遺産相続問題を早期に解決することの意義

親子そろって相談に訪れるケースも多い親子そろって相談に訪れるケースも多い

東京都大田区の「一般社団法人おおた助っ人」が開催する「出口の見える無料相談会」のレポート3回目をお届けする。1回目と2回目では、相談会を立ち上げた経緯や運営の工夫、相談員として参加している専門家の声、相談者の満足度など、「個人」を軸にしてのレポートを行なった。最終回となる今回では、この無料相談会が大田区という地域や社会のなかでどういう意味をもつものなのかに軸をおいてお伝えしていきたい。

前回記事でレポートしたように、この無料相談会で寄せられる相談の多くは遺産相続や離婚による財産分与の問題が絡み合った内容となっている。特に遺産相続では、相談の内容が複雑になっているという。「相談に来る方それぞれでお困りの状況は異なりますが、ご両親が亡くなってしまって住む人がいなくなった家をどうしたらいいのか、困っているという相談も少なくありません」と、おおた助っ人の理事長で司法書士の小林彰さん。

そうした場合には相続した家を売却するという手段もあるのだろうが、売りたくても売りに出せないという相談も多いという。売りに出せない理由には、土地や建物を相続人の間でどう分割するのかといったトラブルが長引いていることも挙げられるが、「この相談会で寄せられるケースで多いのは、借地権が絡んでいるお困りごとです」と、小林さんは話す。

借地権が絡む困りごととは、どんなことだろう? おおた助っ人の副理事長で、大田区内で不動産会社を営む鈴木豪一郎さん(宅地建物取引主任者)はこう教えてくれた。
「例えば、こういう相談内容です。『両親が住んでいた家を相続した。しかし、自分も兄弟もそこには住まないので売却したいのだが、土地の権利が借地権のため地主さんが売却に承諾してくれない。どうしたらいいのか?』と。また、売却にあたり、地主さんから法外な承諾料を請求されて困っているという相談もあります。このように、主として地主さんとの関係についての悩みです」

ここで述べているほかにも住宅の相続にまつわる問題はいろいろあるだろうが、そうした相続問題が解決されないままでいると、住む人のいない家が放置されることになる。それは「空き家」を増やすことにもなりかねない。

「空き家の増加」は現在の日本が抱える社会問題のひとつで、HOME'S PRESSでも何度も取り上げている。空き家が増える原因として、核家族化や少子高齢化による人口減少が挙げられるが、実はそれ以外にも「遺産相続の問題が解決しないこと」も要因のひとつとして考えられる。

空き家が増えると、放火など治安の悪化や、建物の老朽化による倒壊の危険性など問題が発生し、地域の活性化を妨げてしまう。そんなことを考えると、この無料相談会は遺産相続問題の早期解決を手助けすることを通じて、地域や社会に貢献できる活動といえる。

大田区は東京23区のなかで最も空き家数が多い

おおた助っ人の副理事長、鈴木豪一郎さん。仕事柄、大田区の住まい事情についてもくわしい。プライベートでは5人の娘の父親。小学校のPТAに参加し、地域活動にも取り組むおおた助っ人の副理事長、鈴木豪一郎さん。仕事柄、大田区の住まい事情についてもくわしい。プライベートでは5人の娘の父親。小学校のPТAに参加し、地域活動にも取り組む

ここで大田区の空き家の状況について記述していこう。5年に1回実施される総務省の「住宅・土地統計調査」(2008年)によると、東京23区の空き家数は2003年の調査では約49万戸だったのが約54万戸に増えている。そのなかで大田区の空き家の数は約4万4000戸と、東京23区のなかで最も多い空き家数となっている。ちなみに東京23区の空き家数で大田区に次いで多いのは足立区の約3万9000戸、その次が世田谷区の約3万5000戸という結果が出ている。

また、同じ調査によると、東京23区の空き家率(総住宅数に占める空き家の割合)の第1位は千代田区で25.8%(千代田区の空き家数は8380戸)。大田区は空き家率では千代田区よりは低い12.2%ではあるが、23区の平均11.3%を上回っている。

そうした状況に対し、大田区では2013年4月に「大田区空き家の適正管理に関する条例」を施行。東京23区では足立区、新宿区、墨田区でも空き家対策条例が制定され、それぞれで定めている内容は異なっている。大田区の条例は区が空き家の実態調査や、空き家の管理が不十分な所有者に対して改善についての助言・指導、命令ができ、老朽家屋の解体などを要請することができるというもので、従わない場合は氏名の公表などを行なうという。この大田区の条例には行政代執行も盛り込まれている。

行政代執行とは、自治体の勧告・命令に従わない所有者に代わり、行政が老朽建物の除去などを行ない、その費用を所有者に請求するというものだ。大田区ではこの行政代執行により、2014年5月29日、老朽化が進んだ空き家(木造2階建てアパート1棟)の強制撤去作業に着手した。老朽化した空き家の行政代執行の実施は東京都内では初めてという。

