地方都市の商業地の土地価格が下がった理由
2021年1月において、大阪の一部の地域で相続税路線価の減額補正が行われた。減額補正とは、1年間のうちに相続税路線価を途中で下方修正することである。路線価の減額補正は、過去には大規模災害の後に減額補正がなされたときもあったが、景気変動を理由に減額補正が行われたのは今回が国内初の事例となる。
相続税路線価とは、相続や贈与の際、土地の評価額を計算するために用いるものであり、全国の路線価地区における道路に割り振られている平米あたりの土地単価のことを指す。相続税路線価の価格時点は1月1日とされており、毎年、7月に公表されている。例えば2021年の相続税路線価は2021年1月1日時点の価格とされており、1年間は相続税路線価がずっと固定のままであるのが基本だ。
今回行われた減額補正というのは、1年間の期間中においての下方修正のことである。相続税路線価は毎年公表されるため、前年よりも下がったときは「路線価が前年よりも下落した」と報道されるが、今回の減額補正は昨年よりも下がったという話ではない。相続税路線価は原則として1年間ずっと固定額のままであるが、大阪の3地点において例外的に相続税路線価を下方修正したという極めて異例な修正がなされたのである。
2021年1月時点において減額補正された地域は大阪市中央区の「心斎橋筋2丁目」「宗右衛門町」「道頓堀1丁目」の3地区である。減額補正は2021年1月に公表されたが、対象となっているのは2020年の3地区の相続税路線価を修正したということになる。2021年の相続税路線価は2021年7月頃に公表されるため、2021年の相続税路線価の下落が発表されたわけではない。
今回、この大阪の3地区の減額補正が行われた理由は、新型コロナウイルスの影響で外国人観光客が激減し、同地区の土地価格に甚大な影響を与えたことによる。同地区は、外国人観光客を相手にしたホテルや店舗、民泊等を目的とした土地需要が下支えをしてきたため、これらの土地需要が一気になくなったことで地価が急落した。
景気変動を原因とした減額補正は相続税路線価の制度が始まって以降は初となるが、今までなかったのは減額補正するほどの相当な下落が生じてこなかったからである。国税庁は減額補正を行う目安を地価が相続税路線価を下回ったときとしている。相続税路線価は地価公示価格の80%程度を目安としており、減額補正が行われたということは、地価が半年程度で2割以上も下がったことを意味している。
土地価格は株価とは異なり、値動きのスピードが遅いので、半年程度の期間で2割も下がることはほとんどない。今回の事態は異常とも考えられる値下がりであり、新型コロナウイルスの影響は大きな足音を立てて猛スピードで突進してきているといえる。なお、国税庁は以下の地区においてもこれから減額補正の可能性があることを示唆している。
【減額補正が見込まれる地域】
https://www.nta.go.jp/about/organization/osaka/release/r02/rosenka/hosei.htm
「名古屋市中央区錦3丁目」「大阪市中央区千日前1・2丁目」「大阪市中央区道頓堀2丁目」「大阪市中央区難波1・3丁目」「大阪市中央区難波千日前」「大阪市中央区日本橋1・2丁目」「大阪市中央区南船場3丁目」
まだ確定ではないが、減額補正するとしたら2021年4月に公表するとのことである。
路線価のこれまでの値動き
相続税路線価のこれまでの値動きは、地価公示価格の値動きを追うことで見えてくる。理由としては、相続税路線価は地価公示価格の80%程度で価格調整されており、地価公示価格と相続税路線価は完全に連動しているからだ。
地価公示価格とは、国が毎年公表している1月1日時点における標準地の価格を指す。標準地とは地価公示価格が毎年公表されている定点観測ポイントのことであり、地域における標準的な利用のされ方がなされている土地が選定されている。地価公示価格が1月1日時点の価格であり、その80%が相続税路線価であることから、相続税路線価の価格時点も1月1日ということになる。
大阪府の地価公示価格は2014年以降、上昇を継続し続けてきた。それに伴い、相続税路線価も2014年以降7年連続で上昇し続けてきたことになる。2020年の地価公示における国土交通省の公表資料では、大阪府の商業地の地価について以下のようなコメントがなされている。
