移住のきっかけにもなる、深刻な「国民病」の花粉症

花粉症で多くの日本人を悩ませるスギ花粉症で多くの日本人を悩ませるスギ

「花粉症がひどくて、スギ花粉が家まで追ってくるんです。いきなり移住するのではなく、北海道か沖縄で二拠点生活をしようかと思っていて…」

本州では花粉への警戒が強くなる時期だった。2022年2月、北海道旭川市で筆者が経営するゲストハウスに、首都圏在住のゲストが訪れ、悩みを明かした。

これより前、北海道移住のイベントでは「花粉症の人にとって北海道は天国です」と聞き、別のゲストが「こっちに来て楽になった!」と喜んでいるのを見たこともある。本州で花粉症に苦しむ人にとって、北海道は“避難地”でもあり、現実的な移住先になっている印象だ。

道内では確かに、スギ花粉の影響はごくごく小さい。筆者は旭川に移住してまもなく3年半になるが、スギの花粉症に苦しんでいる人に出会ったことはない。

街路樹としても多く植えられる、北国らしい雰囲気を演出するシラカバ街路樹としても多く植えられる、北国らしい雰囲気を演出するシラカバ

一方で、悩みを時々聞くのはシラカバ(カバノキ科)の花粉症だ。街路樹として見かける機会が多く、それほど標高が高くない場所でも多く自生しているシラカバ。白い樹皮は美しく、北国らしいたたずまいが魅力だが、花粉症患者にとっては“強敵”だ。

本州とは違った北海道の花粉事情やアレルゲンの種類、対策を紹介する。

北海道ではスギ花粉の影響はゼロ? 実態を調べてみると

本州で花粉症といえば、真っ先に浮かぶのがスギやヒノキだ。特にスギは、花粉症の中で日本で最も多くの人が悩んでいるとされ、「国民病」とも呼ばれている。論文「鼻アレルギーの全国疫学調査2019」(松原篤他)によると、2019年のスギ花粉症を抱える人の割合(有病率)は全国で38.8%で、1998年の16.2%から大幅に上昇した。

その論文で都道府県別の有病率を見ると、北海道は5.6%だった。東京(47.0%)、山梨(65.0%)、栃木(56.7%)といった関東地方に比べると圧倒的に少ない。北海道立衛生研究所(道衛研)によると、北海道のスギは道南に分布し、札幌など他の地域でも公園や神社などに植えられているケースがあるが、その影響は本州に比べるとかなり小さい。

2019年調査の、都道府県別のスギ花粉症の有病率 ※「鼻アレルギーの全国疫学調査」(松原篤他、2020年)より引用2019年調査の、都道府県別のスギ花粉症の有病率 ※「鼻アレルギーの全国疫学調査」(松原篤他、2020年)より引用

時期にも違いがある。本州ではスギ花粉は2月ごろから飛散し、春先にピークを迎え、1年の約3分の1という長期間に及ぶ。一方で北海道では、道衛研によると本州で多い時期にはほとんどスギ花粉は観測されていない。

道内の花粉症の中心はシラカバ。5月ごろがピークに

北海道らしい樹木で、店舗のオーナメントとして、近年では家具材としても注目されているシラカバ。道内では、シラカバが春の花粉症の主なアレルゲンになっている。

道衛研が過去のデータを基にはじいた「例年値」によると、本州に近い函館は4月28日、札幌は4月24日、最北部の稚内は5月9日にシラカバ花粉の飛散が始まる。

道立総合研究機構の林業試験場が発行した「北海道におけるシラカバ花粉予報」(2012年3月)によれば、6月上旬にかけて開花して花粉を飛ばし、風に乗って数十km飛散するため、広範囲に影響を与えている。同予報によると、北海道の広葉樹(天然林)のうち、シラカバ花粉症を引き起こすカンバ類(シラカバ、ウダイカンバ、ダケカンバ)が2割を占め、最も資源量が多い。

シラカバの雄花(提供:北海道立衛生研究所)シラカバの雄花(提供:北海道立衛生研究所)

シラカバ花粉症の特徴として、口腔アレルギー症候群(OAS)を発症することが多い点が挙げられる。北海道薬剤師会ホームページのQ&Aによると、その割合は40~50%で、スギ花粉症でのOAS併発は7~17%のため、シラカバの高さが際立っている。

シラカバ花粉症になると、鼻水や目のかゆみ、くしゃみなどスギと同様の症状が出るほか、リンゴやサクランボ、モモといった幅広い種類の果物を食べたとき、OASを発症するケースがあるため、注意が必要だ。バラ科の果物には、シラカバ花粉症を引き起こすものとよく似たたんぱく質が含まれるため、体がシラカバと勘違いし、のどや口の周りにかゆみや腫れが生じるといわれている。

都市部でシラカバ花粉が増加? 抑制への取組みも

林業試験場が育成に取組んだ、花粉の少ないシラカバの培養苗 ※(地独)北海道立総合研究機構提供林業試験場が育成に取組んだ、花粉の少ないシラカバの培養苗 ※(地独)北海道立総合研究機構提供

シラカバの雄花は夏に形成・成長し、気温・日照時間・日射量が翌年の飛散量を左右する。その量は、大まかには1年ごとに増減を繰り返しているが、長期的な傾向はつかめていないという。1996年からシラカバなどの花粉の飛散状況を調べている道衛研によると、札幌の観測点では2020年に過去最高の量が確認され、増加しているとみられるものの、道内全体でみると、明確な変化があるとはいいにくい。

