都内の空室率の状況
オフィス仲介の大手である三鬼商事株式会社によると、2021年7月時点における東京ビジネス地区の平均空室率は6.28%(前月比+0.09ポイント)となっており、上昇傾向が続いている。
一般的に不動産鑑定評価では標準的なオフィスビルの空室率として4~5%程度を設定する。空室率が4~5%を超えると賃料の下落が生じ始める一つの目安とされていることが理由だ。
空室率が6%というと、12階建てのビルの場合、1フロアが8~9ヶ月程度の空室が続くという状態だ。オフィスビルの解約は6ヶ月以上前に申し出ることが通常であるため、解約申出後からテナント募集をした場合、半年以上の空室は実質的に1年以上もテナントからの引き合いがないことになる。
1年以上もテナントの引き合いがなければ、貸主も不安になって募集賃料を下げ始めることが多くなってしまう。貸主が焦って募集賃料を下げないレベルの空室率とされているのが、4~5%程度なのだ。平均空室率が6%台に突入したということは、多くのオフィスビルでビル経営が苦戦し始めている状況であり、既にテナントを誘致するために賃料の下落が始まっている。
三鬼商事株式会社によると、2021年7月時点における東京ビジネス地区の平均賃料は21,045円/坪となっており、前月比▲115円のマイナスだ。
空室率が上昇した背景
空室率が上昇した背景としては、新型コロナウイルスの感染拡大によってテレワークが一気に普及したことが大きい。2020年4月に第一回の緊急事態宣言が発令され、都内の会社に対し極力在宅勤務を行うように要請されたことがきっかけとなった。もともと2020年は五輪イヤーであったことから、都内の多くの企業が五輪期間中に在宅勤務ができるようにテレワークの準備をしていた。2020年の五輪は延期されたが、2020年7月からテレワークを想定していた企業は多かったため、比較的スムーズにテレワークに切り替えられた結果となっている。企業の中には、NTTや富士通等、アフターコロナにおいてもテレワークの継続を宣言した大企業も複数存在する。
大企業がアフターコロナ後もテレワークを継続すると決めた背景には、働き方改革が叫ばれていたこともある。ひと口に働き方改革といっても具体的に実行するのは容易ではない。テレワークは国からの要請でもあったため、従業員の理解を得やすく、目に見えてわかる形で働き方を改革できた。また、企業にとってもテレワークのメリットは大きい。従業員の交通費や出張費、交際費、残業代を削減しやすくなる。テレワークで問題ないことがわかれば、いずれはオフィスも不要となり賃料を削減できるため、コロナに関係なくテレワークを継続する価値がある。最近になって空室率が上昇し始めたのは、企業がテレワークでも問題ないと判断し、半年前解約予告を経て退去する会社が顕在化し始めたためである。
賃料の値動きは景気の遅行指数と呼ばれ、少し遅れて反応することが通常だ。2021年に入ってからの空室率の上昇は、2020年から始まった新型コロナウイルスの影響が、遅れて反応した結果といえる。
今後の動向1.様子見はしばらく続く
ここからは、オフィスの賃貸マーケットについて予想されうる今後の動向について解説する。
空室率は上昇し始めているものの、多くの借主はしばらく様子見を続けることが推測される。理由としては、新型コロナウイルスが指定感染症から解除されれば、多くのことがコロナ前の状況に戻ることが期待されるからだ。
現在は新型コロナウイルスが指定感染症であり、かつ致死率が非常に高い病気と同等の対応をする必要があり、医療現場に相当の負荷がかかっている状況にある。新型コロナウイルスを指定感染症の指定期限は2022年1月末とされている。指定感染症からの解除は国会内でもたびたび議論されているところであり、解除される可能性はゼロではないものと予想される。
仮に2022年2月以降にコロナ前の状態に戻った場合、拠点となるオフィスがないと困る会社は多い。テナント側もオフィスを簡単に解約できる状況になく、指定感染症の解除動向を見守りながらオフィスを借り続ける必要があるのだ。
よって、このままオフィス解約がうなぎ上りに上昇していくことは考えにくく、多くの企業はテレワークを続けつつ、解約しないままオフィスの賃料を払い続けることが予想される。
今後の動向2.業種によるニーズが明確化していく
新型コロナウイルスが指定感染症から解除されたとしても、今後は業種による賃貸ニーズが明確化していくことは予想される。今回、特に解約が目立った業種はIT企業だ。IT企業はテレワークとの親和性が高いため、コロナ後もテレワークを継続する会社は多いと想定される。
従来、オフィスの賃貸ニーズには、業種による明確な差というものがあまり存在しなかった。
しかしながら、今後は業種によってオフィスの賃貸ニーズに新たな差異が生まれていく可能性はあるだろう。
今後の動向3.企業のオフィス戦略が変わる
今後の動向としては、企業のオフィス戦略が変わることも見込まれる。今回、テレワークを実施したことで、企業の中でもオフィスが必要な部署と、なくても問題のない部署が明確になってきている。例えば、営業部門にはオフィスが必要だが、企画部門はなくても問題ないといった場合もありうる。会社の中で特にオフィスを借りる必要のない部門が明確になれば、戦略的に借りる面積を減らしてコストダウンを図る会社も出てくる。
また、既にスキルの高い従業員はテレワークを選択できるようにし、新入社員等の経験が浅い社員は通勤させるといった会社も出てくるだろう。企業のオフィス戦略が変われば、借りる床面積も変わってくるため、徐々に賃貸市場に影響を与えていくことが予想される。
今後の動向4.セットアップオフィスが増える
今後の動向としては、セットアップオフィスが増える可能性もある。セットアップオフィスとは、机や椅子等の事務用品が最初から用意されているオフィスのことだ。「家具付き賃貸住宅」のオフィス版ということになる。
家具付き賃貸住宅は賃貸住宅の空室対策として生じたものであり、セットアップオフィスも空室率が高まった状況の中で同じ発想で生まれている。三菱地所や東京建物等の大手不動産会社も既にセットアップオフィス事業に乗り出し始めた。
入居時に事務用品を揃える必要がなければ、テナント側も入居のハードルがかなり下がる。特に企業規模の小さいテナントに対しては効果が高いと思われ、中小ビルを中心にセットアップオフィスは普及していくと予想される。
今後の動向5.マンションディベロッパーに売却される
空室率が高止まりしているオフィスビルの中には、マンションディベロッパーに売却される物件も増えていくものと考えられる。東京よりも賃貸マーケットの厳しい大阪では、コロナ以前からオフィスがあった土地にタワーマンションが建つケースが散見されている。
長期的に見れば日本の就労人口は減っていく傾向にあるため、東京であっても現在地方の政令指定都市で起きている事象が発生してくる可能性はある。
東京でもオフィスは二極化し始めており、アフターコロナでは少子高齢化対策がオフィス経営の鍵を握ることになるだろう。
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