京阪神大都市圏の神戸市が抱える郊外団地の課題
関西を代表する大都市で、幕末から西洋文化が流入する日本の玄関口として栄えた神戸市。日本有数の港湾を持ち、国際貿易の拠点としてその規模を拡大してきた。1995年の阪神淡路大震災により神戸市の経済を支えてきた産業は壊滅的被害を受けたものの、震災からの復興により大阪市や京都市と共に、京阪神大都市圏の中心都市としての地位を確立している。
・共働き子育てしやすい街(関西)1位(日経xwomanと日本経済新聞社調べ2023)
・居住意欲度ランキング4位(ブランド総合研究所・地域ブランド調査2023)
・市区町村魅力度ランキング6位(ブランド総合研究所・地域ブランド調査2023)
このように、神戸市は充実した子育て環境が魅力で、全国的にも人気度が高い都市として知られている。
しかし神戸市では近年、郊外団地の高齢化や空き家の増加が課題として挙げられている。神戸市には、開発から約50~60年を経過した団地、いわゆる「オールドニュータウン」が点在しており、特に都市部から離れている郊外の団地は、神戸市独特の坂が多い地形も影響して、入居率の悪化が問題視されてきた。
そこで神戸市は、2024年7月から『団地まるごと駅マエ化プロジェクト』と称して、郊外団地の活性化に向けた取り組みを始めた。本プロジェクトのコンセプトや概要を神戸市に伺ってきた。
神戸市とJR西日本、株式会社Luupが連携して取組む「団地まるごと駅マエ化プロジェクト」
「団地まるごと駅マエ化プロジェクト」は、郊外団地の活性化を目指す神戸市とJR西日本、そして株式会社Luupの連携により実施される取組みである。
神戸市建築住宅局政策課企画担当の富本氏は「郊外団地は、比較的広い間取りの部屋にリーズナブルな家賃で住めるというのが魅力です。しかし、どうしても駅から遠いというのが課題となっているため、駅と団地などの公共空間にシェアモビリティを展開して、郊外団地をまるごと『駅マエ化』してしまおうというのが今回のプロジェクトです」と語る。
近年よく耳にする「シェアモビリティ」という言葉。車や自転車などを複数の利用者で共有して利用するサービスのことで、車両を所有する必要がないため購入費や維持費を節約できるのが魅力だ。コロナ禍により、自家用車を持たない人でもバスや電車の利用を避けた「パーソナルな移動」ができる手段として、ここ数年で普及が加速している。
つまり、「団地まるごと駅マエ化プロジェクト」は、JR西日本の「鉄道」と株式会社Luupの電動マイクロモビリティのシェアリングサービス「LUUP」を活用して、郊外団地の「駅からちょっと遠い」問題の解決に向けた実証実験なのである。
「このプロジェクトにより駅から遠いという心理的ハードルを下げることで、郊外団地の魅力を高め、若年ファミリーの入居促進や鉄道の利用促進につなげたいと考えています」と富本氏は話す。
対象エリアは淡路島を目の前に望む狩口台・明石舞子地域
『団地まるごと駅マエ化プロジェクト』が行われるのは、神戸市西部の垂水区と明石市にまたがる「狩口台・明石舞子地域」で、南北約3km、東西約1kmにわたる巨大なニュータウンがあるエリアである。JR神戸線「朝霧」駅が最寄駅で、駅を降りると目の前に広がる大阪湾と明石海峡大橋、淡路島が素晴らしいロケーションを演出している。
その中でも、今回実証実験が行われるのは若年ファミリー向けマンションである「シティハイツ狩口」だ。JR朝霧駅から徒歩12分、坂を上り続けたところにあるまさに「駅からちょっと遠い」マンションである。
【シティハイツ狩口の物件概要】
・間取り:3LDK
・専有面積:67.79m2
・家賃:73,000円
このように、シティハイツ狩口はリーズナブルに広い部屋に住めることが特徴で、新婚・子育て・多子世帯はここから家賃が2割引き(58,400円)になる補助制度が利用できる。ちなみに、今回訪れた5階の部屋は、ベランダから明石海峡大橋や淡路島が一望できる位置に配置されていた。都会の喧騒から離れたいという方におすすめしたいマンションだ。
『団地まるごと駅マエ化プロジェクト』を利用する流れは、対象期間である 2024年7月1日から2025年1月1日の間にシティハイツ狩口に入居し、専用フォームから申し込むだけである。
本プロジェクトでは「きっかけエリアパス」と呼ばれるJR西日本の定期券(明石駅〜三ノ宮駅間)6ヶ月分が付与される。
「最寄り駅からだけの定期券ではなく、沿線エリアにも出かけられるようにして、地域の魅力を発見していただく”きっかけ”になることを狙いとしています」と富本氏。
さらに、もう1つの移動手段として、電動マイクロモビリティのシェアリングサービス「LUUP」の1回10分のクーポンが家賃に応じて最大100回分付与される。LUUPといえば、観光や通勤などの移動手段として、東京・大阪・横浜などの都市部で利用されているイメージだが、今回は「団地を駅マエ化する」という神戸市とJR西日本の取り組みのもと、狩口台・明石舞子地域の住宅街に初めて展開したという。
