愛知県田原市の「サーフタウン構想」。サーフィンが人口減少の歯止めとなるか?
愛知県の南東部、渥美半島に位置する田原市は、海に囲まれ豊かな自然に恵まれた地域だ。農業が盛んな地域でもあり、農業産出額は全国で2位、花の産出額は日本一を誇る。
しかし、全国の自治体で人口減少・少子高齢化が問題となっているのと同様に、田原市でも課題となっている。田原市の人口は約5万8000人(2024年現在)。2005年をピークに緩やかに減少を続けており、有効な手立てがなければ2040年までに約4万6000人にまで減少すると予測されている。人口減少の中でも特に若年層の流出に危機意識を持った田原市は、人口減少に対応するために「まちの魅力」を改めて考え直した際に注目したのが「サーフィン」だった。
田原市では、2018年にサーフィンのワールドカップとして知られるISAワールドサーフィンゲームスが開催され、2026年には愛知県で開催されるアジア競技大会のサーフィン会場にもなっている。
田原市が持つこの環境資源を活用し、2016年から取り組んでいるのが「サーフタウン構想」だ。「サーフィンがあなたの日常になる」ことを実現するために、サーフィンを起点とした暮らしやすいまちを整備し、移住・定住を促進しようと取り組んでいる。
立地的にも有利な点がある。田原市が位置する愛知県は日本のちょうど真ん中あたりで、東西のサーフスポットに出かけやすい。さらに、田原の市街地から新幹線の乗り入れがある豊橋駅までは車で約30分と、都市部へのアクセスのよさも強みだ。サーフタウン構想の実情や課題、効果について田原市 企画部企画課の伊藤さんに話を聞いた。
環境整備と地道な活動で、移住歓迎のムードへ
2016年から始まったサーフタウン構想だが、かつてはサーフィンへのイメージがよくなかったという。
伊藤さん「まず地元の人々のサーファーへのイメージがよくありませんでした。同時に環境面での整備もできていなかったので、駐車場がなくサーファーの路上駐車が多い、トイレがなく周辺環境が汚れる、それでますますサーファーへのイメージが悪くなる……という悪循環でした」
そこで、田原市では駐車場やトイレ、シャワーといった環境面の整備に加え、サーファーへのマナー指導を行った。
伊藤さん「地元のサーフショップの方がマナーの周知をしてくれたり、サーフィン協会をはじめとするさまざまな関係者の方々が清掃活動してくれたりしました。こういった方々の地道な努力で地元住民のサーファーへのイメージが改善していき、今では移住者歓迎というムードができてきました」
環境整備に加えて、各種補助金も取りそろえる。移住に際して「家」をどうするかは、一つの大きな問題だ。そこで、新築住宅の購入費用の一部を最大60万円補助する「田原市定住・移住促進奨励金」、39歳以下の新婚世帯を対象に最大60万円補助する「田原市結婚新生活支援事業補助金」などがある。
また、移住前の支援にも力を入れている。「田原市お試し移住支援補助金」では移住前の滞在に対し、宿泊費・レンタカーの費用の一部を支援する。以前まで1回の使用に限られていたが、利用者からの「1回来ただけでは、よくわからない」という声を受けて、年4回までの利用ができるように今年度から改良した。この制度は2022年からはじまり、今までに19人が利用し、4人の移住につながっている。
移住者による「たはら暮らし定住・移住サポーター」
そして、サーフタウン構想の肝となっているのが「たはら暮らし定住・移住サポーター」だ。移住者の先輩が移住を考えている人の相談に乗る制度で、現在は4人のメンバーで構成されている。この制度の誕生は、メンバーの一人である小川さんの存在が大きいようだ。
2008年に田原に移住してきた小川さんは、サーフィンをしながらカフェを営んでいる。カフェだけではなく、水上バイクでの水難救助や子ども向けの授業を行うなど地域に根付いて活動している小川さんのもとに、移住したいという相談者がたくさん訪れていた。
