自由なわが家のためには時間、労力もかかった

経堂の杜の完成までの物語は世田谷区の冊子や書籍などにもなっており、いまだに注目されている経堂の杜の完成までの物語は世田谷区の冊子や書籍などにもなっており、いまだに注目されている

東京都世田谷区経堂の住宅街の中にひときわ緑の濃い一画がある。2000年3月に誕生、22年目を迎えた全12戸の環境共生型コーポラティブハウス「経堂の杜」である。

コーポラティブハウスとは、そこに住もうとする人たちが集まり自分たちで、あるいは全体をとりまとめるコーディネーター、建築家などとともに計画、建築に関わって造る集合住宅のこと。日本の集合住宅市場では消費者はデベロッパーが段取りして建築した住宅を買うのが一般的だが、数はそれほど多くはないものの、住む人が関わる形の集合住宅も1960年代以降、確実に供給され続けている。

経堂の杜は、住環境や地域・都市環境プロデュースに関わるチームネットの甲斐徹郎氏が世田谷区のまちづくりファンドの助成を受けて1997年に運営を開始した「エコロジー住宅市民学校」に参加したメンバーと共に環境共生住宅の実現を目指したことに端を発する。それからほどなく、相続で取得した土地を、できるだけ土地の樹木を残しながら活用したいと考える地主との出会いがあり、コーポラティブ住宅のプロジェクトがスタートした。

1997年6月から経堂エコロジービレッジというプロジェクト名で参加者を募集。土地を購入するのではなく建物譲渡特約付定期借地権(*)で借りることにしたため、募集価格は75m2で約4,000万円と世田谷区の集合住宅としては手頃に抑えられた。それもあって参加者は3ヶ月ほどでおおむね揃い、同年12月には建設組合を結成するに至っている。

ただ、その後にはいろいろな紆余曲折があった。環境共生という言葉自体は最近聞くようになったが、経堂の杜以前には徹底して環境にこだわる集合住宅はほとんどなかった。そのため、どのような内容にするかは自分たちで学び、決めていくことに。企画者が主導するコーポラティブハウスでは住民の会合はおおむね10回未満といわれているが、経堂の杜では建設組合総会を24回、少人数の検討委員会をほぼ同じくらい、計50回ほどの会合を建設期間の2年3ヶ月の間に行うことに。このための時間、労力は少なくない。

また、すべての入居者が自分の希望する住戸を造るために設計には時間がかかった。途中での設計の変更、手戻りもあり、その後、施工会社が決まり、工事が始まってからも調整作業が何度も必要となった。当初99年12月竣工の予定だったが、2000年3月にまで延びた。

経堂の杜の完成までの物語は世田谷区の冊子や書籍などにもなっており、いまだに注目されている既存樹木を活かし、そこに新たな緑を加えていくという当初の計画

変化する余白のある住まい

20周年を記念して庭で行われたバーベキュー大会。住民の皆さんに声を聞いた20周年を記念して庭で行われたバーベキュー大会。住民の皆さんに声を聞いた

それから20余年が経過。縁あって2020年秋に庭で行われた20周年のバーベキューに参加、入居者の方々に話を聞く機会を得た。住み始めて20年後の感想を聞く機会はそれほど多くはなく、どの方の話も印象的だったが、そのうちからいくつかをご紹介しよう。まずは舞台となった庭そのもののこと。

完成時の写真を見ると庭部分は土がむき出しになった殺風景な空間である。完成後もしばらくは草ぼうぼうで蚊も多い、人が入りづらい空間だったとコーディネーターで居住者の一人でもある甲斐氏。

「ところがそのうち、住人の一人がガーデニングに目覚め、何かを植える。最初のうちはガーデニング初心者のごく一部だけが関わる作業だったものが、やっていくうちに花が咲くなど効果が目に見えるようになり、だったら、もっと素敵にしようよという流れが生まれ、進化していく。庭はそのようにして今の形になりました」

20周年を記念して庭で行われたバーベキュー大会。住民の皆さんに声を聞いた完成直後の写真。手前の土の部分がバーベキューが行われている庭部分。20年間で風景が変わったことが分かる

「DIYでベンチが置かれれば、そこでお茶をしたくなるだろうし、たまには屋外で集まろう、焚き火もいいんじゃないか。そうやって変化を楽しむ。経堂の杜にはそうした、住んでいる人が関わる余地、空間の余白があちこちにあり、それが住まいを成長させ、愛着を深め続けています」

経堂の杜では2017年8月から屋上で養蜂を行っているのだが、これも誰かが始めたわけではなく、たまたま蜂が屋上に分蜂(蜜蜂の巣に新しい女王蜂が誕生、古い女王蜂が巣にいる働き蜂を連れて集団で引越すこと)したのを受け、だったら養蜂をやろうと営巣できる巣箱を用意したのがきっかけ。今では地元のパン屋で販売できるほど採取できるようになったそうだが、全員が参加しているわけではなく、やりたい人だけが参加している。

