2000年築、2018年築の印象の違う2棟が並ぶ
江戸川区西葛西は1979年の東京メトロ東西線西葛西駅の開業を機に住宅地として発展してきた。住むことに特化して作られてきたまちのため、道路や公園などは計画的に配されており、そこにアパートやマンションなどの中高層住宅、全国規模のチェーン店などが整然と並ぶ。生活に必要なスーパーその他は潤沢にそろっており、防災上も安全な街であることは確かだが、個人商店が少なく「なんだろう、これは?」と思うような心躍る場所の少ない街でもある。
そんな西葛西に思わずのぞいてみたくなる、これまでになかった複合施設「西葛西APARTMENTS-2」が生まれたのは2018年のこと。1階にベーカリーとカフェ、2階にコワーキングスペースと設計事務所、3階以上に賃貸住宅が入り、建物横にはイベント、マルシェなどの場にもなる空間7丁目PLACEのある建物である。オーナーは隣接する「西葛西APARTMENTS」に住居を構える駒田建築設計事務所の駒田剛司氏、駒田由香氏。
2棟は7丁目PLACEのウッドデッキを挟んで隣り合っているのだが、面白いほどに外観の印象が異なる。2000年に建てられた西葛西APARTMENTSは半透明の窓が多く、守られた印象が強いのに対し、西葛西APARTMENTS-2は透明な窓を広く取った、明るく開放的な建物なのである。1棟目の2000年から2棟目の2018年の間に何があったのだろう。
「西葛西APARTMENTSは独立して始めて手がけた建物で、外に開くよりもどのような面白いプランができるかに関心がありました。街とつながることを求めても、求められてもいない時代でした。そもそも、当時はまちづくりは語られておらず、建築ではオフィスや住宅といったビルディングタイプのなかで何ができるかが主眼の時代。団地のような大きな住宅であれば、住宅の中に商業など他の機能を入れることもありましたが、それ以外の住宅では空間をどう作るか、使うかがテーマでした」と剛司氏。いわゆるデザイナーズ賃貸がはやっていた時代でもあった。
この20年弱の社会の変化を反映
それからの18年間で大きな変化といえば多くの人が思い浮かべるのが2011年の東日本大震災だろう。大きな会社、組織や中央集権型の仕組みなどそれまで信じてきたものが崩壊、社会や人間関係、暮らし方その他多くのものを考え直すきっかけになったという人も多いのではなかろうか。
「まちづくりが一般化したのは東日本大震災後。人が中心の、社会としてつながりを持ちながら豊かに暮らすことに目が向くようになりました。建築のビルディングタイプの分類などは今も変わってはいませんが、まちのプレイヤーがそれぞれに取り組み、緩いつながりがある、複数の機能を備えた建物など、それまでになかったものがボトムアップで生まれるようになりました」
働く意識も変わったと由香氏。
「今、2階のコワーキングスペースに来ている人たちは徒歩や自転車、遠くてもバスで来ています。生活圏から来ているわけで、働き方も多様。大手町の大手企業勤務だけれど出社は週半分でそれ以外はここで働いている、副業のためにここを登記して、子どもが学校に行っている時間に製作に励む主婦などいろいろな人がいます。ただ、まだまだ、そうしたことができる住宅は少ないのが現実です」
駒田夫妻が手がけた2棟にはこの20年弱の社会の変化が反映されているが、まだまだ住宅に関わる人の意識は変わっていないのだ。
「2015年ごろから駐車場として使われていた土地に建物を建てようという話が出ていました。私たちは自分たちのまちは自分たちで変えられる、地域で小さな経済を回すような建物をと考えて西葛西APARTMENTS-2を企画したのですが、金融機関の人たちには駅から5分以内でないと単身者向け賃貸、店舗は成り立たない、10分以上というこの土地では店舗、コワーキングなど無理という声もありました」(由香氏)
竣工前からテナント誘致などを着々と準備
だが、2人は着々と自分たちが考える住む、働く、商う、集まるなどといった複数の要素を備えた建物の建築するために動き始める。
「自分たちが施主となって行う事業で融資を受ける必要があったため、まずは新しい建物1階のテナントを決めてしまおうと思いました。地域に開かれた気軽に使える店に入居してもらおうと思っていたので、近所で3年ほど営業している人気ベーカリー『gonno bakery market』を訪ね、これからできる建物に移転しませんかと声をかけました」と由香氏。
