面で支える構造によって強度を出すCLT建築
地上20階建ての木造ビルを建てるのは、もう夢ではなくなった。
前回の記事(「木造はここまできた!木造高層ビルの建設ラッシュ。都市に森をつくる“都市木造”が当たり前になる時代へ」)で都市における木造高層ビルを取り上げた。
これらの木造高層ビルを実現可能にした立役者ともいえるのが、建築用木材CLT (直交集成板:Cross Laminated Timber)だ。
CLTとは、3センチほどに切り出した木の板を繊維が縦と横になるよう、交互に重ねて接着したパネルのことを指す。最大で3m×12m、厚さ27mmという大きなパネルも作ることができるのが特徴で、壁や床、柱、屋根といった部材としてそのまま組み立てていくことができる。軸で支える在来工法では難しかった大スパンの空間を実現しつつ、面で支える構造によって強度を出すという仕組みとなる。
1990年代にはすでに海外では一般的になっているCLTだが、日本では2013年から一般利用が開始された。2025年に開催される国際博覧会では「日本館」の壁にもCLTが採用されるなど、公共建築や人々の目に触れる場所での使用を通じて、その魅力と可能性を広めていきたいという考えが強まっている。
1時間燃やしても燃え抜けない、震度6クラスにも耐えるCLT
ビルといえば鉄筋コンクリート造というイメージが強かったが、CLTについて知るうちに木材は想像以上に強度があることを実感した。
まず、一般的に木造は燃えやすいという印象を持たれがちだが、実際には火災に対して強い特性を備えている。
一般社団法人日本CLT協会・業務推進部の小玉陽史(きよふみ)さんによると
「木は燃えるのに時間がかかるという性質があります。そのスピードは毎分約1mm。厚さ90mmのCLTの場合、1時間以上も耐えることができます。そこからさらに燃え続けても、厚さ50mmまで燃えたあたりで炭化し、燃え進まなくなる『燃えどまり』という状態になり、建物の構造体としての強度を一定程度維持することが可能です。鉄骨の場合、温度が上昇すると強度が低下し変形するのに対し、木造はすぐに倒壊するということはないので、火災が起こったとしても避難する時間が確保できます」
とのこと。
この特性は建築基準法が定める耐火・準耐火建築の基準を満たす要素として注目され、CLTを活用した木造建築の可能性をさらに広げることにつながった。
震度6クラスの揺れでも倒壊しない
耐震性について不安視する声も多い。しかし、鉄骨、鉄筋コンクリート造と比べた場合、むしろ倒壊のリスクは木造のほうが低いという。
「CLTで作った木造5階建ての建物に振動を与える実験をしました。阪神淡路大震災の観測波よりも大きな力を加えても倒壊しないことが確認されています。建築物の耐震性を決定づけるのは部材の組み合わせや構造体の設計によるところが大きいといわれています。単に木造だから、鉄骨造、鉄筋コンクリート造だから、というだけでは測れないものなのです。また、地震の揺れは建物の重さが大きく関係しています。重いものほど揺れの力を受けるため、鉄骨造、鉄筋コンクリート造よりも軽い木造は、揺れに対してリスクが低いともいえます」(小玉さん)。
木造建築の場合、耐力壁が多いほど建物全体の耐震性が高くなる。軽量でありながら高い強度を持ち耐力壁としても機能するCLTは、耐震性が重視される木造高層建築には欠かせない素材となっている。
軽量かつ工期を短縮できる建材として注目
高層ビルのような大きな建物を作る場合、CLTはコスパがいいというのもメリットのひとつだ。
「CLTは鉄筋コンクリートに比べて重量が約1/5と非常に軽量です。そのため、鉄筋コンクリート造の3階建てと同じ重量で、CLTなら5階建ての建物を建てることが可能です。つまり、同じ階数の建物を建設する場合、鉄筋コンクリート造よりも材料や施工のコストを大幅に削減できるというメリットがあります」と小玉さん。
さらに、工期の面でもメリットがあるという。
「例えば、コンクリートは固まるまでに養生期間が必要ですが、CLTにはそのような工程が必要ありません。そのため工期を短縮でき、人件費を抑えることが可能です。また、建物が早く完成することで、入居や利用を早期に開始できるという利点もあります」(小玉さん)。
断熱性と調湿機能で使用者が実感できるメリットも
建築する側にとってのメリット以外に、利用する側の私たちが感じられるメリットもちゃんとある。その1つがCLTの持つ高い断熱性だ。
「木材は外気温に影響されにくく、一定の温度を保つ性質を持っています。例えば、木の棒をもって端から燃やしたとして、反対側を持っている手はすぐには熱さを感じませんよね。一方で、鉄の場合は、熱伝導率が高いのですぐに反対側まで熱くなっていきます。CLTの場合、厚みがあるのでそれだけ温度を伝えにくいという特性があります。建物に使えば、外気温に左右されにくくなり、木の調湿機能により快適な室内空間がつくれます」と小玉さん。
加えて、自由度の高いデザインが可能という点にも注目が集まっている。
木肌をいかした仕上げ材としても使用できるため、木ならではの温もりや柔らかな質感によって癒しと心地よさを与えてくれる。また、CLTの構造特性を生かして、大きくせり出したバルコニーや大屋根、開放感のある天井高を実現できる点もCLTの得意とするところだ。
森林資源をあますところなく使えるのがCLTの魅力
前回、“都市木造”の記事でも書いたが、CLTなどの木材はCO2の固定化という面でも力を発揮する。
