中之島の文化を残す、戦後の登録有形文化財

中之島は、大阪市北区を流れる堂島川と土佐堀川に挟まれたエリア中之島は、大阪市北区を流れる堂島川と土佐堀川に挟まれたエリア

江戸時代から明治時代に至るまで、物流と商業の中心地として存在してきた中之島。大阪市北区を流れる堂島川と土佐堀川に挟まれたこのエリアは、「水都大阪」として、水運に支えられ発展してきた大阪を象徴する場所だ。特に近年は活発な再開発が続いている注目スポットでもある。2022年2月に完成したばかりの「大阪中之島美術館」や建築家の安藤忠雄氏設計による「こども本の森 中之島」など、大阪市民の文化を醸成する場所も多く生まれている。

この中之島エリアの土佐堀川に面して立つ、古いビルがある。2016年に登録有形文化財とされた「リバーサイドビルディング」は、高度経済成長真っ只中の昭和40(1965)年に竣工されたもので、文化財に認定される建築物の中では、比較的新しいものだといえよう。リバーサイドビルディングは、この場所で時代の変遷をどのように眺めてきたのだろうか?

中之島は、大阪市北区を流れる堂島川と土佐堀川に挟まれたエリアリバーサイドビルディングは、東京大学の教授である岸田日出刀(ひでと)によって設計された

隠れた異業種交流と情報交換の場だった「グリル・リバーサイド」

桐生さんは現在、不動産を有効活用させるためのコンサルティング業を幅広く行っている。(写真提供:きりう不動産信託株式会社)桐生さんは現在、不動産を有効活用させるためのコンサルティング業を幅広く行っている。(写真提供:きりう不動産信託株式会社)

「リバーサイドビルディングのあるこのエリアは、昔からオフィス街でしたが門前町でもありました。当時大阪大学、大学病院もここにあったんです」と話すのは、ビルの所有者であり、きりう不動産信託株式会社の代表取締役を務める桐生幸之介さん。

桐生さんは、父親が大阪大学の法医学者だったことが理由で、幼い頃から今のリバーサイドビルディングがある場所に居住していた。両親の親戚にも財界人が多く、集まれる場所が欲しいという要望があったことがきっかけで、母親が1階に飲食店「グリル・リバーサイド」をオープンすることになった。近隣にあった新大阪ホテル(現・リーガロイヤルホテル)が進駐軍に接収され、洋食を楽しめる店が近所になかったこともあり重宝されたという。有名人や政治家が集う中で、次第にお酒を提供するようになり、「クラブ・リバーサイド」へと変化していった。

「夜の商工会議所、と呼ばれていました。財界や芸能界、メディアの人たちが出入りしていたため、まさに、新聞に出る前の情報が出回っていましたね。同じ業界でもグループが異なると交流がないものですが、店では境界なく情報交換がされていました。いわゆる今でいう異業種交流の場所ですね」。時代を動かす企業や人々が集まるサロン。当時子どもだった桐生さんも、面白がって店によく顔を出していたそう。大手ディベロッパーや世の中を動かす大人たちの話を聞きながら、ビジネスと向き合う姿勢や社会を捉える視点を体得していったという。

桐生さんは現在、不動産を有効活用させるためのコンサルティング業を幅広く行っている。(写真提供:きりう不動産信託株式会社)当時の「クラブ・リバーサイド」の外観。(写真提供:きりう不動産信託株式会社)
桐生さんは現在、不動産を有効活用させるためのコンサルティング業を幅広く行っている。(写真提供:きりう不動産信託株式会社)当時の「クラブ・リバーサイド」の店内の様子。(写真提供:きりう不動産信託株式会社)

不動産信託を生かして「建物と人と地域」を考える

当時はグリル・リバーサイドに船で乗り付ける客もいたそうだ(写真提供:きりう不動産信託株式会社)当時はグリル・リバーサイドに船で乗り付ける客もいたそうだ(写真提供:きりう不動産信託株式会社)

