もしもの時の「差し押さえ」基礎知識
「差し押さえとは」 において、「差し押さえ」とは、債権の回収を行いたい人(債権者)が、債権を負う人(債務者)の所有する財産から強制的に債権の回収を行う際に、回収の対象となる財産の処分を制限する裁判上の手続きであることが分かったかと思います。
今回は、法律上、差し押さえを行うためにどのような手順が必要か解説していきます。大まかには、1.債務名義の取得、2.執行文の取得、3.民事執行の申立て、4.差し押さえの開始という手順を踏むことになりますので、解説もその順序に従って行います。
差し押さえは、裁判所等の公的機関を通して行う手続きですので、執行機関である裁判所等に対し、申請を行うことが必要です。このことを法律用語では、「強制執行(民事執行)の申請(申立て)」(※)といいます。
※抵当権に代表される担保権の実行と併せて、「民事執行の申立て」といいます。担保権の実行は、債務名義取得の必要性がない点(手順2.が不要)など、法律上、手続きとしての性質は異なるものとされていますが、申立て方法や差し押さえから換価までの手続きは強制執行に準拠しているため、このページでは厳密に区別せず記載します。
もっとも、いかなる人であっても、強制執行の申立てができるわけではありません。強制執行は、本来所有者が自由に処分(使ったり、売ったり)できるはずの財産を処分できなくさせる強力な手続きです。したがって、裁判所等は、強制執行を申し立てた人(申立人)が他人の財産から債権の回収ができる地位にあると客観的にいえるかどうか、すなわち債権者といえるのかどうかを見て、強制執行の手続きを進めていくかどうかを判断します。
では、裁判所は、どのように申立人が債権者かどうかを判断するのでしょう…
それは、申立人が、強制執行の根拠とする債権について、「債務名義」という裁判所や公証人役場が作成する文書を持っているかどうかで判断します。
まず、債権者が、債権について、事前に執行証書というものを作成していた場合には、その「執行証書」が債務名義になります。
執行証書とは、公証人が作成した公正証書のうち、金銭の一定額の支払い等を請求の目的とし、そこに記載された債務者が支払い等を怠った場合には直ちに強制執行に服する旨の記載があるものをいいます。作成した公正証書に債務名義としての効力が認められるためには、債権の内容が特定されていることや強制執行受諾の意思が明示されていることなどの要件を満たす必要があります。
ただ、トラブルが起こる前(契約時点等)にそのような要件を満たすように適切に作成ができていれば、いざトラブルが生じたときに後述する他の債務名義の取得に比べて迅速に差し押さえの手続きを行うことができます。
また、トラブルが起きた後でも、債務者が債権回収に協力的な人であれば、一緒に公証人役場に行き、執行証書を作成することも考えられます。債権の回収を図るうえで、債務者による財産隠し(消費、売却等)を防ぐことは非常に重要です。その点、迅速な手続きが可能である執行証書は大きなメリットがあるといえるでしょう。
正証書を作成するには、公証人手数料がかかります。
手数料の額については、日本公証人連合会サイトに記載があります。
前述のように執行証書を事前に作成していれば、迅速に差し押さえの手続きに入ることが可能ですが、実際には、事前にトラブルが生じることを見越して執行証書を作成している場合はまれですし、トラブルが起きた後に、債務者が執行証書の作成に協力してくれる可能性は低いです。
その場合には、公的機関である裁判所を使って、強制的に解決を図る必要があります。裁判所による強制的な解決として、最も典型的な形が民事訴訟、すなわち、民事事件に関して裁判を提起することです。裁判を起こし、自分の請求が認められれば、その請求についての権利が記載された判決書が債務名義となりえます。具体的には、紛争の当事者に判決が送達されてから、二週間が経過し、相手方が控訴しなかった場合に判決が確定し、判決書は「確定判決」として債務名義となります。
また、裁判を起こす際に裁判所の仮執行宣言を求め、それが認められた場合には、判決の確定を待たずしてその判決書は「仮執行宣言付判決」として債務名義となります。なお、裁判の途中で、和解が成立し判決を得なかった場合も、裁判所によって作成される「和解調書」が債務名義となります。
裁判は、法律の専門家である裁判官によって適切な判断が得られる反面、法律の知識に基づく主張・立証をするためには弁護士を雇う必要があり弁護士費用がかかること、判決が得られるまでに長期間を要することなどのデメリットがあります。
60万円以下の金銭の支払いの請求を目的とする訴えの場合には、上記のような通常の訴訟ではなく、簡易裁判所に対し、手続きが簡略化されている少額訴訟という裁判の形をとることができます。
少額訴訟においては、原則的に一期日で審理が終了し、即時に調べられる証拠のみが判断資料とされるため、通常の裁判に比べ迅速に判決が得られます。また、少額訴訟の判決においては、裁判所の職権で必ず仮執行宣言がなされるため、判決後ただちに差し押さえの手続きを行うことが可能です。
以上のように、簡易、迅速性の点で請求者側にメリットが多い少額訴訟です。もっとも、請求の相手方が通常の裁判手続きによる審理を望んだ場合には、通常の裁判手続きに移行します。
上記のように、裁判所を利用して債務名義を得る代表的な方法は、裁判によって判決を得ることですが、裁判手続きでは、限られた時間の中で裁判官に分かるように請求の根拠を法的に説明し、証拠によってそれを証明する必要があるため(これは簡易な手続きである少額訴訟においても基本的に当てはまります。)、法律の知識に乏しい人にはハードルがあります。この点、裁判と比べて一般の方自身で進めやすい手続きとして挙げられる方法が、民事調停と支払督促制度です。
まず、民事調停とは、裁判所において、調停官(裁判官)と一般市民から選ばれる調停委員の仲介のもと、話合いにより紛争を解決することを目的とする手続きをいいます。民事調停においては、法的な素養のある調停委員が間に入り、当事者の言い分を整理しながら話合いを進めていくため、当事者が自らの主張をうまく整理できない場合も調停委員の整理により、充実した話合いができることが多いです。
また、申立ての手続きも裁判の提起に比べて特別な法律の知識は必要なく、裁判所に備え付けられている申立書に必要事項を記載すれば比較的簡単に調停を申し立てることが可能です。調停の手続きは原則として、簡易裁判所で行われます。調停によって、当事者間で話がまとまった場合(調停成立)には、その内容を裁判所書記官が調書にまとめ、この調書が「調停調書」として債務名義となります。
支払督促制度とは、お金やお金と同視できるもの請求の対象とする請求について、裁判所に対し、督促手続きの申立てをすることにより、その主張の真偽を審理することなく、裁判所書記官が債務者に対し、支払督促を発するものです。
支払督促正本が債務者に送達されてから二週間以内に債務者から督促の内容に関して異議の申し出(督促異議の申立て)がなければ、裁判所書記官は、債権者の申立てにより、支払督促に仮執行宣言を付します。督促異議の申立てがあった場合は基本的に訴訟に移行します。
この時点で、支払督促は、「仮執行宣言付支払督促」として債務名義となります。仮執行宣言付支払督促が債務者に送達されてから二週間以内であれば、債務者は督促異議の申立てを行い、訴訟にてその内容につき争い、強制執行の停止を申し立てることが可能ですが、異議のないまま二週間が経過すれば、仮執行宣言付支払督促は確定し、確定判決と同一の効力を取得し、債務者はその内容について争うことができなくなります。
支払督促制度は、債務者が債務の存在自体について争わなければ、債権者の一方的な主張をもとに迅速・簡易に債務名義を取得することが可能となる制度です。したがって、支払督促制度は、債務者として債務の存在自体は争っていないものの、債務者の怠慢や履行意思の欠如、もしくは資金不足により支払いを行わない場合に債務名義を取得する有効な方法といえるでしょう。
代表的な債務名義は以上のとおりです。債権者が民事執行手続を取ろうとする場合、その事案に適した債務名義に基づいて、民事執行手続を申請することとなります。
なお、前述したとおり、債権者が、請求する債権に関して、担保権(抵当権、質権、先取特権)を有する場合には、債務名義を取得することなく、担保権の実行として民事執行手続をとることが可能になります。
債務名義を取得するためには、民事訴訟、民事調停、支払督促制度と裁判所の手続きを利用する必要があります。
裁判所の利用に際しては以下の費用がかかります。
| 印紙代(手数料) | 印紙代は、請求する債権の額に照らして決まります。 |
|---|---|
| 郵便切手 | 裁判所の手続きを進めるにあたって、使用する郵便切手を裁判所に予納する必要があります。予納額は各裁判所によって異なります。各裁判所ホームページ等に記載がありますのでご参照ください。 |
債務名義を取得し、さあ民事執行の申立てをしよう!…といきたいところですが、実は債務名義を取得しているだけでは、裁判所が手続きを開始してくれない場合があります。債務名義の中には、債務名義に加えて、その債務名義を作成した機関が作成する「執行文」という文書の付与を受けていなければ民事執行手続を開始できないものがあるのです。
すなわち、債務名義は、一旦成立してもその後、失効したり、権利関係に変更が生じたり、権利の行使に一定の条件がかかっている場合があります。そこで、法律は、執行の前に、そのような事実の有無を確認し、まさに執行が可能な債権を内容とする債務名義であるかどうかを債務名義の作成機関に確認させる手順(執行文の付与)を設けているのです。
「執行調書」については、作成機関である公証人による執行文の付与が必要です。
また、「確定判決」、「仮執行宣言付判決」、「和解調書」、「調停調書」についても、作成機関である裁判所書記官による執行文の付与が必要になります。
少額訴訟における「確定判決」、「仮執行宣言付判決」及び支払督促制度における「仮執行宣言付支払督促」は、その債務名義に表示された当事者間で強制執行が行われる場合に限り、執行文の付与は必要ありません。なお、担保権の実行においても執行文の付与は必要ありません。