木は大気中の二酸化炭素を吸収し、炭素として内部に蓄えるとともに光合成によって酸素を放出。さらに、伐採された後も木材に蓄えられた炭素はそのまま貯蔵され続ける。木造住宅は鉄骨や鉄筋コンクリート住宅と比べると約4倍もの炭素を貯蔵し続けるというデータもある。現在、CO₂排出量の約1/3が建築関連から発生していると言われる中、建築物に木材を活用することは、世界がCO₂削減を目指す上で大きな貢献となる。
また、CLTの活用は国内の森林資源の活用という大きなミッションへの切り札としても注目されている。
「日本は森林大国にもかかわらず、他国と比べると木造率が低いのが現状。自国の資源をうまく使えていないんです。国産材を有効活用するためには間伐材や曲がったりゆがんだりしたB材、製造の端材などの活用も重要になってきます。柱や梁などの建材としては使えないものでも、3cmの厚みさえ確保できればCLT用の木材として活用できます。高効率で国産材を活用できるとして、国もCLTに力を入れていこうという流れになっています」(小玉さん)
コスト削減、認知度向上がネック
CLTにはさまざまなメリットがある一方で、デメリットとして挙げられるのは運送コストの問題だ。
国内でCLTを製造している工場は9か所。全国各地で伐り出した木材をそのいずれかの工場に運んで加工している。当然、輸送費がかさみ単価が上がる。
「現在のCLTの価格は、1m3あたり10万円という相場になっています。7万円くらいにならないと一般的なものとして使用するのはなかなか難しい」と小玉さんは話す。
規格品を製造してストックすることで、現在主流の注文生産に比べて費用を抑え、効率化を図る試みが進められているそうだ。規格化によって納期が短縮されることで全体的なコストカットも期待されている。
全国的な普及が今一歩進まないもう一つの理由が“地産地消”。小玉さんは、“地産地消”のジレンマについてこう指摘する。
「“地産地消”を推進することで地域経済を活性化しようとする取組みが多いですが、地元の木材をCLT加工工場に送るには輸送費がかさみます。では、地元にCLT工場を設立すればいいのではという意見もありますが、これには莫大な費用がかかります。さらに、一部の自治体によっては伐採から加工までを地元で一貫して行わないと補助金が下りないというケースもあり、自治体ごとの方針の違いが全国的な普及を難しくしている現状です」
地産地消のジレンマを克服し、持続可能な形でCLTを普及させるためには、コスト削減、認知度向上が不可欠。国ではCLTを活用した建築物への支援制度を設け、補助金の設計や運用を軸に地域産業の自立や持続可能性を長期的に考慮していく方針だという。
暮らしに新たな豊かさをもたらすCLTの可能性
CLTが日本で使われるようになってから約10年。竣工数は年々右肩上がりに増え続け、2023年は1,300棟ほどがCLTを使って建てられた。そのほとんどは賃貸住宅やオフィルビル、商業ビルの建築だ。
一般住宅への使用も少しずつ増えてはいるものの、住宅としての普及については今はまだ難しいのではないかというのが小玉さんの見立て。
「例えば、CLTを使って一般的な2階建て住宅を建てる場合、在来工法と比較してコストが約1.5倍かかるとされています。鉄筋コンクリートで作るのと同じくらいの金額になるイメージです。そのため、現時点では建売住宅としての普及はまだ難しいのが現状。しかし一方で、付加価値の高いデザイン性を重視した住宅を求める一定のニーズがあるのも事実です。こうした需要を活かしつつ、CLTの認知度をさらに高めていくことが今後の課題の一つと考えられます」。
木造建築がもたらす未来と可能性に期待
木がもつ環境性能にも年々注目が高まっている。木造建築が増えていくことで、私たちの暮らしにどのような変化があるか小玉さんに伺ったところ
「木質空間にはリラックス効果があるだけでなく、業務効率があがったり人間関係が円滑に進んだり、集中力があがるというデータもあります。建物の規模にかかわらず、木でできた空間が増えることによって、人々の生活や仕事の質が向上し、心身の健康に寄与する効果も期待できるでしょう。今後もオフィスや学校、医療施設など、幅広い場面で活用されることが予想されます。木材が持つ癒しや環境性能を積極的に取り入れることで、人々の暮らしに新たな価値を提供できるのではないでしょうか」と話してくれた。
日本はもともと木造建築が主流の国であり、法隆寺に代表されるように、木を活用した建物は適切な手入れをすることで1000年以上も維持可能なエコな建築形式。今回紹介した“都市木造”などの高層木造建築は、まだ始まったばかり。耐久性や管理の仕組み、エンドユーザーへのメリットなど未知な部分が多い。今後、時間をかけて、評価が進んでいくと思われる。
CLTの普及だけで林業の活性化すべてに結び付くわけではないが、木造建築の伝統を新しい技術で次世代へと引き継いでいくCLTの可能性について今後も注目していきたい。
取材協力:一般社団法人日本CLT協会
https://clta.jp/
<参考>
経済産業省「大阪・関西万博日本館について」
https://www.meti.go.jp/policy/exhibition/OsakaKansai-JapanPavilion.html
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