「歩いて楽しいまちづくり」を目指す公認会計士市長、その"二十歳のころ"とは

鳥取県米子市。国内屈指の景観を誇る米子城跡を中心に広がる落ち着いた城下町である。

山陰二県では人口第4位の都市であり、米子や島根県の県庁所在地松江や出雲大社の地元出雲を含む中海・宍道湖・⼤⼭圏域の中核都市のひとつである。首都圏からは見えづらいが、圏域人口は県境を挟んで約64万人にのぼる一大経済圏であり、米子はそのもっとも東部の中海沿いに位置し、人口約14万人を擁する。地方都市のご多聞に漏れず、圏域全体が人口減少傾向だが、この圏域の活力は健在だ。漁業の町・境港にはクルーズ船がやってくるし、二つの汽水湖のシジミ、ウナギ、日本海のカニをはじめとするグルメは魅力的だ。県境を越えた地域連携も進展している。

そして、米子と言えば皆生温泉である。海中に泉源を持つ温泉として知られ、温泉街のビーチからの夕日は格別である。
この米子市で生まれ、いったんは都内の大学に進学し、大手監査法人で活躍するもUターンし、市内で独立開業していた公認会計士・伊木隆司氏が2017年、市長に就任した。公認会計士資格を持つ首長は決して多くない。一方で、公認会計士を含む職業会計人の強みは数字に強いことである。
なぜ公認会計士を職業として選んだのか、それはどのようにふるさと米子のまちづくりに生きているのか、安田女子大学 松本武洋ゼミの3年生が聞いた。本文は代表して田代七海が担当する。

米子市の夜景(出所:米子市文化観光局)米子市の夜景(出所:米子市文化観光局)

なぜ、公認会計士を目指したのですか-「米子のまちにいずれ戻れる仕事を、と考えました」

「高校時代にたまたま見かけた仕事や進路に関する雑誌に、公認会計士がありました。将来性の良さも魅力的でしたが、私は当時から米子のまちにいつか戻ってきたい、という思いがありました。
そこで独立開業できる資格だという点に着目。実際、市内各所に会計事務所があったので、イメージしやすく、こういう形で独立もできるのではないかと思いました。公認会計士を目指すべく大学の進路を考えたところ、中央大学の商学部会計学科は実績も多いことから、目指すことに。ですから、大学生になると、国家試験に向かうべく受験勉強をしていました。特に3年生や4年生になると、本当に受験一色で、非常に暗いトンネルの中を歩むような学生時代でしたが、受験勉強を通じて同じ志を持つ友達がたくさんできました。専門分野の話をするのはもちろん、遊びに行ったり、出かけたり、カラオケに行ったり、様々な形で友達との交流も楽しんでいました」

伊木隆司(いぎ・たかし)。1973年米子市生まれ。/中央大学商学部会計学科卒業/1996年公認会計士2次試験合格。同年太田昭和監査法人(現・EY新日本有限責任監査法人)に入社/2000年、公認会計士登録/2004年、米子市にて伊木会計事務所を開設。税理士登録/2017年4月米子市長就任(2024年3月現在、2期目)伊木隆司(いぎ・たかし)。1973年米子市生まれ。/中央大学商学部会計学科卒業/1996年公認会計士2次試験合格。同年太田昭和監査法人(現・EY新日本有限責任監査法人)に入社/2000年、公認会計士登録/2004年、米子市にて伊木会計事務所を開設。税理士登録/2017年4月米子市長就任(2024年3月現在、2期目)

二十歳の頃、感じていた米子のイメージは-「米子のことを十分に知らなかった、その思いからふるさと教育に力を入れています」

「東京にいましたので、あまりの大きさに圧倒されていました。東京と比較してみると、米子は小さなまちだ、というイメージはあったものの、あまり米子のまちに明確なイメージは持っていませんでした。
これはさらに時が進んでからの反省ですが、若いときにもっと自分の生まれ育ったまちのことを知っておくべきだ、と思いました。そうすれば、故郷を離れるなら、いつか恩返しをしよう、と考える流れも一層形成できるのではないか、と。市長になってから力を入れている『ふるさと教育』では、子供たちが、歴史とか文化とか偉人とかいった地域のことをよく知ることができるように工夫しています。自然に恵まれて、かつ、程良い都市が形成されている米子のまちは、非常に魅力的です。県外に出ようという人にもぜひ、十分に米子の魅力を知ったうえで、いったん出たとしても、帰って来てくれるきっかけになるかもしれません」

今回は、執筆担当以外はリモートで参加した今回は、執筆担当以外はリモートで参加した

公認会計士としての経験は、どのように活かされていますか?-「数字を読む力は、市長になっても大変活きています」

「公認会計士として培った数字を読む力は、市長になっても大変活きています。米子市の様々な政策が一時期、停滞した大きな理由は、米子市役所の財政について非常に厳しい状況があったためでした。まず財政をしっかりと立て直すことは私に課せられた大きな役目でした。それと、公認会計士時代は、仕事柄、製造業、サービス業、公益法人などと幅広くお付き合いをしてきました。そうした経験から、市の事業をできるだけ早く把握し、弱点や欠点を見つけて、素早く修正しています。このような動きについて、職業会計人としての経験が大いに活きています。
財政健全化という観点からは、国、県、市、この連携が非常に重要であると考えています。様々な分野の事業が国や県の補助のメニューに該当する可能性があり、市の財政だけで事業をするのではなく、国や県の力も使いながら取り組むことで、大きな事業を米子市で実現することができます。米子駅の改修も約73億円の予算を使っていますが、かなりの部分を国や県にまかなってもらうことによって市単費の負担は10億円台に留まっています。
補助をうまく利活用することによって、市の財政をあまり大きく出さなくても、米子市内で大きな事業をすることができるので、その点について努力をしています。逆に、小さな事業については、できるだけ小分けにしながらも、しっかりとやっていきます。小さなことでも、市職員から要望があればできるだけ"これはやろう"という姿勢によって、小さな予算で大きな効果を生むような動きを出そうとしています。このような工夫により、財政も少しずつ健全化しており、市長就任以来順調に、指数は改善しています」

