今や「全部壊してリノベーション」は現実的でなくなった
リノベーションの現場が変わりつつある。すべての内装、間仕切りなどを撤去、躯体にしてから始める、フルスケルトンが減っているのである。
「20年前に手がけていた物件は古く、ゴミ屋敷もあったほど。ところが、最近、リノベーションの対象となる中古物件の多くはリノベーション済だったり、過去にリノベーションをされているなどで総じてきれい。それを全部壊して捨ててしまうことには違和感があります。そこで、壊さず、捨てずにどこまでできるか、実験してみようということになってスタートしたのがstudyroom#1というプロジェクトです」と住宅部品の供給と職人サービスの提供を行うTOOLBOXの荒川公良さん。
舞台となったのは東京都豊島区雑司ヶ谷にある1967年築(2024年時点で築57年)、地上11階建て、全126戸のRC造のマンションの一室。その部屋は7階にあり、玄関を入ったところに階段、上がった先に住戸があるというメゾネットタイプの2DKだ。階段を上がると住戸の中央にダイニング、リビングがあり、その両端に和室が2室という間取りで、角部屋のため、三面に窓があり、眺望も良い部屋である。
既存の内装は以前の住居者によって部分的にリフォームが行われており、それぞれはまだ使える状態。ただ、床を見ると分かるようにその時々で部分的に修理してきたため、意匠が統一されておらず、ちぐはぐな印象。材として、それほど考えて選ばれてはいなかったようだ。
また、間取り自体は竣工自体から変わっておらず、せっかく3面に窓があるのにその魅力が生かされていなかった。そのため、室内は暗く、特に玄関を開けた時の階段部分の暗さは家の印象を悪くしている。
こうしたマイナス部分を、できるだけ壊さず、捨てずにどこまで変えられるか。図面を書いて始めるのではなく、壊しながら、現場で考えながらつくることにした。コンセプトは「ReMAKE」。解体する手間、その後に新しい下地を再造作する手間を省き、廃棄物量を減らすという試みである。
間取りは変わっていないのに室内は大変貌
できあがった部屋を見に行った。
以前の写真と比べると室内はどこも明るく、開放的。56.5㎡という実際の面積より広く感じられるようになってもいる。I字型だったキッチンはL字型に代わり、ちぐはぐのフローリングの床は白いタイル張りのように見える。新旧の間取り図を見比べるとそれほど大きく変わってはいないが、印象、使い勝手は大きく変わっているのが感じられた。
どこをどう変えたのか。玄関を入ったところから順に説明してもらった。
「既存の間取りでは階段が途中から曲がってダイニングに出るようになっていました。階段の正面に押入れがあったために階段が曲げられていたのですが、それをまっすぐな階段にし、押入れを撤去。押入れが無くなったことでバルコニーからの光が玄関、階段部分に入るようになり、明るくなりました」
階段を上がったところには和室があった。改修では畳を撤去、コンクリートの土間に。これはたぶん、20年前だったらできないこと。今どきなら室内に土間があっても多くの人は不思議に思わないし、仕事部屋などにするならちょうど良いと思うだろう。
土間の窓辺には縁側的なスペースが作られているが、これは旧和室の畳の下地材を再利用したもの。板を重ね貼りして研磨して使っている。
この部屋でもうひとつ、印象的なのは壁。
「既存の壁紙を剥がしたらパテ補修の跡が出てきたのですが、これが民芸調で味わいがある。そこで当初は左官で仕上げるつもりをしていたのですが、そのままで意匠として残すことにしました。また、この壁に合わせて材にケヤキを使うなど住戸全体を和の素材で仕上げにすることにもしました」
天井も見ておこう。コンクリートが現しになっているのだが、一部に木を使った下がり天井が作られている。これはもう1室の和室の天井を切り取ったもので、配線、照明などを隠すという意図もある。ちなみに切り取られた部屋の天井は折上天井になっており、材は捨てることなく使われている。