いきなり声をかけられたベーカリー店主。最初は驚いていたそうだが、駒田建築設計事務所のホームページ、雑誌などに掲載された実績などを見て考えを変え、もともと植栽などのあるゆったりした環境で店をと考えていたこともあって移転を決定。今では近所に2店目を出すほどに繁盛している。
着工前には隣接する西葛西APARTMENTSの1階住戸を改装。シェアキッチン、レンタルスペース「やどり木」を作った。飲食店営業、菓子製造の許可を取得しており、さまざまな使い方ができる。2棟の間の7丁目PLACEを利用してマルシェを開く際には一体となって使えるようになっている。
そして2018年には新しい建物が完成したわけだが、こちらも順調である。2階のコワーキングスペース「FEoT」(FAR EAST of TOKYO)は定員30名だが、サイトだけで集客しているにもかかわらず、コロナ前に満席となり、その状態が続いている。単身者向けからファミリー向けまでの6戸の賃貸住宅ももちろん埋まっている。
それだけではない。新しい建物ができたことで地域の価値が上がったとして、隣接する西葛西APARTMENTSを管理する不動産会社から家賃値上げの提案があった。
「築22年の建物で、これまでもずっと人気はありましたが、それでも空室が出ると2ヶ月くらいは空くこともあったのですが、お隣ができてからは退去後、クリーニングをしている間に次の入居者が決まるようになりました」と由香氏。駅から10分の立地で、築年数がたっていても物件そのものに加えて地域が魅力的であれば入居者に選ばれるのである。
あえて動線が重なる設計に
では、実際の建物を見ていこう。2棟の対照的な建物の間には階段とスロープがあり、上がった所がウッドデッキが敷かれた7丁目PLACE。誰にとっても入りやすい場でありたいという気持ちからスロープは中央に配されている。
「ロードバイク、車椅子、ベビーカーでも利用しやすいことを意識しました。端っこにある、申し訳なさそうなスロープではありません」(由香氏)
左手にはベーカリーへの入り口があり、その奥にはカフェへの入り口も。ウッドデッキにはテーブル、ベンチが置かれているのでテイクアウトした品を外で食べることもできる。もちろん、買い物をした人以外が利用してもいい空間である。取材にお邪魔した日にはコワーキングスペースを利用している人が手作りのリースなどを販売していた。
「オープンから少し時間がたち、居住者がやどり木を利用してイベントを開催したり、撮影スタジオとして借りたり、コワーキング利用者が7丁目PLACEを小商いの場として使うなど利用者が内部で循環し始めています」(由香氏)。小さな経済を回すという当初からの目標が徐々に実現しつつあるのだ。
ベーカリーとカフェ、それぞれの入り口の間に2階のコワーキング、3階以上の住居への入口がある。複合施設では店舗と住宅、オフィスと住宅などといった用途ごとに入口、動線を分けるのが一般的だが、ここではあえてすべての動線が7丁目PLACE上に重なるようにデザインされている。重なり合う動線上で顔を合わせる緩やかなつながりが生まれることが意図されているのである。
この意図は2階のコワーキングスペースにも共通している。玄関を開けた正面の通路となる部分に配された共用のキッチンカウンターが人の重なる場である。
小規模だからできることがある
コワーキングスペースはキッチンカウンターの先にあるので、キッチンに誰かがいれば必ず顔を合わせ、挨拶をすることになる。受け付け代わりとでもいえばいいだろうか、なんとなく、互いが顔見知りになる場である。
こうした場を作ったのは互いが緩くつながることで運営の一部をその信頼関係に委ねようとしたところがある。
「外から見ず知らずの人が入ってきて以前からあった地縁、言い替えれば人間関係が解体されると、人は身を守るために人間関係にルールをつくります。それしか身を守る方法がないからです。コワーキングスペースも同様で、知らない人同士が使うという前提だと規約で細かく人の行動を縛ることになります」と剛司氏。
だが、FEoTがルールとして決めているのは3~4項目程度。その代わり、利用申し込みがあった場合には必ず由香氏と面談し、以降も会えば挨拶するなど顔の見える関係を大事にしている。鍵の開け閉めなど日常的な管理を利用者に任せているのはその信頼関係の結果である。
「これは30人定員の、比較的規模の小さなコワーキングだからできることです。もし、これが100人、200人となると顔と名前が一致しないことが増え、信頼関係に委ねきることはなかなかできなくなってきます。その意味で、はほどほどのサイズであることは重要で、こうした規模の信頼関係で成り立つ集合住宅がまちの中に増え、開かれていけば地域も変わるのではないでしょうか」(剛司氏)
