「大磯全体を市(いち)にする」

政界の要人が数多く訪れ、「大磯詣で」という言葉も生まれたという旧吉田茂邸の兜門政界の要人が数多く訪れ、「大磯詣で」という言葉も生まれたという旧吉田茂邸の兜門

大磯町は、神奈川県の南部にあり、県では湘南地区として区分されているまちである。
江戸時代の宿場町を経て、明治から昭和初期にかけては、避暑・避寒地として多くの別荘が建てられた。別荘は政財界の要人の別荘が特に有名であり、名前をあげると伊藤博文、山縣有朋、大隈重信、原敬、吉田茂、岩崎弥之助…と日本の政界・財界に歴史を残す人物が連なる。一時期は大磯には、150戸以上の別荘があったといわれる。

しかし現在は、一部は企業に売却され保養所などに活用されているほかは、宅地分譲やマンション建設などで姿を消しつつあるようだ。残念ながら、別荘地時代の面影は徐々にまちから消えつつあるが、今でも閑静な住宅街が拡がり、その空気は大磯に残っている。

だが、大磯も他の地方のまちと同じように高齢化とともに、商店の数が減るなど商業の衰退や漁業・農業も苦しい局面をむかえている。そんな中、「今ある大磯の良さを残し若い世代も活躍できる活気ある大磯に」という想いで大磯町の漁業協同組合や商工会・観光協会などが協働運営して始めた取り組みがある。2010年からはじまる大磯市(いち)だ。毎月第3日曜日に港を開放し、まちなかの店舗やギャラリー・イベント・ワークショップと連携して大磯全体を市とする、という試みだ。大磯で商売などでチャレンジしたい若者などを呼び込み、お店を増やし、まちに人の流れを生み出し、歩いて暮らせる快適なまちを目指している。

そんな大磯町の取り組みと呼応するコンセプトの賃貸物件再生例が大磯で生まれた。湘南エリアで12000戸の管理物件をもつユーミーらいふグループとブルースタジオが手掛けた築29年の賃貸物件をリノベーションした「稜文舘(りょうぶんかん)」である。2017年2月末、物件のお披露目会に参加してきた。

コンセプトは「書斎を介して街と繋がる暮らし」
共用部分の一部をまちに開放した"コモンライブラリ"に

今回訪れた稜文舘は、大磯駅から徒歩13分ほどの閑静な住宅街にある、1988年に建てられた旧オーナーの居住宅を含めて9戸の賃貸住宅だ。

実際の物件のリノベーション部分としては、外壁の塗り替えと木材を貼った明るい外観に。個々の居住空間は、間取りは変えていないが、表層の仕上げ材を変え、1階はデッドスペースだった部分を室内からのウッドデッキを設けた専用庭として活用したり、リビングに西粟倉村のスギ板を貼ったナチュラルな空間にリノベーションしている。

しかし、今回のリノベーションでのポイントは、共用部のリノベーションであろう。以前はバイクや自転車置き場、メールボックスなどであった1階の道路に面した部分を地域に開放するコモンライブラリとしてリノベーションしたのだ。
ユーミーホールディングス常務取締役の西山和成さんは、
「わたくしどもは、湘南エリアで不動産の仕事をさせていただいています。まちとともに生きる地元企業として、この場所にしかない価値やコミュニティを育てていきたいと考えています。オーナーさんだけでなく、入居者さんも含めて、ここ大磯の歴史や文化を大切にしながら“新たな湘南物語をつくっていきたい”、と思っています。今回は、その想いでブルースタジオさんと協働させていただき、この物件再生プランをしました」という。

設計を担当したブルースタジオの平宅正人さんは、
「大磯の取り組みや歴史や別荘文化を考えたときに応接間をもつ洋館住宅のイメージが湧きました。そこで、まちにひらく応接間の役割として、"書斎を介して街と繋がる暮らし"をコンセプトに今回の共用部のリノベーションをプランし、コモンライブラリをつくることにしました。本はまちの方々などから寄贈してもらい、まちの人々と共に育てながら、コミュニティを生み出していきます。これは、各地で取り組みを進めている“まちライブラリー”の仕組みを活用しました」という。

物件の「稜文舘」の名前は、山と海が描く大磯の風景を表す稜線と、大磯の歴史と文化、別荘を表す舘を組み合わせて命名された。

写真左上)以前と比べて明るくオープンな印象を与える外観 右上)自然素材の床材で室内はナチュラルなリノベーション</br>写真左下)通りに面した部分にコモンライブラリの入り口が設けられている 右下)コモンライブラリの中の様子写真左上)以前と比べて明るくオープンな印象を与える外観 右上)自然素材の床材で室内はナチュラルなリノベーション
写真左下)通りに面した部分にコモンライブラリの入り口が設けられている 右下)コモンライブラリの中の様子

大磯市との連携。イベントでは、大磯を歩く「大磯てぬぐいスタンプラリー」も

大磯の地図を片手に各処でスタンプを押してオリジナルのてぬぐいを完成。てぬぐいは、大磯の山と海がモチーフに大磯の地図を片手に各処でスタンプを押してオリジナルのてぬぐいを完成。てぬぐいは、大磯の山と海がモチーフに

コモンライブラリは、入居者だけでなく近隣住民にも開放する。寄贈本が集まる書棚の他、ミニキッチンやテレビが設けられており、地域の小さな集まりやイベントにも使える予定だ。

「寄贈された本に、寄贈した方のメッセージをカードに書いてもらい、それを手にして読んだ人がまた感想を書く…という人々をつなぐ役割もしています。また、大磯市などの街のイベントの時は、街の人々と連携してここがひとつのイベントスぺースとして活用されることも期待しています」と、平宅さん。

すでにオープンイベントでは、大磯市との連携がみられた。
実際にこの日は、「大磯てぬぐいスタンプラリー」が行われており、大磯駅近くの「つきやまArts&Crafts」をスタートに4箇所を巡りスタンプを集めるイベントで、街かどライブラリのお披露目として「稜文舘」がゴールに。物件前では、温かい飲み物を振舞うスタンドカフェを開いており、多くの家族連れも物件を訪れてオリジナルのスタンプてぬぐいを完成させていた。

“賃貸物件をまちに開く”意義とは?

この大磯での賃貸物件をまちに開く取り組みは、「稜文舘」の例ひとつで終わるわけではなさそうだ。

「賃貸で住むことは、ひとつの暮らしの体験です。暮らすことが、地域の人々とのコミュニティとは無縁ではないこと、良質なコミュニティが豊かな暮らしをつくるのだ、という体験を賃貸でもぜひしてもらいたい、と思っています。」

「単なるハードではなく、まちのコミュニティとの交流の場という役割も備える賃貸物件の提供を通して、価値を生み出していきたい。それが稜文舘を皮切りに始めたことです」と、西山さんと平宅さんは語る。

このプロジェクトは「街とともに生きる賃貸住宅(仮称)」として続けていく予定であるという。
賃貸物件がまちの活気づくりとコミュニティ醸成のきっかけとなり、それがまた、まちに生まれる新しい風となることを期待したい。

稜文舘をスタートとして湘南地域で始まる賃貸物件を通した「まちのコミュニティの醸成」に期待したい稜文舘をスタートとして湘南地域で始まる賃貸物件を通した「まちのコミュニティの醸成」に期待したい

2017年 03月26日 11時00分