ハンチング帽に金縁メガネ、関西弁の建築探偵、円満字洋介さん登場
「京都モダン建築祭」のさまざまなイベントの中でも、事前予約&抽選方式で開催された特別ツアーは、どれもたいへんな倍率だったらしい。筆者は幸運にもその一つ、「建築探偵円満字洋介さんといく中京ツアー」(2022年11月13日開催)に参加することができた。
円満字洋介さんは古民家や近代建築の再生設計を手掛ける修復建築家で、関西のいくつもの大学で非常勤講師を務めるほか、建築スケッチの達人でもある。ハンチング帽に金縁メガネという「建築探偵」らしい出で立ちに軽妙洒脱な語り口で、たびたび参加者の笑いを誘った。以下、文中の円満字さんの言葉は、ぜひ関西弁のイントネーションで読んでほしい。
京都市役所本庁舎。ネオバロックな様式建築に東洋の意匠を見る
2021年8月に改修工事を終えた京都市役所本庁舎は、昭和初期の建築だ。「関西建築界の父」と称される武田五一が顧問を務め、教え子の中野進一が設計した。遠目には堂々たるネオバロック的様式建築なのだが、近くまで行ってよく見ると、独特のオリエンタル風味が漂う。
「“顧問”というと名前貸しぐらいに思うかもしれませんが、武田五一は結構仕事してます。この本庁舎にも、武田らしさが現れています」と円満字さん。円満字さんは「日本に2人しかいない“武田五一の追っかけ”の1人」なのだそうだ。ちなみにもう1人は神戸在住の会社員とのこと。建築の専門家ではないらしい。
「追っかけとして、われわれ2人は“武田3原則”を発見しました。1つは“左右非対称”、2つめは“バルコニー”、3つめは“3連アーチ”。武田が手掛けた建築の全部とは言わないが、ほとんどの建物に共通します。そしてこの京都市庁舎には3つともあるんです」。
市庁舎のファサードは、一見すると正統派の対称形に見える。「ところが、よく見ると、右側の翼より左側の翼のほうが長いんです。右側の窓は各階13ずつだが、左側は16ある」。確かに。
「もっとも、これは武田が非対称が好きだからではなく、この建物が2回に分けて建てられたからです。昭和3年に行われた昭和天皇の即位の御大礼に間に合わせるため、第一期工事として昭和2(1927)年に中央から東側(向かって右側)だけが建てられた。その後、既存の建物の移転を待って西側を付け加えているんです。結果として非対称になってしまったんですね」。
中央の塔屋には、日本風、中国風、インド風と、東洋のモチーフが用いられている。「一番上の細長い飾りは毛筆を模したもの。以前は“円満字説”として唱えていたんですが、改修に当たって調査したら、本当にそういう記録が見つかったそうです。ほかにも、蓮の花びらみたいなアーチ飾りはインド・サラセン様式だと判明したらしい。武田の先輩で日本建築史の先駆者・伊東忠太は“建築の源流はインドにある”と提唱していたので、インド様式を採用したのかもしれませんね」。
建築祭では、復元改修された正庁の間と市会議場も特別に見学が許された。円満字さんも工事後初めて見学するそうで、参加者と一緒に観察しながらコメント。サラセン様式の模様を「シュウマイみたい」と形容するなど、たとえが具体的で面白い。もっとも、どうも食べもののたとえが多いように思われた。
寺町通のレトロな商店建築を外から見学
京都市役所本庁舎の西側を通る寺町通は、今では比較的幅員の狭い道路だが、遡れば平安京の東京極大路にあたるという。平安京の東の端はこのあたりだったわけだ。
その名の通り、今も沿道には寺院が多いが、同時に大小の老舗が集まる通りでもある。伝統的な町家の風情が残る店もあれば、和モダンの現代建築に建て替えられた店もある。おのおのの店がたどってきた歴史に思いを馳せながら、そぞろ歩くのが楽しい通りだ。
寺町通と二条通がわずかの区間合流し、再び離れた先にある老舗洋菓子店「村上開新堂」は、同店のホームページによれば明治40(1907)年の創業という。クッキーより少し柔らかい食感の生地にジャムやチョコレートを載せた「ロシアケーキ」が名物だ。
現在の洋風の建物は昭和初期に建てられている。こちらは建築祭参加建築ではなく、当日は店休日でもあったので、外から見学させていただいた。
「この建物の特徴はこの大きな曲面ガラスです。これをつくるのは大変らしい。戦前のものであることは確かで、京都にはほかにもいくつか残っています。入り口上の六角形の照明も可愛いですね。市松模様の床タイルは何度か修理されたそうで、いろんな時代のものが混じっていると伺っています」。
ヴォーリズの初期作、控えめなデザインが美しいレンガ造りの京都御幸町教会
寺町通の一本西は御幸町通(ごこまちどおり)。ここにはW.M.ヴォーリズの初期の作品「京都御幸町教会」がある。深い切妻屋根に赤レンガ、中央に大きなポインテッドアーチの窓を配した、簡素で端正な建築だ。
「私もスケッチしたりして、じっくり観察しました。それで気付いたのがレンガの飾り貼り。2階のポインテッドアーチを囲むラインは、よく見ると地面まで、門型を描くようにつながっているんです。玄関のアーチは、その門型の内側にすっぽりと収まっています」。
ゴシック風の模様を描き出す窓は木製の建具で、下部は引き違い窓になっている。「ヴォーリズが京建具の技術をうまく使ってデザインしたんじゃないでしょうか」。
内部は細い材で組まれたシンプルなトラス構造が、そのまま空間を特徴づけている。「ベンチもヴォーリズがデザインしたものが残っています。ヴォーリズオリジナルの家具に座れるなんて滅多にないことだから、ぜひ体験してください。ここは建物を修理しながら建築当時の姿を大事に残しています。なかなかできることではないですね」。
武田五一の同級生が建てたビザンチン・ロシア様式の京都ハリストス正教会
ツアーの掉尾を飾るのは「京都ハリストス正教会 生神女福音聖堂」。こちらは礼拝中のため、外観のみを見学する。このツアーで取り上げた建築では最古の1901(明治34)年の竣工で、国の重要文化財に指定されている。設計は京都府庁舎旧本館も手掛けた京都府技師、松室重光。
「松室は武田五一の同級生で、設計の成績は武田より上だったらしいです。この教会はまだ若いときの作品で、しかも府庁舎と同時期に設計したはずなんですが、そんなに忙しいなかでの仕事とは思えないほど、緻密でレベルの高いデザインですね」。
正教はロシア経由で日本に伝わっており、この聖堂もビザンチン・ロシア様式で建てられている。
「屋根は銅板葺きで、一部スレートになっているのは近年の改修です。タマネギみたいな形の塔と八角形の鐘楼を組み合わせたロシアの伝統的な教会の形式を踏まえていますが、窓の下に菜っ葉みたいな飾りが付いているのは松室さんのオリジナルでしょう。様式から逸脱しない範囲で個性を加えている。府庁舎もかっちりしたデザインですよね」。
ツアーの開始時に降っていた雨も、この頃にはやんでいた。
「この教会のように仰ぎ見る建築を鑑賞するときには傘はさせませんから、ラッキーでしたね」
円満字さんの解説に笑い、新たな視点を学んで夢中で写真を撮っていたら、あっという間に2時間が過ぎていた。3日間の「京都モダン建築祭」も閉幕の時間が近づき、参加者は三々五々、暮れかかる京都のまちへ散っていった。
取材協力:京都モダン建築祭事務局(まいまい京都)
公開日:













