新しくても築100年以上。古い建物ばかりのパリ中心部
パリの街の不動産事情を紹介する前に、まず、パリ市内の不動産と日本のそれとの大きな違いを抑えておこう。
ひとつはパリ市内、特に中心部の建物は大体がとんでもなく古く、建替えはほとんどされていないということ。現在のパリ市の骨格が作られたのは第二帝政期のナポレオン三世(在位1852~1870年)統治の時代。
それ以前にもルイ14世のシャンゼリゼ通り、チュイルリー庭園、ルイ15世のコンコルド広場、ナポレオン1世のリボォリ通りなどといった都市改造は行われてきたが、同時代にセーヌ県知事だったジョルジュ・オスマンによって行われたパリ改造はパリ市全域を対象とした大規模なもので、パリの都市空間を抜本的に変えるものだったとされる。
詳細を書きだすときりがないので非常に簡単にまとめると、それ以降はオスマンを超える規模の改造は行われていないため、パリ市はオスマンで完成したともいえ、パリ市中心部の不動産はオスマン以前か、オスマン以降かが大半。オスマン以降でも築150年超、それ以前からあるものだと200年、300年という建物も存在することになる。中にはもう少し新しいものもあるが、それでも100年くらい経っているのが一般的で、かつ景観法によって外観を変えることは非常に難しい。建替えなどほぼできないといってよいだろう。
もちろん、パリ市内でも中心部から離れた地域には日本の団地のような集合住宅、一戸建てなども存在している。日本からシャルル・ド・ゴール空港に到着、バスやタクシーで移動すると空港近くの車窓には日本にもあるような団地、中層マンションに一戸建てなどが広がり、徐々に都心に近づくにつれて4~5階建ての石造りの建物に変わっていく。中心部と郊外ではまったく不動産事情が異なるのだ。
そしてその古い、都心部にある不動産にはもれなく人が住んでいる。日本だと都心部のオフィス街や複合商業施設などは無住である場合があるが、パリ市ではどんなに都心部、有名観光地にある建物でも無住ということはない。基本、建物の2階以上は住宅にするというルールがあるからだ。
そのため、1階には店舗、オフィス、クリニックなどが入っていても、その上階は住宅。大通り沿いでは1階から3階まで店舗、オフィス、クリニックなどが入っていることがあるが、それ以上の階はやはり住宅。どの街区にも人が住んでいるのである。
パリの建物は同じ建物に価格、広さの大幅に違う住戸が存在する
その結果、階数によって部屋の広さが異なり、不動産価格、家賃も大きく違ってくることになる。
古い建物でも断熱などの改修はされており、快適には暮らせるのだが、さすがにエレベーターを入れるスペースはない、あるいはあっても螺旋階段の真ん中を使うこととなり、2階、3階くらいまではまだ良いが、それ以上上階に居住するのは大変。
そこでエレベーターのない建物では2階、3階に広く、不動産価格・賃料の高額な住戸があり、上階に行くほど小さな、もともとは使用人が住んでいたようなスタジオ(ワンルーム)が配されていることになる。同じ建物の中にお金持ちからお金のない若者、アーティストなどが混住していることがあるのだ。
他にもいろいろ違いはあるが、とりあえずはここまでをおさえた上で、実際に見学させてもらった部屋をご覧いただきながら、事情を説明していこう。
今回はパリの住宅事情をパリ在住、現地のインテリアショップBOLANDOの経営者で日本でもインテリアコーディネートその他を行う夏水組の坂田夏水さんに解説いただき、不動産会社とともに実際の不動産、街を案内してもらった。
見学に訪れたのは土曜日。日本の不動産会社では土日休みは少ないが、パリでは日曜日に働いている不動産会社はなく、土曜日も営業している会社は少ない。それはパリでは常に物件が足りず、貸し手市場が続いているため。冒頭で説明した通り、建物は古く、新しい物件が非常に少ないので人気のあるエリアでは競争は激しい。何もしなくても見学したい人は集まるので不動産会社はその中から一番条件の良い人に貸せばよい。がむしゃらに営業する必要など何もないのだ。
