13代目が取り組む未来のためのまちづくり

建設中の建物の前で石井さん。柔和な雰囲気が印象的だった建設中の建物の前で石井さん。柔和な雰囲気が印象的だった

始まりは6年半ほど前。神奈川県藤沢市辻堂に代々住む地主の13代目、石井光さんは家族が所有する土地、その相続を巡って頭を悩ませていた。石井家は地元で300~400年ほどの歴史があり、辻堂17氏族と言われるこの地に初めて移り住んできた家族のひとつだという。一般には父から息子への相続となるはずだが、石井家では祖父から石井さんへという相続が予定されていた。

「大学4年生の頃で、最初は祖父のところに『マンションを建てませんか、相続税対策になりますよ』と大手デベロッパーが営業に来ていたのですが、聞く耳を全く持たない様子に次は母のところに。聞いているとどうやら、このままでは相続税が大変なことになりそう。どうしたらいいのだろうと考えていました」

大学で生態学を学び、コミュニティデザインにも深く関心を寄せていた石井さんからすると、相続対策として世の定石通りにマンションを建てるのは違うと思われた。

辻堂駅北口。工場跡地を利用して大型商業施設ができるなど、大きく変貌してきた辻堂駅北口。工場跡地を利用して大型商業施設ができるなど、大きく変貌してきた

辻堂駅前は2010年代から大きく変化しており、現在はタワーマンションも建っている。そのせいか、住みたい街として挙げられることもあるが、それが30年後、50年後にも続くのか。

「タワーマンションに住むなら東京でもいい。といっても辻堂でも地価は上がっているので住宅を買おうとすると家は小さくなり、土からは離れていく。それに伴い、まちから自然が減っていく。その状況をコミュニティの力で良い方向に持っていけないか。そんなことを考えていたときに受講したパーマカルチャーのコースで、ビオフォルム環境デザイン室の山田貴宏さんと知り合いました」

山田さんは環境と調和した、自然のエネルギーを上手に活用した建築、ヒトとモノ、自然がつながって循環するような地域のデザインを多く手掛けており、過去に記事で紹介した徳島県神山町の「大埜地住宅」も手掛けている。

徳島県神山町、町の人、材、自然で作られた「大埜地住宅」が生み出したもの、乗り越えた課題とは?

建設中の建物の前で石井さん。柔和な雰囲気が印象的だった南口では現在もタワーマンションが建設中。利便性は高いが、この土地らしい暮らしになるかというと微妙だろう

初回は孤軍奮闘、今回は地元の人間関係が味方に

そこで最初の1年目はコンセプトブックを作り、2年目に実際に線を引こうと山田さんから提案があった。考えが整理されない状態で設計に入るより、まずは自分の言葉でこれからのこの地域がどうなったらいいかを考えて、その上で実際に何を作るかを考えようというわけである。

ただ、コンセプトブックと基本設計まではやったものの、その話を祖父に切り出すには至らなかった。その前から地域の拠点となる施設として小規模多機能型居宅介護施設の計画が進んでいたのだが、その許諾を得るまでが大変だったからだ。

「はじめはいいと言っていたのに、月に一度くらい、毎回、4時間ほどもかけて話をするのですが、借金はしたくない、自己資金を出すのも嫌と地鎮祭までの半年間言い続けたのです。その計画自体は公募事業で、地域に貢献できる計画で、結果的には母が借入れすることで2017年にオープンしましたが、この状況ではそれ以外の話はできないと思い、結局2年間、お休み状態でした」

それが再始動することになったのは祖父が転倒することが増えた2年半前のこと。急いで遺言書と家族信託を作成し、次の手に備えた。そのため、時間はかかったが、2周目で実行に移すことになってよかったと石井さん。

「最初のときには地元に知り合いが少なく、遠くの人たちに協力してもらっていました。ところがお休みしている間に地元での人間関係が広がり、今回は辻堂、茅ヶ崎などに住む12人にプロという以前に、1人の友人としてグラフィック、ランドスケープデザイン、不動産関係、Webサイト制作など多岐な分野に関わってもらっています」

プロジェクトの予定地も当初考えていた広い区画ではなく、自宅に近い、自身も参加しやすい場所にした。

都心のみならず、首都圏近郊でも風景は日々変わっている。だが、いずこも同じ開発がこれから100年先に残るのか。それよりも土地の魅力を生かし、自然と共存する生活があり得るのではないか。「ちっちゃい辻堂」はそんな実験に取り組んでいる。今回作った新しいコンセプトブック。土とつながった暮らし、うまくいかないことを受けいれる、時間が経てば経つほど心地よくなっていく場所としてなど響く言葉が並んでいる

建物だけでなく、環境にも他と違う特徴

工事中の室内。木の柱、梁に分厚い断熱材、天井にあるのはびおソーラーの心臓部にあたるソーラーファンボックス工事中の室内。木の柱、梁に分厚い断熱材、天井にあるのはびおソーラーの心臓部にあたるソーラーファンボックス

