大学の社会貢献の一手として団地との連携
2005年1月の中央教育審議会答申「我が国の高等教育の将来像」は大学の機能のひとつとして社会貢献機能を初めて位置づけた。以降、各大学がさまざまな取り組みを行っているが、その取り組みのひとつとして社会課題の現場での連携が挙げられる。
多くの団地で進行する高齢化もその課題のひとつであり、神奈川県住宅供給公社(以下、公社)では2016年の神奈川県立保健福祉大学と介護付有料老人ホームヴィンテージ・ヴィラ、浦賀団地(横須賀市)との連携に始まり、これまでに7団地で大学と連携し、各種取り組みを行ってきた。面白いのは一言で連携といっても大学、学部による専門性に応じて各団地で取り組み内容が異なること。
ここではそのうち、緑ヶ丘団地(厚木市)と東京工芸大学、竹山団地(横浜市緑区)と神奈川大学の連携を見せていただいた。団地に若者が関わることで何が起きるかを以下、お伝えしていこう。
まずは緑ヶ丘団地だが、ここは小田急線本厚木駅からバスで10分ほど。厚木市が1955年に誘致した近隣にある尼寺工業団地の開発と同時期に工場勤務者が住む団地として1960年代に開発したもので、分譲住宅6棟160戸、一戸建て255戸、賃貸住宅14棟464戸に加え、社宅や寮、県営住宅なども同時に開発されている。
それから60年以上が経ち、周辺では社宅などが取り壊されて一戸建てとして分譲され、地域全体では更新が進み、子育て世帯も増加する中、公社の賃貸住宅だけが開発当時のまま残されている。
公社の賃貸住宅は4畳半、6畳の和室にダイニングキッチン6畳、37m2の2DKが標準と今の時代にあってはファミリー向きとしてはコンパクト。それもあって一時は空き家率が60%にまで及んだことも。そのため、これまでに2度にわたり、住棟の集約を行ってきた。1棟を解体して戸建て住宅群に建替え、北側にあった4棟を賃貸終了して1棟を建替えたのだが、それだけでは変化は生まれない。
その動きと並行して2018年から団地から約2.5㎞の場所に立地する東京工芸大学との連携が始まった。きっかけは公社の賃貸事業部運営企画課にいる茶屋道京佑さんが同大の卒業生であったことから。当時、先行して2016年から浦賀団地(横須賀市)で公社初の大学連携がスタートしており、郊外型団地の課題に向き合っていくアイディアとして大学連携の気運があった。茶屋道さんは入社したてで設計監理の仕事をしており、本業とは異なるものの、卒業生という縁からプロジェクトを立ち上げることになった。
学生が団地に居住、集会所を改装
東京工芸大学には建築、機械、情報、電気電子を扱う工学部と写真、映像、ゲーム、マンガなどを扱う芸術学部があり、工学部が厚木に、芸術学部は中野にキャンパスがある。連携は当初、茶屋道さんが学んだ工学部を中心にスタートした。
「建築として考えると団地には歴史的価値があり、フィールドとしても面白い。そこで連携以来、設計課題として捉える、教材として住環境を測定する、使われていない空間をリノベーションする、敷地内の課題を建築的に捉え直すなどさまざまな取り組みを行ってきました」と東京工芸大学工学部の森田芳朗教授。
その活動、「ミドラボ」とは、大学が持つテクノロジーとアートの力を活かして厚木市緑ヶ丘エリアの活性化を目指す教育・研究プロジェクト。設計課題や住環境に関する実証実験など、学生の学びのフィールドとして活用しつつ、その成果を地域に還元する取り組みを実践している。
また、同大に入学予定もしくは在学中の学生が団地に入居、地域活動の手伝いをする「団地活性サポーター」も募集している。学業に支障のない限りにおいて地域活動や自治会活動に協力することを前提にエレベーターのない3階、4階に通常家賃の半額で居住できるというもので、これまでに10数人が居住してきた。東京工芸大学は風工学の研究に力を入れているが、ここに入居、自室を利用して通風に関する研究を行い、卒業論文を書いた学生もいるとか。現場での研究が役に立っているのだ。
取材でお邪魔した集会所はこの活動で改装され、ミドリバ(集会所を「みんなの居場所」としてオープンする取り組み。緑ヶ丘団地の『緑』と居場所の『場』を組み合わせた言葉)という名称で開かれるようになったもの。かつては団地の夏祭りやお葬式が行われるほど活用されていた集会所だが、近年は使われなくなっていた。