そうした不動産会社の強さを感じるのは仲介手数料。日本では上限が決められていてその範囲内で設定するとされているが、パリの不動産会社は仲介手数料を自分で決める。良い物件を扱っていて、仲介に自信があれば仲介手数料を高く設定できるのである。
実際に借主と貸主それぞれが払う手数料は店頭に見えるように掲示されている。坂田さんが自宅を借りた際にはオーナー側の手数料は家賃1ケ月分に加え、サービスと交渉代金が家賃の25%程度で合計は家賃の125%。借りる側は1m2あたり15ユーロだったとか。この割合で3000ユーロ、100m2の住宅を契約するとしたら大家さんから3750ユーロ、借り手から1500ユーロで合計は5250ユーロ。1日の内覧で得られる手数料としては悪くない数字といえるだろう。
パリ六区、日本でいえば銀座のようなエリアで物件見学
さて、そんな中、土曜日に物件を見学させてくださったのはイタリア人のマダムが経営する不動産会社。
見学は直接現地で待ち合わせということが一般的で、この日も現地の建物前で待ち合わせした。
最初に見せていただいたのは市内六区のボンマルシェに近いエリアにある築200年、55m2、2ベッドルーム、2階の部屋。六区はセーヌ川の左岸、リブ・ゴーシェなどと呼ばれるエリアで、サンジェルマン・デプレ、パリ大学などがある人気の地域だ。パリのアパートメントは中庭を囲むように建てられていることが多く、通りからオートロック(日本とはだいぶ違うが、番号を知らないと入れないのは共通なのでここではオートロックとしておく)を開けて建物内に入ると通路の向こうに中庭をロの字に囲むように建物がある。
日本の場合だと建物を入ったところにエントランスホールがあり、最近ではちょっとしたワークスペースなどが設けられていることがあるが、パリの建物には通路、中庭、自転車置き場など1階にある部分以外の共用スペースはない。
「日本でいえば銀座のような感じでしょうか。セーヌ川の左岸、右岸でいうと左岸のほうが不動産価格は高額。右岸にもルーブル美術館、ポンピドーセンターなどの有名観光地がありますが、いささかざわざわしたところもあり、日本でいうと渋谷、新宿のような印象です」と坂田さん。
そのうちでも物件があるボンマルシェ周辺は大通りから少し入ったセンスの良い小さな店が並ぶ地区。部屋は2階にあり、家具や家電、食器などの一式が揃ったmeubléと呼ばれるタイプ。日本ではサービスアパートメントという言い方で家具・家電などを備えたタイプがあるが、それと全く違うのは備えられたものの多くが私物であるという点。
今回、2件見せていただいた部屋はいずれも家具付のmeubléだったのだが、最初の部屋はギャラリーを経営、ロンドン在住のオーナーの趣味が生かされた、日本でいうところのデザイナーズ系の家具が入ったもの。
家賃は2600ユーロ。1ユーロを2025年2月26日のレート、1ユーロ=159円(小数点以下四捨五入)で換算すると41万円強ということになる。借りるためには家賃の3倍以上の収入が必要になるため、この部屋を借りるためには月収120万円以上が必要という計算だ。管理費は別途必要で、高額な物件ほど管理費も高くなる。
パリは契約時には公証人が入るなど非常に厳密
間取りは玄関、左手にリビング、その奥に寝室、バス、洗面があり、右手には独立型のキッチン、その奥にトイレという、日本でいうところの1LDK。バスタブのある物件は少なく、基本、エアコンはついていない。夏のパリはそれなりに暑くはなるが、湿度が低いため、窓を開けておけば過ごせるからだとか。キッチンの換気扇もついている物件は少ないそうだ。
条件、設備はとても良い部屋だが、契約期間が1年、場合によっては2年と短く、そのせいでなかなか決まりにくいらしい。日本の定期借家みたいなものだが、だからといって家賃自体は安くなっていない。六区はパリ市内でもっとも不動産価格が高いエリアだからで、区によって賃料、不動産価格はかなり異なる。一般的には郊外にいくに従って安くなるが、治安、教育などに影響されるところも大きい。
2軒目はポンナフ(右岸と左岸を結ぶ橋)の近くにある築180年程度、80m2の2ベッドルームの部屋。
