7年間に約70組が同居してきた京都ソリデール

京都ソリデール(以下ソリデール)の本家は2004年にフランスでスタートしたパリソリデール(Le Pari Solidaire)。ヨーロッパは2003年に記録的な熱波に襲われ、パリでは1万人以上の高齢者が孤立した状態で亡くなった。それを機に翌年から一人暮らしの高齢者の空き部屋に若者が同居することで孤立死を無くそうという取組みがスタート。これがパリソリデールである。

2024年2月に京都市で開かれた「京都ソリデール高齢者座談会」に登壇した京都橘大学の川﨑一平助教によると、パリソリデールは2023年まで5000組の高齢者と若者が同居してきたという。ソリデールは同居する相手を学生に限定、仕組みを京都府に持ち込んだもので、2023年度までの7年間に約70組が同居してきた。

京都府が続けてきた次世代下宿「京都ソリデール」事業。受け入れ側の高齢者の声を聞いた京都府が続けてきた次世代下宿「京都ソリデール」事業。受け入れ側の高齢者の声を聞いた

「日本の社会課題である高齢化、一人暮らし高齢者の増加と貧困、同様に子どもや若者の貧困、空き家問題などに対し、高齢者・若者・社会にとって三方良しの解決策となるのがこの仕組みです。また、他者と共に住むことで得られる安心感、緩やかな繋がりや見守り、生活のはり、文化や知識の交流、異なる世代への理解の促進なども双方にとって大きなメリット。高齢者にとってはちょっとした日常のお願いができることもありがたい点でしょう」。

川﨑さんがソリデールで同居を経験した高齢者13人、若者8人にインタビューしたところ、高齢者は同居当初の動機に「部屋を空けておくより使ったもらったほうが良い」「家賃収入になる」等を、若者は「家賃が安くて済む」「大学に近くて通いやすい」等を挙げており、それぞれに実利的なメリットが入口になっていたという。だが、同居してみて良かったことを聞くと若者は新しい学びや活動、交流、成長に繋がった、生活環境が快適だったなど金銭面以外のプラスが上がってきていたという。

では、高齢者にとって若者との同居にはどういう意味があったのか。この日のイベントでは若者との同居経験のある4人が登壇。それぞれに思いを語った。

社会への恩返し、若い人がいたら楽しそうなどきっかけはいろいろ

70代半ばの福田さん(仮名)さんは2019年に夫を亡くし、人生で初めての一人暮らしを始めた頃にソリデールの告知を見かけた。近所にはその昔下宿生を置いていた家もあり、ご本人も長らくアートを通じたボランティア活動に関わってきたことから若い人達と交流があり、若者と暮らすことに抵抗はなかった。そこでまずは京都府が開催するソリデールの普及イベントに申込をした。

「固定資産税が1万円ずつ上がる時代に年金だけの生活ではボランティアを続けるのも辛いところ。そのくらいは家で稼ぎたいと思いました」。

今年70歳になる春山さん(仮名)は元高校の先生。たまたまラジオで元同僚がソリデールについて話しているのを聞いたのが始めるきっかけとなった。

「娘が2人とも国内、海外で留学しており、いろいろな人にお世話になってきました。そこで社会に恩返ししたいという気持ちがあり、それでこの仕組みを利用して若い人達を受け入れようと思ったのです」。

一般にソリデールでは大学生を対象としているが、春山さん宅ではこれまでに2人の高校生を受け入れてきた。うち1人は通信制高校に在籍しており、コロナの時期であったこともあり、在宅時間が長かった。もう1人も帰省せず、ずっと春山さん宅で過ごしていたそうで、食事の支度が大変だが、子育てをしているようだったそうだ。

アートを通じたボランティア活動で日常的に若い人達と接してきたという福田さん。若い人との同居を自然に感じられたのはそうしたバックグラウンドもあるのかもしれないアートを通じたボランティア活動で日常的に若い人達と接してきたという福田さん。若い人との同居を自然に感じられたのはそうしたバックグラウンドもあるのかもしれない

70代後半の山川さん(仮名)は高齢者が集まるシニア大学でソリデールを知り、部屋も空いているし、若い人がいたら楽しそうと始めることにした。

「若い人がたまににこっと笑うだけで可愛らしいし、楽しそう。昨年、暑さにやられて伐採するまでは毎年4月に子ども、孫、下宿生で一緒に庭で花見、ご飯を食べていました。子どもは私が独居老人なので何か変なことがあったら知らせてねと下宿生に頼んでいましたね」

子、孫とは違う、距離感のある関係

60歳手前の寺岡さん(仮名。ソリデール上の高齢者は55歳以上。社会一般より若い)は居酒屋でシェアハウスのオーナーが学生の悩みを聴いたり、刺激を受けていると話していらっしゃったのを聞き、老後は若い人と暮らす下宿をしたいと思い、それで下宿ができる物件を探して始めた。
「3階建ての建物の1階で塾を経営、2階に自分たちが居住、3階が下宿です」

若い、他人と暮らす毎日の生活はどんな様子なのだろう。登壇した4人に共通していたのは無理して話しかけたり、気にしたりしないという自然体な接し方。その根底にはソリデールが定借で1年という期間限定の暮らしであることがある。

「最初からいなくなることが分かっている関係ですから、さらっとしたものです。もちろん、いる間はできることはやってあげますが、それだけです」と福田さん。

山川さんも必要があったら話しかけるものの、無理して会話しようとはしていない。
とはいっても「何かいいことがあったら嬉しそうに報告してくれますよ、子や孫だともっとべったりの関係になるんでしょうが、そうはなりませんね」

日常生活についてはその人それぞれ。
「ご飯は自分で作るか、外食してもらうか。ご飯だけはいつもあるようにしており、たまにおかずを上げたりもします。年に何回かは誕生日会やらで一緒にご飯を食べることもありますね」と山川さん。

春山さんは前述の通り、下宿生が高校生だったので、朝は夫が朝食を食べている間に妻が学生の弁当を作り、夜は夫婦で分担して学生の食事を作るなど、ご飯は一緒に食べていた(食費は下宿生負担)。ただ、それ以外はそれぞれ自室で過ごしていたそうだ。

世代を超えた繋がり、人の役に立つ実感など喜びもさまざま

下宿生だけでなく、親との関係もある。
「下宿生の親はちょうどひと世代下の50代くらい。訪ねてこられた時には一緒に鍋を囲んだりします」と福田さん。今の下宿生の親は京都好きだそうで、泊りがけで訪ねてくるそうだ。

山川さんも親が心配しているだろうと写真を送ってあげることもあるそうで、こうした気配りはコミュニケーションがある関係ならではだろう。本人はもちろん、親の安心感は大きいはずだ。

では、事業に参加してみて良かったことはなんだろう。
「若い人と一緒に暮らすことで気持ちが若いままでいられるような気がしますね」と寺岡さん。下宿生とはLINEでグループを作りやりとりしているそうで、長く交流が続けば良いと考えている。海外からの留学生がいたこともあり、視野が広がったとも。

「アートを通じたボランティア活動をしているのですが、下宿生の一人が楽器をやりたいということで篠笛をやっている人を紹介したことがあります。これまでの同世代だけの関係から人の繋がりが広がっていくのがすてきだなと思っています」と福田さん。同年代の知り合いは高齢化でどんどん減っていくが、そこに若い世代が入るとこれまでとは違う広がり方があるという。

また、卒業してからも東京に行った時に会ったり、元下宿生が泊まりに来たりという付き合いもあるという。親戚の子どもが増えたような感じだろうか。

山川さんは下宿生を置いて困ったことはなく、若い人がにこっと笑うのを見ているだけで楽しいとイベント中に何度も口にした。何を得ましたというのではなく、一人で暮らすよりも笑顔を浮かべる誰かと暮らすことが楽しい。当然だろうと思う。「卒業してからも来てくれたり、母の日になんかくれたりもありますね」。それもうれしいことだ。

「年賀状のやりとりや、私が畑をやっているので来いよと声をかけるなど我が家を卒業した後も緩い付き合いがあります。下宿したうちの一人は最初獣医を目指していたのですが、いろいろ話をしているうちに農学を学ぶことになりました。私のアドバイスが役に立ったのならうれしいと思っています」と春山さん。

2016年から始まった「京都ソリデール」は高齢者と学生が同居することで、高齢者、若者それぞれが抱える社会課題の解決に繋げようという取組み。世代の異なる同士が同居することでどんな変化が生まれるのか。若者を受け入れてきた4人の高齢者と専門家が話し合う場を取材した。若い人たちの自然な笑顔を見ているとそれだけで楽しいと山川さん。座談会の間も終始にこやかな表情が印象的だった

京都ソリデールは、ごく普通の家でも参加可能

ところで他人を我が家に住まわせるとなると改修が必要になるのではと思う人もいるだろう。ところが、最初から下宿をやるつもりで物件を探したという寺岡さん以外はごく普通の2階建ての一軒家。

もちろん、下宿生には個室を用意しているが、風呂、トイレ、キッチンは共用しており、それで特に問題は生じていない。子ども部屋が空いているなら、それを充てるだけと考えれば分かりやすい。

一人暮らしの高齢者宅に誰かが一緒に住むとなると子どもや親族が反対するのではないかという懸念もあるが、今回の参加者の方々は自分たちが判断したことだとさらり。ソリデール事業がメディアなどでも取り上げられており、逆に周囲からはいいことをしているねという反応が多いそうだ。

「部屋が空いているなら、役に立つことだなので、やったらよいと思いますよ」と山川さん。
今回の4人はそれぞれにきっかけは異なるものの、良いこと、社会の役に立つことをしているという認識は共通しているように思われた。

一般的な賃貸住宅、下宿などの賃貸借と違い、間にマッチング事業者が入り、条件、相性などを見定めた上での同居になるのが特徴一般的な賃貸住宅、下宿などの賃貸借と違い、間にマッチング事業者が入り、条件、相性などを見定めた上での同居になるのが特徴

最後にソリデール事業の概要について。
京都府のホームページによると次世代下宿「京都ソリデール」事業とは高齢者が自宅(借家を除く)の空き室を学生等へ低廉な居住負担(家賃等)で提供し、同居・交流する住まい方とのこと。下宿との違いで大きなポイントは双方の合意までに交流会や訪問、場合によってはお試し同居などを行い、同居のルールを決める(変更も可)こと。不動産会社ではなく、マッチング事業者が入り、丁寧に両者を繋いでくれるのである。

ちなみに居住費負担は2万5000円~3万5000円程度(光熱費別・他)となっており、食事の提供がある場合にはそれも別途相談ということになる。家賃の高騰している京都では大学の近くに住むことが難しくなりつつあるが、この制度を利用すれば比較的安価に住める。

そのため、学生からの人気は高いが、問題は住宅を供給してくれる側。長らく続けていることから、今回の方々のように多い場合には5人、6人と受け入れてきた人もいるが、さらに空き室を提供してくれる人が増えることが望まれる。

高齢者にとっては空き室を提供するだけで、生活、人生を楽しくしてくれる仕組みである。活用できる部屋がある方は問合せてみてはいかがだろう。

■取材協力
京都府 次世代下宿「京都ソリデール事業」
https://www.pref.kyoto.jp/jutaku/jisedaigeshuku_kyotosolidaire.html

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