移住者であり作家の岡崎大五さんが、新規移住者に寄り添う

移住相談所の建物の一角にあるレストラン移住相談所の建物の一角にあるレストラン

伊豆急下田駅から徒歩約10分の一角に、地域の伝統建築である「なまこ壁」という瓦を壁に用いた土蔵が建っている。この建物の中に「NPO法人伊豆in賀茂6」があり、移住相談などで高い実績を上げているという。その手腕について理事である岡崎大五さんに聞いてきた。
岡崎さんは本業である作家業の傍ら、この活動をしている。彼自身も下田市外からの移住組で、地域への恩返しが活動を始めた理由だ。

岡崎さんは2003年から下田に住んでいる。旅行作家として海外にも多く足を延ばす中で、南伊豆に素晴らしい場所があると聞きつけ、興味を持ったことに始まる。その頃、書籍も売れるようになり、仕事上東京にいる必要もなくなり、下田への移住を決断した。

地域の空き家が市場に循環するように、空き家を顕在化させることが、この活動の第一歩だと岡崎さん。
「家主が都市部に住んでいて、空き家を所有し続ける必要がなくても、親戚の手前、手放す決断をできない方が多いです。今でも家父長制の名残によって、家に縛られているのが現状でしょう」と言う。
徐々に若い世代ではその考えが変わってきていて、岡崎さんらが担う下田市の「空き家バンク」へも相談に来るようになったそうだ。空き家の多くは、下田から都会に出た人の物件で、相続の問題がクリアできれば、一気に市場に出てくると岡崎さんはみている。

移住相談所の建物の一角にあるレストラン岡崎大五さんが、下田市の空き家の状況について説明

NPO法人が移住者をしっかりコーディネートして、実績を上げる

下田は入り江が多く、澄んだ海が美しい。海の開放感を求めて移住希望者も増えたそう下田は入り江が多く、澄んだ海が美しい。海の開放感を求めて移住希望者も増えたそう

岡崎さんによると、下田市の建物は、全体として築50年ぐらいが多い。それは当時、海水浴ブームで別荘用として購入された物件が多かったのも理由の一つ。美しい海辺は、開放感を求める都会人の心をつかむのだろう。

移住先としての下田市は、コロナ禍で再び脚光を浴びている。空き家バンクの問合せ数も通常の4倍となったそうだ。特に下田の特徴は、空き家バンクの成約率が他の地域と比べて高いことが挙げられる。なぜなのだろうか。

訪ねてみてわかったのは、「NPO法人伊豆in賀茂6」の存在が大きいということだ。一般的に空き家バンクは、行政が中心となって運営していて、空き家の情報をただ掲載しているだけということが多い。実際、それ以上は業務の手が回らないというのが現状だろう。
ところが伊豆in賀茂6では、地域のファシリテーターとして、市外から来る人を、在住者と結び合わせることを大きなミッションとして活動し、移住相談や空き家紹介だけではなく、就職紹介、起業相談、生活応援やNPOに関わった方々が楽しめる文化イベントまで開催している。情報のマッチングだけではなく、人と人とがつながるように取り組んでいる。

もともと下田市の隣の河津町で移住相談の活動をしていた理事長が、2019年7月に下田でも新たにNPO法人を立ち上げ、下田市と空き家バンク事業で協働することになったのが下田での始まりだ。空き家バンクオープンから2年間で、空き家登録数61件、利用者登録者数192件、成約件数40件、経済効果として推定値で4億1,365万円という実績だ。

下田は入り江が多く、澄んだ海が美しい。海の開放感を求めて移住希望者も増えたそう空き家バンクの入り口。イベントも開催するなど、気軽に立ち寄れる雰囲気づくりをしている

空き家対策。うまくいく秘訣とは

下田市は空き家が増えつつある。一方、下田市に移住したいニーズもある。いかにマッチングさせるかが肝になりそうだ下田市は空き家が増えつつある。一方、下田市に移住したいニーズもある。いかにマッチングさせるかが肝になりそうだ

空き家バンクによって物件が顕在化しても、どの物件を選べばいいかなかなかわからない。ニーズに個人差があり、または移住希望者自身がニーズが何なのかわかってない場合もあると岡崎さん。そこを丁寧にアドバイスする仕組みが、伊豆in賀茂6の強みだという。個人の要望にいかに向き合うかが、成約の秘訣だ。

不動産に対する価値観は多様化していて、値段以外のファクターもある。例えば、学校へのアクセス、仕事場へのアクセス、コミュニティ、景観など。移住相談者のニーズがどこに当てはまるかをしっかり拾い上げ、物件につないでいくそうだ。

これまでの一般的な物件探しでは、延床面積や駅からのアクセス、築年数が指標になっていたので、多様化したニーズを追いかけられていなかった。移住相談会では、必ず相談者に、あなたの「want」は何ですか?と問うそうだ。 自分がどうしたいかということが重要な選択肢だからだ。あえて下田に行きたいその「want」はいったい何か。相談者もそれを話すうちに自身が求めるものがクリアになっていく。

伊豆in賀茂6は具体的だと評価されている。
例えば、今度イギリスから来るという人は発達障害の子どもがいて、通える学校が絞られるという。まず通える学校に近いところの家賃を具体的に伝える。そして周辺を調べてツアーを組み、学校も案内する。さらにその時には、市役所の担当者や学校の担当者とミーティングできるようにセッティングする。