「入ってみると土足禁止、トイレは男女が別れておらず、段差もあり、それぞれが細かく個室に仕切られていて使いにくい。そこで広く使われる場として整備しようと国土交通省の人生100年時代を支える住まい環境整備モデル事業に応募して2023年に採択。学生のアイディアを基本構想とした設計で2025年2月までに建物を改修。これからはどのように使っていくかを試行錯誤しているところです」と森田教授。
団地は外から見ると閉ざされた空間に見えがちで、入って行くことにためらいを感じる人もいる。だが、せっかくの場所である、団地の人だけが使うだけではもったいない。そこでいずれはここを地域にも開いていこうと考えている。そうすることでこの場所が団地の価値だけでなく、地域の価値向上にも役立つのではないかというのだ。
改装した集会所を拠点に人が集まり始めた
現在の集会所は1室、和室を小上がりのように残して大きなワンルームとして改装されており、トイレも男女別に用意された。壁際には「モノを介した小さな交流を生む仕掛け」として学生のDIYで大きなディスプレイウォールが作られ、絵が飾られたり、金魚の水槽が置かれたり。拡張されたキッチンはコミュニティカフェ実施時に使われている。
2025年10月現在、集会所は週に2日、月曜日と木曜日の午後に学生の手によって開かれている。「ミドリバ」と呼ばれる居場所づくりの活動では、子どもたちとモノ作りに取り組んだり、コミュニティカフェをオープンしたり、移動販売車が来たり、ガーデニングをやったりする日もあれば、自由に使える日もあって使い方は日によってさまざま。
活動を重ねるうちに工学部だけでなく、芸術学部の学生も多く関わるようになっており、活動内容も団地の広報動画、漫画などが作られたり、似顔絵を書くイベントが開催されたりと広がってきている。今はミドリバで流すBGMを制作中だそうで、芸術学部が関わると団地がアートになっていきそうである。
当日、参加していた学生に聞くと当初は研究のひとつとして参加し始めたものの、関わり続けているうちにアパートに住むのとは違う距離の近さ、近所付き合いの良さに気づくようになり、面白くなってきたという。都市では珍しい人間関係を味える場ということだろう。
森田教授も当初は観察レベルだったものが、長く関わることで実践のチャンスが増えてできる範囲が見えてきており、チャレンジができるようになっているという。「研究と制作、学びと生活が繋がっている場所になってきており、これらをリンクして活動できるのは大きな意味があると思っています。ここはもうひとつの小さなキャンパス、そう思いながら取り組んでいます」
また、同大ではキャンパスが2ケ所に分かれており、学ぶ内容も別々。ところが緑ヶ丘団地では両学部が一緒にひとつのテーマに取り組んでいる。そこで専門分野を超えて一緒に活動ができるのもメリットのひとつだ。
今後は参加する地域の人たちを巻き込み、徐々に担い手をバトンタッチしていければと考えている。当日、壁に飾られていた絵は最近引越してきた人の作で、その人の思いをきっかけに絵を描く楽しさを共有する時間を作ってみるといった動きも生まれた。月に1回くらい何かやりたいという人も出てきているそうで、そうした人が増えていけば団地そのものに動きが生まれてくるかもしれない。
団地で暮らすことがサッカー選手たちにプラスに働くという判断
もう1ケ所訪れたのは横浜市緑区にある竹山団地。JR横浜線鴨居駅からバスで数分ほどの、団地中央にある大きな人工池が特徴のモダンな雰囲気のある団地で、1971年に竣工。全体で2798戸のうち、分譲が2508戸、賃貸は290戸という規模である。
「竹山団地は高齢化率が47%と高く、平均年齢は57歳。居住者の健康、孤立などが課題とされ、自治会や住民有志のグループなどが団地活性化に向け、取り組み始めた頃でした。公社と神奈川大学との連携は2019年にサッカー部の監督に就任することが決まっていた大森酉三郎さんとの出会いがきっかけです。共通の知人を介して監督とお会いすることになり、団地生活を通じた学生教育、地域活性化など明確なビジョン、今後の可能性について強く共感しました。ロケーション、一定規模の公社賃貸住宅があること、自治会という地域の受け皿がしっかりしていて、公社との円滑な意思疎通が期待できること、これらの条件が揃っている竹山団地であれば、この思いは具現化できるのではないかと考え、すぐに社内外の調整のため動きはじめました。団地全体で見ると公社が所有している賃貸住宅は1割程度ですが、すぐに竹山団地を着想したのは、自治会の役員さんと長年にわたり信頼関係を維持してきたことが背景にあります」と賃貸事業部運営企画課の水上弘二さん。
