賃貸マンション・アパートの大規模修繕を知る「賃貸住宅の計画修繕推進セミナー」
多くの分譲マンションでは長期修繕計画が定められ、修繕計画にもとづき、およそ12年ごとに大規模修繕が実施されている。一方で、賃貸マンションやアパートなどの収益物件は、修繕を行うか否かは物件オーナーの判断に委ねられている。建物の資産価値と安全性を保ち、入居者を安定的に確保するには、適切な補修や時代に合ったリノベーションが求められるが、資金力や費用対効果の観点から分譲マンションのように計画にもとづいた修繕の実施は難しいケースが多いのが実情だ。
そのような中、賃貸住宅のオーナーや管理会社、賃貸住宅関連事業者を対象に、株式会社工業市場研究所主催のもと、2023年12月から2024年に2月にかけて「賃貸住宅再生プロジェクト『国土交通省補助事業・賃貸住宅の計画修繕推進セミナー』」が開催された。賃貸住宅の計画修繕について、さまざまな切り口から情報提供がなされたセミナーの内容を、一部紹介していこう。
進む賃貸住宅の高経年化。20年後には築30年超の賃貸住宅が約1.5倍に
今回のセミナーでは、賃貸住宅の市場予測や具体的な修繕事例、長期修繕計画の必要性、バリューアップ工事の効果やメリットなど、賃貸住宅の計画修繕にまつわるさまざまなテーマで発表が行われた。最初に登壇した国土交通省住宅局参事官付の金子 幸弘氏による発表では、日本の賃貸住宅市場における長期修繕計画の作成・実施状況、ならびに長期修繕計画の促進に向けた国土交通省の取組みなどが紹介された。
まず、日本の賃貸住宅市場全体の課題としては、築年数の経った物件が今後さらに増加していくこと、そして修繕計画を作成する物件オーナーは増えている一方で、修繕の実施率は決して高くない点が挙げられた。
国土交通省によれば、築30年超の賃貸住宅は2017年時点では1,186万戸に対し、20年後には約1.5倍の1,808万戸に増加する見込みだという。特に築50年超の賃貸住宅は、20年後には約3.5倍の830万戸、築40年超は約2.0倍の1,374万戸に増えるとされる。築年数の経過と共に、賃貸住宅の腐朽・破損率は当然高くなる。今後さらに高経年の建物が増加することで、多くの賃貸住宅が安全な住環境を提供することが難しくなり、問題はさらに深刻化していくだろう。
物件オーナーの計画修繕への関心は高まっている。図1.で示すとおり、長期修繕計画を作成している物件オーナーは2016年度調査では23%であったのに対し、2022年度調査では41%と増加している。修繕の実施率も、2016年度の21%から2022年度には37%へと増加している。資料によれば、長期修繕計画を作成しているか否かで、実際の修繕実施率に大きな差が出ている点も興味深い。長期修繕計画を作成したオーナーの方が、そうでないオーナーに比べ、3.5倍もの高い修繕実施率となったそうだ。長期修繕計画を作成することの大切さが如実に表れた結果といえる。
とはいえ、修繕を実施する物件オーナーは増えている一方、実施していない割合はいまだ6割以上に上り、計画修繕が行われていない賃貸住宅が過半を占める状況である。
適切な維持管理・修繕を行うために、必要な予算と計画
高経年の賃貸住宅が増える中、長期的な視点で賃貸住宅を維持・管理ならびに価値向上を図っていくことが求められる。ただ、すべての物件オーナーが適切な計画修繕を行うには、さまざまな障壁があるのも実情だ。上記の調査では、物件オーナーが修繕の実施に踏み切らない理由として、「自分の考えで実施しない」「資金的余裕がない」「必要に応じて実施すればOKと考えている」といった回答割合が高かった。資金繰りの問題と修繕の必要性に対する認識の低さが見て取れる。特に資金面での制約は、多くの物件オーナーが直面する課題であろう。
賃貸住宅の計画修繕はなぜ必要で、どのような項目があり、費用はどれくらいかかるのか。セミナーでは、タクミプランニングサポート一級建築士事務所 溝渕 匠氏より「計画修繕の基礎・建物診断の重要性」が、続けて公益財団法人日本賃貸住宅管理協会 安野 博道氏からは『民間賃貸住宅の計画修繕ガイドブック』をもとに、長期修繕計画の内容や費用の目安、大規模修繕工事を実施する際の注意点等が解説された。
木造アパート10戸(1K)を想定した場合、必要な定期メンテナンス、費用の目安は以下のとおりである。
・新築から5~10年目
費用目安:約70万円
工事種別:ベランダ・階段・廊下などの塗装、排水管洗浄など
・11~15年目
費用目安:約520万円
工事種別:屋根・外壁の塗装、ベランダ・階段・廊下などの塗装・防水、給湯器等の修理・交換、排水管の高圧洗浄など
・16~20年目
費用目安:約180万円
工事種別:室内修理、給排水管高圧洗浄、交換など、外構工事など
・21~25年目
費用目安:約800万円
工事種別:屋根・外壁の塗装・葺替、ベランダ・階段・廊下の塗装・防水、浴室設備などの修理・交換、排水管の高圧洗浄など
・26~30年目
費用目安:約180万円
工事種別:ベランダ・階段・廊下の塗装、室内設備の修理、給排水管の高圧洗浄・交換、外構工事など
『民間賃貸住宅の計画修繕ガイドブック』で記された目安ではあるが、築30年目までの間に、建物全体を維持管理するには約1,750万円かかる計算になる。30年目以降も当然修繕は必要となるため、修繕金の計画的な積み立てや、場合によっては金融機関からの融資が必要になるだろう。また、これらの工事を、カルテのように修繕記録表としてきちんと残しておくことが望まれる。
※『民間賃貸住宅の計画修繕ガイドブック』は2017年発行であり、その後の物価変動や消費税は加味されていないため、ご注意いただきたい。