現在、朝霧駅やシティハイツ狩口、周辺の団地を中心に、対象エリアには12ヶ所のポートが設置されており、富本氏いわく「サービス開始から想定より多くの方にLUUPを利用してもらっている。」とのことだ。
また、本プロジェクトは実証実験のため、シティハイツ狩口に1年以上居住し定期的(3ヶ月に1回程度)なモニタリング(アンケートやインタビュー)に協力してもらうことが条件となっている。
神戸市建築住宅局政策課の髙見氏はこう語る。「『団地まるごと駅マエ化プロジェクト』は、今まで駅徒歩10分までしか探されてなかった方が、モビリティがあることによって駅からちょっと遠い住宅も検討してもらえるようにする狙いがあります。さらに、このプロジェクトによって今まで気付けなかった地域の魅力を発見してもらうことで、郊外団地の活性化につながればと思っています」
団地内の多世代や地域を結びつける場所「めいまい図書室」
この『団地まるごと駅マエ化プロジェクト』と近い時期にオープンしたのが、同じ狩口台・明石舞子地域に位置する「めいまい図書室」だ。めいまい図書室は、図書室内に自分だけの棚を持つことができるオーナー制度が取り入れられており、個人は月額1,100円〜3,300円(税込)、法人は月額3,300円〜5,500円(税込)で本棚スペースを借りて、自身が好きな本を置くことができる。
めいまい図書室のオーナーである神吉(かんき)氏は、もともと住宅供給公社に勤めていて、狩口台・明石舞子地域にある団地の再生事業をメインとした業務に従事していた。しかし、団地の中で住民同士がコミュニケーションを取れる場所を作りたいという強い思いから、公社を退職し2024年5月にめいまい図書室をオープンさせたのだ
「個性あふれる本棚を通じて、オーナー同士のつながりやコミュニケーションが生まれるきっかけになればと思っています」と神吉氏。今年の8月からは図書室内の本を借りられるようにしたそうで、「自分の本を借りてもらい、そこからまたつながりが広がっていけば、より良いコミュニケーションの空間になるのではないかと思っています」と続ける。
さらに、スペースを借りている本棚オーナーが月に1回お店番をすることで、図書室内で自分の好きな講座を開くことができる取り組みも行われている。中には、小学生の本棚オーナーが鉄道の講座を開催したケースもがあり、図書室の中で電車の模型を走らせながら、鉄道に関する講義を開いたとのこと。「このような、自分の好きなことを発信できる機会が増えるような仕組みをもっと作っていきたいです」と神吉氏。
めいまい図書室では、「本をきっかけに同じ趣味を持つ人や多様な世代、地域を結ぶ」ことや、情報拠点として「困りごとの解決策を結ぶ」ことを目指しているという。『団地まるごと駅マエ化プロジェクト』で取り組んでいるシェアモビリティの動線の中にめいまい図書室のような場所が増え、住民が気軽にコミュニケーションを取れる仕組みができれば、若い世代の流入や地域の活性化につながるきっかけになるのではないだろうか。
「駅からちょっと遠い」郊外団地の入居促進に向けたこれからの展望
神戸市として、『団地まるごと駅マエ化プロジェクト』の先にどのような展望を描いているのか?
「まずは、このプロジェクトでシティハイツ狩口の入居率を高めて、モデルケースを作ることが第一です。そしていずれは、他の郊外団地や民間住宅にもこの取り組みを広げて地域の活性化につなげたいと考えています」と髙見氏は話す。
ちなみに、神戸市では今回のプロジェクトに関連する補助金制度として、若年夫婦や子育て世帯の住み替えを応援する「住みかえーる(団地ぐらし)」を実施している。
①夫婦年齢合計80歳以下、または未就学児がいる世帯
②エレベーターのない4階建て以上の賃貸住宅に住み替え
③耐震性と面積基準を満たしている
この3つの条件をクリアすれば、最大35万円の補助が出るという制度である。
『団地まるごと駅マエ化プロジェクト』の利用条件であるシティハイツ狩口も対象住宅に含まれていることもあり、この制度を併用することで若年ファミリーにとってはメリットが多いものとなりそうだ。
神戸市と同様に、高齢化や過疎化が課題となっている郊外のオールドニュータウンでは、全国的にさまざまな取り組みが行われている。
その中で、駅からの距離が遠く、心理的ハードルが上がっているエリアをまるごと「駅マエ化」することで、室内をリノベーションすることなくエリアの活性化を目指している本プロジェクト。
拠点鉄道駅と団地をつなぐシェアモビリティの活用により、どのような成果が得られるのか。今後の神戸市の取り組みに注目していきたい。
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