独自の発酵食文化を持つ東海三県が舞台の「発酵ツーリズム東海」
発酵食品は日本各地にあるが、東海地方では他の地方とは異なる発酵食文化を育んできた。有名なのは、味噌カツや味噌煮込みうどんに使われる愛知県の豆味噌だが、全国でのシェアは4%ほどで、この地域ならではの文化と言える(全国味噌工業協同組合連合会データ参照)。他にも、たまり醤油や白醤油、酒粕から作る酢など、この地域ならではのユニークな発酵食文化が根付いている。
2025年5月17日~7月13日、独自の発酵食文化を持つ愛知・岐阜・三重の東海三県を舞台に、「発酵ツーリズム東海」が開催される。本イベントのキュレーターを務めるのは、発酵デザイナーとして活躍する小倉ヒラクさんだ。
発酵ツーリズム東海では、岐阜の「うまみの聖地巡礼展」、愛知の「すしの千年を巡る旅展」の2つの展示会に加え、各地の酒蔵や醸造蔵などで発酵食文化を体験できる「50の蔵開き・100のうまみ体験」、世界SUSHIサミット、各地で開催される発酵マルシェなど多様なプログラムがある。また、東海道新幹線「のぞみ」を貸し切って、東京から出発する「小倉ヒラクと『発酵新幹線』で行く!うまみの聖地巡礼ツアー」というユニークなツアーも開催する予定だ。
本イベントは、小倉ヒラクさんの発酵デザインラボと岐阜のNPO法人ORGAN、愛知の半田市観光協会が連携し、発酵ツーリズム東海実行委員会を結成して運営している。今回は、委員会の事務局長を務める半田市観光協会の榊原宏さんにお話を伺った。
小倉ヒラクさんとともに地域の発酵食文化を調査
発酵ツーリズム東海は単発のイベントではなく、これまで数年間、各地域で発酵についての調査を行ってきた集大成として開催される。岐阜ではNPO法人ORGANが、そして愛知では榊原さんを含めた地域の発酵や食文化に関わる人々が、それぞれ小倉ヒラクさんとともに地域の調査を行ってきた。
そのきっかけとなったのは、2019年に小倉ヒラクさんが渋谷ヒカリエ内のD47ミュージアムで開催した「発酵ツーリズム展(Fermentation Tourism Japan)」。「発酵を通じて日本を再発見する旅」というテーマで、47都道府県の発酵文化を展示する企画を実施した。会期も延長されるほどの反響を呼び、3か月で約5万人が来場した。この際、小倉ヒラクさんは全国の発酵食文化の調査をしていたが、改めて東海エリアに特化し、榊原さんのチームなど地域の団体と連携して調査をしてきた。
愛知県知多半島に位置する半田市は、古くから酒蔵が栄え、味噌や醤油づくりなど多くの醸造メーカーが密集している全国でも珍しいエリアだ。この地域で醸造が栄えた理由として、温暖で湿度が高く発酵に適した環境であったこと、半田運河があり海運の拠点として物流が盛んだったことが考えられる。
小倉ヒラクさんとともに約4年間、半田市周辺の発酵食文化を調査してきた榊原さんは、愛知を含む東海三県にはこの地域ならではの特徴があると話す。
「東海三県の発酵食の共通点は『うまみ』が凝縮されていることです。たとえば、お酢は通常、日本酒から作られていたのですが、捨てていた酒粕を使ってお酢を作り始めたのがミツカン(愛知県半田市)です。酒粕を熟成させて作るので、濃いうまみのあるお酢になります。また、全国的には米こうじと大豆から作る米味噌が主流ですが、この地域の味噌は大豆と塩のみで作る豆味噌です。しかも、3年熟成させるものが多く、うまみがぎゅっと凝縮されているんですよ」
東海地方で生産されている「たまり醤油」も、もともとは豆味噌を作る過程で出る液体を集めたのが始まりだ。通常の醤油は大豆と小麦が原料だが、たまり醤油は大豆の割合が高く、とろみのある濃厚な味わいとなり、愛知では寿司やひつまぶしなどに使われる。
東海三県に共通する「うまみ」に注目した榊原さんたちは、発酵ツーリズム東海のテーマを「うまみの聖地巡礼」と定めた。
地元である半田市の文化を残し、未来につなげたい
榊原さんは半田市の出身だが、「田舎が嫌で、早く東京に行きたいと思っていました」と昔を振り返る。しかし、就職で東京へ出た後、30歳で半田市に戻ってきたときに改めて地元の魅力に気づいたという。
「半田に歴史の長い醸造メーカーがたくさんあることも、『ごん狐』の作者・新美南吉の出身地で物語の風景が残っていることも、何も知りませんでした。都会にはない魅力がこんなにあったのかと気づいたんです。そして、地元で活動している人たちの存在を知り、『自分もやらなきゃ』と思いました」