【2020年大阪府商業地のコメント】https://www.mlit.go.jp/common/001333758.pdf
外国人観光客で賑わう心斎橋・なんば地区では、店舗・ホテル用地需要が引き続き旺盛であり、中央区で 18.2%上昇(15.1%上昇)、浪速区で 17.7%上昇(16.7%上昇)となった。
大阪市の土地価格上昇要因は外国人観光客を背景とした旺盛な土地需要と説明している。
実は、2019年の地価公示においても、同様のコメントがなされている。
【2019年大阪府商業地のコメント】https://www.mlit.go.jp/common/001279881.pdf
外国人観光客で賑わう心斎橋・なんば地区では、店舗・ホテル素地需要が引き続き旺盛であり、浪速区及び中央区で高い上昇率を示している。
ここ数年は外国人観光客をターゲットにしたホテル用地の需要が大阪市における商業地の地価を牽引し続けてきたが、新型コロナウイルスによってその需要が一気に減少したことで地価が急落してしまったことになる。
今後の予想1.地方都市の商業地の下落はまだまだ波及する
今後の予想としては、新型コロナウイルスの状況次第ではあるものの、地方都市の商業地の下落はまだまだ波及することが懸念される。理由としては、ここ数年における全国の地方都市の商業地の上昇要因は、大阪市と同じで外国人観光客をメインターゲットとしたビジネスの土地需要が主たる原因となっているエリアが多いからだ。
例えば、2020年の地価公示においては、札幌市や仙台市、広島市が観光客の増加によるホテル用地需要の増加を理由に挙げている。
【2020年札幌市のコメント一部抜粋】https://www.mlit.go.jp/common/001333761.pdf
外国人観光客の増加等を背景に、大通・すすきの地区での店舗・ホテル用地需要が引き続き旺盛である。
全国の地方都市における商業地は、大阪市と似たような状況にあるため、2021年の地方の商業地の価格は大きく下落することが予想される。
今後の予想2.住宅地は緩やかな値動きが続く
住宅地に関しては、元々大きな値動きはなかったことから、今後、仮に下落したとしても緩やかな値動きが続くものと予想される。超低金利政策によって住宅ローンが組みやすく、かつ、住宅ローン控除等の政策も続いているため、住宅取得環境はそれほど悪化しないことが理由だ。
ただし、新型コロナウイルスによって、雇用の悪化や所得の下落が見え始めてきたことから、住宅需要が減っていくことは当然予測される。首都圏においても中古の戸建て住宅市場では早くも陰りが見え始めており、住宅価格も緩やかに下がっていくものと思われる。
今後の予想3.工業地の倉庫需要は堅調に推移する
工業地については倉庫需要があり、まだまだ地価の上昇が続くことが考えられる。理由としては、新型コロナウイルスにより巣ごもり需要が増え、インターネット通販がますます活況を呈してきたからだ。
ここ数年、工業地の価格は、インターネット通販のための大型物流倉庫用地の土地需要が高まってきており、価格上昇が続いている。新型コロナウイルスによって、商業地と完全に明暗を分けたのが工業地であり、工業地はまだまだ価格上昇が続くものと思料される。
東京の地価に下落の兆候?
公益財団法人東日本不動産流通機構が2021(令和3)年1月22日に公表した首都圏不動産流通市場の動向(2020年)によれば、100~200m2の土地の成約単価は東京都で2019年よりも▲0.2%下がる結果に終わっている。首都圏全体で見ると、▲2.8%の下落だ。
首都圏不動産流通市場の動向(2020年) 公益財団法人東日本不動産流通機構
http://www.reins.or.jp/pdf/trend/sf/sf_2020.pdf
また、100~200m2の土地の取引件数は、東京都で2019年よりも▲9.0%に下がってしまっている。土地の取引件数は土地価格の先行指標といわれており、取引件数が下がると、その後、土地価格が下がっていく傾向がある。東京都の地価はまだ下がらないとする意見も多いが、取引件数が下がった事実は大いに着目したい。
地価の予測は難しいが、東京都でも地価下落の兆候が見え始めた点は警戒すべきだろう。
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