一般の集合住宅であれば共用の空間は管理組合に委託された管理会社がコントロール、使うためにはルールがあり、申請があり、時には費用が発生するが、経堂の杜では敷地内はそれぞれが互いの迷惑にならない範囲で自由に使える。

コロナ禍で制限が厳しかった頃には、ここに住む友人が建物内の共用廊下やベランダ、屋上その他にテーブルを出し、屋外で食事をしたり、肉を焼いたりしている光景がどれだけ羨ましかったことか。自分たちで造った住まいだから自分たちで使い方を決することができる。当たり前のようだが、日本の集合住宅ではそれは当たり前ではないのだ。

20周年を記念して庭で行われたバーベキュー大会。住民の皆さんに声を聞いたやりたい人だけが参加、行われている養蜂。かなりの量が取れるまでになっているそうだ
20周年を記念して庭で行われたバーベキュー大会。住民の皆さんに声を聞いた共用廊下を利用して外で食事をするなど、普通のマンションでは見られない風景だろうと思う

薪ストーブのある家や個性的な間取りも多数

煙突のある住戸には薪ストーブがある。これが現在の様子煙突のある住戸には薪ストーブがある。これが現在の様子

当たり前でない話でいえば、経堂の杜には薪ストーブのある住戸が複数ある。そのうちの一戸に住むAさんは以前、世田谷区の賃貸住宅に暮らしており、経堂の杜のプロジェクトに出合うまでは家を買うつもりはなかったという。ところが、現地がうっそうとした雑木林の森であること、そこに環境に配慮した住宅を作るということに惹かれ、参加することに。

「普通のマンションとは違い、みんなで作るということに関心を持ちました。それは楽しそうだと思いましたし、実際、作っていく過程は面白かった。自分の家だけでなく、外構、植栽、屋上をどうするかなどのやりとりも楽しかったですね」と振り返る。

薪ストーブを作ったのは他の家で設置するということを聞いたため。そもそも、日本で、集合住宅内に薪ストーブが設置できるなどとは思ってもいなかったが、設置できるならと備え付けることにした。

煙突のある住戸には薪ストーブがある。これが現在の様子完成直後の写真。ここでも緑の成長ぶりが分かる

そんな特殊な部屋だと売りにくい、貸しにくいのではないかと現実的なことを考える人もいるだろうが、それが意外にそうでもない。12戸中これまでに2戸が売却されて1戸は新住民が購入して居住、1戸は購入した人が賃貸に出しているが、いずれもこの部屋が良いと選択されている(取材後の2022年2月にもう1戸が売却された)。

緑に一目惚れ。環境にこだわった住まいの魅力

敷地内の圧倒的な緑には訪れる度にびっくりする敷地内の圧倒的な緑には訪れる度にびっくりする

そのうち、Fさん夫妻は築後8年目の2008年に部屋の窓から見える緑に一目惚れして購入、その年の年末に引越してきた。それまで住んでいたのは武蔵野市の井の頭公園近くの、目の前が野鳥の保護区域になっているほど緑の豊かなマンション。ところが、それを遮るような形でマンションの建設計画が持ち上がり、同じような緑を求めて住まい探しを始めたという。

環境が優先だったため、立地にはこだわらず、マンションだけでなく一戸建て、賃貸も含めて幅広く探したが、条件に合うような物件は出て来ず。そうした時に環境共生というキーワードで検索をかけて出てきたのが経堂の杜。下見に来たときに一目惚れ、1週間後には契約となった。住み始める前には使いにくかったらリフォームしようと考えていたそうだが、以前の所有者が細かく配慮して作った間取りは自分たちにも合っていたとFさん。ほぼそのままで住み続けている。

圧倒的な緑という他にない条件が人を惹きつけ、個性的な間取りでも住み心地にこだわった住戸が満足に繋がっているわけだ。これについて甲斐氏は、住民目線で環境や住み心地にこだわった物件はまだ世に少ないという。

環境についてはデベロッパーが植栽などにこだわった物件はあるにはあるが、管理を考えると手間が膨大にならないようにどこかで線を引いている。経堂の杜は落葉の時期は週3日委託している管理会社の掃除だけでは足りず、残る週4日は住民が当番で掃除をするという。季節限定で、わが家を自分で手入れすると考えれば致し方ないわけだが、面倒といえば面倒。それをやり続けてよしと思えるかどうか。大きな魅力にはそのための努力も伴うのである。

賃貸で居住しているGさんは音楽家。以前は大型犬がいたために一戸建てに居住していたが、その犬が死んだことから経堂の杜に引越すことに。鰻の寝床のように細長い住戸に半地下になった防音完備のオーディオルームがあり、1階、2階はメゾネットという特殊な間取り。個性的な物件だけを扱うサイトに掲載してもなかなか借り手が見つからなかったというが、Gさんには運命の部屋。コンサートやレッスンで日常的にオーディオルームを使い倒してきたという。個性的な部屋でもそれが1部屋だけなら運命の相手はきっと見つかるということだろう。

敷地内の圧倒的な緑には訪れる度にびっくりする緑が豊富な分、落ち葉の季節には掃除が大変。特に建物周辺の落ち葉は周囲にも影響があるので掃除は必須

一生住み続けたいと思わせるコミュニティの価値

メゾネットなど複数階にまたがる住戸が多いのも特徴のひとつメゾネットなど複数階にまたがる住戸が多いのも特徴のひとつ

20年という節目だったこともあり、ここに住んでどうだったかという話も出た。土地の環境を生かして建設するというストーリーに共感して参加したEさんは建物の共用部の豊かさ、人間関係に魅力があると感じている。

Eさんの住戸は南に面する1階と地下1階のメゾネット。地震があったときにすぐ逃げられる階数にこだわって選んだのだが、リビングが地下にあるため、採光面ではやや劣る。だが、その代わりに屋上庭園を積極的に楽しむようにしているそうで、一度屋上に上がれば陽光は十分に楽しめる。

勤務していた図書館を退職後に大学で教えるEさんは、コロナ禍で共用部の豊かさをさらに実感したという。オンラインの講義の合間に屋上に上がって深呼吸するだけで気分が変わる。共用廊下は幅が広く、広場のような空間もそこここにあるし、回遊できるような2系統の階段、ビオトープや水路もある。効率的に設計を考えるのであれば無駄と省かれてしまうような空間で、建設費は嵩んだが、その無駄は住み続けるほどに魅力になる。

「子どもたちが幼かった頃はよく敷地内や建物の階段を走り回って鬼ごっこをしていました。経堂の杜にはそういうことのできる余地があり、それが気持ちの良さです」

もうひとつ、ほど良い距離感のある人間関係も他では得難いとEさん。付かず離れずという言葉通りの関係があるというのだ。

猫を飼っているDさんも人間関係を魅力と挙げる。不在時にはペットホテルに預けるのが一般的だが、経堂の杜では猫を飼っている人同士で面倒を見てもらう。鍵を預けてお願いしますといえば、餌をやり、ちょっと遊んでもらえるのだ。互いに信頼関係があってこそのことである。

交流と時間が気持ちの良い人間関係を生む

バーベキューの当日にも収穫した野菜のやりとりが行われていた。羨ましい……バーベキューの当日にも収穫した野菜のやりとりが行われていた。羨ましい……

その信頼関係が育まれたのにはいくつか理由があるとDさん。経堂の杜の入居者は紹介の紹介などで集まった人が多く、最初からある程度の交流があったこと。竣工までに時間がかかり、その間に交流が深まったこと。全12戸と小規模で顔が見える関係性を作りやすかったこと。それが良い意味で現代版長屋のような雰囲気に繋がっているというのだ。

Dさんは近年、野菜作りを趣味としており、屋上の菜園だけでは物足りず、区民農園を借りて栽培にいそしんでいる。当然、たくさんの野菜が収穫でき、Dさんはそれを建物内の集合玄関脇にかごを置いて「ご自由にお持ちください」と並べている。

「ときどき『野菜、美味しかったです』とメールでお礼を頂きます。自分の趣味を共有してもらっていると感じ、互いに与えたり与えられたりする関係、ギブアンドテイクがあるとも思います。ここに暮らすことにはそうした安心感がありますね」

もちろん、20年も経てば不具合も出てくる。Dさん宅でも雨漏りに悩まされたことがあった。だが、実験的な建物でもあり、不都合はあるのは仕方ないとして、それ以上にこういう人間関係がある場所はそうそうないとDさん。これからもできるなら一生住み続けたいと思っているとも。建物以上にコミュニティに価値を認めているというわけである。

ところで、何人かに話を伺ったが、もちろん、全員が参加していたわけではない。餅つきその他の年中行事でも参加しない人もいる。だが、ここに住んでいる人たちには、人にはそれぞれの事情、考えがあろうと各人の判断を尊重する雰囲気があり、参加しない人を責めたりすることはない。それが良い距離感のある人間関係につながっているのだろうと感じた。

購入時には建物にばかり目が行くが、長く気持ち良く住み続けるためには、他人との距離の取り方、人間関係は非常に大事になってくる。コーポラティブ住宅ではそうした関係を作りやすいのかもしれないと思ったものである。

(*)通常の定期借地権付き住宅では契約期間満了後には建物を壊し、更地にして地主に返すことになるが、建物譲渡特約付定期借地権(最初につくばで事業化されたため、つくば方式とも言われる)の場合にはあらかじめ定められた二段階の契約期間のうち、最初の一定期間満了後は地主が建物譲渡特約を実行することで借地権が消滅し、地主が建物を買い取る。入居者は買い取ってもらった費用を得てマンションを退去してもいいし、通常よりかなり安い家賃で住み続けることもできる。二段階目の契約期間満了後は一般の賃貸住宅と同じ家賃水準になる。経堂の杜は当初30年+30年の契約だったが、途中で地主と交渉、現在は50年+10年となっている

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