また、移住希望者の「want」に合った先輩移住者を紹介する制度があり、下田のメリットやデメリットを伝えてくれるのだ。下田市に移住相談で来る場合、下田市からの宿泊費の補助が出る。もちろんそのことも案内するそうだ。

下田市は空き家が増えつつある。一方、下田市に移住したいニーズもある。いかにマッチングさせるかが肝になりそうだ古民家や丘の上の景色がよい物件は、人気だとか。しかしめったに市場には出ないそうだ

下田における空き家の課題を見極め、ミスマッチをなくしたい

ペリーロード界隈の物件は希少性がある。旧土佐屋のこの建物は、坂本龍馬ゆかりの地でもあるペリーロード界隈の物件は希少性がある。旧土佐屋のこの建物は、坂本龍馬ゆかりの地でもある

岡崎さんは、空き家が増える原因を産業構造の問題だと指摘する。空き家は今では100万円以下の物件も珍しくない。しかし、その値段になると一般的な不動産会社は利益率が低過ぎて取り扱えないのだ。空き家には残置物もあり、手数料もわずかとなれば、儲からないうえにリスクもあり、取り扱いたくないのが本音。つまり、需要と供給があっても流通する仕組みが成立しにくい。

「だから、われわれのようなNPO法人が必要なのです。実際、移住者のニーズはたくさんありますよ」と岡崎さんは言う。

昨年(2020年)5月以降、子育て世代の移住が増えたそうだ。在住外国人も活発に引っ越してきているという。下田はアメリカとの関係性があったことや、バカンス先を見つけるのがうまいフランス人も来て、外国人に口コミで広がっているそうだ。

「古民家があると、この辺りはすぐに成約が決まるほど人気です」と岡崎さん。

商店街ではシャッターが閉まっている店も多いが、決して寂れてそうなったのではないと岡崎さんは訴える。店の2階には、かつて店を営んでいた老夫婦が住んでいるケースも多く、引退して店をやっていないので、寂れたイメージになっているだけなのだという。
昨年、商店街に若い人が引っ越してきて、1階で居酒屋、2階で民泊を始めたところ、大成功しているそうだ。決してニーズがないのではなく、居酒屋などを営業できる物件が少ないだけで、うまく合致して開業できれば、人は集まってくると岡崎さんは胸を張る。

ペリーロード界隈の物件は希少性がある。旧土佐屋のこの建物は、坂本龍馬ゆかりの地でもある伊豆下田駅前にある黒船のモニュメント。アメリカとの関係性を物語る

移住者が安心して暮らせるように取り組むべきこと

海辺の散策もいろいろな出会いをもたらす海辺の散策もいろいろな出会いをもたらす

岡崎さんは、移住に向けての心得も紹介してくれた。

「都会ですと、なかなか人間関係をつくろうとはなりません。一方、田舎はその人間関係が重要です」と岡崎さんは言いきる。困ったときはお互いさまというところがあるからだ。
だから「友達をつくりましょう」と伝えているそう。地元の人は親戚がいるからまだいいが、新参者はまずは友達をつくることで、人生が豊かになるというのだ。

「先日の相談で、もしも病気で動けなくなったとき、バス便の利便性が悪く、病院に行けなくなることが心配だと言われました。それに対して、『そんなに真剣に考えなさんな、友達に電話すればいいでしょ』と答えました。だから日頃からの友達づくりが大事と言っているのです」と岡崎さん。

岡崎さんはそのサポートのために、移住者同士の飲み会もセッティングする。友達のつくり方としては、「近所をぶらぶら歩けばいい」とアドバイスしている。実際、リモートワークをしている移住者からは、空いた時間に近所をぶらぶら歩くようにしたら、急に友達が増えてきたという話を聞いた。庭で畑仕事をしている人に「こんにちは! 空き家バンクで引っ越しました」と挨拶するだけで、好意的になって、収穫中の野菜をもらったそうだ。岡崎さんたち空き家バンクの活動が地元に浸透していることもあり、地元の人々は、「空き家バンク」のひと言で安心するらしい。

海辺の散策もいろいろな出会いをもたらす風情あるペリーロードは、散策路としてもおすすめ

活動資金集めのために民泊宿をオープン

見晴亭の部屋から市街地が一望できる見晴亭の部屋から市街地が一望できる

これまでNPOは運営費の捻出に苦労してきたが、今年(2021年)、新しい収入の柱ができたと岡崎さんは喜ぶ。それは、下田あじさい公園内にある「見晴亭」という民泊施設だ。土地自体は公園の中なので、市の所有だが、建物の所有者から建物を売却したいと相談があり、NPOがわずか1,000円で手に入れた。それを宿にすべく120万円かけて改修し、今年6月に開業した。移住体験施設がコンセプトでAirbnb(エアビーアンドビー)に掲載している。さっそく予約も入ってきているそうだ。移住の視察に来るファミリーにも案内していて、ペリー通りにも近く、ここなら下田での生活体験を満喫できるだろう。

この利益をNPOの運営費に充てる。今後も下田の空き家バンクの発展を見逃せない。

見晴亭の部屋から市街地が一望できる民泊施設の見晴亭は、アジサイが美しい公園の崖地にある

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