近年増えているがあまり知られていない“医療的ケア児”家庭の暮らし
“医療的ケア児”とは、日常生活や社会生活を営むために恒常的に医療的ケアを受けることが必要な児童(18歳未満および18歳以上で高等学校等に在籍する者)を指す。自宅で家族等が日常的に行う、医療的生活援助行為のことを“医療的ケア”といい、人工呼吸器による呼吸管理や喀痰吸引その他の医療行為などが含まれる。
厚生労働省の発表では、2022年時点で全国に推計約2万人いるとされているが、その数は14年間で2倍となっている。その理由のひとつに、総合周産期母子医療センターやNICUの増設など、高度な医療施設の整備が進み、超未熟児や生まれつき病気を持つ子どもなど、救われる命が増えたことが挙げられる。実際、10年前と比べて、背もたれの高い車いすや放課後等デイサービスの送迎車を街中で見かけることが増えているのではないだろうか。
しかし、当事者家族が抱える問題に関してはどうだろうか。子どもの障害の度合いや取り巻く環境の違いから、家族が直面する困難はさまざまであるにもかかわらず、一般的に周知されることは少ない。
今回は、“医療的ケア児のいる家庭の住まい”を切り口に、NPO法人「なかのドリーム」理事 福満美穂子氏に、医療的ケア児の住まい探しや暮らしについて伺った。
バリアフリー物件と明記しているのにエントランスに高い階段…大変だった部屋探し
福満氏は現在、都内の築40年超の分譲マンションの一室に、重症心身障害児の娘さんと2人で住んでいる。今の部屋を購入してから13年とのことだったが、娘さんが生まれて今に至るまでは2度転居を経験してきたそうだ。そしてその都度大変な思いをしてきたという。
「最初の引越しは、娘が7歳、特別支援学校の小学部へ入学後のことでした。諸事情でそれまで住んでいた新築分譲マンションを売却し、賃貸に引越しをしなければならなくなったのですが、そのときの条件が“同エリア内・大きな道路沿い・バリアフリー”でした。同エリア内というのは、学区が変わると学校の手配のみならず福祉の手続きが一からになり、煩雑になるから。大きな道路沿いというのは、特別支援学校の送迎車が停まりやすいためです」
必須であるバリアフリーも、実際の内見では大いに困ったことがあったそうだ。
「インターネットでまずバリアフリーを第一条件で検索して不動産会社に問い合わせたのですが、物件資料にはバリアフリーの記載があっても、『バリアフリー・エレベーターなし・3階』だったり、マンションの玄関に至るまでに大きな階段があったり、エントランスまでの動線が凝った造りで砂利を敷いていたり…。使っている車いすでも回転が可能か確認するため、暑い中子どもを連れて行ったのに無駄足になることが幾度もありました」
親子で内見をした数、およそ10軒以上。室内まで見られなかったものも含めると、さらに数は増える。そうしてようやく希望にマッチする物件に出合えたが、次にネックとなったのが“車いす”だった。
「申し込み時、『床を傷つけるんじゃないか』という懸念を貸主側から伝えられ、使用している車いすの写真を提出し、室内は座位保持椅子(※1)を使い、車いすの利用はないことを説明して、やっと入居の許可が下りたのです」
2006年にバリアフリー法が施行されたとはいえ、バリアフリーや障害者の暮らしへの理解が今ほど広まっていなかった当時を思うと、相当な苦労だったはずだ。賃貸に入居して翌年、隣室が売りに出されたことを知り、娘さんの療育にいい環境を作りたいと、隣室を購入。室内改修を経て引越し、今に至る。
※1 座位保持椅子……自力でいすに座ることが難しい人が、適切な姿勢で座るための機能がついた椅子。キャスターがついているものもある。
医療的ケアがしやすいようにカスタマイズしたリフォーム
福満親子の暮らしにフィットしたマンションだったため、即座に隣室の購入を決め、医療的ケアがしやすいよう、リフォームを行った。
「元の間取りは3Kだったのを、壁や引き戸を取り壊し、動線を考えつつどこにいても娘を見られるような間取りに変えました。それと、玄関のところに段差が少しだけあるので、そこに可動式のスロープを造作してもらいました。取っ手を付けて掃除がしやすいようにしてあるんですよ」