小川さんは親身に相談に乗り、空き家バンクに載っていない物件も紹介してどんどん契約に結び付けていた。そんな小川さんの活動も影響して、移住サポーター制度が始まったという。
小川さんは、もともと大阪の中央卸売市場で1年のうち360日働く生活をしていた。体に不調が出たため仕事を辞め、友人からサーフィンを強く勧められていたこともありハワイへ飛び立った。それからサーフィンの魅力にのめり込み、海外を約20ヶ国まわり、サーフィンをしながら移住先も探してたどり着いたのが田原だったという。日本各地や海外も含めて検討した末に田原を選んだのは「バイブス」だと言う小川さん。
小川さん「人が親切でやさしくて、そして魂が心地よく生活できる感じがあるんです。日々のストレスがないですね」
現在は、保育園だった建物を改装してカフェを営む小川さんだが、この物件も地域のつながりで紹介されたものだったという。田原の魅力についてこう語る。
小川さん「アクセスしやすく、波質は日本でもトップクラスです。さらに駐車場が全部無料で、無料のシャワーもあり、トイレもたくさんあってめちゃくちゃきれいです。こんなに整ったところは全国でもなかなかないですよ。あとは、地元のサーファーがやさしいですね!」
田原市職員とサポーターの連携で移住につながる
田原市では伊藤さんのような職員がまずは一人ひとりの相談に乗り、必要があれば移住サポーターの人々につないで、より深いサポートを実現している。
伊藤さん「一口に『移住したい』といっても段階があるので、みんな同じように対応することはできないんです。なんとなく移住を考えているという程度であれば我々で対応し、いよいよ田原市に移住したいとなれば移住サポーターにつないで、より密接な相談に応じています。移住支援はシステマチックにはいかず、一人ひとりの状況に応じて行うのが大事だと思いますね」
移住サポーターのメンバーは単に移住の先輩というだけではなく、地域の役員や役割を務め、地域に貢献し、地元の人々との信頼関係を築いてきた人々だ。
家を探す際にも、移住サポーターの存在が効いてくる。
田原市でも空き家バンクはあるが、掲載の件数があまり多くないのが課題だという。空き家自体はあるものの、表に出したがらない持ち主も多い。しかし、小川さんのように表に出ていない情報を持っている人が、細かくサポートし、移住につなげている。
伊藤さん「移住を成功させるために、我々市の職員が出るより、直接地域の方々と触れ合ってもらうのがいいなと思っています。私たちはあくまでもつなぎ役。空き家もそうですが、移住サポーターの方々がうまくパイプ役になってくれています。我々もこういった方々にとても助けられているんです」
こうした市職員とサポーターの連携もあり、2022年には新たに13人が田原に移住した。
「海に近い暮らし」を実現する田原市のサーファーズハウス
田原市では、「海に近い暮らし」を望む人が住みたいと思うまちを目指している。
「さらにサーフィンのまちとして打ち出したい」ということで、一定のエリアに25の住居が並ぶ「サーファーズハウス」の販売を開始した。イメージしたのは、アメリカ・カリフォルニアだ。ビーチまで徒歩わずか5分ほどの立地で、サーフィン好き、海好きにはたまらない夢の家だ。
同時に、今後の課題もあるという。
伊藤さん「赤羽根地域はまだ駐車場などの整備が必要な部分もありますが、支援の体制は整ってきたのかなと感じています。今後は他のエリア、半島の先端や市街地エリアでも同じように移住促進に力を入れていきたいと思っています。サポーター制度とまではいかなくても、相談できる人やつながりを強化していきたいと考えているところです」
今回取材してみて、自治体が一人ひとりに寄り添い、ここまで細やかなサポートをしているのかと驚いた。伊藤さんの「移住支援はシステマチックにはできない」という言葉が印象に残る。想いのある市職員と移住者の先輩がタッグを組み、相談者に寄り添うことで移住促進を進めている。サーフィンだけではなく、こんな人々がいるのも田原の魅力ではないだろうか。
公開日:









