2050年カーボンニュートラル達成のためにリフォームで何ができるか
2020年10月、当時の菅義偉内閣総理大臣は国会において2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロとする「カーボンニュートラル」を目指すことを宣言。また2021年4月の気候サミットでは、菅総理が2030年度における温室効果ガスを2013年度より46%削減することを目指し、さらに50%削減に向けて挑戦を続けることを表明した。これらは日本の国際公約として掲げている。
国際公約の達成に向けて、さまざまな分野で取り組みが行われている。新築住宅の分野では、2025年4月における新築住宅への省エネ基準適合義務化や、2030年における義務基準のZEH(ゼッチ=ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)レベルまでの引き上げが実施される予定だ。
そこで令和6年度 住宅の長寿命化リフォームシンポジウムでは「カーボンニュートラル実現に向けて、リフォームで今取り組むべきこと」がテーマに掲げられた。住宅の長寿命化リフォームシンポジウムは「一般社団法人 住宅リフォーム推進協議会」が毎年開催しているイベントである。
第1部として国土交通省 住宅局の佐々木雅也 推進官、神戸芸術工科大学の松村秀一 学長の2名による基調講演をそれぞれ実施。第2部として「省エネ・断熱・健康温熱環境」などの最新事例を紹介した。第2部で登壇したのは、リノべる株式会社の山下智弘 代表取締役、大橋利紀建築設計室の大橋利紀 代表取締役、株式会社スカワの須川光一 代表取締役の3名。第2部のあとには、第1・2部の登壇者全員でディスカッションが行われた。
カーボンニュートラルの実現には住宅・建築物分野、特に既存住宅の取組みが必要不可欠
第1部でははじめに、国土交通省 住宅局の佐々木雅也 推進官による「最近の省エネ施策について」の講演が行われた。
2050年のカーボンニュートラルを目指して各産業がさまざまな取り組みを行い、2019年には1990年と比較して産業部門は減少、運輸部門は微増となっている。その一方で、業務部門・家庭部門のエネルギー消費量は大きく増加し、両部門で1990年より16.9%の大幅増となった。(部門の定義については、JCCCA 公式サイトを参照)
2019年時点で業務部門・家庭部門は全エネルギー消費量の30.4%で、全体の約3割を占める。佐々木推進官は「2050年のカーボンニュートラル達成には、建築物・住宅分野における省エネルギー対策の抜本的強化が必要不可欠だ」と語った。
これを受けて、2021年10月に以下の目標が閣議決定されている。
● 2050年に住宅・建築物のストック平均でZEH・ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス/ビルディング)基準の水準である省エネルギー性能の確保
● 2030年度以降新築される住宅・建築物について、 ZEH・ZEB基準の水準の省エネルギー性能の確保
● 建築物省エネ法の改正により、住宅・小規模建築物の省エネルギー基準への適合を2025年度までに義務化
上記を受けて、2022年に建築物省エネ法の改正法が公布されている。これにより2025年4月以降、原則すべての新築住宅・非住宅に省エネ基準適合が義務付けられることになった。また同月より4号建築物の見直しが行われ、「建築確認・検査」「審査省略制度」の対象範囲の変更、確認申請時の省エネ関連図書の提出が必須となる。いずれも省エネ性能の底上げや、より高い省エネ性能へ誘導するのが目的である。そして遅くとも2030年までに、省エネ基準をZEH・ZEB水準まで引き上げる予定だ。
新築住宅への対策は進められているが、ここで問題となるのが住宅ストック、つまり既存住宅である。全国で約5,400万戸の既存住宅があるが、このうち省エネ基準に適合している住宅は2022年度時点で約18%、無断熱の住宅は約24%と推計されている。既存住宅の省エネ改修は、新築住宅よりも施策推進の課題は多いという。
これらの解決のため、国土交通省では大きく4種の施策を行う。
● 市場で評価されやすくするための環境整備
● 省エネ改修方法・効果の普及啓発
● 費用負担の軽減等
● 安心して相談・依頼できる環境整備
市場で評価されやすくするための環境整備として、省エネ性能ラベルによるエネルギー消費性能表示制度を導入する。省エネ改修方法・効果の普及啓発としては、省エネリフォームを実施した居住者の健康への影響を調査し、省エネ住宅と健康の関係を分かりやすく解説したリーフレットを配布。