大森さんは監督としてサッカーの指導だけをするのではなく、総合人間教育を目指しており、そのためには学生たちの生活そのものからの学びが必要と考えていた。そのような思いを具現化できる場所を求めていたところ、もろもろの条件を精査したうえで公社からグラウンドとキャンパスのちょうど間にある竹山団地を候補地として挙げられた。団地の課題は学生にとってはこれから自分たちが生きる社会の課題でもある。そこで学ぶことには意味があると考えた。
「90分の試合中、選手がボールに触れている時間は60分ほど。一人の選手がボールに触る時間は1分30秒程度にすぎません。それ以外の時間は他の選手のサポートや守備などの黒子の仕事をしています。以前の私はその意味を理解していませんでしたが、今はそれこそが大事と考えています。
ボールに触る1分30秒はそれ以外の58分30秒があって生まれると考えると、ボールに触れていない時間がいかに大切か。その時間を人間力、ライフスキルを高める時間にすることで貴重な1分30秒を活かせるようになるはず。そう考えていた時にサッカー部の監督就任の声を掛けられました。そこで学生たちの58分30秒を高めるために部活動の中に地域の課題解決に向けた活動をと考え、今、それを実践しています」(大森酉三郎監督)
活動を通じた経験がサッカーにも良い影響を及ぼすはずという大森監督の理念に水上さんも共鳴した。サッカー部の60人が団地に住むことになれば影響力は大きい。そこで社内外に相談、根回しをし、2020年3月には公社と神奈川大学は連携協定を結んだ。団地の法人契約時の様式をアレンジ、学生たちが居住できるようにしたほか、将来的には団地内の遊休施設の利活用も想定した協定内容とした。団地1期生となる学生たちの入居が始まったのは同年5月からである。
空き家を活用して健康維持、交流の場を創出
時はちょうどコロナ禍中。入学したての新入生としては知らない団地での新生活は不安も多かっただろうが、自治会が配慮。防災倉庫の点検など、必要最小限の地域行事やイベント等を維持したり、スマホ教室の指導を依頼するなど、入居したての地域に溶け込めるようにアプローチを続けてくれたという。
以降、定期的に住戸を借り続けており、現時点では22戸。エレベーターのない4~5階を借りており、各住戸に異なる学年の3人で居住。3分の1ほどの部員が消防団に入っており、災害時には地域の人たちの助けになれるようにと考えている。
そうした日常的な活動のほか、2021年秋からは空き店舗の利活用の検討も開始、商店街内の撤退後2~3年空き店舗になっていた銀行跡地、小規模な店舗跡の2ケ所の改修を行うことに。2022年度には国土交通省の人生100年時代を支える住まい環境整備モデル事業の採択を受け、竣工したのは2024年12月。2025年4月にはグランドオープンしている。
前者の銀行跡地は介護と交流のラウンジ、竹山セントラルとして整備され、中心となっているのはレッドコードという器具を使った介護予防体操。椅子に座るなどしてコードを使って体を動かすというもので、安定した姿勢で安全に運動することができるのが特徴。専門家の指導を受けたサッカー部の部員たちがインストラクターとして現場を回しており、学生たちにとっては住まいの近くでできるアルバイトという意味もある。団地にとっては以前からの課題であった健康、孤立に自然な形でアプローチする場である。
加えて施設内には以前から実施していたスマホ教室、子どもたちの学習支援などの場を移転、ちょっと一休みできるスペースなども作られている。ちょうど竹山団地のシンボルである人工池を見渡すようなロケーションで、団地内でも屈指の気持ちよい空間である。