こういった行政の空き家対策について、おおた助っ人の副理事長・鈴木さんは不動産のプロの立場からこう語る。
「大田区では、マンションなど賃貸の共同住宅で空き室が増えていると感じています。もちろん、満室になっている賃貸物件もたくさんあります。ただ大田区は建築年代の古い共同住宅も多く、それらは耐震性の問題もあってなかなか借り手がつかないという現実があります。こうした老朽化した共同住宅の空き室問題についても、対策が必要になってくると思います」

東京都都市整備局「マンション実態調査結果」(2013年3月発表)によると、旧耐震基準(建築年が1981年以前)で建てられた賃貸マンションの数が、東京23区のなかで世田谷区に次いで多いのが大田区で970戸(うち247戸が1971年以前の建築)。また、分譲マンションの旧耐震基準の棟数でも、大田区は東京23区のなかで5番目に多く、666棟となっている。

区内の町会の協力も仰ぎ、相談会の告知を行なっている

蒲田にある大田区役所本庁舎。区役所の「区民の声」課からの案内を受けて、「出口の見える無料相談会」を利用する人もいるという蒲田にある大田区役所本庁舎。区役所の「区民の声」課からの案内を受けて、「出口の見える無料相談会」を利用する人もいるという

さて、「出口の見える無料相談会」に話を戻そう。2011年5月にスタートして奇数月に開催し、2014年7月には第20回目を迎える。このところは相談会の予約件数は相談枠いっぱいの「満員状態」になることが多いという。

相談会実施の告知についてはホームページで情報を発信するほか、大田区報で告知をしたり、町会・自治会の協力を仰いで掲示板にチラシを貼ってもらう、回覧板を使ってチラシを配布するなど、地域に根ざした広報活動をしていることにも着目したい。

「ひとりでも多くの大田区民に無料相談会のことを知ってもらい、お困りごとがあれば利用していただきたいと思っています。ですので、各地区の特別出張所で開催される会議などに参加して相談会の説明を行なったり、町会・自治会の方との人脈づくりにつとめてきました。でも大田区は東京23区で面積が最も広く、人口は23区で三番目に多い約70万人。そして、田園調布のような高級住宅地もあれば、日本のものづくり産業を支える町工場が集まる地区や多摩川沿いの豊かな自然が残る地区などもあって、多様性に富んでいる区です。羽田空港も大田区なんですよ。ですからこの相談会の広報が行き届いていない地区のほうが圧倒的に多いので、まだまだ広めていきたいですね」と、小林さんは語る。


相談内容と解決方法のデータベース化も考えている

おおた助っ人の理事長、小林彰さん。プライベートでは2人の娘の父親。司法書士の仕事のかたわら、大田区が主催する「大田区区民活動コーディネーター養成講座」で学び、今年3月に修了。地域で活動するさまざまな市民団体のつなぎ役にもなりたいと意欲的だおおた助っ人の理事長、小林彰さん。プライベートでは2人の娘の父親。司法書士の仕事のかたわら、大田区が主催する「大田区区民活動コーディネーター養成講座」で学び、今年3月に修了。地域で活動するさまざまな市民団体のつなぎ役にもなりたいと意欲的だ

この相談会を立ち上げた鈴木さんと小林さんに、今後の抱負を聞いてみた。

「高齢化社会の今、大田区でも高齢者夫婦のみの世帯や高齢者のひとり暮らしが増えていると感じています。高齢の方は若者と違い、インターネットで情報を見つけるといったことはほとんどできない世代です。何か困りごとがあっても調べるツールがない。どうしたらいいのかわからず、悩み続ける。そうして月日がたっていき、ある日孤独死してしまうという事態になることも考えられるでしょう。そういう情報弱者である高齢者の方たちの役にも立てる相談会になれば、と思っています」(鈴木さん)

高齢化社会に関連し、小林さんはこう語る。
「今後は、相談員として介護系の専門家に加わっていただけたらいいなと思います。遺産相続に絡み、成年後見にまつわる相談も多いんです。例えば、“父親が亡くなってしまったが、母親が認知症になってしまって相続の話が進まない”といったお困りごとです。そういうケースで成年後見制度についての説明をするのですが、あわせて介護の専門家がいれば介護サービスなどの相談に応じることも可能になるので、対応の幅を広げることにもつながります」

これまで受けた相談内容と解決方法は記録として残しているので、データベース化したいという構想もある。
「それには相談者さんの了承や、個人情報の問題もクリアしなければならないのですが、データベース化して可能なものは公開して、大田区民をはじめ、多くの人たちの問題解決に役立てていただけるようになればうれしいです」と、小林さんは締めくくった。

地域を活性化するためには、人がたくさん集まる施設を作る、イベントを開催するといった方法も有効だろう。しかし、このおおた助っ人の活動のように、地道で目には見えなくても地域や社会の人たちの役に立つ活動があることを、多くの人に知ってほしいと筆者は思う。

●取材協力
一般社団法人おおた助っ人
http://ota-suketto.org