100年前の日本の人口は、今の1/2以下の約5000万人

戦後間もない1945年の人口は7200万人。今から100年前の日本の人口は、およそ5000万人。
日本の人口が急に増えだしたのは明治以降だが、中でも戦後の人口増加は著しい。2007年の1億2800万人を頂点に、2008年から人口減少が続いているわけだが、100年前よりも人口が2.5倍以上にもなっているのだ。

また、今から90年後の2100年には、人口が6400万人になると予測されている。ピークの人口のちょうど半分。しかも、3人に1人が65歳以上の高齢者だ。これからたった90年で人口が半分になるわけだ。こういった事実の認識が、住宅関連事業者や多くの国民にとって実感しにくく、希薄なのが今の現実である。しかし、住宅産業は人口と確実にリンクし、住宅の資産性も人口と確実にリンクする。

人口増加時代は、慢性的な住宅不足。住宅は不足しているし、1990年頃まではインフレも続いているしと、住宅の価値のことなど気にせず住宅を買っても、資産価値を著しく損なうようなことはほとんどなかった。
しかし、これからは前述の通り、人口減少時代。しかも住宅が余っている。(平成20年の時点で空室率は13.1%)いわゆる失われた20年に住宅を購入した多くの方は、デフレを経験し、人口減少時代にも突入し、とダブルパンチを受けていることもあってローン残高よりも住宅の資産価値が下回っているいわゆる「塩漬け物件」に住み続けなくてはいけない人も多くいることと思う。

人口減・家余り時代の住宅選び…。どのような住宅の資産価値が下がりにくいのか少し考えてみたいと思う。

100年前の日本の人口は、今の1/2以下の約5000万人だった100年前の日本の人口は、今の1/2以下の約5000万人だった

地方都市こそ日本の縮図、既存住宅流通活性化が課題

最近は、仕事で地方に行くケースが増えた。地方の不動産事業者の皆さんは口をそろえて町の衰退化の話をされる。人口も減り、産業も衰退し、所得も減り、町が疲弊しているというのだ。
共通している風景は、市役所のある中心市街地はシャッター通りと化し、郊外にできたショッピングセンターの周りがちょろちょろ開発されているという風景。中心市街地から無尽蔵に広がる街。インフラの整備が不要であれば問題ないが、インフラを期待するのであれば計画的な街づくりが必ず必要になってくる。このような街づくりは継続できない。理由は以下の通り。

一つ目の理由は、高齢化の問題。
車で行くことが前提の巨大ショッピングモールには、運転できない高齢者はたどり着けない。高齢者は買い物難民になる。若者が集まらない郊外で街の高齢化が進めば、ショッピングモールの利用客はどんどん減る。ショッピングモールの経営不振や売り上げが低下を招けば、当然店を閉めることになる。安い土地に広大な敷地を備え、一時的に子育て世代を取り込むこのようなビジネスモデルは、街の将来を見据えた健全な街づくりとは程遠い。街の高齢化、住民の減少で閉鎖に追い込まれたショッピングモールは既に数多くあり、その周辺に開発された地域は陸の孤島となる。誰も責任など取ってくれない。

二つ目の理由は、過疎化した街へのインフラの整備や更新をし続けることはできない、ということ。
残念な事件だが、2012年12月に発生した中央自動車道「笹子トンネル天井板落下事故」はその最たる例だ。人口増加時代には無尽蔵に街が広がっていき、そこにも多くの人が住んでいたので税収などもありインフラの新設も可能だったかもしれないが、税収が期待できない過疎化したエリアのインフラをいつまでも更新し続けるというのは現実的には不可能な話である。

これらの現実は都市部より地方が深刻である。計画的な街づくりが必要であり、街ぐるみで不動産の資産維持に努める必要がある。
いわゆるタウンマネージメントが必要となってくる。

車で行くことが前提の巨大ショッピングモールには、運転できない高齢者はたどり着けない車で行くことが前提の巨大ショッピングモールには、運転できない高齢者はたどり着けない

