液晶に代わる次世代のディスプレイ技術「有機EL」とは?

今や私達の生活には欠かせないスマートフォンやテレビ。これらのディスプレイとして、現在主流である液晶に次ぐ次世代ディスプレイ技術として期待されているのが「有機EL」(有機エレクトロルミネッセンス)である。この有機EL技術の進化は、将来的に照明をはじめとする私達の生活を一変させるかもしれない。

液晶は、パネルの後ろからバックライトで光を照らし、赤・緑・青のカラーフィルターを通すことで映像を映し出している。白を表現する場合は、赤・緑・青すべてのカラーフィルターをバックライトで照らし、黒を表現する場合には、白をフィルターによって光を遮断することで表示しているのだ。
それに対し有機ELは、電圧をかけると有機素材そのものが光るため、バックライトが必要なく、ディスプレイを薄型にすることができ、消費電力を抑えることもできる。この有機層の厚さは数百ナノメートルと、髪の毛の1000分の1以下と極めて薄く、軽量で折り曲げることも可能だ。これまで液晶ディスプレイを設置できなかった場所へのデジタルサイネージといった新しいインターフェイスとして様々な活用方法が期待されている。

次世代有機EL技術の開発に成功した九州大学

(左から)今回お話を伺った有機光エレクトロニクス実用化開発センター副センター長 布志木和雄氏、(公財)九州先端科学技術研究所 有機光デバイス研究室室長八尋正幸氏、九州大学共進化社会システム創成拠点COIプログラム 情報デバイスユニット担当 東川幸子氏(左から)今回お話を伺った有機光エレクトロニクス実用化開発センター副センター長 布志木和雄氏、(公財)九州先端科学技術研究所 有機光デバイス研究室室長八尋正幸氏、九州大学共進化社会システム創成拠点COIプログラム 情報デバイスユニット担当 東川幸子氏

液晶と比べてメリットが多い部分がある有機ELだが、現在液晶が主流である理由の一つが"コストの高さ"だ。これまで、有機EL材料には大きく2つの技術があった。一つは、蛍光ペンなどに含まれる蛍光材料を用いる方法(第1世代)だ。比較的合成しやすく、コストがかからないという特徴があるが、電子を光に変換する効率(内部発光量子効率)が低いというデメリットがあった。もう一つが、りん光材料(第2世代)を用いる方法。蛍光材料と比べて内部発光量子効率は高いものの、イリジウム等のレアメタルを必要とするため高価になり、赤、緑と比べて青色の発色効率が悪いというデメリットがあった。

そんな中、2012年12月、第1世代の低コスト、第2世代の高い内部発光量子効率という2つのメリットを合わせ持った第3世代の新材料が九州大学最先端有機光エレクトロニクス研究センター(OPERA)の安達千波矢教授(OPERAセンター長・九州大学主幹教授)らによって開発された。TADF(熱活性化遅延蛍光)材料と呼ばれるこの技術は、レアメタルを使わずに内部量子効率をほぼ100%まで高めたのが特徴で、コストは第2世代の10分の1まで抑えられるという。

こうした有機EL技術によって、照明やディスプレイなど、私たちの生活にどのような変化をもたらすのだろうか。今回、この第3世代の有機ELであるTADFを開発した九州大学最先端有機光エレクトロニクス研究センターを訪問し、有機ELの将来の可能性について、福岡の有機EL研究に関わる3名にお話を伺った。

国内でも有数の設備を誇る研究センター

「5年~10年前と比べて現在は、コンピュータで分子構造と期待される特性をシミュレーションし、どんな分子を作ったらよいかが予め把握できるため、開発・研究のスピードは向上しています」と語るのは、OPERAで有機ELデバイスの活用法について研究をしている東川幸子氏だ。
この施設では、有機ELの新材料の開発や薄膜・デバイスの試験、評価をおこなうための様々な装置がある。実験室の面積は2200m2以上で、その中に1300m2のクリーンルームや大規模な有機合成室などが備わっている。

(左上)九州大学伊都キャンパスは博多駅からバスで1時間ほどの場所にある。有機ELの安達千波矢
教授の研究室のある九州大学共進化社会システムイノベーション施設<BR />(右上)様々な新規有機EL材料が開発されている有機合成室<BR />(左下)赤、緑、青という色ごとに有機薄膜を連続点灯させ、有機ELの光寿命を測定している<BR />
(右下)1フィート立方中に0.5ミクロン以上の微粒子が1000個以下の状態が保たれたクリーンルーム(左上)九州大学伊都キャンパスは博多駅からバスで1時間ほどの場所にある。有機ELの安達千波矢 教授の研究室のある九州大学共進化社会システムイノベーション施設
(右上)様々な新規有機EL材料が開発されている有機合成室
(左下)赤、緑、青という色ごとに有機薄膜を連続点灯させ、有機ELの光寿命を測定している
(右下)1フィート立方中に0.5ミクロン以上の微粒子が1000個以下の状態が保たれたクリーンルーム

有機ELがもたらす暮らしへの変化

有機ELを使ったディスプレイは、折り曲げたり、巻くといったことも可能になるため機動性の向上も期待される有機ELを使ったディスプレイは、折り曲げたり、巻くといったことも可能になるため機動性の向上も期待される

薄く、軽いという有機ELの特性は、映像との接点が増える可能性がある。東川氏は、
「日々生活する中で、液晶ディスプレイだと置けない空間はたくさんありますから、空間を有効に活用するという観点からは将来性があると考えています。例えば、自動車内への活用です。車内のウィンドウ部分に有機ELディスプレイを貼り、カーシェアリングのときに新しい広告媒体としての可能性などが考えられます」と話す。
テレビ以外にも民間企業による有機ELの導入は徐々に始まっている。ドイツの自動車メーカーBMW、Audiは自動車のテールランプの部分に有機ELを採用している。厚さがなく、様々な形状に形成することができるため、車体デザインの幅が広がるのだ。
その他にも、軽量であるメリットを活かした屋内の天井へのディスプレイ配置や、オフィスビルの外壁など、これまで考えられなかったような場所への映像を映し出すことが可能となるのだ。つまり、広告の概念が大きく変わる可能性がある。
さらに、公益財団法人 九州先端科学技術研究所 有機光デバイス研究室(ISIT)八尋正幸氏は有機ELの可能性をディスプレイ以外にも期待をしている。
「有機ELは、炭素や水素などの有機化合物でできてるので、生体との親和性がいい物質です。つまり、"体に装着する"という可能性もあるんです。例えば、絆創膏にセンサーを入れて汗の分析をしたり、一日中血圧を計るといった継続的に身体の状態を計測する場合などです。さらに、人工網膜を有機材料で作って失明された方の治療につなげるコンセプトで研究をはじめている事例もあります」。

産学官の連携で福岡発"分子シリコンバレー"を目指して

この福岡で誕生した第3世代の有機EL技術は、今後どのような形で市場に広がっていくのだろうか。
その一つの動きとして、OPERAが開発した有機EL技術の実用化を目指し、九州大学発のベンチャー企業として「株式会社Kyulux(キューラックス 以下、Kyulux)」が2015年3月に設立された。OPERAが開発した有機EL材料に関する複数の特許の独占的使用権を保有し、その技術を活用して有機EL材料の製造と世界への展開を目指す。すでにKyuluxは、韓国サムスンやLG、ベンチャーファンドなどから2016年11月現在、総額15億円を調達しており、(公財)福岡県産業・科学技術振興財団、有機光エレクトロニクス実用化開発センター(i3-OPERA)も協力して実用化を急いでいる。

有機ELの可能性については兆しがあるものの、八尋氏は"福岡発の技術"として市場に普及させていく上で、いくつかの課題もあるという。
「液晶に比べて優位な点がいくつかあるものの、日常生活においては液晶で十分な場合が多く、単純な"液晶の置き換え"という発想で市場を切り開いていくのはなかなか難しいと思います。レコードからCDに、VHSからハードディスクに様変わりしたように、大きな転換の兆しを見つけなければならないと感じています。また、こうした情報発信は大学の力だけでは難しいと思っています。また、福岡市民の皆さんと有機ELで地域経済を盛り上げようとする場合、行政との連携も重要です。例えば、"防災活動"などを通じて、この有機EL技術をより広く知ってもらう工夫が必要です。」と語る。さらに、i3-OPERAの布志木氏は、「この九州大学で研究を重ねた理系の学生は、関東へ就職が多いのが現状です。福岡では、九大を中心に九大発ベンチャー、福岡県、福岡市が協力して、この九州大学伊都キャンパスを世界的に利用されるサービスや製品の研究開発が集まる"シリコンバレー"のように発展させて、就職の受け皿まで整えることを目指しています」。

産学官の三者が一体となり、福岡が一丸となって世界に発信される新しい有機EL技術。これまでの照明やディスプレイといった「光」の概念に変化によって、私達の想像もつかない生活が待っているかもしれない。

福岡の有機EL研究体制図。九州大学伊都キャンパスの敷地内には、福岡市産学連携交流センター(FiaS)、最先端有機光エレクトロニクス研究センター(OPERA)、有機光エレクトロニクス実用化開発センター(i3-OPERA)が近接している福岡の有機EL研究体制図。九州大学伊都キャンパスの敷地内には、福岡市産学連携交流センター(FiaS)、最先端有機光エレクトロニクス研究センター(OPERA)、有機光エレクトロニクス実用化開発センター(i3-OPERA)が近接している

2017年 01月12日 11時05分