賃借人の高齢化に管理会社はどう対応していくか

全人口に占める65歳以上の割合が7%を超えると“高齢化社会”、14%を超えると“高齢社会”、21%を超えると“超高齢社会”といわれる。厚生労働省が毎年公表している高齢社会白書によると、2020年の高齢化率は28.8%にのぼる。そんな高齢化が進む社会が抱える課題のひとつに、賃貸住宅に住む“賃借人の高齢化”がある。
今回は、株式会社ハウスメイトマネジメントでオーナー向け資産承継を専門に業務する傍ら、公益社団法人 全国宅地建物取引業協会連合会の高齢者居住支援調査研究会のメンバーとして高齢者の住まい問題に取り組む伊部尚子さんに、お話を伺った。

長期入居によって入居者が高齢者に。賃貸借契約を結んだ後の“今”をどう共有するか

――伊部さんは長らく管理会社の社員として現場を見つつ、住宅確保要配慮者等の居住支援に関する調査研究会を通じて、高齢者をめぐるさまざまな住宅の問題に研鑽を深めていらっしゃるとのこと。伊部さんが今注目しているのはどのような問題でしょうか?

高齢者住宅などではない普通の賃貸物件に、すでに高齢者が数多く住まわれているということです。入居時は若くても、同じお部屋に長く住まわれて高齢者になっていくという状況が増えてきています。そして業界全体を見ても、入居者の年齢を正確に管理している企業が少ないことが問題だと考えています。

40代の方が20年住んで、30年住んで……となると、いつの間にか70代になられています。しかし、一般的な管理会社や不動産会社では入居者の現年齢を把握しているケースは多くありません。「入居者が倒れたらしい」と連絡が入った際、“原契約書(※)”を確認して、契約時に記載した生年月日から逆算して初めて現在の年齢を知ることが多いはずです。

私どもの会社でも、中途管理物件において入居者の年齢が不明なケースが多く、結果として管理物件に高齢者が何人いるかの把握ができていない状況です。そうした状況がゆえに、トラブルが起こってから契約書を掘り起こすという、後手後手の対応をする状態になってしまっています。

――高齢者は賃貸物件に入居しにくいというのが問題の大半だと思っていたので、この問題は盲点でした。

確かに高齢者が入居しにくいという問題はあるとは思います。ただ、以前よりは高齢者の入居審査が通る保証会社が増えてきていたり、空室に困っているエリアでは元気な高齢者の入居を受け入れたりということも増えていますね。

しかし、長年住まわれている方の管理となると状況が異なります。何十年も前の契約書では、いざ連絡先を照会しようと思っても、最新の情報が反映されていなかったり、契約書自体に不備があったりといったケースも多いのです。たとえば、原契約書を交わしてから時間がたちすぎて契約者などの連絡先が変わっている、あるいは管理会社が何度も変わったり、相続や売却で大家さんが変わったりといったことが原因で契約書自体を紛失しているなどのケースもあります。

先日も高齢の入居者の方が室内で倒れてしまい、その方の年齢が書類からでは分からず、その後ご家族と連絡がとれて初めて把握できたという事案がありました。しかも、実際は携帯電話をお持ちだったのにもかかわらず、契約時に携帯電話がなかったため原契約書に記載されていませんでした。

――契約書や管理状況の情報のアップデートというのは、定期的に行われないものなのですか?

多くの管理会社が、更新時には入居申込時に確認するような内容を再確認する書類をお送りしているので、書いて返送いただければデータを更新しています。そのため、2年に1度、アップデートのチャンスはあります。先ほどのケースも、更新時に携帯電話の番号を届け出がされていたので、その点は助かりました。

本来は勤務先や携帯番号が変わったり、結婚で名前が変わったり、出産で居住者が増えるなど、入居申込時にお聞きした内容に変更があった場合には連絡をいただく決まりになっています。ただ、きちんとご連絡をくださる方は少ないのが現状です。何度督促しても更新の書類を返送してくださらない方もいらっしゃいます。

