四角い箱の上の球を置いたような不思議な建物
2005年に開業したつくばエクスプレスの沿線ではまだまだ開発が進められている。そんな開発が進むまちのひとつ、六町駅のすぐ近くに民間企業が作った小さな美術館がある。六町ミュージアム・フローラ(以下フローラ)だ。
ここは地元の企業が資材置き場として使ってきた土地で、つくばエクスプレスが開通するまではどこの駅からも遠い、人が来るような場所ではなかった。それがつくばエクスプレスを機に区画整理が行われ、現在も周辺は変化のさなか。まちが大きく変わる時期に移り住んでくる若い人たちなどを対象に、美術館のない足立区に美術を身近に感じてもらおう、本物の絵画に親しんでもらおうと建設、2012年にオープンしたのである。
建物は周囲から見ると四角い壁。外から中をうかがい知ることができないようになっており、警察関係の施設と誤解する人がいたり、暗い場所を想像する人もいるとか。だが、入ってみるとびっくりである。四角い建物の内部は上から球を置いた跡のように凹んでおり、中心には水をたたえた池。その周辺には緩やかな芝の斜面が四方に伸びており、なんとも不思議で立体的な空間なのである。周辺には高い建物が少ないこともあり、この美術館だけがぽつんとあるような不思議な感覚があり、別世界に迷い込んだ気がするほどである。
建物は鉄筋コンクリート造の一部鉄骨造2階建てで、展示室は1階にあり、収蔵室、倉庫なども1階に。2階は多目的室となっている。設計は公共建築から住宅、別荘、プロダクトデザインまでを幅広く手がける建築家・横河健氏。誰もが見られる建築としては都営地下鉄大江戸線大門駅、汐留駅や八王子みなみ野シティ、タウンセンターなどを設計した人である。
地域の防災拠点となることを意図、環境にもこだわり
設計に当たっては地域の防災拠点となることも意図された。
「ちょうど建設中に東日本大震災が起こりました。建物には影響はありませんでしたが、将来のことを考えると地域の防災拠点となるような施設にしておこうということになったのです」と学芸員の田中基之氏。
建物を災害に強い強固なものとすることはもちろん、隣接する震災備蓄倉庫と一体で災害時に地域の人が使えるようになっている。何かあったときにも最低限の電気が使えるように屋上にはソーラーパネルを配してあり、これは日常的には館内などの照明、斜面に降った雨水を散水用に浄化する際に使う電力等に充てられている。建物中央の池は井戸水を循環させて使っており、いざというときには飲料水としては使えないものの、生活水として使えるようになっているなどの工夫があるのである。
また、環境その他にも目配りがある。屋上、内部壁面を盛り土、その上を緑化してあるのはヒートアイランド対策のためで、高さを抑えた建物は周囲からの景観への配慮である。雨水を緑化した斜面で自然にろ過させ、無駄なく使う工夫もエコである。館内はバリアフリーとなっており、実際、地域の高齢者施設入所者の定期的な見学もあるそうだ。
小さな子ども連れもウエルカムな空間
訪ねてみると玄関を入った正面に大きな窓があり、そこから中央の池越しに向かいの窓、三方の斜面が見える広がりのある空間が眺められる。外から見ていた建物よりも広く感じられ、初めて訪れた人はここで、「おおっ」と思うだろう。
しかも、手前、向こう側ともに花が飾られており、実に絵になる風景である。聞くと近所の方々が持ってきてくれた花で、それを館で生けているという。
「館名の六町ミュージアム・フローラは収蔵品に女性、花を描いた作品が多いことから名づけられていますが、であれば館内にも花が欲しい。地域の方々が持ってきてくださる花には一般の花屋にはないような種類もあり、花の名前を添えて飾っています」
展示室は池の周りをぐるりと回るように造られており、決して大きな美術館ではない。田中氏は美術を楽しむ一歩目の場所として気軽に考えてほしいという。小さな子どもを連れて都内の大きな美術館に行くのは大変だし、子どもが声を上げると周囲に白い目で見られそうだが、ここなら大丈夫。多少うるさくしても、走っても怒られることはない。コンパクトで回遊式の空間なので迷子になることもなく、必ず目につく。子ども連れには安心な場所なのである。