賃貸住宅の計画修繕を後押しする国土交通省の施策
物件オーナーが適切な修繕を計画的に実施できるよう、国土交通省ではさまざまな支援を行っている。例えば、上述の『民間賃貸住宅の計画修繕ガイドブック』や『長期修繕計画作成時のセルフチェックシート』、『計画修繕事例集』などを作成して国土交通省ホームページに掲載している。こうした資料を活用することで、⾧期修繕計画を踏まえた経営シミュレーションを物件オーナー自身でできるようになる。
さらに、共済組合を活用した賃貸住宅の維持管理の推進にも取り組んでいる。これは、物件オーナーが共済組合に加入し、賃貸住宅の修繕に要する資金として共済掛金を支払い、賃貸住宅の修繕(外壁・屋根・共用部など)を行った場合、支払った共済掛金から物件の修繕費が修繕工事会社に支払われる仕組みだ。毎年の掛金は経費計上できることから、物件オーナーにとっては収支の改善にも影響がある。
また、「子育て支援型共同住宅推進事業」も利用拡大が望まれる制度だ。事業の概要は、賃貸住宅の新築や改修にあたり、子どもの安全確保に資する設備の設置や、居住者等の交流を促す施設の設置といった工事に対し、補助が受けられる制度である。上限金額はあるものの、転倒や衝突、窓からの転落などの事故防止を目的とした工事、防犯性の確保を目的とした宅配ボックスの設置、子どもの様子を把握しやすい間取りとするための工事など、対象となる工事は幅広い。
時代に合わせたバリューアップ工事・入居者満足度向上の先に、経営の安定
セミナーでは、朝日綜合株式会社 熊谷 剛氏より「賃貸管理会社における計画修繕の取組の紹介」、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社 山本 秀一氏、轟 修氏より「民間賃貸住宅におけるリフォーム・リノベーションの効果や事例の紹介」、株式会社ニッセイ基礎研究所 塩澤 誠一郎氏より「民間賃貸住宅における断熱・遮音改修のメリットや改修事例の紹介」など、さまざまな切り口からの賃貸住宅計画修繕について発表が行われた。
なかでも今後の賃貸住宅市場で大きなうねりとなり得るのが、断熱性や遮音性といった建物の基本性能を向上させる改修だ。日本の住宅の断熱性能は世界基準で見ると低いと言われて久しいが、収益性を重視する賃貸住宅では、より深刻な問題である。
断熱性能が低いことで、ヒートショックや⾼⾎圧症といった健康リスクがあり、結露の発生によってダニやカビの発生にもつながりやすい。また、築年数の古い建物は遮音性も低いことが多い。特にここ数年は、働き方の一つとして在宅勤務が定着し、室内の遮音性や快適性を求める入居者が増え、また、物価高騰の中で光熱費を少しでも抑えたいニーズもある。こうした入居者の希望に、昔の仕様そのままの賃貸住宅では応えられない。
図6.賃貸住宅の断熱性向上や遮音対策のための大家向けガイドブック 参照:https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/content/001624287.pdfこうした現状で、断熱性や遮音性などの建物の基本性能を向上させる改修工事に対し、SDGs観点でも国がさまざまな形で支援している。
マンガ形式でわかりやすく解説された『賃貸住宅の断熱性向上や遮音対策のための大家向けガイドブック』もその一例だ。本ガイドブックより、セミナー内でも紹介された事例では、築50年近い鉄骨アパートや築40年程のRC造マンションの壁、床、天井、開口部に断熱改修を施したことで、周辺の新築物件と同等の家賃⽔準で満室にできた事例や、遮⾳・防⾳性能が向上したことで、近隣トラブルが減ったという事例が挙げられていた。築年数の経過した賃貸住宅が増えていくなか、長期的に経営を安定させるためには、建物の基本性能をアップさせる改修は避けては通れなくなっていくだろう。
価値観やライフスタイルの変化に合わせて、住宅仕様も変化している。バリアフリー化、防犯性能の向上、宅配ボックスの設置、ワークスペースの確保など、こうした新しい設備へのニーズに応えるため、物件オーナー側は常に設備のグレードアップを図ることが求められる。新しい設備の標準化が進めば、それらを備えていない賃貸住宅は、入居者に選ばれにくくなるしかない。
物件オーナーにとって賃貸住宅の計画修繕は、単なるコストではなく、将来への投資といえる。確かに負担は大きいが、得られるメリットは大きい。修繕を計画的に行うことで、建物の品質、入居率、家賃水準を維持し、入居者満足度が高まれば、入居期間の延長にもつながる。これらの要素は物件の収益性と安定性に直接的な影響を及ぼし、賃貸市場における競争力も高めていく。
不動産価格の上昇や低金利政策が続き、さらに貯蓄から投資へという機運が高まるなか、不動産投資に挑戦するプレイヤーも増えている。その一方で、購入当初の経営シミュレーションの甘さから、大規模修繕・建物の維持管理を適切に実施できない物件が今後増えることも懸念される。物件オーナーが安定的に事業を継続できるよう、また入居者が快適に暮らし続けられるよう、今回のような賃貸住宅の計画修繕の大切さを啓蒙するセミナーや、賃貸住宅の修繕をサポートする制度や取り組みがさらに活性化していくことを期待したい。
■取材協力:株式会社 工業市場研究所
※セミナーの様子は国土交通省ホームページにて公開中
https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000118.html
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