もうひとつの施設は商店街の小規模な店舗跡を利用した低酸素トレーニングができるスペース・竹山エアラボで、こちらも学生たちが運営の一翼を担う。低酸素トレーニングとは酸素濃度を薄くした環境下でトレーニングを行うというもので、短時間で運動効果を得ることができる。それによって体への負担を軽減し、効果的なトレーニングが行えるそうで、いずれも学生と高齢者が自然に触れあえる施設となっている。
団地で働くことで周囲が見えるようになっていく
団地の商店街内には空き店舗になっていた場所を利用した食文化研究所・竹山キッチンがある。ここはコロナ禍のさなかに学生たちもDIYに加わって作られたもので、サッカー部の食堂として利用されると同時に時間帯によっては誰でも食事が楽しめる場として開放されている。子ども料理教室も定期開催されることもあり、店頭では子どもたちが気軽に立ち寄れるように駄菓子も売られている。部員たちも順に厨房やレジ打ちの手伝いをしており、そこにも学びがある。
「入ってきたばかりの学生は周囲の動きが見えないので自分がどう動いたら良いかが分からず、立ち尽くしていますが、そのうちにどう動けば周囲の役に立つかが分かり、動けるようになってくるものです。また、ここで使う野菜の一部は学生たちが畑で栽培、一部は売ったりもしています。それによって循環を学び、いろんな人に関わる。どれも今後の人生やサッカーに役立つことです」と大森監督。
学生たちは共同生活の中で自立心を養い、協力することの大切さを学び、社会とのかかわりを体感。任された仕事に責任を持って取り組むことで社会性を身に付け……と単にサッカーと学業をやっているだけではできない経験を積んでいくわけで、それはプレーにも繋がってくるという。
実際、サッカー部は2023年度シーズン3部リーグで2位となり、2024年度から関東大学サッカーリーグ2部への昇格が決定した。卒業後、プロになる学生もコンスタントに出ており、2026年には4人がプロへ入団する。
2部リーグへの昇格戦のゲームには団地の人たちがバスをチャーターして応援に駆け付けた。若い人たちがいかに団地で愛される存在になっているか。また、学生たちにとっても自分のプレーが地域の人たちに期待されることを実感、誇らしく思ったことだろう。
もちろん、すべての学生がプロになれるわけではなく、いずれはサッカーを離れざるを得ないこともあるだろうが、ここでの経験は必ず、彼らの人生にプラスになるはず。大森監督の言葉に大きく頷いたものである。
団地、学生という可能性を掛け合わせて課題に立ち向かう
7団地で行われている大学との連携のうち、わずか2団地を見学しただけだが、そこに大きな可能性があることは十分に分かった。
ひとつは団地という人が集まっている場所の可能性だ。
「健康、福祉、医療、ジェンダーその他団地はあらゆるものと手を携えることのできるフィールド。いろいろな課題に横串を刺すことができる現場でもあり、多くの学び、実践が可能です。ただ、住宅と思い込み過ぎないことが大事でしょう。生活のフィールドと考えるべきではないかと思います」と大森監督。
課題に対してしかめ面をして取り組むのではなく、可能性に目を向ければできること、チャレンジできる分野はたくさんあるというのである。
また、そこに学生という可能性を掛け合わせることにも大きな意味がある。
「企業と住民で取り組むとしたら住民は何が行われるだろうと考えてしまうでしょうし、企業も成果を出さなくてはいけないと思いがち。結果、機動力が落ちる。でも、学生はどうなるか分からないからやる。ビジネス視点ではないから豊かな発想が生まれます。
また、公社が住民に直接働きかけようとするよりも、間に学生が入るほうが物事がスムーズに進むのもよくあること。学生は社会の潤滑剤になり得る存在で、たとえば高齢者とファミリーはなかなか接点がありませんが、そこに学生が入ると交流が生まれやすいものです」と森田教授。学生×団地の掛け合わせがニュースになることで団地の認知度アップにも役立っている。
そしてもちろん、学生にもメリットがある。大森監督の言葉通り、団地で多世代とともに生きる経験はそれだけで人生に大きなプラスになるし、勉学の内容が深まることは言うまでもない。それが就職その他の場面で力になるのは当然だろう。いろいろ伺って、こうしたチャンスのある大学生が羨ましく思えた。同様に若い人たちと暮らせる団地の皆さんも楽しそうで、こちらも羨ましい。



