この建物には2人乗りくらいだが、小さなエレベーターが付いており、部屋は最上階。間取りは入ったところの右手にリビング、その奥に寝室とシャワーブース、トイレなど、左手に独立側の非常にコンパクトなキッチン、奥にもうひとつの寝室とバスタブ、洗面、トイレなどのある水回りというもの。
賃料は4000ユーロなので、日本円にすると約63万円ほど。こちらはイタリア人所有者が別荘として使っているもので、それを貸すという。壁にたくさんの絵画、棚に書籍が並んでいるのはそのためで、それらが邪魔という時でも廃棄はできない。段ボール箱に詰めてどこかにしまっておき、退去する時に取り出して従前のように並べることになる。
「すぐに生活できるため、家賃は高めに設定されていますが、ソファが汚くても替えてもらえないなどのデメリットもあります」
こちらの物件はマダムの友人の所有のため、条件は緩くできるという。たとえば契約時にはフランスで働き、税金を払って初めてもらえる納税証明書(AVIS D’IMPOSITION)が必要だが、これは1年に1度しか発行されないので一定期間フランスで働かなければもらえない。だが、今回はそれがなくても、家賃が十分に払えるという日本での収入が分かる証明書や銀行の貯蓄額の照明などがあれば良いという。また保証人も基本不要で良いという。
「私たちが日本から来て賃貸物件を借りる時には現地での収入がないために数十件見学しても1件も返事をもらえない状態でした。そこに友人関係という抜け道があったなんて(笑)」と坂田さん。
フランスでの不動産取引は入口の時点では日本と同じく不動産会社から始まるが、契約に至ると日本での公証人のような役割を果たすNoratireと呼ばれる専門職が登場する。彼らは物件の所有権など権利関係を詳細に確認、契約書の作成と認証までを行う。報酬は賃貸で物件価格の約1%ほどだそうだ。
原状回復の負担を避けようとDIYする例も
また、日本でも最近は原状回復を公平に行うため、入居時に現地の状況をチェック、不動産会社に報告する仕組みが取り入れられているが、フランスではそれがより厳密に契約前に行われている。通常は貸主は立ち会わず、委託された事業者と借主で行い、費用は平米当たり3ユーロ、合わせて所有者側が支払う額などとの兼ね合いで決められている。
退去時のトラブルに備えて入居時に家賃の一定月数分を預ける、退去時に汚損、破損があればその分を支払う必要が出てくるのは日本と同じだが、面白いのはその支払いを避けるため、DIYで修復する人が少なくないという点。その修復が次の入居者募集に役立つと大家さんのお眼鏡にかなうと支払わなくて済むのだとか。DIYが根付いている国ならではだ。
さて、ここまで賃貸住宅の事情を見てきたが、以降、分譲住宅の価格も見ていこう。フランスにはいくつか、不動産価格が分かるサイトがある。
■Etalab
ひとつはフランス政府が管理しているもので2014年からの不動産売買価格が分かるもの。
https://app.dvf.etalab.gouv.fr/
フランス全土の地図の中から見たい地域を順に選んでいけばその地域の取引額が分かる、直感的に使えるサイトで、この分かりやすさは日本でも見習ってもらいたいところだ。
■bienici
こちらは現在市場に出ている賃貸物件、分譲物件が地図上で見えるもの。パリ市内の住宅はもちろん、郊外のお屋敷のような住宅も出てきており、見ているだけでも楽しい。
https://www.bienici.com/
■meilleursagents
もうひとつは政府の情報に加えて最近の取引情報を地図に落としたもの。相場が分かる地図といっても良いだろう。外記のアドレスを下にスクロール、historique des ventesをクリックし、表示された窓にパリの六区を見たいのであれば75006を入れる。75はパリの六区という意味で75001はパリ一区。検索すると該当エリアで過去に取引があった物件の最新の情報が表出される。いつ、どんな広さの部屋がいくらで取引されたかが分かると同時にその地域を扱う不動産会社も表示される。