「『建物は、使う人のためにある』と、昔企業の会長クラスの方に言われたことがあります。オフィスでも住宅でも同様。箱だけ作ってもだめ、使う人のことを考えた建物でなければいけません」。現在、桐生さんが可能性を感じて取り組んでいるのが、不動産信託だ。財産を信託し、管理・運用することで利潤を発生させるという信託の手法を活用して、空き家や古民家再生、地方商店街の活性化、さらに特別障がい者扶養信託や高齢者対応不動産信託にも取り組んでいる。

母親が創業した不動産賃貸業の「リバーサイドビルディング株式会社」に、大学生だった桐生さんは1972年に取締役として就任する。その後、不動産仲介会社の「リバーサイドハウジング」、オフィスビルや賃貸マンションの管理会社「株式会社桐生(現在のきりう不動産信託株式会社)」を設立した。不動産に関するニーズに、3社で連携しながら対応してきた。

また、中之島二丁目振興町の会長役も担う桐生さんは、中之島という地域への想いも深い。リバーサイドビルディングと共に並んでいた時代の、歴史ある建物が再開発や相続問題で取り壊されていく現状を危惧し、歴史と文化の足跡を感じられる建物や史跡などを一覧にまとめたマップを作成し、その価値も伝えている。「私たちに取り壊されゆく建物を保存する力はないですが、地域文化や都市の歴史を継承することはできるはずです。そしてそれは街が育っていく上で、重要なことだと思うのです」

当時はグリル・リバーサイドに船で乗り付ける客もいたそうだ(写真提供:きりう不動産信託株式会社)桐生さんが制作した中之島ガイドマップ「好きやねん中之島」。表面には、建物の一覧、裏には、その説明と歴史が書かれている

2031年を見据えて、ビジネスエリアとして大阪の中心を担う中之島を

リバーサイドビルディングから徒歩3分圏内にある、国立国際美術館と大阪中之島美術館リバーサイドビルディングから徒歩3分圏内にある、国立国際美術館と大阪中之島美術館

リバーサイドビルディングは現在、オフィスビルとして活躍している。ビルの2階に、2022年4月にオープンしたコワーキングスペース「いいオフィス中之島 by co-ba nakanoshima」は、会計・財務を中心としたコンサルティング業を展開する「合同会社TUKURU」と提携している。異業種交流が盛んに行われていたかつての「クラブ・リバーサイド」を彷彿とさせる。

急ピッチで進められている中之島界隈の都市計画の中で、最も注目を集めているトピックスは、2031年春開業予定の新たな鉄道路線「なにわ筋線」だろう。将来的には、大阪都心・大阪梅田と海外の玄関・関西国際空港を直結する鉄道ネットワークとして機能すると期待を集めている。

リバーサイドビルディングから徒歩3分圏内にある、国立国際美術館と大阪中之島美術館リバーサイドビルディングの玄関。看板は当時のまま

「『なにわ筋線』の開通に合わせて、中之島の再開発はさらに進むでしょう。今後中之島がインターナショナルシティとなっていく中で、海外のビジネスパーソンたちが中之島を訪れる未来を想像した場合、やるべきことは多い。20年前のモデルケースは今当てはまりません。例えば、現在計画中の外資系ホテルは2031年を見据えた時のマーケットに合わない可能性があるので、来客に合わせたホテル設計も今後必要になるでしょう。ハイクラスの客を受け入れられるような、エントランスやパブリックスペースに予算をかけた超高級ホテルが求められるかもしれません。また仕事で移住してくる場合、海外の方は家族連れで移住するケースがほとんど。同行してくる子どもたちが通えるアメリカンスクールや国際的な教育プログラムである国際バカロレアの認定学校が必要だと思います。家賃50万円以上の高額家賃帯の住居も、中之島には必要になると考えています」

ビジネスの拠点として役割を担ってきた中之島。土地が担ってきた文化と歴史を生かすまちづくりは、土地に関わる「人」が具体的に想像できる、不動産専門家の目線がなければ成し得られないのかもしれない。リバーサイドビルディングはその拠点として、今も中之島の行く末を見守っている。

リバーサイドビルディングから徒歩3分圏内にある、国立国際美術館と大阪中之島美術館1階には昔ながらの喫茶店も入っている