住宅の資産性を左右するタウンマネジメント

タウンマネジメントの一つの手法として「コンパクトシティ計画」がある。
郊外化を抑制し、市街地のスケールを小さく保ち、歩いてゆける範囲を生活圏と捉え、コミュニティの再生や住みやすいまちづくりを目指そうとするのがコンパクトシティの発想である。職住近接型まちづくりを目指すものである。街がコンパクトになると、インフラ維持管理のコストも削減でき、住宅の資産性の維持も可能になり、その結果固定資産税の税収増加なども見込まれる。交通体系は自動車に依存しない街づくりを目指すことになり、トラム(いわゆるチンチン電車)等公共交通を中心に考えた交通形態となる。地方都市は、バス便利用者の減少が著しく、ここでいう公共交通はバスではない。

また、タウンマネジメントの事例として「歴史のある街」が挙げられる。
例えば鎌倉市。メイン通りの小町通りは平日から人でいっぱいだ。休日ともなればさらに人でごった返す。都心からは決して近いとは言えないエリアだが、住宅の資産性が保たれている。魅力のある街は、例え都心から離れていても住宅の資産性が保たれる良い例だ。鎌倉市は、1192年の鎌倉幕府が成立して以来、800年以上もタウンマネジメントされているといっても過言ではない。

先日、仕事で函館に行った。函館市もご多分に漏れず中心市街地はシャッター通りと化していた。その様子とともに、函館の強い魅力と可能性も感じた。「漁港」があり、「歴史(五稜郭)」があり、チンチン電車が残されている。最近は函館に行かなくても、函館の海産物をネットで取り寄せ、次の日には東京で食べることができる。ビジネスも場所に依存しないモデルが多く出てきているので、産業を再興させる余地もたくさんある。函館は街の経営資源が多くあるので、若者が集まる、仕事のある魅力ある街にいつでも再興するであろう。逆に「港がない」「歴史が無い」「電車が無い」街は、とても厳しい。
人口増加時代には街づくりはそれほどマネジメントの必要も無かったが、人口減少時代は違う。優良な企業を誘致したり、新しい産業を興すなどして仕事を増やし、優秀な学校を街に呼んで子供たちの教育環境を整え、トラムなど高齢者に優しい交通手段を整備する等して、魅力ある街づくりが必要だ。
将来は、わが街に住民を引き寄せるために「街のTVコマーシャル」が始まっているかもしれない。

これからは、トラムなど高齢者に優しい交通手段を整備するなど、魅力ある街づくりが必要これからは、トラムなど高齢者に優しい交通手段を整備するなど、魅力ある街づくりが必要

どの街に家を買うかが、未来の資産性に大きく影響する

そもそも魅力の無い街には人は集まらない。集まらないということは不動産の流通も停滞する。
20~65歳までのいわゆる労働人口世代は、職住近接がライフスタイルの基本となるであろう。だから、仕事場が近い住宅が資産価値が保たれやすい住宅と言えるだろう。仕事場の無い街は、現在住んでいる住民で終わってしまう街なのかもしれない。例えば、ベッドタウン。まさに、寝る為だけの街だ。本来、街というのは、住宅・事務所・店舗・学校・病院等、住宅だけではなく多くの施設が集まっているのが街であり、住宅だけの街は街ではないのだろう。そのような場所には人は集まらない。その結果、現在の住人の代で街が終わることになる。
また、「子供の学区域の問題」「通勤に便利」「昔から住んでいる」「こだわって作った注文住宅」等、およそ資産性とは程遠い観点だけで選択された住宅は、私にとっては都合のいい家かもしれないが、多くの人にとっては都合の悪い家の可能性が高い。その様な住宅は、多くの人にとってそこに価値を見出すのは難しいだろう。売却という出口を考えた住宅選びは、多くの人にとって都合の良い物件であることが資産性維持の条件となってくることを覚えておきたい。

行政は言いにくいところであろうが、まさに「捨てる街」を選択する時代に突入していると私は思う。捨てられる街に住宅を買えば、その住宅は趣味の家であり、資産として住宅では無くなってしまう。
住宅の資産性のことを考えれば「残る街」、つまり20年後も30年後も多くの人で賑わっていることが想像できる街に住宅を購入することが、住宅の資産性維持の最大のポイントではないだろうか。

2013年 10月16日 13時00分