システムキッチンを半分に切断、L字型に配置
続いてリビングダイニングへ。以前のキッチンはI字型で壁から壁の間にぴったり収まっており、冷蔵庫スペースがなかった。ただ、キッチン自体はまだまだ使える状態だった。そこでキッチンを半分に切断。間に収納部を挟んでL字型に配置。壁との間に冷蔵庫スペースも作った。比べてみると使い勝手は一目瞭然だろう。
「システムキッチンは箱を横に並べてその上に天板を置いて作られているので、切ってしまえば配置は自由にできます。コンロは既存をそのまま使い、天板は磨いただけ、扉はシートを貼っただけ。取手だけは交換、既存のものは捨てました」
一見タイル貼りに見える床は既存のフローリングをリメイクしたもの。
「よくやるのは上から新しい材を貼る、増貼りというやり方ですが、これをやると床が厚くなるため、扉の下を切るなどの調整が必要になります。そこで今回は床に溝を彫り、不要な溝をパテで埋めた後に摩擦と傷に強い水性塗料で塗装することでタイル貼りに見えるように加工しました」
リビングでは隣接する元和室との間仕切りの壁が面白い。
「壊さないと言いながらも閉塞感があるので壁を抜いてみようと手を入れてみたところ、軸組が思っていたより丁寧に作られていてきれい。そこでこれを生かしたほうが良いだろうとケヤキ材の板を渡してディスプレイウォールとしました」
この壁がなくても強度としては問題ないため、撤去することも、大きな窓にすることも、逆に壊して新しい壁を建てることもできたが、古いものをアクセントとして残したかったそうだ。
「壁だけで考えた場合、壊して新しく作り直してほうが早いし、安くつきます。一方、壁を壊すとなると天井、床に穴が開くため、天井、床を貼り直すことになります。壁をなくすことで手を入れる範囲が広がってしまうわけで、壁をどうするかは費用に大きく影響します」
解体は最小限に抑え、下地はそのままで活用
キッチンの奥にあった和室は畳を撤去、下地そのままで使うことにした。一般には和室はフローリングを貼って洋室にすることが多いが、それをするためには既存下地を壊して固い下地に替えるなどの手間がかかり、お金もかかる。
天井の一部を切り取って折上天井にしたのは前述した通り。これによって頭上に開放感が生まれ、和室の印象が現代的に。また、壁面には新たに収納が作られているが、その扉となっているのは階段前の和室にあった障子を持ってきたもの。内部は作り込まず、仕切れるだけの収納である。
収納部と反対側、トイレや浴室などのある側の壁の半分には板張りのヘッドボードが作られ、残り半分の壁の上部にはエアコンが埋め込まれている。新旧の図面で比べてみると、この部分は背後にある水回りが和室内に食い込んで作られている。これは水回りの配置を変えたため。
既存の水回りは内部に洗面台のある小さなユニットバスで、独立した洗面所はなく、洗濯機置き場はバルコニー。洗濯機置き場を住戸内に持ってくるために浴室をシャワーブースに替えてスペースを作り、和室を少し削ってはみ出す形で洗面所を作ったのである。その際、給排水管を和室内に設置したため、それを隠す意味でベッドボードが作られた。
その分、和室は既存のものより少し狭くなったが、その分、これまで設置ができなかったエアコンが付くことになり、生活の質としてはアップした。
水回りではコスト、労力がかかるコンクリートブロック壁の解体を最小限に抑えた点が大きな工夫。隣室にはみ出す洗面所部分の壁だけの解体で済ませており、改装後の洗面所は壁のコンクリートが剥き出しの荒々しさが魅力的な空間になっている。
スクラップ&ビルドの考え方を拡張、室内も対象に
各所に実験的な試みが散りばめられたリノベーションだったわけだが、コスト的には一般的なフルリノベでかつかつの材料でやったのと同じくらいのコストになった。