「車いすが大きいので、本来掃除機などをしまうウォークインクローゼットの扉を外して、そこにすっぽり収まるようにしています」
「お風呂の扉も1人が入れる程度の幅の狭いものだったので、取り付けられる最大幅の扉を選んで付け替えました」
そのほかの福満氏がこだわったリフォームのポイントを尋ねると、特に気を配ったのが収納だという。
「とにかく娘のものが多いのです。1ヶ月分のおむつや医療的ケア物品、医療機器、栄養剤や流動食…と、来宅するヘルパーさんたちも使いやすいように、収納を各所に用意して取り出しやすいようにしました」
言われて辺りを見回すと、リクライニング型車椅子1台、座位保持椅子1台、入浴補助用椅子1台に加え、人工呼吸器や吸引機など、たくさんの機械と器具が配置されている。娘さんが眠る介護用ベッドの周りに目を向けると、こまごまとしたストックが並ぶ。
福満氏の自宅にはヘルパーや訪問看護師などが1週間に30人ほどが出入りするとのこと。きれいに整えられた物品からは、ケアスタッフへの心遣いもうかがえる。
医療的ケア児の安全で快適な暮らしに、住宅改修は欠かせない。けれども、福満氏の場合これらすべてに補助があったわけではない。
住宅購入時のリフォームで改修補助費が支給されたのは、玄関のスロープのみ。数多いケア物品の使い勝手を配慮したリフォームは補助の対象外となったそうだ。
介護のためのリフォームには、補助対象になるかの審査に加え、改修規模によって利用できる制度の回数や金額に限度があるなど、自治体差があるとも福満氏は説明してくれた。
医療的ケア児家族の住まいの課題
在宅医療をするにあたり、環境を整えることにさまざまな苦労があることが福満氏の住まいを見ただけでも伝わってくる。医療ケアが必要な人たちの住まいの傾向を尋ねると、家庭によってまちまちではあるが、マンションが比較的好まれ、購入後にフルリフォームをする人が多いそうだ。住まいの課題のなかでも大変なのは、子どもが生まれるにあたり新居を購入した家庭だという。
「一生に一度の買い物と思って住宅購入を考えたとき、医療的ケア児が生まれてくることを想定して買わないですよね。都心の建売で、いわゆる鉛筆住宅を35年ローンで購入したものの、2階にリビングがある間取りは療育に向かず、困った末に売却してマンションに移る方が多いです」
売却せずに住み続ける場合でも、ベランダにリフトを設置してそこから室内に入るようにする方法や、エレベーターを設置する方法もあるそう。けれども、狭小住宅の場合はエレベーターの設置がスペース的に難しいうえ、後付け工事には住宅改修補助が出ないなど、苦慮する点が多い。
2021年に医療的ケア児およびその家族に対する支援に関する法律が制定され、看護師をつけることやデイケア、ショートステイ等の活用の幅が広がり、それまで一番の問題といわれてきた“親の付き添い”がなくてもいいとされることが増えてきたそうだ。そして次に考えるのは、医療的ケア児たちが大人になってからの親離れ子離れ、それにともなう衣食住に福満氏は関心を寄せる。
「医療的ケア児との暮らしで、最も重要なことは衣食住です。衣類は障害のある人に向けた着脱しやすい服のバリエーションが増えてきましたし、食事もさまざまな料理の流動食や介護食のレトルト食品が出てきていますが、住まいに関しては『どうしていいのかわからない』という親は多いです。その背景には、医療機関やデイサービス、交通機関の地方差、相談先や医療的ケア者の住宅に関する情報が乏しいからだと思います。企業や専門家の方と意見交換をしつつ、知見を集めていきたいです」
地方在住の家庭ではさらにその問題は重く、過疎が進む地方のインフラの脆弱化が、医療的ケア児家庭にも大きくのしかかっている。環境を整えるため持ち家を手放して、住み慣れた地域を離れる家庭もあるそうだ。子どもの将来を考えるうえでも、“地域を変えずに住み続けられるのか”というまた違った住の難しさも課題となっている。
お互いを知るための機会を広め、次の世代へ
