知見を集め、まずは民間で参考になるものを

平成30年7月豪雨の際の鴨川平成30年7月豪雨の際の鴨川

2021年7月、一般社団法人住宅生産団体連合会(以下住団連)の「住宅性能向上委員会」が「住宅における浸水対策の設計の手引き」をまとめて公表した。

住団連はプレハブ、ツーバイフォー、木造など構造、工法の異なる9つの業界団体を中心にハウスメーカー、工務店はもちろん設備メーカーその他住宅に関連する団体で構成されており、住宅性能向上委員会はこれまで省エネ性能を中心に住宅の性能向上のための調査、検討、提言等を行ってきた。

ところが、この数年で水害が頻発。それに対して住宅業界としてなにかしらの対応が必要なのではないかという検討が始まった。当時、住宅を対象とした国の基準、ガイドラインなどはなく、整備されるまでには時間がかかりそうであったことから、まずは民間が先行して取り組む必要があると判断し、国土交通省にも相談しながら、2021年1月から有志での勉強会を立ち上げたという。

「梅雨の出水期が迫っており、半年のスケジュールで最初の2~3ヶ月は知見を集めるところから始まり、急いで作業を進め、少し遅れたものの7月にリリースすることができました」と勉強会の委員であり、性能向上委員会ワーキンググループの主査を務める積水ハウス株式会社渉外部の高木淳一郎氏。

手引きは住宅の設計者が見ることを前提に第1章の目的に始まり、第6章の設計例に至る130ページの大部。そのうちには専門的で難しい部分がある一方で、家を建てる人があらかじめ知っておいたほうが良い部分も多数ある。以下、必要と思われる部分についてご紹介していこう。

浸水が想定される地域で「完全」に浸水を防ぐのは難しい

ハザードマップが予測する浸水深が50cm以下という場合には基礎の高さがどのくらいかによって浸水するかどうかが変わってくるハザードマップが予測する浸水深が50cm以下という場合には基礎の高さがどのくらいかによって浸水するかどうかが変わってくる

最初にもっとも大事なことを書いておきたい。現時点での知見、技術では浸水の被害が想定されている地域で対策を講じたからといっても浸水を「完全」に防げると考えるのは無理があるということだ。想定される浸水の深さ(浸水深)が建物の基礎天端(基礎の一番上部)よりも浅いなど一定の状況下でなら住宅本体への浸水を防ぐ手も考えられないではないが、それ以上、たとえば1階床よりも浸水深が深くなった場合には浸水を防ぐことはできない。

これについて手引き41ページが非常に分かりやすい説明をしているので、少し長くなるが引用したい。

(前略)1階床より浸水深が深くなった場合、玄関ドア、勝手口ドア、掃き出し窓、基礎換気口、配管貫通部等の浸水経路となり得るすべてに浸水対策が講じられていないと、浸水を防ぐことは出来ない。
 現時点では、これらの対策方法が十分に整備されておらず、現実的には住宅本体で浸水対策は難しい。(中略)
例えば、一般的に住宅用の玄関ドアや窓は「強風時に雨水を内部に浸入させない性能」は有しているが、「浸水時の外部からの水圧に対して水を遮断する性能」は持ち合わせていないためである。

「地震や雪については建築基準法、品確法などで基準が定められている。ところが水害、浸水被害について定めたものはこれまでありませんでした。現在、国でも問題を整理、検討が進められているが、今のところ、住宅に対する法的な基準の制定にまで至っていない。住宅はもちろん、設備、建材なども含めて検討していくべき問題です」と勉強会の座長を務めた積水ハウス商品開発部の高岸毅氏。住宅は多くの部材から組み立てられており、どれかひとつの性能をあげたからといって浸水が防げるわけではないのである。

玄関ドアには浸水に抗する機能は付加されていない玄関ドアには浸水に抗する機能は付加されていない

また、ハザードマップが予測する以上の浸水深になってしまったら対策をしていても防ぐことができない場合もあり得る。

そこで手引きでは冒頭に設計に当たって以下の3つの方針を打ち出している。手引きで整理された各種の対策が何を目的にしているか、である。それが
①住宅内への浸水を防ぐ
②浸水が防げない場合は、被害軽減、被災後の早期復旧及び継続使用を可能にする
③命を守るために住宅外への避難が最優先であるが、住宅内での避難も考慮する