https://www.meilleursagents.com/
パリでは同じ建物内に多様な人が住む、内装を重視する
この最後のサイトを携帯で表示しながら坂田さんとまちを歩いた。
そこで分かったのは同じ広場を囲んで建つ建物ですら価格には大きな差があること。六区にPlace Furstemberg という2024年に平米単価が市内でも最高額だった小さな広場を囲む地域があるのだが、そこには㎡あたり約364万円、72m2の2ベッドルームの部屋もあれば、約276万円、15m2のワンルームもある。2億6000万円超から4200万円弱までということでその価格幅の大きさは日本のタワーマンション以上かもしれない。
面白いのはそれだけの価格幅がありながらコンパクトな建物であれば階段は共有であることが多いこと。棟内で大きな価格差のある日本のタワーマンションでは最上階などスペシャルな住戸とそれ以外でエレベーターを分けることがあるが、それはなく、住戸に至るまでは平等なのである。多様な人がひとつの建物に住み、それが街全体に広がっている。フランス革命の標語は自由、平等、博愛だったが、それは住宅にも及んでいるのかもしれない。
もうひとつ、価格差は立地、建物に加え、内装にもよるという点も日本と大きく違う。良い材を使い、きちんと仕上げられた住戸にはそれだけで価値があるそうで、化学物質を使った建材は受け入れられないとも。歴史、文化による違いは大きい。
購入に当たっては賃貸の時と同じようにNoratireと呼ばれる専門職に権利関係の確認、契約書の作成と認証、さらに所有権移転の登記手続きまでを依頼する。報酬は物件価格の約7%ほど。
「建物が古いこともあって権利的な確認、説明以外にも建物の状態や管理費、今後の改修費(売買の場合)の予測その他も説明が必要になってきます。いくら古くても10年に一度は外壁の大規模改修が義務付けられているなど出費も多いので、きちんと説明しておく必要があるのです」
それ以外に不動産取得税、登記税などが物件価格の約3%、仲介手数料は不動産会社によって違うものの物件価格の5~10%なので、購入時は最低でも物件価格の15%以上を用意する必要がでてくる。
パリでは日本以上に眺望に価値がつく
借りるのも、買うのも大変そうなパリの不動産だが、歩いて気づいたのは不動産会社がどこもかっこいいということ。店頭には美しいディスプレイが掲げられており、店内を覗くとオシャレなインテリア。
フランスでは不動産業には政府の厳格な規制があり、免許取得には政府が認定する大学で不動産関連の学位取得、業界での経験、保証協会への加入などが必要で、聞いていると日本よりハードルは高そうだ。そのため、無免許(!)で物件仲介を行う人達もいるそうで、うっかりひっかかるとカモにされる。日本でもそうだが、フランスでも不動産取引をする際にはきちんと正規の免許を持っているかの確認を忘れないようにしよう。
もうひとつ、不動産会社店頭で気づいたのはすべての広告にエネルギー性能診断の評価が明示されていること。2025年以降ランクの低い物件は不動産取引が禁止されるそうで、不動産業の環境への取組みは日本の何歩も先を行っているのだ。
個人的にはこの街歩きで訪れた高価格エリア、シテ島のノートルダム寺院と反対側にある三角形の広場を囲む住宅街の佇まいにうっとりした。同様にセーヌ川に浮かぶもうひとつのサンルイ島にも高額な住宅のあるエリアがあり、そのあたりでは中庭、緑とセーヌ川、両方の眺望が楽しめるのだという。
パリでは日本以上に眺望に価値があり、不動産広告でもメインで使われている写真には窓外が分かる写真が使われていることが多い。
セーヌ川、ノートルダム寺院、エッフェル塔など観光名所が見える最上階だったら、どんなに気持ちが良いことか。ものすごくお金がないと住めないだろうが、一度はそんな部屋にお邪魔してみたいものである。
取材協力/夏水組 https://www.natsumikumi.com/
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