また、省エネリフォームには費用負担が大きい現状があるため、さまざまな費用負担の軽減策を実施する。たとえば2024年度には国交省・経産省・ 環境省が連携して「住宅省エネ2024キャンペーン」が行われ、4つの補助事業が展開された。このほかにもさまざまな支援策がある。省エネ住宅へのリフォームを検討する場合は、自身に適した支援策を積極的に活用したい。
住宅の長寿命化は目標ではなく現実。空間資源をいかに生かしていくかが課題
次に神戸芸術工科大学の松村秀一 学長による「世界の住宅の潮流 〜長寿命化は目標でなく現実である」と題した講演が行われた。
松村学長によると「建築物の寿命」とは、建築物が建てられてから取り壊されるまでの年数を指すという。長寿命化とはこの年数を長くする、つまり「建築物を建てたあと、なるべく壊さずに長く使用する」ということである。
また松村学長の話では、建築物の寿命を決めているのは建築技術ではないという。つまり建築物の寿命は、技術的な問題ではないのである。技術的な面が問題となるのはごく限られた場合のみ。実際に建築物を取り壊すかどうかを決めるのは、建築物の所有者である。すなわち建築物の寿命を決めているのは人間なのだという。
近現代の日本ではこれまで建築物を短期間で取り壊し、建て直してきた。一方、法隆寺などの歴史的建造物は「あと何年もつか?」とは考えて建てていない。建築物が使える以上、もたせることが当たり前だったのだ。
なお松村学長によると、建物の寿命は国際的にも数字が出ておらず、詳細は分からないという。代わりに、ストック戸数(既存住宅)をフロー戸数(ストックの建て替えと仮定)で割った値を求めたものがある。この数値が2013年の日本では60年、2023年には80年を超えているという。つまり2013年の日本では60年で建て替えられ、2023年の日本は80年で建て替えられる傾向である。ちなみにドイツ・イギリスは200年を超えている。
現在、日本では長寿命化した建築物が多くなってくるため、建築物の「健康寿命」を延ばしていくことが重要になる。「健康」とは利用に支障がない状態を指し、「健康寿命」は利用に支障がない状態で長く建築物を残していくことである。松村学長は、そのためには「新築からリノベーションへ」産業移行をする必要があると話す。また「『箱』をつくる産業から『場』をつくる産業」へ変わらなければならないという。つまり単に建築物を建てるだけでなく、建築物の利用目的まで考えていく必要があるのだ。
国民生活基礎調査によれば、2023年の日本には6502万戸の住宅、5445万世帯がある。このうち空家率は13.8% で、約900万戸のストック戸数があるという。今の日本人の課題は「どのような生き方を考えていくか」という点であり、これの解決にストックを活用すべきだと松村学長は力説する。既存住宅を「人の生き方」の実現に利用する構想力こそ、今後の住宅産業において重要であるという。ただし、まだまだ産業移行が行われていないのが現状だ。
さらに人口当たり住宅総数を日米で比較すると、アメリカが0.42戸/人(2021年)に対し、日本は0.52戸/人(2023年)。なんと、日本の方が多いのである。アメリカより日本の条件が悪い(戦時中の空襲、経済低迷、人口減少)のに、数字が高い。これは奇跡的なことであると松村学長。
松村学長は空家は「空間資源」であると捉えており「日本は「空間資源大国」で、いかに空間資源の健康寿命を延ばし、どのように空間資源を生かしていくかが、空間資源大国・日本のこれから取り組むべき課題」だと語る。
カーボンニュートラル実現に向けて 「暮らしの体験価値」の提供がポイントに
第2部では事例紹介として、3者による講演を開催した。最初に登壇したのは、リノべる株式会社の山下智弘 代表取締役。
事例として「一棟リノベーションにおける、GHG削減量・廃棄物排出削減量を可視化」を紹介。紹介したのは賃貸レジデンス「コンフォリア高島平」という、築27年の企業社宅を一棟リノベーションした物件である。専有住戸全76戸のバリューアップ改修、 共用部には暮らしを豊かにするコンテンツを付加している。また環境配慮型マンションとして、断熱改修によるBELS認定やGreen Building認証を取得し、さらに国産間伐材・廃材等の再利用をしたという。
コンフォリア高島平では、リノベーションによる環境負荷軽減効果について産学共同研究を実施している。建て替えに比べて、CO2排出量が75%、廃棄物排出量は96%削減できたという。CO2排出削減量は杉の木約50万本が1年間に吸収する量と同程度にあたる。このように環境性能を「見える化」することで、建築物の価値を高めている。見える化に加え営業担当者の丁寧な説明により、ユーザーへの満足度を高めている。
山下代表は、リノべるのミッションにも取り入れられている「かしこく素敵」という言葉が大切だと話す。「かしこく」とは建築物の性能、「素敵」はユーザーが「住んでいていいな」と感じること。「素敵さ」の上に「かしこさ」がそっと載っていることがポイントとのこと。つまり省エネリノベーションの環境価値を、どのようにユーザーの「暮らしの体験価値」に転換していくかという点が重要だという。