現在、ちっちゃい辻堂と名付けられた一画で建設が進んでいるのは新築賃貸住宅4棟。3棟の平屋2DK+ロフト(43.06m2+14.41m2)に1棟の2階建て3SLDK(75.05m2)で、無垢材を使ったシンプルな外観が特徴。加えてどの住戸の土間キッチンも敷地中央に設けられたコモンエリアに向いている。互いに顔が見える関係が生まれるようにという配慮だ。

断熱性能の高い住宅には空気集熱式ソーラーシステム(びおソーラー)が取り入れられており、自然の力で冷暖房が行われる。電力を使うことなく、住戸中均質な温度が保たれる、快適な暮らしが実現できるのである。

隣接して2LDKのメゾネット3戸が入った築30年ほどの建物があり、これは1戸を除いて入居中である。

工事中の室内。木の柱、梁に分厚い断熱材、天井にあるのはびおソーラーの心臓部にあたるソーラーファンボックス現在建設中の4棟。左の奥が2階建て、すべての住戸に中央に向いた窓がある

さらにもう1棟、shareliving縁と緑もエリア内にある。これは「空き家・空き地活用×防災×農のある暮らし」を実践するために築57年の木造の平屋を2019年5月から1年間友人の大工さんにヘルプしてもらいながらもDIYで生まれた場所。コモンスペースとして使われており、来客時には臨時の応接間になったりもする。

建物だけを書くとこれだけでおしまいなのだが、本当のポイントは敷地内とその周辺に生まれる環境にある。石井さんはそれを「100年先の風景を作りたい」と表現する。

工事中の室内。木の柱、梁に分厚い断熱材、天井にあるのはびおソーラーの心臓部にあたるソーラーファンボックスshareliving縁と緑の和室。落ち着く空間だった
工事中の室内。木の柱、梁に分厚い断熱材、天井にあるのはびおソーラーの心臓部にあたるソーラーファンボックス柱の間にテーブルを作るなど使いやすそうな室内

農がある、何かあっても生き延びられる暮らしを

敷地内にある井戸。いざとなっても水だけは確保できる敷地内にある井戸。いざとなっても水だけは確保できる

「このエリアには古くからの祭りがまだ残っており、そうした時間が積み重なって今につながっています。それを大事に井戸や畑、果樹があって、生物が生きられる、庭にいろいろな鳥が来るような場を作りたいと考えています。雨水の利用はもちろん、鶏を飼ったり、養蜂をしたりということも考えています」

畑、果樹、井戸があれば災害などでいざというときにも水、食べ物があり、それが小さな安心につながる。畑で顔を合わせていれば助け合えもする。

石井さんはこの5年半ほど茅ヶ崎市赤羽根で800坪の会員制コミュニティ農園・EdiblePark茅ヶ崎を運営している。無農薬、無化学肥料の炭素循環農法で、鶏を飼ったり、DIYもしている。その経験から畑は誰もが無理なく一緒にいられる不思議な場だという。

「友達同士でも毎週1回必ず顔を合わせようとしたら5年も続けるのは難しいと思います。でも、畑であればそれが可能。小学生から70歳以上の方までさまざまな人が集まっています。畑には力がいる作業や、細かい作業といろいろな作業があり、それぞれがやりたいこと、好きなことを持ち寄れます。一人で全部は大変だけど、みんなでやれば楽しい。昔は農を通じてゆるやかに地域で人がつながっていたのだろうと思います」

70年ほど前にはちっちゃい辻堂のあたりは田んぼだったそうで、農があった地域である。共有にするか、個々人それぞれの専有にするかは悩んでいるそうだが、ちっちゃい辻堂には畑も用意される予定だ。

敷地内にある井戸。いざとなっても水だけは確保できる2021年秋に撮影した農園での記念写真。広大な畑があり、鶏を抱えている人も

自然に近い微生物舗装を採用

これが微生物舗装。歩くとアスファルトやコンクリートと違い、少しふわふわした感じこれが微生物舗装。歩くとアスファルトやコンクリートと違い、少しふわふわした感じ

井戸や雨水タンクなどに加え、敷地内にはほかではあまり見ないようなものもある。たとえば微生物舗装。普通は歩道、駐車場などはアスファルトあるいはコンクリートが敷設されるものだが、ちっちゃい辻堂では藁、落ち葉、竹炭、もみ殻燻炭、砕石、素焼きの植木鉢を粉砕したものやウッドチップを敷き、それらの層がアスファルトなどの代わりになる。

この舗装だと夏の日の照り返しが気にならなくなり、雨水は地中に浸透、地中の微生物も増える。ただ、そのための材料集めは地道で大変だったそうだ。

素焼きの植木鉢、いくつか割らせていただいたが、気持ち良かった素焼きの植木鉢、いくつか割らせていただいたが、気持ち良かった

「廃業した花卉の会社さんから余っていた植木鉢を頂いたのですが、運ぶのに軽トラで6往復しました。畳は建築予定地に立っていた2棟の平屋を解体した際に出た21畳分を藁にして再利用。竹炭は市内北部の管理が行き届かなくなった竹林を整備しながら、竹炭も作成、7割くらい自分たちで生産、自給しました。落ち葉は市内の公園などから集めました」

いずれも廃物などであるため、材料費はさほどかからないが、焼いたり、割ったり、運んだりと手間がかかる。これまで3回ほどワークショップを開催したが、まだ、あと2回ほどは開催する予定だという。ちなみにやってみたところ、植木鉢は簡単に粉砕でき、叩きつけて割るのはなかなかの快感。モノを壊したい、ストレスを発散したい人は手伝いに行かれてはどうだろう。

この微生物舗装、すでにshareliving縁と緑前に施されており、1年経っていまだに雑草は生えてきていないという。自然に優しく、でも、雑草には悩まされたくないという場合には試してみてもよさそうだ。

これが微生物舗装。歩くとアスファルトやコンクリートと違い、少しふわふわした感じ微生物舗装のワークショップ中の風景。大人も子どもも入り交じって作業

地域内で住み替えを実現、所有の概念を変えたい

環境整備のほか、ひとつのエリアに人が集まって住むことを利用して、CSA(地域支援型農業)も4月中旬から始めた。これは簡単にいえば農家から野菜などを直接契約で定期購入することだが、農家には包装や配達の面倒が伴う。これを10人分などとまとめて購入することにすれば包装も配達も不要にでき、互いにメリットがあるのではないかと考えているのである。

それ以外にもシェアの仕組みでたとえばシェアカーの導入などもありえる。一方でコモンスペースについては最初からあまり細かく決め過ぎずにみんなで考えていきたいとも。

そして、もうひとつ、壮大な計画がある。それは所有の概念を変えること。

「土地を分割して小さな家を作り、小さな庭をそれぞれが持つより、土地を少しずつ出し合うほうが大きな庭になり、豊か。奪い合うと足りなくなるものが分け合うと余る。その考えで大家同盟、地主同盟のようなものができないかと考えています」

地域には多くの賃貸住宅があり、所有者がいるが、それぞれの間にはつながりが薄い。だが、そこがつながり、ライフステージに応じた住宅に移動できるようにしたらどうだろうというのである。家族構成が変わり、家族が増える、減る。当然、引越しを考えるが、そのときにご近所の大家さんから「ウチの広めの部屋がちょうど空いているよ」という情報があれば、違うエリアに引越さずに済む。

そうやって同じエリアに住み続ける時間が積み重なっていけば入居者、大家お互いの理解も深まり、何かあったときには助け合えるようにもなる。高齢になってこれまで同様の家賃が払えなくなっても、その信頼関係と大家同士の連携があれば「じゃあ、ウチの物件に引越してくればいいよ」となるかもしれない。みんなで見守れる体制が可能になるかもしれない。

地主はまちの将来の風景に責任がある

shareliving縁と緑のデッキに置かれた雨水タンク。これはウチにも欲しいと思った
shareliving縁と緑のデッキに置かれた雨水タンク。これはウチにも欲しいと思った

もちろん、そのためには賃貸住宅、家賃の多様性が必要だ。高い物件から手頃な物件、広い物件からコンパクトな物件までがなければ地域内での住み替えは容易にはいかない。

「現在進行している住宅は私が最初に手掛ける物件でもあり、融資との関係もあってやや高め。ですが、次に現在は空き地になっている土地にも同様のコンセプトの区画を作りたいと思っています。そうして実績を積みながら広げていけば住宅、家賃の多様性も実現できていけるのではないかと考えています」

次の着工は6月を予定している。これらがうまくいき、他の人たちが良い点を真似するようになっていけば農のある住まいが周辺のあちこちに広がっていくことになる。

shareliving縁と緑のデッキに置かれた雨水タンク。これはウチにも欲しいと思った
完成後に開催された内覧会の様子

「まちの風景、文化を司るのは土地を持っている地主の責任ではないかと考えています。土地がマンションになってしまうのと、畑もある区画が生まれるのでは将来のこの街の風景は大きく違うものになるはず。他の地主さんにもそうした認識が生まれ、将来を考えた土地利用ができていけばいいと考えています」

そのためには今回のちっちゃい辻堂が選ばれることも大事なポイント。井戸があると、鶏がいると空室にならない、選ばれるなどの状況が生まれれば面白いところである。

最後に辻堂という街について。都心からは1時間ほどで東京に比べれば自然が残されており、市南側の海のイメージが強いが、実は北側には畑、田んぼ、里山もある。ここでの暮らしを経てもっと郊外に目を向けてもらう、そんなきっかけにもなりたいと石井さんは思っている。


取材協力/ちっちゃい辻堂
https://chicchaitsujido.life/

shareliving縁と緑のデッキに置かれた雨水タンク。これはウチにも欲しいと思った
完成後に開催された内覧会の様子
shareliving縁と緑のデッキに置かれた雨水タンク。これはウチにも欲しいと思った
完成後に開催された内覧会の様子

公開日:      更新日:

ホームズ君

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