医療的ケア児の家族の住まいの問題を、自身の経験だけでなく、NPOの運営や家族会を通じて他家族の事例も共有し、多様な難しさを噛みしめてきた福満氏。
不動産業界や不動産ポータルサイトはどう寄り添うことができるだろうか。
「今は、物件検索やオンライン内見など、インターネットでなんでもできて便利になってきていると思います。ですが、バリアは人それぞれに異なると私は考えます。同じ医療的ケア児のいる家庭といっても、『親の通勤の便利さを優先したい』『少しぐらいの階段なら対処できる』というご家庭もなかにはあります。ですので、不動産会社さんには、来店した家庭が何を条件にしたいのかをしっかり聞いてほしいですね。ポータルサイトの場合、細かくカテゴリーを分けて、情報を絞り込めるようになると一番いいと思います」
2021年の法制定で医療的ケア児が法律上明確に定義されてから、まだ3年程度。福祉制度は改善されつつあるというが、社会全体ではどうだろう。それぞれ異なるとはいえ、当事者家族は大変さを常に抱えている。当事者とその家族にとって住みよい社会を尋ねると「お互いを知る、それに尽きます」と福満氏は語る。
「医療的ケア児は、LGBTQやほかのマイノリティと比べてまだ社会的認知度が低いと感じています。お部屋探しで断られるのも、医療的ケア児の暮らしを知らないことで『車いすで床を傷つけるんじゃ』といった懸念が湧いたからですよね。お互いを知ることで、お互いにある不安を解消できると思います。また、医療的ケア児の問題は超マイノリティでニッチなものだけれど、そうした小さな世界から発信することで、誰にとっても暮らしやすい社会になるのではと期待しています」
希望にあふれ、はつらつとした調子で語る福満氏。しかし出産当初は、孤独と不安、「泣いてしまったら自分が壊れてしまう」と、精神的にギリギリな日々を送っていたそうだ。
「そんなとき、ある講演会で体験した“ピアカウンセリング(同じ境遇にある人同士が、対等な立場で悩みや不安を聞き合いながら解決策を見いだしていくこと)”で、心が軽くなったことがありました。行政をつなぐ相談支援ではなく、親の心に寄り添った相談を地域の中でしていきたいです」
福祉として人が安心感・充足感のある生活を支えたい、そしてそれを一人の熱意で終わらせるのではなく、持続させていくために事業として展開し、次の世代の人へつないでいきたい。福満氏自身の展望の先に、医療的ケア児と家族が地域の中で穏やかに暮らす未来が見えるようだ。
アダプティブファッションや流動食など医療的ケア児のライフスタイルの選択肢が増えてきたが、“住”に関してはいまだ少なく、支援制度頼りなところがあるという。自宅養育が必須な医療的ケア児と家族にとって、住居の自由、住みたい場所を選ぶ自由も近い将来に増えていくことを期待してやまない。
今回お話を伺った方
鈴木(福満) 美穂子
1972年埼玉県生まれ。長女を妊娠・出産するが、出生直後の容態急変により長女に医療的ケアが必要となる。2007年に重度心身障害児親子の会「おでんくらぶ」を立ち上げ、15年にNPO法人「なかのドリーム」をローンチ。東京都医療的ケア児者親の会代表。「全国医療的ケアライン(アイライン)」の設立にも携わる。15年に『重症児ガール ママとピョンちゃんの きのう きょう あした』、21年に『不安ウーマン』(ともにぶどう社)を上梓。医療的ケア児の母・ワーキングマザー・デイケア運営・団体代表として、多方面で活躍している。
■全国医療的ケアライン(アイライン)
https://www.i-line.jp
※当事者の方からのヒアリングを行う中で、「自身が持つ障害により社会参加の制限等を受けているので、『障がい者』とにごすのでなく、『障害者』と表記してほしい」という要望をいただきました。当事者の方々の思いに寄り添うとともに、当事者の方の社会参加を阻むさまざまな障害に真摯に向き合い、解決していくことを目指して、本記事内では「障害者・児」という表記を使用いたします。
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