1931年に完成した、国の登録有形文化財

愛知県豊橋市。豊橋駅から北東へ約1.5km、東海地方では唯一の路面電車が走る道路沿いに「豊橋市公会堂」がある。堂々とした風格のある建物。ドラマや映画のロケ地になったこともあり、見覚えがあるという人もいるのではないだろうか。

豊橋市公会堂が完成したのは、市政施行25周年にあたる1931(昭和6)年。建設のきっかけは、諸説あるそうだが、1910~1920年代にかけて起こった大正デモクラシーの頃から大規模な集会が各地で開かれるようになったときに名古屋市公会堂ができ、豊橋でも望む声が市民の間で高まっていたというのが一つ。その後、計画が持ち上がるも一時とん挫。1928(昭和3)年に昭和天皇御大典(即位式)記念事業として、建設が決まった。

完成した年は、満州事変の始まったときでもあった。やがて第二次世界大戦となり、戦況が激化すると、戦火を避けるためにすぐ近くの市役所の機能を公会堂に移したという歴史も。1945(昭和20)年6月の大規模な空襲では豊橋の市街地の約90%が焼失してしまったが、公会堂は被災を免れた。その奇跡により、貴重な遺構として1998(平成10)年に国の登録有形文化財に指定された。

今回、豊橋市、豊橋市公会堂、あいちヘリテージ協議会のご協力を得て、建築の特徴、見どころに迫る。

豊橋市公会堂の外観。真後ろにあたる北側に豊橋市役所、吉田城址を整備した豊橋公園がある豊橋市公会堂の外観。真後ろにあたる北側に豊橋市役所、吉田城址を整備した豊橋公園がある
豊橋市公会堂の外観。真後ろにあたる北側に豊橋市役所、吉田城址を整備した豊橋公園がある豊橋市内を走る路面電車(豊橋鉄道市内線)。豊橋市公会堂は、市役所前停留所下車すぐ

浜松市出身の建築家・中村與資平が設計を担当

設計を担当したのは、豊橋市に隣接する静岡県浜松市で生まれた建築家・中村與資平(よしへい)。東京帝国大学建築科を卒業後、日本の近代建築の父と呼ばれ、東京駅や日本銀行本店などを設計した辰野金吾が主宰する事務所へ就職。わずか3年で第一銀行韓国総支店の設計を任せられると、その仕事の終了とともにソウルで自身の事務所を開所。朝鮮半島、中国で銀行、教会、学校などの建物を手がけた。

そうした経験を積んで東京に戻り、日本でも三十五銀行(現・静岡銀行)本店、静岡県庁本館(ともに国の登録有形文化財)など数多くの設計を担当。その一つが豊橋市公会堂である。

建築様式についてはこのあとでご紹介していくが、ひとまず先に触れておきたいのが、最上部のドーム状のデザイン。モザイクタイルで幾何学模様が施されており、イスラム風の印象をも受けるが、これは中村與資平の好みだったのではと考えられているそうだ。

中村が設計した静岡市役所にもモザイクタイルのドームがある。各地の建物を建築家でみたときに見つけるこうした共通点は面白いものだ。

豊橋市公会堂最上部のドームデザイン。イスラム風、あるいはスペイン風との説がある豊橋市公会堂最上部のドームデザイン。イスラム風、あるいはスペイン風との説がある
豊橋市公会堂最上部のドームデザイン。イスラム風、あるいはスペイン風との説があるドームをぐるりと囲うように4羽の鷲のモニュメントを設置。羽ばたく姿は豊橋の未来をイメージしているという。現在のものは2001(平成13)年の大改修の時に作ったレプリカで、創建当時の2羽分を敷地の東側に飾っている
豊橋市公会堂最上部のドームデザイン。イスラム風、あるいはスペイン風との説があるドームのようなモザイクタイルは通用口の扉横などにも使われている

さまざまな建築様式が調和した美しさ

建設当時、豊橋市内ではほかになかった鉄筋コンクリート造りの3階建て。近代的建築の先駆けといわれる。

2階にあるホールへとつながる大階段の先に見える5連の半円アーチ、その列柱の奥にある玄関はアーチを交差させた交差ヴォールトといわれる形状の天井、外壁上部のロンバルディアバンドといわれる小アーチが連なった装飾などから、城郭建築風、ロマネスク様式を基調としているとされる。