世の中では再開発のような大きな規模の建築がまちを変えると思われがちだが、駒田夫妻の取組みは逆。信頼関係が築ける小規模な集合住宅がまちに開かれ、それが人のつながりを介しながら増えていくことで地域は変わるのではないかというのである。
そう考えると世の中の小規模住宅のオーナーである、いわゆる大家さんにはまちを変える大きな力があるわけだが、残念なことにそうした意識のある人はまだまだ少ない。1階を地域に開くことで地域が変われば、そのメリットは自分に帰ってくると由香氏。今後は大家さんの変化を期待したい。
自発的に空間を使う人たちが出現
2階ではこの建物の建築的な工夫も説明していただいた。前述したように施主は駒田夫妻であり、お二人は融資を受けてこの建物を造った。そのため、できるだけ合理的に、ローコストで造る必要があった。
「この建物の躯体は1階から4階まで一部を除き、すべて3.2m×3.0mのグリッドで造られています。そうすることで型枠廃材を削減、作業の手間を軽減、加えて空間の可変性が担保できます。内部の空間を部屋として分割する際にはブロックと構造用合板を利用、簡単に仕切ったり、広げたりができるようになっています」と剛司氏。
ひとつのグリッドの広さは5.8畳で3階の単身者用の住戸はグリッド2つ分、広めの部屋では3つ分などとなっているが、壁を撤去すればもっと広い部屋も、狭い部屋も作れる。地域のニーズや使い方が変化したら、それに合わせて広さが変えられるわけである。コワーキングスペース、建築事務所も同様で、社会の先行きが不透明な時代にはこうした可変性には意味があるはずだ。
屋上にはルーフバルコニーがあり、ここはヨガ教室などで使われている。
「屋上が空いているならヨガをやりたいという人がおり、自分で全部やるならという条件で使ってもらうようになりました。掃除から人集め、看板を出すなど自分で用意、朝集まってヨガをしてパンを買って解散ということで続いています。この”自分でやってね”という仕組みは7丁目PLACEでも同じで、自分でテーブルを出してきてセッティング、店を出すなら使ってもいいということにしています」(由香氏)
面白いのは最初は自分でやってまでイベントをやろう、店を出そうという人はいなかったということ。関わっているうちに利用者に変化が起きたということだろうか。誰かにやってもらうのではなく、自分でやってでもやりたいことをやりたい。そうした自発的な人が利用者に増えているということであれば地域も活性化するというものである。
点が面になっていくことに期待
やどり木も見せていただいた。7丁目PLACEから階段を下りた所に入り口があり、ほか住戸が見えない分、隠れ家的な雰囲気もある。部屋の正面には桜の木。室内には大きなテーブルが置かれており、マルシェのときにはカレー屋さんなどが出て飲食店に変わることも。
「入居者の和菓子作家さんが和菓子のコース料理を振る舞うイベントをしたり、障害を持つ親子が集まるイベントが開かれたり、使い方は使う方次第。公民館など公共の施設とは違うまちなかの雰囲気が気に入って自由に使えるこの場を利用する人もいるようです」と由香氏。
現在、運営管理は由香氏が担っており、利用者との信頼関係があるとはいえ、日常的には手間のかかることの積み重ねでもある。小商いや物件PR、人の募集などSNSやインターネットの利用でできるようになったこと、楽になったことはあるものの、今後、こうした場が広がっていくためにはリアルな運営管理が大事だと由香氏。
特に地域に地縁を再生、この土地に面白い人たちが集まってくるようにするためにはインターネットの情報で満足させてしまうのではなく、実際にこの場に人が来るようにしなければならない。
「今はひとつの点ですが、それがいずれリアルな空間の中で面になっていくことを考えています。点をネットワークして面にしていくためにはハードルがあるため、まずは仲間づくり、パートナーづくりを大事にしていきたいと考えています」(剛司氏)
ひとつの点が打たれただけでも地域が変り、楽しくなるのだ。それがつながって面になっていったらまちは大きく変わるだろう。西葛西の変貌を期待したい。
駒田建築設計事務所
http://komada-archi.info/
FEoT(FAR EAST of TOKYO)
http://feot.info/
やどり木
http://yadorigi.info/
※アイキャッチ画像は、撮影/駒田建築設計事務所
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