”事前に復興のことをきちんと考えるべし”
2018年7月の西日本豪雨の際、筆者の親類たちの住む愛媛県西予市の某町某地域は、洪水で場所によっては2階建て家屋の屋根まで浸水。死者も出るなど大きな被害が出た。それ以来、自然災害がいかに予測のつかないものか目の当たりにし、災害に対してどのような心構えや準備が正解なのか、考え続けてきた。激甚化する水害、巨大地震など、自然災害はいつどこで起こってもおかしくはない。
そのような逡巡の中で出会ったのが、「事前復興まちづくり(復興まちづくりの事前準備)」という考え方だ。今回、このテーマについて研究を続けている、東京大学社会科学研究所教授の加藤孝明さんに話を伺った。まちづくりおよび都市計画、防災、地域安全システム学の専門家だ。
「“事前復興”という言葉は、阪神淡路大震災後、国の防災基本計画の中で復興対策の充実が掲げられた際に“事前に復興のことをきちんと考えるべし”といった意味合いで使われるようになりました。現在、事前復興という言葉の使われ方には幅があるようです。まずはきちんと意味を理解することが大切ですね」と加藤さん。
現在の事前復興は「復興準備」と「減災の上乗せ・促進」
加藤さんによれば、事前復興についてさまざまな解釈がある中で、東京都立大学名誉教授の中林一樹さんが示した下記の定義が比較的わかりやすいという。
1)被災後に進める復興対策の手順や進め方を事前に講じておく
2)復興における将来目標像を事前に検討し、共有しておく
3)被災後の復興事業の困難さを考えると、事前に復興まちづくりを実現し、災害に強いまちにしておくことこそ、究極の事前復興計画である
「1と2が、被災した後に円滑かつ適切に復興できるようにあらかじめ準備しておきましょうという意味で、私は“復興準備”と名付けています。国土交通省では、“復興まちづくりの事前準備”という言葉を使っています。3は、“減災の上乗せ・促進”です。例えば、被災すると復興事業が大変だから、あらかじめ、津波に備えて高台移転しておこうとか、密集市街地ではもっと不燃化を促進して燃えないまちをつくっていこうとか、従来やっていた防災まちづくりを、さらに強化していくという意味だと思います」と加藤さん。
復興準備とは、この定義では基本的にソフトを指している。何か定型があるわけではなく、地域によってさまざまな進め方があるようだ。
「例えば、和歌山県では事前に復興計画を策定しています。津波で被災するとわかっているので、事前にどこに高台移転するかといった計画をつくって、その手順をマニュアル化しています。東京都などは復興プロセスを市民と共有したり、行政職員が復興の手順を習熟していくためのトレーニングをしています」
加藤さんは、事前復興には3に含まれるようなハードへの対策も欠かせないと考えている。復興の際に生じるハード面のボトルネックをあらかじめ解消しておく、ということだ。
「例えば、徳島県美波町。津波でまちの中心部が被害を受けたとき、周囲が軟弱地盤のため応急仮設住宅をつくる場所がありません。そうすると、町民は他の地域に移動せざるを得ず、結果としてまちは復興できなくなります。そこで、あらかじめ高台に公園をつくっておき、いざとなったら応急仮設住宅用地として活用します」
どうして経済的負担も時間もかかるハードの対策が避けられないのだろうか。それは、経済成長が見込みにくい今後の日本では、災害である一定以上の被害を受けると、そこから復興できない可能性があるからだという。そのため、まずは復興できるような水準まで被害を抑えることが求められる。それに加え、事前に手順や体制、目指すべきビジョンを考えておいて、復興を加速化することも重要だと加藤氏は言う。
「目指すべき復興のビジョンは、被災前の姿に戻すのではなく、災害後の社会・経済状況へ適応するものとするべきでしょう。被災を契機に質的な転換をはかって、未来を先取りした復興像を目指していくことが大切です」
事前復興は、ここまでの要素を総合的に行うことが理想だ。
プロが策を練ってから住民と共有すべき
復興には行政をはじめ民間企業、住民まで多くの立場の人が関わる。そのような中、事前復興を牽引するのは誰がふさわしいのか。
「第一義的には、行政を含むプロが適切な答えを考えるべきだと思います。その後、ある程度答えが見えてきたら、実際にそれが実現可能かどうか、住民を交えて話をしていく。いざ復興しようとしたときにビジョンが先にあり、それをどのような手法やプロセスで実現していくのかが大切です。今の復興事業は、ただ復旧事業を並べているだけになっています」