雪の米子市内。莫大な除雪費用の特別交付税要望のために上京するのも市長の重要な仕事雪の米子市内。莫大な除雪費用の特別交付税要望のために上京するのも市長の重要な仕事

人生の軸を教えてください-「充実した人生をどうやって過ごすかということを常に考えています」

「基本的に、充実した人生をどうやって過ごすかということを常に考えています。
私の考え方の軸は、持っているものを精一杯出し切り、社会の役に少しでも立ち、色々な形で楽しんで人生を充実しきるということです。20代の半ば、社会人になってから、スペインとイタリアを旅行しました。どちらも、世界を支配するような大きな帝国を張っていた時代があった国です。
しかし、今はそういう流れから一線を画して、もっと自分の人生を楽しもうという考え方や生き方が人々に広がっている国なんです。当時、バブルが崩壊し、いわゆる失われた30年に入った頃でしたが、そういう生き方があることには、日本人として非常に感銘を受けました」

力を入れておられるウォーカブル事業のポイントを教えてください-「人は動機がなければ街を歩かない。だからまち中を歩いていて楽しいスペースにします」

「米子市では、「歩いて楽しいまちづくり」を進めています。これは裏返すと、現在は大半の人が自動車によって移動しているということ。自動車さえ使えれば非常に便利ですが、一方で、例えばまだ免許を持たない学生や、免許を返納した高齢者の方にとっては非常に厳しいまちでもあります。多くの人が便利にまちの中を行き来できるようにするためには、徒歩と公共交通を織り交ぜた移動手段を持たなければなりません。米子駅を改修したのはまちづくりの起点にするためで、米子駅南北自由通路を使いながら、あるいはそこから派生して各駅や停留所をもっと便利に使っていかなければならないと思っています。ただし、公共交通はどこかに行くという動機付けがあって初めて使われます。そのために、まち中を歩いていて楽しいスペースにしたいと思っています。そのためには、歩いている中で色々なお店が並ぶような状況を作らなければいけません。我々が公共工事としてできるのは歩道整備などですね。単なるアスファルトで作るだけではなく、おしゃれに見えるような色彩を使った歩道にするとかいったことも組み合わせながら、ハード整備とソフト事業をしているところです。それがウォーカブル事業に力を入れているという大きな理由です。」

地元高校でもまちづくりについて講演(出所:伊木隆司フェイスブック)地元高校でもまちづくりについて講演(出所:伊木隆司フェイスブック)

米子市のおすすめスポットを挙げてください-「皆生温泉と米子城跡は外せません」

「私は皆生エリアで育ったものですから、やはり皆生温泉は外せません。源泉を海から取るので、少し海水が混じる分、保湿成分が大きく、湯冷めもしません。湯から上がった後の爽快感は非常におすすめです。湯には、匂いもほぼないのでゆっくり浸かれます。皆生地区は夕陽が美しく、さらに、海水浴やサイクリングも楽しめます。
また、米子には歴史的なスポットも多く、米子城跡はその代表と言えます。吉川広家公が戦国時代末期に築城を始めたため、戦うための様々な仕掛けがそのまま残っている城で、四方八方を見渡せます。2022年の元日にNHKの『日本最強の城スペシャル』という番組に取り上げられ、全国各地の様々なお城の中で、絶景というテーマでNo.1をとりました。様々な米子の風景や、大山、日本海、中海も見渡せるので高く評価されており、少々曇りの日であっても登ってみると損はないと思っています」

皆生温泉のホテルのとあるロビーにて。ビーチと温泉が一体化しているのが皆生の魅力皆生温泉のホテルのとあるロビーにて。ビーチと温泉が一体化しているのが皆生の魅力
皆生温泉のホテルのとあるロビーにて。ビーチと温泉が一体化しているのが皆生の魅力皆生温泉(出所:皆生温泉旅館組合)

【インタビューを終えて】
非常に理路整然と、分かりやすく語られる姿が印象的だった。公認会計士としての専門技能を活かし、米子市のさらなる活性化に向けて市政を行っておられることが分かった。そして、「公認会計士の受験勉強を懸命にしていた経験が今の土台である」というお話から、何事にも熱心に取り組まれているという印象を受けた。市長自身の軸が「充実した人生をどのように過ごすか常に考える」であることが、ウォーカブル事業の推進や観光資源の整備などに反映され、米子市の魅力を引き出すための施策が進められていると感じた。(田代七海)

皆生温泉のホテルのとあるロビーにて。ビーチと温泉が一体化しているのが皆生の魅力米子城跡からのダイヤモンド大山(撮影:伊木隆司)

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