想定される浸水深が浅いのであれば①を考え、深くなればなるほど②、③は浸水深に関わらず、万が一逃げ遅れたときに垂直避難を考えるという意味である。

床下浸水時の復旧工事費は新築工事費用の1%程度

想定される浸水深がそれほど深くない場合にはエアコンの室外機など戸外にある住宅設備を高い位置に設置しておくだけである程度は被害を防ぐことができる想定される浸水深がそれほど深くない場合にはエアコンの室外機など戸外にある住宅設備を高い位置に設置しておくだけである程度は被害を防ぐことができる

手引きでは以降、過去に起きた浸水被害状況の確認、それによって復旧工事にどのくらいの費用がかかったかを精査、浸水深によってどのような対策があり得るかと順にまとめているのだが、一般の人にとってもっとも知りたい部分は浸水深によってどのような被害が出るのか、復旧のために費用はどのくらいかかるのか、対策としてどのようなことが考えられるのかということだろう。そこで以下、同手引きから気になる部分を簡単に紹介する。

浸水想定区分1⇒床下浸水

手引きは独自に浸水想定区分を建物の部位の高さに応じて5つに分けている。そのうち、浸水想定区分1の浸水深は現況のGL(地盤面の高さ。グラウンド・レベルあるいはグラウンド・ライン)から基礎天端まで。具体的には50cm以下の浸水を想定している。基礎はコンクリートで一体成型されているため、浸水深が基礎天端以下であれば浸水経路は玄関ドア、基礎貫通配管部等に限定されるため、浸水対策は比較的講じやすい。床下浸水と考えれば分かりやすいだろう。

被害としては床下、玄関土間への汚泥の流入、給湯器、エアコン室外機等の屋外設置設備の浸水と、それによる不具合、配管への汚泥の逆流による詰まりなどが想定され、復旧工事費は新築工事費用に対して1%程度とそれ以上の浸水に比べるとかなり軽微で済む(復旧工事費の割合は以下すべて新築工事費用に比べた場合のもの)。

想定される浸水深がそれほど深くない場合にはエアコンの室外機など戸外にある住宅設備を高い位置に設置しておくだけである程度は被害を防ぐことができる西日本豪雨水害 室外機
想定される浸水深がそれほど深くない場合には基礎を高くすることで浸水被害を防げることもある想定される浸水深がそれほど深くない場合には基礎を高くすることで浸水被害を防げることもある

建築基準法で基礎の高さは30cm以上と定められており、実際には40cm程度で作られていることが多い。水害ハザードマップは自治体によって差があるものの、一番浅い浸水深を50cm未満としていることが多く、実際にどの程度になるのかはいまひとつ、はっきりしない。その状況で安全を考えるなら、基礎を50cm以上にすることが対策として考えられる。

「敷地全体に盛土して嵩上げするというやり方と高基礎という2つの対策が考えられますが、盛土にすると擁壁あるいは地盤改良が必要で費用がかかるので、基礎を高くするのが現実的です。ただ、玄関までのアプローチが長くなって階段が増えるなどのデメリットもあります。また、日照、景観など、近隣への配慮も必要になります」(高岸氏)

加えて基礎換気口やコンクリートの打ち継ぎ部分、玄関ドアなどの止水対策も考えれば、この深さまでの浸水であればある程度は防ぐことができるのではなかろうか。購入予定地が周囲から高台になっているなどで想定される浸水深以上高くなっていれば、それだけでもだいぶ安心なのではないかと思う。

基礎の高さについては新築する時だけでなく、既存住宅や建売住宅を購入する場合でも見れば分かる部分である。ハザードマップと合わせてぜひ、チェックしてみて欲しい。

床上浸水になると復旧工事費用は30~50%に大幅アップ

台風19号豪雨水害 荒川河川敷台風19号豪雨水害 荒川河川敷

浸水想定区分2⇒床上浸水

次のレベルは床上浸水だが、手引きはこれを区分2から区分5の4つに分けている。そのうち区分2はGL+1.5mとなっており、これを超えると1階すべてを交換する必要が出てくる。この高さまでであれば高基礎による対策もあり得るという。