異なる2タイプの視点を備え準備を行う
また、事前復興(復興の事前準備)の視点には大きく分けて2つのタイプがあると加藤さんは説明する。ひとつは、野球に例えれば、狙い玉を絞ってホームランを打つ練習をする「マニュアル作成習熟型」だ。例えば、ある自治体は、阪神淡路大震災時の神戸と同様の復興を念頭にマニュアルをつくり、その球(神戸と同様の被災)を打つ練習をしている。ただし、「被災の仕方」が異なった場合は、ホームランにならない可能性も考えられる。
「神戸の被害は局所的で、倒壊した建物も東日本大震災と比べるとそれほど多くありませんでした。より広い範囲が被災し、すべてで再開発や区画整理をした場合、人口が頭打ちの地域ならば、新たに住宅や商業ビルができても空室が埋まらない可能性があります。(安全・安心なまちづくりのために)その自治体の都市構造から見直す必要も出てくるでしょう」
もうひとつは、どのような球が来るかわからないが、どんな球が来ても打てるように練習していくタイプの事前準備である。加藤さんは、「事前に復興課題を理解して、必要とされる政策を検討していくタイプ」と呼んでいる。
「今住んでいるまちにはこんな復興課題が起きそうだ、と、その課題をクリアしながらいい復興にしていくためには、どんな政策が必要なのかきちんと考えていくことが大切だと思います。これは“復興まちづくりイメージトレーニング”と呼ばれています」
実は、復興の事前準備には2タイプの視点とも必要だ。適切な復興とは何かを考えたうえで、どのような球に対しても対応する方法が検討され、円滑かつ速やかに復興が進むような準備ができている状態が望ましいからだ。
防災まちづくりの”フェールセーフ”であれ
最後に、加藤さんが考える「災害復興の6つの法則」を紹介いただいた。
1)どこにでも通用する処方箋はない
時代や災害特性が変わり、地域特性が違っていれば、異なる処方箋が必要になる。それらが違うと通用しなくなり、既存の復興政策は常に陳腐化する。
2)災害復興は社会のトレンドを加速させる
例えば、過疎化している地域では復興を通じて過疎化が加速し、途上国のように、成長している地域では成長が加速する。中国の四川地震も一例だ。そのため、時代を先取りすることが重要である。加速すべきでないトレンドと、加速させるべきトレンドとを峻別したうえで、政策を考えていく必要がある。
3)復興は従前の問題を深刻化させて噴出させる
復興の際に新しい課題はなく、実は前からあった課題が深刻な状態で出てくることが大半。「人口減の問題も然り。ですから、復興の事前準備はできるはずです」
4)復興政策は過去に使ったことのあるもの
復興で使われる政策は、基本的に、過去に使ったことのあるものに限定されている。被災後では考える時間がないため。しかし、時代のトレンドがその政策に見合っていなければ無意味。「例えば、経済成長期型の政策を、成長しない社会に当てはめると失敗してしまいます」
5)成功の一条件はコミュニティが引き出されていること
成功している復興は、被災者・被災コミュニティの力が引き出されている。ここに焦点を当て復興を考えていくと、いい復興になる可能性がある。
6)成功の一条件は時間軸と空間軸を見渡す目
時間軸近くを見る目と遠くを見る目、空間軸で近くを見る目と遠くを見る目が必要。「要するに、明日の飯をどう食うかという被災者救済の視点と、この地域の持続性、孫の世代にどういう集落、まちを残していくんだというバランスが求められます。空間軸では被災した個人の敷地も大切ですが、地域全体を考えることも必要」
事前復興は防災まちづくりの立場ではフェールセーフなのだという。フェールセーフは、“失敗しても大丈夫な状態をつくっておく”ということ。
「まちを安全にするには時間がやたらとかかるので、間に合わないことあるでしょう。仮に間に合わず被害が出たとしても、復興できるような準備をしてあるのが事前復興。ですから、防災まちづくりのフェールセーフなのです」
現実的な災害への備えが事前復興、ともいえるだろう。自然災害の多発する日本で、こういった考え方があり、専門家や行政とともに備えるという選択肢があるのは心強い限りではなかろうか。