ロマネスク様式を思わせる半円アーチロマネスク様式を思わせる半円アーチ
ロマネスク様式を思わせる半円アーチ玄関の交差ヴォールトの天井。多くの人を誘う入り口の凝った造りが素晴らしい

とはいえ、それは一説で、近代建築の多くがそうであるように、さまざまな様式の影響が見られる。3階のアーチ状になった窓はロマネスクでもありつつ、双子窓の形状はルネサンス様式によく見られるものだ。また、5連のアーチのエントランスや左右に設置された塔とその上のドームといった特徴的な意匠は、アメリカ・テキサス州にあるサン・アントニオ市公会堂にかなり類似しているという指摘も。設計した中村は写真などを参考にしたのではないかと考えられている。

多様な建築様式が見られながらも、それが見事に調和して美しく、ほかにない存在感を醸し出している。

ロマネスク様式を思わせる半円アーチ窓の形状、小さなバルコニーのような装飾など、一つ一つのデザイン性が高い

職人の技も光る、細部まで見応えのある造り

辰野に学び、韓国・中国での経験、そして日本帰国前には欧米を旅行したという記録もある。そうして培われた建築に対する深い見識を持った中村の技は、実に細やかなところにまで行き届いている。

正面玄関の列柱は、古代ギリシアの様式であるコリント式で柱頭飾りが施されている。建築当時に流行していた中村グラニットと呼ばれた人造石で作られたものだそうだ。

3階にある昭和天皇が訪問時に使用した貴賓室の白漆喰の天井も見事な装飾がされている。ライトを配置する部分には花をモチーフにしたデザイン、壁との取り合い部分には渦巻き模様の持ち送りとなっている。

エントランスの柱頭飾り。設計を担当した中村與資平の他の建物でも見られるエントランスの柱頭飾り。設計を担当した中村與資平の他の建物でも見られる
エントランスの柱頭飾り。設計を担当した中村與資平の他の建物でも見られる3階貴賓室の天井に施された装飾

上部にドームのある、左右対称の塔のようになったところの内部はらせん階段となっているのだが、実に美しい曲線を描いている。また、手すりは人造石研ぎ出し仕上げで継ぎ目が見当たらない。

当時の左官職人らの高度な技術に感嘆する。

エントランスの柱頭飾り。設計を担当した中村與資平の他の建物でも見られる美しいカーブを描く階段。艶やかな手すりも必見
エントランスの柱頭飾り。設計を担当した中村與資平の他の建物でも見られる3階からドームの部分に向かう階段。床部分にあたる壁も弧を描いていて、職人の技が光る

市民の文化活動を支える場として未来へつなぐ

多くの人々が集うホール多くの人々が集うホール

2001(平成13)年には、傷みの激しかった外壁をはじめとして大規模な改修を完了。建物前の敷地を憩いの場にもなるよう整備も行った。

完成から90年あまり。2022年3月には市の景観重要建造物に指定された。まちのシンボルでありつつ、講演会、舞踊大会、歌謡大会など、市民の文化活動をこれからも支えていく。

イベントなどに利用されていないときは、事務室に申し出て許可が出れば内部の見学が可能だ。各地に残る歴史的建造物は一つとして同じものはない。豊橋市公会堂も、ここならではの魅力にあふれている。内外ともに細部にまでこだわった意匠をぜひ堪能してほしい。

多くの人々が集うホール階段の丸窓や半円窓にステンドグラスが入っている(現在のものは再現したもので、当初のものの一つが会議室に飾られている)

豊橋市公会堂 http://www.bunzai.or.jp/publichall/
取材協力:豊橋市
     あいちヘリテージ協議会

多くの人々が集うホール屋上から見た市街地。かつては中央に見える道路に路面電車が走っており、公会堂を真正面に見据える風景で、まさに当初からシンボル的存在だったことが分かる。その後、写真の手前、左右に走る国道1号線が整備され、ここの中央が路面電車の線路に変更された
多くの人々が集うホール屋上では城郭建築の特徴もあるとされる。写真に見える手すりにあたる壁は高さ1mもない。ロマネスク様式の時代などに遡れば、城などで敵が迫ったとき、隠れるのに必要最低限の高さ、かつ攻撃するときに隠れながら武器を使える高さなのではとのこと。こういった歴史と建築が深く関係する様式を知ることができるのも興味深い