被害としては床下浸水時のものに加え、浸水した内外装への浸水、汚れなどが加わり、さらにキッチン、風呂、トイレその他の屋内設備機器に浸水、不具合が出ることが想定されている。復旧工事費用の割合は30~50%と床下浸水に比べると一気に高額になる。

また、ここではプロならではの指摘がされている。住宅の重量にもよるが、床下、床上の浸水対策を十分に施した場合、浸水深が1m程度でも浮力が作用し、基礎を含めて住宅全体が浮き、移動する危険があるというのだ。それにより、被害及び復旧工事費の増大が考えられるとしているが、ここでの浸水想定区分には浮力の影響は想定されていない。今後の課題ということだろう。

浸水想定区分3⇒1階天井下まで浸水

床上浸水のうち、GL+1.5m以上で、1階でも天井までは水が到達しないレベルを想定。1階天井を超えると復旧工事の範囲がさらに一段広がるためで、ここまでの場合の復旧工事費の割合は40~70%程度。想定区分2以上に内外装、設備類にダメージが出てくる。

この2つの想定区分への対策は水が来るところに浸水で影響を受ける設備機器類を配さない、生活の場を2階にして被災後も住み続けられるようにするなどが主なところ。キッチン、バスなどの高額な住宅設備が2階にあれば、復旧のための費用も抑えられる。1階をピロティとし、2階に玄関を配するのも手だろう。冒頭の3つの方針のうちでは②の被害軽減、被災後の早期復旧及び継続使用を可能にする対策を考えるレベルということになる。

台風19号豪雨水害 荒川河川敷台風19号豪雨水害 荒川河川敷

1階の天井より上に浸水した場合には建替えに近い費用がかかることも

令和2年7月豪雨後の天ヶ瀬温泉 大分県日田市天瀬令和2年7月豪雨後の天ヶ瀬温泉 大分県日田市天瀬

浸水想定区分4以上は冒頭の方針でいえば③の命を守るために住宅外への避難が最優先であるが、住宅内での避難も考慮するというレベル。在宅避難ができるよう、救助してもらいやすいような対策を打つようなことになる。

具体的には2階以上に救助可能なバルコニーや屋根への出入り口を設ける、3階以上にして3階に生活に必要な部分を設けておくなどが想定される。

浸水想定区分4⇒1階天井下から2階床上まで

ここまで浸水すると復旧工事費用は50~80%程度にまで膨らんでくる。

浸水想定区分5⇒2階床上越え

2階の床を超えた場合には2階に設備機器類を配してあったとしてもそこにまで被害が及ぶことも考えられ、そうなると復旧工事費用は60~80%に及ぶことも考えられる。ここまでくると、建替えを検討する人も出るのではないだろうか。また、住宅の浮きが生じた場合には復旧工事費は100%になることもあるとされており、復旧では収まらない可能性も指摘されている。

もちろん、これらの数字は絶対にこの額が必要というものではなく、過去の被災情報を元に整理したものである。ただ、災害が起きて、その時点で知るよりは知っておいたほうが備えられるというものである。

浸水対策は取捨選択が必要

浸水の深さによる被害、対策、復旧費用がまとめられていることに加え、この手引きで大きなポイントはリスクが想定される場所で家を建てる場合に設計者は施主に何を伝え、どう要望を聞いてやりとりし、設計をしていくかを具体的な例を挙げて説明されていること。立場を変えて読めば、施主として自分だったらどう考え、選択するかを考える契機になるのである。

当然だが、浸水に対して対策をしようとすると内容によっては費用が余分にかかる。ハザードマップでは浸水する想定があったとしても、過去に水害履歴がなければ対策を講じなくても良いとする考え方もあろうし、それでも対策しておこうという人もいよう。

屋外設備機器を高所に取り付ける際にも壁掛けにするか、架台を設置するかでは費用、維持管理などにも違いが出てくる。発生頻度が低い水害に多額の費用をかけて備えるより、損害保険で少しでもカバーできるようにしようという考えもある。

考え方、対策、予算は人それぞれ。それぞれが自分にあったものをひとつずつ設計者とやりとりして取捨選択し、決定していく必要があるのである。だが、その過程を経ることは決して悪いことではない。自分でひとつずつ責任をもって選択した結果として家が建つのである。お任せでお願いしてしまうよりは手間はかかるかもしれないが、愛着のある家になるのではないかと思う。