工務店との親和性が高い「性能向上リフォーム」の普及を目指す
事例紹介で2番目に登壇したのは、大橋利紀建築設計室の大橋利紀 代表取締役。
同社は「本質改善型リフォーム」というリフォーム事業を展開している。大橋代表はリフォームを「住まいのリユース」と「住まいのアップユース」に分けて考えているという。住まいのリユースは表層リフォームと部品交換型リフォーム、住まいのアップユースは性能向上リフォームと本質改善型リフォームという4つのリフォームに分類する。同社が得意とする本質改善型リフォームは、性能を改善させる性能向上リフォームに暮らしやすさを取り入れ、性能と暮らしを一新するものである。
性能向上リフォームは住まいの性能に着目し、定量的に改善するもの。耐震性・暖涼感・長寿命化などに視点を置いている。さらに性能向上リフォームは、木の家の注文住宅をつくる工務店との親和性がとても高いのも特徴だ。ここに暮らしの視点が加わるのが、大橋利紀建築設計室の本質改善型リフォーム。
本質改善型リフォームは3つの価値を提供するという。それは「数値化できる心地よさ」を提供する基本性能、「情緒的な心地よさ」を提供する感性デザイン、「生活のしやすさ」を提供する基本デザインである。3つの価値のかけあわせにより「質の高い暮らし」を実現する。事例として第7回エコハウス大賞を受賞した「霜降の家 」を紹介。実際に農業用倉庫をリフォームした家を説明した。
「本質改善型リフォームのベースである性能向上リフォームという市場は、まだ局所的であり発展途上。 しかし工務店との親和性が高い性能向上リフォームが全国に波及すると、社会へ大きな貢献になると信じています」と大橋代表は語った。
低コスト断熱の2つの提案で25年先も見据えたリフォームを
3番目の事例紹介として登壇したのは、リフォーム工房 株式会社スカワの須川光一 代表取締役。
同社では、部分断熱と耐震をセットで提案しているのが特徴とのこと。また「良質なリフォームで 家族に笑顔を届けたい」 という思いのもと、SDGs達成に向けた取り組みも積極的に実施する。そして耐震基準・省エネ基準を満たさない住宅は、今後は社会的劣化住宅になることを前提にし、25年先を見据えたリフォーム提案を行っている。
部分断熱を行うことで、低コストで断熱を実施できる。低コスト断熱として、2001年以降の住宅には「壊さず高断熱」を提案。これは壁以外の断熱を行い、断熱等級5等級とするもので、予算は約300万円。また2000年以前の住宅には「ここだけ断熱」と耐震をセットで提案する。水まわりと寝室を断熱して、断熱等級5等級とする。この場合は耐震を含めて、予算は約800万円。あるいは断熱等級4等級を提案し、耐震を含めて予算約500万円とする。なお須川代表によれば、精密診断法を用いると50万円程度で耐震補強ができるとのこと。
「2050年のカーボンニュートラルを達成するために、断熱住宅の普及を促進していきたいです。断熱住宅の普及率50%を目指したいと思います」と須川代表は話す。
深刻化する大工不足の問題
3者による事例紹介のあと、登壇者全員によるディスカッションが行われた。
その中で特に大きな問題とされたのが、大工の不足である。大工は建築において、すべての基本となる職人。リフォームなどの工事を実施したくても、職人がいないと実行できない。大工不足は極めて重大な問題だという。大工として従事している人数は、この40年で3分の1にまで減少している。なかでも10代の大工は、現在全国に約2,000人台しかいない。このままでは近い将来、大工という職業の存在が危ぶまれる状況だ。
事例紹介で登壇した3者も、職人育成のためにさまざまな施策を行っているという。また、そもそも大工になりたいという人が減っている現状もある。松村学長は「大工不足はすぐに解決する問題ではありません。野球やサッカーのように、関心のある子どもを増やしていくような、裾野を伸ばすための地道な草の根運動を、長期間にわたり実施していくしかないと考えています。たとえば子ども向けにDIYのような出張ワークショップを展開するのも、ひとつの手ではないでしょうか」と話す。
住宅の長寿命化リフォームシンポジウムでは、カーボンニュートラル実現に向けての現状や、目標実現にリフォームが有効であることが語られた。
2050年度のカーボンニュートラル、2030年度の温室効果ガスの2013年度比46%削減を達成するため、「空間資源大国」である日本国内にある既存住宅の有効活用が重要となる。省エネリフォーム費用負担の各種軽減策を利用し、積極的にリフォームによるエコハウス実現を考えてみてはいかがだろうか。
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