また、原契約書に記載いただいた保証人が、年月を経て先に亡くなってしまわれることもあります。契約書には“保証人死亡時には同等の保証人をつける”と記載されていても、高齢の入居者が新たにどなたかに頼めるかといったら……なかなか難しいですよね。それなら保証会社を、となりますが、今まで不要だったそのお金を誰が払うのか、審査に落ちたらどうするのか……と問題も出てきます。賃貸借契約は、原契約の内容が更新後もずっと生きる、と民法上で定められているものです。入居者は面倒を避けて、状況が変わってもそのまま黙って更新している人もいると思います。

また、契約更新書類が返送されてこない場合もあり、必要な情報を管理会社が知らないままという事態が起こりやすくなっているようです。原契約に「同条件で更新したものとみなす」など、自動更新の条項が記載されている契約書が多いのですぐに困ることはないのですが、本当は情報管理をきちんと行いたいという思いもあります。しかし、管理会社の業務は多岐にわたり現場はとても多忙なため、なかなかそこまで手が回りません。通常業務に支障も出てしまうので、やりたくてもできないのが苦しいところです。

※原契約書……最初に締結した契約を記載した契約書。更新後の契約書類ではなく、最初に契約を締結した際の契約書類のこと。

長期入居によって入居者が高齢者に。賃貸借契約を結んだ後の“今”をどう共有するか

高齢の入居者と物件管理、その壁となる個人情報

――入居者の日常的な様子が分かれば、高齢者になった入居者の孤独死の回避といった危機管理もできるのではと思いました。高齢者に身近な存在というと、介護ヘルパーさんや地域包括支援センターの職員の方が浮かびます。そうした方との連携は難しいのでしょうか。

昨今では個人情報の取扱いが厳しくなったため、本人の意思を確認せずに高齢者の情報を行政や民間企業間で共有することは、以前よりも難しくなっています。先ほども少し触れましたが、私たち賃貸管理会社が業務として行うのは、入居者の賃貸借契約に基づく賃料の回収などの業務、建物や設備などの維持管理業務、清掃業務です。入居者の体調の管理は、本来の管理業務ではありません。社内の入居者情報を管理するシステムにも、入居者の健康状態や既往歴、要介護度の項目はありません。
管理会社は、トラブルなく暮らしてくださっていて、室内の設備も壊れることなく、家賃もきちんと支払っている入居者の方とは、何年間も接触する機会がないのが通常なのです。

しかし、入居者の勤務先から「今日〇〇さんが出社していないので、無事なのか確認したい」と連絡が入り、緊急連絡先になっているご親族に確認のうえ、警察立ち合いでドアの鍵を開錠することもあります。あるいは、賃料が納められていない入居者をあちこち探し回った末、体調を悪くされて入院や遠方のご家族の元に身を寄せていることが分かり、そこでようやく管理会社が入居者の健康状態が悪いのを把握できたといった事態も起こっています。

――入居者の病状を知る機会もないのですね。特に一人暮らしをなさっている方ですと、介護状態などの現状の共有が課題となりそうです。

デイサービスのお迎えの車を見かけるくらいしか、知る機会はないに等しいですね。入居申込書類にも更新書類にも、そうした状況を知ることのできる項目がないからです。病気や介護のことはセンシティブな話題ですので、「積極的に聞いていこう」という方向にもなりません。

介護職の方の話では、入居者の方がご自身の介護状況などが不動産会社や大家さんに知られると退居させられるのでは…と怖がり、隠したがる方もいるそうです。

――実際に退居させられることはあるのでしょうか?

介護福祉の方々の手を借りながら問題なく暮らせていて、家賃もきちんと納めていれば、退居させられることはありません。貸主側が退去を求めるには正当な理由がないと成立しませんが、介護や年齢などはそれに該当しないのです。

ただ、認知症が進み廊下で騒いでしまうなど、ほかの入居者さんに迷惑がかかるようになると、ご親族とお話しして退居のご相談をすることはあります。

高齢の入居者と物件管理、その壁となる個人情報

認識の違いや誤解も。不動産現場が介護と連携できていない現状

――高齢者の方の暮らしには“介護”が切っても切れないものだと思います。一般的に介護状況に合わせて室内の改修などが行われますが、賃貸住宅の場合でも可能なのでしょうか。