「施工期間は2023年11月~2024年2月。解体、廃棄物の処分、下地の再造作は全体コストの2割くらいを占めるので、その分は安くなっていますが、ケヤキの板の棚、テーブル、左官を入れてタイル貼りにした水回りなど材料、手間に贅沢をしたので最終的な費用はかつかつの材料でのフルリノベと同額くらいにに。また、やってみたことでいろいろ分かったこと、考えたことなどがあります」
そのひとつとして材が良くなっているという点が挙げられる。たとえば床。「10年前の塗料であれば剥げる可能性があり、使うのに躊躇したはず」と荒川さん。でも、今なら安心して使える。また、シャワーヘッドにはイタリア製を作ったが、昔はとても高額な品だったとも。良い材が安く使えようになり、空間の質を上げられるようになったのである。
スクラップ&ビルドという考え方を拡張する必要もある。
「これまで建物に対してのスクラップ&ビルドには疑問を投げかけてきましたが、一方で内装は当たり前のようにスクラップ&ビルドしていました。今後リノベ済物件が流通するようになると自分たちの暮らし、好みに合わない部屋、部分だけをリノベーションするような形になっていくはず。となると『壊すことを前提にどこを残すかを考える』ではなく、『残すことを前提にどこを捨てるか』を考えることになります。壊して白く塗ればなんとかなる時代ではなくなるのです」
遊び心のある仕事はやりがい、面白さに繋がる
完成後の現場を見学した同社の立ち上げ時のメンバーの一人で建築家、建築評論家でもある馬場正尊さんの、「今回のプロジェクトは合理性ではなく、遊戯性で動いているね」という指摘にも発見があった。
既存の階段手すりをわざわざ残してそこに板を渡すなど、この部屋には作った人たちの遊びがあちこちに散りばめられている。手すり自体は外れるもので、合理的に考えれば外して板を渡したほうが楽。
だが、階段だった場所の歴史を残す、効率よりも面白さを優先する、そんな考えから手すりは残された。そうした部分をもって馬場さんは「遊んでいるね」と評したわけだが、今の時代、それはプラスである。
「遊びの部分を一緒に楽しみ、選んでくれるお客さんがいます。考え方に余裕がある人が増えたということでしょうか。また、一緒にやってくれた職人たちも楽しんで作ってくれたと思います」
世の中では職人不足が言われるが、それは仕事の中身の問題でもあるのではないかと荒川さん。ある程度稼げる、でも誰でもできる、スキル、ノウハウが評価されない仕事ばかりだったらつまらないからやらない、辞めるということもあるのでは?というのだ。
「普通の現場では職人に意見を聞くことはないかもしれませんが、ここでは意見をたくさん聞き、頼りにしまくりです。やったことのない作業も多く、面倒はあってつくるのが好きな人であれば面白かったはず。手間暇をかけていい材を使ってモノをつくるのは楽しい。手を動かし、モノをつくるのが好きだから職人になった人達が収入はあるけれど、やりがいのない生かさず、殺さずの仕事ばかりで辞めたくなる気持ちは理解できます」
最後に今回の物件について。実験的なリノベーションだったため、住戸は同社で購入、試行錯誤しながら手を入れた。いずれは売却ということになるだろうが、そのあたりは現時点では未定。
また、今回のようなリノベーションを依頼したいと考える人もいるかもしれないが、それも今の時点ではまだ難しい。作業しながらその場でどうするかを決めるやり方のため、あらかじめ、こういう部屋になりますと言えないからだ。今回は軸組がきちんとしていたから写真のような仕上がりになったが、どの物件もそうとは言えないと考えると、その難しさがお分かりいただけるだろう。
だが、今回のプロジェクトで得た知見は今後、さまざまな形で生かされていくはず。リノベーションが一般的になって久しいが、こうした実験が次の世代のリノベーションに繋がっていくと考えるとわくわくする。
*今回のプロジェクトの詳細については同社ホームページでも紹介されている。興味のある方はぜひ。
https://www.r-toolbox.jp/stories/editorsboard/series/3171/
公開日:

