榊原さんは「地元で活動する人」として、明治時代の建築物である赤レンガ建物保存の活動をした人々を挙げた。現在は常設展示やカフェなどが併設され、市民の憩いの場となっているが、かつては取り壊される計画が持ち上がっていた。実際、建物の一部は取り壊されたが、市民活動によって保存が決まり、現在の姿を残している。
「昔から半田で活動してきた人々に刺激を受けました。しかし、高齢化してきているので、自分の世代が引き継ぎ、そして次の世代につないでいかなければ、という使命感があります」
榊原さんは「半田の文化を残したい」という思いを持ちながら、地域で16年以上活動してきた。これまでに、イベント企画や地元商品の広報・プロモーション活動、半田運河でのマルシェ開催など、地元企業やクリエイターと連携しながらさまざまな活動をしてきた。
そうした活動の中で小倉ヒラクさんと出会い、半田市、東海地方の発酵食文化にまで活動の幅が広がってきた。
長年地域に密着して活動してきたことで、人々からの信頼を得てきた榊原さん。発酵ツーリズム東海でも多くの醸造メーカーが協力している。
「半田地域の多くの醸造メーカーはB to Bビジネスなので、一般消費者にはあまり知られていないんです。今まではそれでもよかったのですが、人口が減少している日本で、発酵食の需要が減ってしまうのでは、という危機感があります。だから、今まで通りのやり方だけではなく、『自分たちのファンを作ろう』と、醸造メーカーさんたちの意識が高まっているんです」
国内でファンを増やすことはもちろん、インバウンドにアピールすることも考え、発酵ツーリズム東海ではインバウンド向けのプログラムも用意した。近年、日本の発酵食は海外でも高い注目を浴びており、海外からの需要に応えることで活路を見いだしていきたいという狙いがある。
「うまみの世界首都」東海の魅力を再発見&他地域に発信
発酵ツーリズム東海を通して期待することは、「地元の人に地域の魅力を再発見してもらうこと」と「他地域の人に東海地方の魅力を発信すること」だ。
「愛知県は産業のイメージが強く、歴史や文化など自分たちのアイデンティティがやや希薄な印象があります。でも、みんな豆味噌やたまり醤油などを日常生活で使っているんです。発酵ツーリズム東海を通して、当たり前すぎて気づいていなかった価値に、再度目を向けてほしいですね」
東海地方の発酵食文化は、全国的にはまだまだ知られていない。「『名古屋飯』のイメージだけにとどまらず、この地域の豊かな発酵食文化に触れてほしい」と榊原さんは語る。
そこで、関東の人に来てもらえるようにと考えたのが「発酵新幹線ツアー」だ。「のぞみ」を貸し切ったり、小倉ヒラクさんの解説を聞いたりしながら発酵食を味わえる。他地域からの呼び込みに課題があったが、共催のJR東海が広く宣伝の役割を担っている。
発酵新幹線ツアーは、行き先が岐阜と愛知の2種類あり、愛知では半田市で行われる「世界SUSHIサミット」に参加できる。日本国内だけではなく、ミャンマーやラオスなど海外の郷土寿司にも触れられるサミットだ。
「寿司の歴史は深く、2000年以上あります。魚を保存するための技術として『なれ寿司』が誕生し、中国大陸を経て日本に渡り、独自に発展しました。たとえば、岐阜の『鮎のなれ寿司』は1000年以上前から存在しています。他にも、地域に根付いた郷土寿司がたくさんあるので、文化を継承している方々の話を聞き、実際に食べてみるという新しい試みが世界SUSHIサミットです」
地域貢献の活動には時間と労力がかかる。榊原さんは、小倉ヒラクさんとともに数年間、地域の調査を続けてきた。こういった地道な活動の集大成が、単発のイベントにとどまらない今回の発酵ツーリズム東海である。
「今後は3年に1度、開催したいと考えています。これだけ特徴ある発酵食文化が集積している東海は『うまみの世界首都』とも言えます。そんな東海の発酵食文化の魅力をたくさんの人に知ってほしいですね」
発酵ツーリズム東海は単発のイベントだと思っていたが、地道な調査・研究の末にあるものだと知り、驚いた。地域との連携や調査は時間も労力もかかるが、榊原さんは「地域の魅力を次世代につなぎたい」という使命感に突き動かされ、活動を続けている。
発酵ツーリズム東海公式サイト:https://tokaihakko.net/
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