あまり申請されることはありませんが、手すりの設置希望などは聞いたことがあります。ただ、基本的に契約上“壁の穴開けは禁止されている”と思っている方が多いため、管理会社に相談することなく、穴を開けずに突っ張り棒などで内々に対応なさっているようです。

私どもが運営している高齢者専用の賃貸住宅では、介護保険を利用して入居者に合わせた室内改修を行うこともありますが、一般の賃貸住宅において相談されることはほぼありません。「改修はできないはず」という思い込みと、相談によって、先ほど言ったような「要介護状態を知られて退居させられるのでは…」といった不安感から、言い出せないのかもしれません。

――では一般的な賃貸住宅の場合でも、介護のための改修を行うことは可能なのですか?

賃貸借契約書には、貸主の承諾なく手を入れる行為が禁止事項になっていることが多いですが、相談すれば承諾を得られることもあると思います。管理会社としても大家さんとしても、壁に穴が開くことよりも居室内で転倒事故などが起こることのほうが困ると考えるはずです。

相談という形をとって入居者とコンタクトをとれるのであれば、どこのデイサービスに通っているのか、ケアマネジャーさんはどなたか、さらには原契約書から不足している情報を最新のものにするいい機会になるはずです。事故を未然に防ぐためにも、そのような機会をチャンスと捉えて対応したいと考える管理会社は今後増えてくるのではないでしょうか。

――介護は管理する物件にも関わることでもあるので、介護状況なども共有できたらいいですよね。

そうですね。ただ、現状の契約書のフォーマットだと、そうした情報を入力する項目がありません。更新時に状況を確認する書類も契約書にのっとって作られていますし、健康状態のようなセンシティブな情報を確認できる項目が追加されることはなかったのだと思います。備考欄はあっても、そこに介護度を自ら書く入居者はなかなかいません。

今後は入居者の方が情報を開示しやすい契約書だけでなく、お体の状況やお身内の連絡先など、更新書にも追加条項が必要になってくると考えています。もちろん強制はできませんので、それをお聞きする意味や必要性をしっかり説明したうえで、ご本人の承諾を取りながら、たとえば70歳を超えたらこういう情報を聞こう、といった業界のスタンダードができたらいいですね。

――身元を引き受ける人の情報が共有されていると、住む人もそのご家族も、大家さんも管理会社も全方向で安心ですね。

高齢者専用住宅などを手がける部門では、「身元引受人」の欄があります。「身元引受人」は介護業界の用語であり、法律上の用語ではないのですが、賃借人の家族など、”万一のときに駆けつけてお亡くなりになれば後の手続きをしてくれる、葬儀を出してくれる人”を指します。通常の契約時に必要となる「連帯保証人」とはまったく別で、金銭的なサポートは必要ありません。

認識の違いや誤解も。不動産現場が介護と連携できていない現状

高齢者×介護×賃貸に伊部さんが期待することは?

――伊部さんは高齢者と介護、賃貸住宅の在り方について、どんな期待をお持ちでしょうか。

地域包括支援センターなど外部との連携がポイントだと思います。一人暮らしの高齢者に対する支援体制は地域により異なります。そのため、地域ごとの自治体や地域包括支援センターや地域の介護事業所と連携して、入居者を連携して見守る体制づくりに取り組む必要があると考えています。

たとえば、当社の本社がある豊島区では、75歳以上で見守りが必要な高齢者を、地域包括支援センターに所属する「見守り隊」が見守っていると聞いています。しかし、高齢者の人数が多くとても大変そうです。
ですので、私の関わる日本賃貸住宅管理協会として、自治体と管理会社と地域包括支援センターの3つが連携できる仕組みをつくれれば、有事の際の対応がスムーズになるのでは、と期待しています。

――高齢者をめぐる住まいの状況は、どんなことをすれば改善すると思われますか?