執行文の付与を受けるためには、債務名義の作成機関に対し、「執行文付与の申立て」を書面をもってしなければなりません。執行文が付与されると債務名義の原本に執行文が記載されます(「債権者○○は債務者××に対し、この債務名義により強制執行することができる。」等)。
では、債務名義(必要な場合は執行文も)が用意できた場合、民事執行の申立てはどこに、どのように行えばよいのでしょうか。
民事執行の申立ては、その執行を行う管轄機関に対して申立てを行う必要があります。
民事執行の対象となる財産によって、管轄機関の決まり方が異なるため、以下では対象財産ごとに管轄の説明をします。
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不動産を対象の財産 とする場合 |
不動産を執行の対象とする場合(「不動産執行」といいます。)、不動産の所在地を管轄する地方裁判所の管轄となります。 |
|---|---|
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債権を対象の財産 とする場合 |
債権を執行の対象とする場合(「債権執行」といいます。)、債務者の住所地を管轄する地方裁判所の管轄となります。 |
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動産を対象の財産 とする場合 |
動産(現金、貴金属等)を執行の対象とする場合(「動産執行」といいます。)、動産所在地を管轄する裁判所の執行官は執行機関となります。動産執行の場合には、執行官が実際に動産所在地まで出向き、その場で動産を差し押さえることになるため、執行機関が裁判所ではなく、執行官になる点に注意が必要です。 |
いずれの執行についても、上記管轄機関に対し、書面(申立書)による申立てを行います。申立書には、必要となる提出書類を添付して申立てを行います。以下に必要となる書類の概要を記載しますが、各執行手続における申立書書式及び提出書類の詳細は、東京地方裁判所民事21部(民事執行センター・インフォメーション21)のサイトをご参照ください。また、申立てにかかる費用については、「差し押さえとは」の 「差し押さえに必要な費用」 をご覧ください。
※担保権の実行による不動産競売の申立ての場合は、上記2、3は不要。
(3)記載の申立て方法に従って申立てを行うと各執行が開始し、執行機関による対象財産の差し押さえが行われます。
執行裁判所による競売開始決定が出されると、対象不動産について、差し押さえの登記が設定されます。差し押さえの登記が設定されると債権者(対象不動産の所有者)は、対象不動産を処分できなくなります。
制限される処分行為は、所有権の譲渡はもちろんのこと、抵当権等の担保権の設定行為、賃借権・地上権等の設定行為も対象不動産の財産価値が減少する行為であることから制限されます。
執行裁判所が差押命令を発令し、債権執行手続は、この差押命令の発令と同時に開始します。この差押命令は、債務者と第三債務者(差し押さえ対象の債権における債務者)に送達されます。
差し押さえの効力は、差押命令が第三債務者に送達された時から生じます。差し押さえの効力により、債務者が第三債務者に対し、対象債権の取り立て等の処分行為を行うことが禁止されます。また、第三債務者は、対象債権について債務者に対する支払いが禁止されます。
たとえば、債務者の給料債権を差し押さえた場合、債務者は、会社から給料の支払いを受けられなくなります(給料のうち、法律で差し押さえが禁止されている一部については支払いを受けることができます。)し、会社は差し押さえられている部分の給料を債務者に支払ってはいけないことになります。
動産執行の申立てが適切に行われ、執行手数料等の納付がなされると差し押さえの手続きが開始します。債権者が執行に立ち会う機会を確保するため、原則的に差し押さえを執行する日時が執行官より債権者に通知されたうえで差し押さえが執行されます。差し押さえの実施は、執行官が申立書記載の動産所在場所に出向き直接行います。
差し押さえは、原則として対象の動産を執行官の管理に移す方法で行われ、例外的に対象動産を債務者等に保管させる場合には、差押物件封印票により差し押さえの表示が行われます。差し押さえにより、債務者は、対象動産を処分したり、その物から収益を受ける権利を失い、国家が処分権を取得します。もっとも、債務者に保管させる場合には使用することができます。
以上が差し押さえまでの法的な流れになります。実際に、民事執行を申し立て、差し押さえを行うためには、債務名義の取得という非常に重要かつ場合によっては大きなハードルがあることがお分かりになったかと思います。自らに権利が生じる契約を行う際には、いざ債権回収の必要性が生じたときにスムーズに債務名義が取得できるよう、自らが取得する債権の根拠や債権額が明示された契約書を作成する等のリスク管理が重要です。
(2017年11月)
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