医療現場からも都市部を中心にシラカバ花粉症が増えているという報告はあるが、その原因は特定されておらず、スギ花粉症に比べると研究の歴史が浅いとされている。

このため、行政機関もあの手この手で対策に乗り出している。抜本的な策としては花粉を作る花の数そのものを減らすことが有効だ。林業試験場ではかつて、街路樹の維持管理の一環でシラカバをせん定することで、雄花の花粉が減ることを突き止めた。2001年の1月にせん定した場合、翌年に10分の1ほどに、翌々年には5分の1ほどにまで減った。

さらに、雄花の少ないシラカバを組織培養で増やす取組みも実施。2001~2002年の重点研究として、街路樹のシラカバから、花粉(雄花)が少ない個体を見つけて育成。道内4カ所でクローン苗を植え、調査可能になった2016年より後に4年間かけて、花粉量を調べた。飛散量が多かった2018年と2020年で比べると、クローン株は花粉量が一般的なものの5.6%にとどまったという。

このクローン苗の生産ノウハウは民間会社に提供しているため、今後は街路樹などでの活用が増えると、花粉の飛散量の減少が期待される。

林業試験場が育成に取組んだ、花粉の少ないシラカバの培養苗 ※(地独)北海道立総合研究機構提供林業試験場が育成に取組んだ、花粉の少ないシラカバの培養木 ※(地独)北海道立総合研究機構提供

ハンノキ、イネ科、ヨモギ…。シラカバ以外も無視できず

前出の論文「鼻アレルギーの全国疫学調査」によると、2019年の調査では、北海道でスギ以外の花粉症を抱える人の割合は27.3%。全国の25.1%よりも高く、スギの影響が小さいとはいえ、花粉症への警戒は、手を抜けそうもない。

また雪に覆われる長い冬があり、飛散時期は本州に比べて短いものの、北海道ならではのシーズンも把握しておきたい。5月にピークを迎えるシラカバ以外にも注意すべきアレルゲンがある。

札幌市の「花粉カレンダー」(2010年)を例に挙げると、雪が残る3月〜4月ごろにハンノキの花粉が飛び、6月にはイネ科の植物が多くなり、8~9月はヨモギ属が中心となる。1年のうち半分ほど花粉に悩まされる人がいるイメージだ。

ハンノキはシラカバと同じカバノキ科で、抗原性が共通しているため、シラカバに反応する人はハンノキの花粉でも症状が出る場合がある。

ハンノキの雄花(提供:北海道立衛生研究所)ハンノキの雄花(提供:北海道立衛生研究所)
ハンノキの雄花(提供:北海道立衛生研究所)3月ごろ活発に花粉を飛ばすハンノキ(提供:北海道立衛生研究所)

イネ科の植物は、牛のエサの牧草になる「チモシー」「オーチャードグラス」などが知られている。道衛研が札幌で観測したデータ(2018~2021年)によると、ピークは6月だが、飛散は5~10月ごろと長期にわたる。論文「札幌周辺の花粉症」(1995年、山本哲夫他)によると、札幌などでは現在のようにシラカバ花粉症が多くなる前、1980年代初頭までイネ科の花粉症が多かった。変化の原因には宅地化などが考えられるという。

ヨモギ属と同じキク科では、セイタカアワダチソウが身近でよく知られ、空き地などに多く分布している。ただ花粉が重いために遠くに飛びにくく、虫が媒介することから、花粉症の原因植物としては重視する必要はないという。

ハンノキの雄花(提供:北海道立衛生研究所)北海道立衛生研究所のホームページにある札幌市の「花粉カレンダー」

飛散量と時期を要チェック。本州と同様の対策を

花粉症の予防・治療にあたっては、北海道でも本州と同じように、基本的な対策が必要になる。飛び始めから治療を始める「初期療法」に加え、飛散シーズン中の投薬による症状の軽減、マスクやメガネの着用、手洗い・うがいなどが効果的だ。

身近になったマスクについて、道衛研によると、具体的なデータはないが「新型コロナウイルス感染拡大による外出自粛やマスクの着用などが、花粉症の予防につながる可能性は考えられる」としている。また福井大学の2021年の調査によると、コロナ対策でマスク着用が習慣になったことで、感染拡大の前後で比べると、小学生のスギ花粉症は半減した。

道衛研はこれらの対策に加えて、気候や植生の変化で、飛散量は今後も変化していくため、花粉の種類ごとの飛散時期や量といった情報を把握することが重要だと示している。

北海道ではスギ花粉の影響はごくごく小さい。一方で、悩みを時々聞くのはシラカバ(カバノキ科)の花粉症だ。本州とは違った北海道の花粉事情やアレルゲンの種類、対策を紹介する。ハンノキ花粉の飛散量を知らせる北海道立衛生研究所のホームページ

面積が広大な北海道。シラカバ花粉が飛び始める時期に2週間以上のラグがあるように、地域ごとに気候や植生が異なる。道衛研では1996年から観測を始め、道立保健所の協力を得ながら現在では7か所で調査。その結果をもとに、アレルゲンごとの飛散量予測や飛散状況などを随時ホームページで公開している。また日本気象協会や、一部の保健所・クリニックなどでも飛散情報を発信している。

雪が解けると北海道の植物は一気に芽吹き、やがてまぶしい緑が広がる。スギ以外の花粉症を抱えても、地域ごとの情報をこまめにチェックしつつ、治療や普段からの予防策を組み合わせ、北海道の暮らしを楽しみたい。

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