ。
ここに、秋吉氏の壮大なビジョンがくっきり浮きあがる。「建築の民主化」という思想は、自律分散型社会を支えるエコシステムづくりだ。秋吉氏が考えるポスト資本主義社会のあるべき姿を、そこに重ねている。つまり「社会・産業・経済が、情報技術の発展によって自律分散化していく」社会だ。
この関係性を理解したとき、筆者は秋吉氏の思考と行動の深さに感動を覚えた。秋吉氏は建築で社会を良くしていくことをひたすら考える思想家であると同時に、その実践者として社会を導いていこうという変革者でもあった。VUILDは建築系スタートアップとして、名だたる投資家から出資を受けてスタートしている。それは、秋吉氏のビジョンと社会変革の姿勢への共感の表れではないだろうか。
本稿は本来『NESTING』を解読・紹介すべくスタートしたのだが、その本質である「建築の民主化」という思想の奥深さに感動し、そこを少しでも伝えたいと書き進めた。しかし、ここで表現できたのは、その輪郭のごく一部である。詳細は、秋吉氏自身の言葉で書かれた『メタアーキテクト建築』を手に取られることをお勧めする。
筆者自身、専門的な部分の知識に欠けるため、まだ『メタアーキテクト建築』を完全に読み込めていない、しかし、はっきりとわかったことは、秋吉氏が建築を真剣に愛しているということだ。だからこそ、自らが理想とする社会の中での、建築の存在理由を模索した。つまり自身のポジション探しでもあった。その答えが「メタアーキテクト=超建築家」なのである。
■取材協力
VUILD株式会社
https://vuild.co.jp/
■参考
デジタル家づくりプラットフォーム『NESTING』
https://nesting.me/
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