そのため、子ども連れはもちろん、地域の保育園、学校やデイサービスの人たちなども定期的に見学に来ているとか。ご近所の人が羨ましい限りである。
池の上を歩き、芝生をよじ登ることも
子どもたちにとってはもうひとつ、楽しいことがある。池、芝生の斜面は見ているだけではなく、出ることができる場所なのだ。池には歩いていけるように石が配されており、それを渡って斜面を登り……。これは大人にも楽しく、ちょっとした冒険気分である。
館内にはもう一ヶ所、水辺に近い場所にテーブル、椅子が置かれた場所があり、座ってみると目の前には都内の、開発が進んでいるまちにいるとは思えない風景が広がる。まちの中にいるというのに、そこからは離れた場所にいる感じがするのである。もちろん、間違いなくまちの中なので目を上げると鉄塔が見えたりするのだが。
池の上を歩き、芝生を上ったところにあるのが2階の多目的室。建物全体を見渡す位置にあり、広さは50m2弱。講演会やセミナー、展覧会その他のイベントに利用されており、椅子を置いた場合は50人ほどは入るだろうか。使われていないときにはのんびりとコーヒーを飲みながら持ってきた本を読んだり、風景を眺めて過ごす人が多く、「1~2時間ゆっくりしていかれる方も多いですね」。
取材に訪れたときには芝はまだ枯れた状態だったが、春になれば青々ともっと美しい姿を見せてくれる。それを眺めての滞在は確かに長くなりそうである。ちなみに芝の手入れはけっこう大変で年に3~4回、2日ほどかかる。水やりはスプリンクラーがあるので、それほどの手間ではないそうだが、緑の維持は大変だろうと思う。
静かに時間を過ごす場所としての美術館
2022年には開館10周年を迎える六町ミュージアム・フローラだが、あまり知られていないのは住宅街に立地することを配慮して情報発信を控えめにしているため。
「3室の展示室がそれぞれ60m2前後とそれほど広くないこともありますし、なにより住宅街の中。ゆっくり楽しんでいただくためにはどっと押し寄せるという状態はどうかと。そこで地元のメディアなどには定期的に情報を配信していますが、それ以外はあまり積極的にPRしてはいません」
確かにこの雰囲気に団体はあまり似つかわしくない。訪れるときには1人か2人でのんびり時間を過ごすつもりで出かけたい。
最後に美術館としての使われ方について。常設展は年に4回、四季それぞれに行われており、春は3~4月、夏は6~7月、秋は9~10月、冬は12~1月に開かれる。収蔵品は近代日本画を中心に江戸絵画、洋画にも及んでおり、横山大観、川合玉堂、前田青邨、浅井忠、藤島武二、岸田劉生、梅原龍三郎、荻須高徳、小磯良平などといった日本美術界の巨匠と呼ばれる人たちの作品も多数ある。
それを利用して常設展以外にも年に1回特別企画展を開催。この時には特定の画家を取り上げたり、画題を取り上げるなどしてきている。
また、2階の多目的室だけでなく、1階も含めて貸し出しを行っており、絵画、写真、書などの展示はもちろん、水上を舞台にしたコンサート、琴や古楽器の演奏会、ビデオ等の撮影なども行われている。特に展示では市民センターの会議室のような無味乾燥な空間に飾るより映えるからだろう、地元のサークルや区内の子どもたちの絵の展示でよく使われている。ちなみに音楽をやるつもりで造ったわけではないものの、音響効果は想像していなかったほど良く、対角線の角で歌っている声が受付まで響くとか。
入館料は300円でコーヒーが付く。六町の駅からはすぐ。不思議な外観だから、迷うことはなかろう。
六町ミュージアム・フローラ
http://rokucho-museum.sakura.ne.jp/
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