2020年から不動産取引の重要事項説明時に水害ハザードマップの説明が義務づけられた。だが、危険があると説明だけされても困ると思っている人も多いのではなかろうか。どう対処すればよいかが何も説明されていないからだ。そのような状況の中で、一般社団法人住宅生産団体連合会が「住宅における浸水対策の設計の手引き」をまとめた。一戸建てを建てる、買う人なら知っておきたい内容が満載だ。「住宅における浸水対策の設計の手引き」を確認しリスクを検討したうえで取捨選択を

また、対策によってプラスもあればマイナスもあることが記載されていることもポイントだ。1階に浸水の危険があるとして2階を生活の場とするという対策があるが、浸水の被害を軽減し、生活を継続させる効果はあり、日当たりも良くなる可能性もあるが、バリアフリーの観点からは階段が多いなどのマイナスが生じる可能性がある。プランに制限が出ることもあろう。1階の浸水にはピロティも有効だが、それによって地震に弱くなることを懸念する人もいるかもしれない。選択時にはプラスもマイナスも理解した上で選びたいものである。

住宅の浸水対策はこれからが本番

地下室まで低くなくても玄関が周囲より低いだけでも浸水する危険は高くなるはず地下室まで低くなくても玄関が周囲より低いだけでも浸水する危険は高くなるはず

最後にここまでで書けなかったことを。この手引きは地下階を対象にしていないという点である。水は低きに流れることを考えると浸水が想定される地域で地下を作るのは非常に危険である。手引きでは「住宅設計の範囲では有効な対策がないことから、地下階は含まない」としている。この意味をよく考え、浸水が想定される地域はもちろん、周囲から見て低くなっているようなところでは地下は避けたほうが無難なのではないかと思う。

同様に家屋倒壊等氾濫想定区域(氾濫流)、家屋倒壊等氾濫想定区域(河岸侵食)は対象となっておらず、津波、土砂災害、外力により建物を倒壊させる恐れのある水害は対象外とされているが、その場合は水害以外のハザードマップからある程度は知ることができる。水害だけでなく、他の災害についても意識して場所を選ぶなどして備えたいものだ。

ちなみに手引きではハザードマップの読み方、考え方についても設計者が施主に説明ができるよう非常に詳しく具体的に説明されているが、この部分も読んでおくとハザードマップ、立地への理解が深まると思う。

立地については「この10年くらいでどこに建てるか、土地に関しての理解が進んだ」と高岸氏。ハザードマップが周知されるようになり、街中では標高表示も目に付くようになったし、学校でも防災教育は一般的になった。堅牢な住宅の対策を考えながら建てることも大事だが、もうひとつ、どこに建てるかも忘れてはならないのである。

この手引きは住団連ホームページから誰でもダウンロードできるようになっており、7月の公表以来11月までの5ヶ月間で3,250以上ダウンロードされている。これは住団連の他の公表資料に比べると非常に多いそうで、プレスリリース等の告知もなく、会員を中心に好評されたことを考えると関心の高さが読み取れる。

「年度末に振り返りを行い、今後の普及についても考えていくつもりで勉強会は残してあります。今後いろいろな技術が出てくるはずですから、そのあたりもきちんと押さえていきたいところ。この手引きを各社が自社なりに読み替えて独自のマニュアルを作るようになっていくべきではないかとも考えています」

もちろん、住宅メーカーだけでなく、住宅に関わるすべての業界が今後、水害対策を考えていく必要がある。給排水設備、外壁、シーリング、ドアや窓から施工に至るまでを一体として考えていかないと浸水被害は軽減できない。今回の手引きがきっかけになって業界の浸水対策が進んでいくことを期待したい。

住宅における浸水対策の設計の手引き(一般社団法人住宅生産団体連合会)
https://www.judanren.or.jp/activity/committee/pdf/seino_shinsui_210726.pdf

地下室まで低くなくても玄関が周囲より低いだけでも浸水する危険は高くなるはずネット上で各種ハザードマップが見られるようになっている。わが家の場所を選ぶ際には必ず一度チェックしておこう