まずは、高齢入居者の今の様子を知ろうとする取組みを進めることですね。高齢者の状況が把握でき、何かあったときのワークフローが分かると、今後新規受け入れをしやすくなることにもつながると考えます。関係各所が連携をしながら受け入れることができれば、自然と間口も開けてくると思います。

現状は、高齢者の入居管理に関して、管理会社や不動産会社の知見がさまざまで、経験豊富な担当もいれば、未経験の担当もいます。
その知識が共有できていれば、介護の手を借りながら一般賃貸でも高齢者が住めることの認知も広がるのでは、と感じています。

また、行政や地域包括支援センターは、高齢者の住んでいる物件をどの不動産業者が管理しているのか知りません。物件の管理情報は“誰が住んでいる”という個人情報には抵触しないため、共有できるはずです。

それと、管理物件に掲示する看板が分かりにくい点も何とかしたいですね。看板には仲介看板と管理看板があるということも、不動産業界以外の人には分かりにくいです。管理している会社が分かりやすければ、救急車が出動するような事態になっても管理会社に連絡が行き、管理会社からはオーナーやご家族に連絡できるので、いろいろな対応がしやすくなると思います。実際、地域包括支援センターの方が有事の際には物件の管理看板を写真に撮っていると聞いて、看板をきちんと掲げることの必要性を感じています。

高齢者×介護×賃貸に伊部さんが期待することは?

高齢者の暮らしに詳しくない人でもできること

――今回、管理会社の目線からのお話を伺って、高齢者の暮らしの一側面を知ることができました。こうした問題があることは一般的にあまり知られていないと思います。

そうですね。高齢者の生活の要となる地域包括支援センターを用するのは高齢の当事者か、そのご家族が主で、高齢者が身近でない方は知らないことも多いでしょう。しかも地域包括支援センターの名称が“高齢者サポートセンター”だったり、“高齢者あんしんセンター”だったり、地域によって違っているのも分かりにくい要因です。地域包括支援センターの場所を知ること、そして何かあったときに連絡する先の一つである管理会社に情報が、看板などで外部にも分かりやすくなっているかを認識してもらえたらと思います。

伊部さんが所属する、全宅連の住宅確保要配慮者等の居住支援に関する調査研究会がまとめた、高齢者が一般的な賃貸に入居してから退去するまでの情報が一挙に集まっている読本伊部さんが所属する、全宅連の住宅確保要配慮者等の居住支援に関する調査研究会がまとめた、高齢者が一般的な賃貸に入居してから退去するまでの情報が一挙に集まっている読本

R65不動産の山本さんのインタビューで「高齢者へ部屋を貸すメリットのひとつが、入居年数が10年くらいあって長いこと」というお話があった。その実、20年、30年と住まわれる方がいること、そしてその時間に比例するように介護の手が必要になる可能性が高まること、介護の手があれば通常の賃貸でも暮らせることを伊部さんは伝えてくれた。
高齢者の比率が増えている今、共に暮らす地域住人として、もしもに対応する知識を得ておくことは大切なのかもしれない。

※本記事の内容は、LIFULL HOME'S ACTION FOR ALL note 2022年8月掲載当時のものです。

お話を聞いた方

お話を聞いた方

伊部尚子(いべ・なおこ)
同業他社を経て、2000年にハウスメイトグループに入社。仲介営業、仲介店長を務めたのち、管理の現場担当へ移り管理支店長に就任。その後、管理契約受託営業から株式会社ハウスメイトマネジメント、ソリューション事業本部課長としてオーナー向けの資産承継などを手掛ける。同時に、全宅連の住宅確保要配慮者等の居住支援に関する調査研究会の委員を3期務め、住宅要確保配慮者、高齢者の居住支援についてのリサーチを行いながら、地域に暮らす高齢者の住環境について取り組む。



▼全宅連参考資料
住宅確保要配慮者等の居住支援に関する調査研究会発表「高齢者の賃貸住宅への入居支援ガイドブック」
「住宅確保要配慮者等の居住支援に関する調査研究報告書」

お話を聞いた方

【LIFULL HOME'S ACTION FOR ALL】は、「FRIENDLY DOOR/フレンドリードア」「えらんでエール」のプロジェクトを通じて、国籍や年齢、性別など、個々のバックグラウンドにかかわらず、誰もが自分らしく「したい暮らし」に出会える世界の実現を目指して取り組んでいます。

公開日: