もしもの時の「差し押さえ」基礎知識
“差し押さえ”という言葉を一度は聞いたことがあると思います。民事執行法という法律が差し押さえと呼ばれる制度を規定していますが、概要から手続きの詳細に至るまで、難しい言葉の多い法律で規定されているため、差し押さえの仕組みを正確に理解している方は少ないのが実情でしょう。
しかし、差し押さえに始まる強制執行手続は、債権回収を行うに当たって債権者の助けとなる強力な効力を有する手続きですので、知っておくことは大変役に立ちます。ここでは、差し押さえに関する基本的な知識の概要を説明します。
差し押さえとは、借金などの返済を怠っている債務者に対して、債権者が強制的に換金可能なものを差し押さえて取り立てを行えるようにすることです。またこの決定・命令は裁判所によって行われます。
具体的には、債務者の財産を売却してその売却代金から債権を回収する競売などを行う場合、競売前に財産が債務者によって処分されることをあらかじめ防いでおきます。そして、その上で競売を行う必要があります。債務者が財産を処分してしまわないよう、財産を拘束するための制度が差し押さえなのです。
差し押さえによって債務者の財産を拘束した上で、その財産を換価する競売などの手続きを行い、債権を回収することになります。差し押さえの対象となるのは、債務者の有する不動産、動産、債権などさまざまなものがあり、何を差し押さえるかで取るべき手続きも変わってきます。
差し押さえをすることのメリットは次のような点です。
例えば、債務を支払う原資となる財産(現金、預貯金、不動産、自動車など)を持っている債務者に対し、債務の支払いの請求をした場合です。債務者が自ら進んで財産を処分した上で支払いをしてくれればよいのですが、請求しても支払いをしてもらえない場合には、債権者が実力で債務者の財産を奪うことが禁じられている以上(自力救済の禁止)、債権者は支払いを受けることができません。
このような場合に備えて、法律は強制的に債権の回収を行うことができる強制執行の制度を設けており、強制執行手続を取ることによって債権者は任意に支払いを行わない債務者から債権を取り立てることができます。この強制執行における換価や取立ての前段階となるとなるのが差し押さえであり、債権者が債権回収を行うにあたり大きな役割を持っています。
債権を回収するために債権者が強制執行を行おうとした際、債務者が自分の財産を処分していると、債権者は債権の回収ができなくなるおそれがあります。したがって、強制執行を行う前には、債務者が財産を処分できないようにしておく必要があります。
このように、差し押さえとは、債務者による財産の処分を防ぐために置かれている制度であり、差し押さえを行うことによって、それに続く換価や取立てがスムーズに進んでいきます。
他方、差し押さえのデメリットとしては次のようなものがあります。
まったく財産のない債務者から債権を回収しようとする場合、差し押さえるべき財産がないため強制的に債権回収を行うことは困難です。多額の融資を行う際には、このようなことにならないように債務者の所有する不動産に抵当権を設定するなどの対策を取っておくことが多いでしょう。しかし、少額の債権や取引によって生じた債権などについてあらかじめ担保を確保しておくことは必ずしも行われてはいませんので、いざ債権を回収する段階になると債務者に資力がなくなっていたということは十分あり得ます。
差し押さえにおいては、差し押さえる対象物を債権者が特定した上で裁判所に申し立てを行う必要があります。債務者が財産を隠している場合には、債権者が調査を行って債務者の財産を発見して差し押さえを行うことになります。裁判所が債務者の財産を調査してくれる制度にはなっていません。
しかし、債務者の財産を調査するといっても方法は限られています。債務者の自宅の土地建物や普段使用している車などは法務局や陸運局で割合簡単に調査できますが、預貯金などを含めてその他の財産にどのようなものがあるかについては網羅的に調査する方法はありません。
民事執行法は財産開示手続という制度を置いており、債務者を裁判所に呼び出して自分の財産について陳述させることができます。しかし、債務者が裁判所に出頭しない場合や、出頭しても陳述をしなかったり虚偽の陳述をしたりした場合に科される過料は30万円以下とされています。よって、隠し財産の価値が大きい場合には過料を払った方が得なことにもなりますので、制度として十分なものではないといわれています。
債務者の財産のほとんどは差し押さえをすることができますが、なかには差し押さえが法律で禁じられている財産もあります。代表的なものを挙げておきます。
したがって、債務者の財産が上記のようなものしかない場合には差し押さえはできないか、一部しかできないことになります。
差し押さえを行うには裁判所の手続費用や弁護士費用がかかります。裁判所の費用は債権執行の場合には比較的少額で済みますが、不動産執行では多額の予納金を納める必要があります。また、差し押さえの手続きを弁護士に依頼する場合には弁護士費用も必要です。
多額の回収が見込める場合には問題はありませんが、債権額が少額である場合や回収できる見込み額が少ない場合には、債権を回収してもその多くが費用に取られてしまい、費用対効果が低くなってしまうこともあります。
差し押さえを行うに当たって必要な費用は主に2種類です。
裁判所での手続費用は、差し押さえの対象物によって異なります。下記の金額は東京地裁の場合ですが、裁判所によって金額はやや異なります。
銀行預金や給料などの債権を差し押さえる場合には、次のような費用がかかります。最も費用が安くて済むのがこの債権の差し押さえです。
| 手数料 | 4,000円 |
|---|---|
| 郵便切手 | 3,217円(ただし、債務者数・第三債務者数によって異なる) |
動産を差し押さえる場合には、執行官が現地に赴いて差し押さえを行います。実際に行ってみないと差し押さえるものの有無や何をいくつ差し押さえるかは分かりません。よって、あらかじめ予納金を裁判所に納めてそこから費用を差し引き、残りがあれば返還されることになります。また、債務者が留守の場合や入口を開けない場合には、解錠業者が鍵を開ける費用も必要です。場合によっては、差し押さえた対象物を運搬・保管・処分する費用もかかることがあります。
| 予納金 | 2~5万円 |
|---|---|
| 解錠業者費用 | 1~5万円 |
最も費用がかかるのが不動産の差し押さえです。債権額に応じて多額の予納金を裁判所に納める必要があります。
| 手数料 | 4,000円 |
|---|---|
| 郵便切手 | 92円 |
| 予納金 | 60万円(債権額2,000万円未満の場合。債権額に応じて異なる) |
| 登録免許税 | 債権額の1,000分の4 |
差し押さえを含む強制執行は専門的な知識が必要な手続きですので、弁護士に依頼して行うことが通常です。弁護士費用は弁護士によって異なりますが、下記の算定方法によるのが一般的です。なお、回収の見込みなどによって費用の増減を行うこともありますので、具体的には依頼予定の弁護士に見積もりをしてもらうことをおすすめします。
| 債権額 | 着手金 | 報酬金 |
|---|---|---|
| 300万円以下 | 4% | 4% |
| 300万円超~3,000万円以下 | 2.5%+4万5,000円 | 2.5%+4万5,000円 |
| 3,000万円超~3億円以下 | 1.5%+34万5,000円 | 1.5%+34万5,000円 |
| 3億円超 | 1%+184万5,000円 | 1%+184万5,000円 |
差し押さえは裁判所の決定・命令によって行われる手続きで、管轄の地方裁判所に申し立てをして行うことになります。差し押さえの対象物によって手続きが異なりますので、対象別に手続の流れを説明しましょう。
債権者は、管轄裁判所(原則として債務者の住所地を管轄する地方裁判所)に、差し押さえる債権を特定して書面で債権差押命令の申し立てを行います。
債権者の申し立てに理由があると認められると、裁判所は債権差押命令を発し、第三債務者、債務者の順でこれを送達(郵送)します。第三債務者に債権差押命令が送達されると差し押さえの効力が生じます。なお、第三債務者とは、差し押さえの対象となった債権の債務者のことをいいます(例えば、銀行預金を差し押さえるケースでは銀行が第三債務者となります)。
債務者への債権差押命令の送達から1週間が経過すると、債権者は第三債務者から債権を取り立てることができ、債権者が支払いを受けた場合には裁判所にその旨を届け出ます。
動産(現金、貴金属、家財道具など)を差し押さえる場合には、債権者は管轄裁判所(動産の所在地を管轄する地方裁判所の執行官)に動産執行の申し立てを書面で行います。
申し立てが受理されると、執行官と債権者(代理人弁護士)が打ち合わせを行い、実際に執行を行う日時などを決定します。
執行官が動産の所在地に赴いて差し押さえを行います。債務者の自宅で差し押さえを行う場合であれば、執行官が債務者自宅に入って差し押さえできる動産を捜索して差し押さえを行います。債務者が留守の場合や入口を開けない場合には、帯同する解錠業者が鍵を開けて建物内に入ります。
差し押さえ後に執行官が売却期日を決定し、その期日に差し押さえた動産を売却して代金を債権者に配当します。なお、売却期日は差し押さえ当日にその場で行われることもあり、その場合には債権者は自ら動産を落札するか、帯同した引き取り業者に落札させることになります。
不動産から債権の回収を行おうとする場合には、債権や動産の差し押さえと比較して複雑な手続きが必要です。配当が終わり、債権者の債権回収が果たせるまでには、事案の複雑さ等にもよりますが、通常、1年程度を要します。
債権者は、不動産の所在地を管轄する地方裁判所に不動産競売申し立てを書面で行います。
申し立てを適法と認めると裁判所は競売開始決定を発令し、差し押さえの登記が設定されます。これにより、不動産の所有者は、自由に不動産を処分することができなくなります。
裁判所は執行官に不動産の現況調査を命じます。また、同じく裁判所によって任命される評価人が現況調査の結果等を参考に不動産の評価を行います。
裁判所は、評価人の評価に基づいて売却基準価額(当該不動産の標準的な価額)と買受可能価額(買受申出が可能な金額の下限額)を決定します。
現況調査と評価の結果を踏まえ、裁判所は不動産の権利関係などを記載した物件明細書を作成し、裁判所で閲覧に供します。
「 物件明細書作成」までの売却準備が終わると、裁判所は売却の日時・場所・方法を定めます。売却は、通常は裁判所における期間入札の方法で行われます。売却の結果、最高価で落札した買受人に対して売却許可の決定が行われ、買受人は裁判所に代金を納付します。
代金納付後、債権者に対して配当が行なわれ、債権者は債権を回収します。
債権、動産、不動産のいずれの差し押さえの場合にも、裁判所の審理は原則として書面で行われ、一般的には債権者とその代理人弁護士は裁判所に出頭する必要はありません。通常の訴訟手続と異なり、差し押さえを含む執行手続は当事者間の争いを解決するための手続きではありません。判決や公正証書などのいわゆる債務名義によって当事者間の法律関係が確定していることを前提に、債権の回収の目的で行われるのが執行手続です。よって、審理は形式的なもので済むことが多く、特別な場合を除いては形式的・機械的に手続きは進んで行きます。
差し押さえの申し立てをした債権者が裁判所に直接出頭して審理が行われることは通常はなく、債務名義が存在し、債務名義上の債務が履行されていなければ、裁判所は速やかに差し押さえを行ってくれます。
差し押さえを行うに当たって注意すべき点があります。
対象物が何であれ、差し押さえを行うには債務者がどのような財産を持っているのか、その財産の価値がどの程度あるのかなどについて事前にできるだけ詳細に調査する必要があります。
強制執行を行うには一定の費用がかかることはすでに述べましたが、費用と手間をかけて強制執行を行っても、回収できた額がわずかではかえって損失を被るおそれもあります。したがって、可能な限り綿密な財産調査を行い、執行を行った場合の収支の予測を立てた上で手続きを行うかどうかを決定すべきです。
差し押さえを行うと、自分以外の債権者も執行手続を行っていたことが判明することがあります。また、後から執行手続に他の債権者が参加してくることもあります。そのような場合には、法律的に対等な債権であれば債権額に応じて配当が行なわれます。抵当権を設定した債権や租税債権など優先的な債権であれば、優先する債権者に配当が行なわれた後、通常の債権者に配当が行なわれることになります。
いずれにしても、他の債権者が登場することにより、当初の見込みよりも債権回収額が減ることがありますので、自分以外の債権者の有無や動向についてもあらかじめ調査して予測を立てておくことが必要です。
なお、不動産の差し押さえをしたものの、他の債権者によって抵当権が設定されており、差し押さえをした債権者が配当を受ける見込みがない場合には、手続き自体が取り消されてしまいます(無剰余取消し)ので、注意が必要です。
離婚の際に、養育費、婚姻費用などを毎月一定額支払う約束が行われることがよくあります。このような扶養義務に関して定期的に支払うことが約束された債権については、他の債権と異なる例外的な扱いがなされますので注意が必要です。
まず、これらの債権では、すでに期限が到来している分の不履行があると、まだ期限が到来していない分についても執行の効力が及びます。つまり、現在支払いを行なっていない養育費があると、来月、再来月に支払う予定の養育費についても差し押さえの効力が及ぶのです。民事執行法上の原則では、強制執行を開始することができるのはすでに期限が到来した部分に限られ、まだ期限が到来していない部分については、期限後にあらためて差し押さえの申し立てをしなければならないこととなっています。しかし、扶養義務に関する債権については、債権者を保護するために、特別に将来分についても強制執行の効力を及ぼすこととされているのです。
また、これらの債権に基づいて給料等の差し押さえを行う場合には、給料等の額の2分の1まで差し押さえを行うことができます。給料等は4分の3までは差し押さえが禁止されるのが原則ですが、扶養義務に関する債権に基づく差し押さえの場合には、債権者保護のために差し押さえ禁止の範囲が緩和されているのです。
債権者が差し押さえを行って強制執行手続が始まった後、債務者から異議の申し立てがあることがあります。
具体的には、債務者は請求異議の訴えや執行停止の申し立てなどの手続きを行うことにより、債権者の申し立てた強制執行の効力を争います。これらの手続きを債務者が行うと、本来迅速なはずの執行手続の進行が滞ることになります。
自動車は本来動産として扱われる物ですが、登録された自動車は動産執行手続ではなく、不動産執行に準じた手続で強制執行が行われます。
ただ、不動産執行よりは手続が簡略化されていますので、さほど債権者の負担が大きいものではありません。なお、自動車でも未登録のものについては動産執行手続によることになります。
差し押さえの基本的な事柄についてご理解いただけたでしょうか。差し押さえや強制執行には独特な制度が定められており、なかなか理解しづらい部分もありますが、幾度かの改正を経て現在の民事執行法は債権者にとって以前よりも使いやすい制度になっています。債権回収をしようと考えたときには、このページを参考に差し押さえ(強制執行)をするかどうかなどをご検討ください。
(2017年11月)
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