若者がまちづくりに参加する新城市の「若者議会」
人口約4万人、緑豊かな山林に恵まれた愛知県新城市には、日本全国でも先進的な「若者によるまちづくりの取り組み」がある。1,000万円の予算提案権があり、日本で初めて条例として定められたのが、新城市の「若者議会」だ。
愛知県の東部に位置する新城市は、平成17年(2005年)、いわゆる「平成の大合併」により3市町村が合併して現在の新城市が誕生した。しかし、そこから約20年、市の人口減少には歯止めがかからず、現在では当時から約1万人も人口が減っている。
そんな新城市では、「市民自治」を掲げ、市民が自らまちづくりに参加してもらう取り組みに力を入れており、その一つがこの「若者議会」だ。市内在住・在学・在勤のおおむね16歳から29歳の若者20人と市外委員5人から成り立ち、その他メンター市民や事務局など大人たちのサポートも加わり運営されている。
約1年かけて地域をよりよくするためのアイデアを練り、11月に市長に答申(とうしん)し、市議会で承認されると提案が採用されるというスケジュールだ。
2015年に始まった若者議会は、今年で第10期を迎える。新城市の取り組みをきっかけに、日本全国で若者議会は広まったが、1,000万円規模の予算がつくことは珍しい。なぜ新城市ではこのような取り組みができたのか、そのきっかけや参加している若者の変化などについて、新城市役所・市民協働部市民自治推進課の加瀬川雄貴さんに話を聞いた。
きっかけとなった国際会議「ニューキャッスル・アライアンス」
若者議会ができたのは「ニューキャッスル・アライアンス」という国際的な取り組みがきっかけだった。「新城」を英語にすると「ニューキャッスル」。そこで1998年に同じ名前を持つ世界中のまちに呼びかけ、つながりをつくった。最初は大人だけでの会議だったが、途中から若者にも間口を開いた。
2012年に新城市からイギリスに若者を派遣。そこに集まってきた世界中の若者と議論する中で、新城の若者は衝撃を受けたとともに悔しい思いをしたようだと加瀬川さんは教えてくれた。
「主にヨーロッパには、若者議会があちこちにありました。そんな海外の若者はそれぞれまちに対する思いがあったり、まちの紹介もうまくできたりしているのに、自分たちは全然うまくできなくて悔しい思いをして帰ってきたようなんです。そこで、参加した人たちで『自分たちでもまちについて考える場を作ろう』と自主的にボランティア団体を立ち上げました」
この若者たちの動きに、当時の穂積市長が刺激を受けた。もともと「若者が活躍するまち」に強い思い入れのあった穂積元市長は、マニュフェストに「若者が活躍するまち」を掲げ、2014年に若者政策ワーキング、そして2015年には若者条例と若者議会条例という2つの条例を作り、若者議会を立ち上げた。
若者議会には提案事業費として上限1,000万円の予算がつくだけではなく、1回ごとの会議にも報酬が出る。若者から「報酬なんていらない」という声が上がったこともあったが、穂積元市長は以下のように答えたという。
「市が報酬を支払うというのは、そのために費やされた時間に対する対価であるとともに、その人が市のために提案をしてくれる提案・企画・意見はすべて知的財産です。それを市の、公共のために役立ててもらうために委員会に参加していただき、対価としての報酬を払うのは当たり前のことです」
若者は「税金を使って事業を行う」となると責任感が増すだろう。新城市がこれほど先進的な取り組みを実現しているのは、穂積元市長の「若者によるまちづくり」への強い思いからなのかもしれない。
若者議会への参加をきっかけに、地元への愛着心が深くなる
現在、新城市役所で若者議会の事務局を務める加瀬川さんも、実は若者議会の経験者だ。
新城市出身で、大学進学をきっかけに名古屋市の隣・長久手市に住んでいた加瀬川さんは「海外に行きたい」という思いから、高校生海外派遣(ニューキャッスル・アライアンス会議とは別の取り組み)でアライアンス加盟都市の1つ、スイス・ヌシャテルを訪問。そこで市職員とのつながりが生まれ、若者議会に誘われた。そして大学1年生のとき、長久手市から通う形で参加することにした。
「若者議会に参加する前は、地元に対してそこまで強い思い入れがあるわけでもありませんでした。でも、若者議会に参加してみて、今まで知らなかった新城市の魅力に気づいたり、そもそも若者議会という取り組み自体が先進的ですごいと感じたんです。もともと名古屋の一般企業に就職しようと考えていましたが、地元に恩返しできる仕事がしたいと思い、帰ってくることにしました」
若者議会をきっかけに進路が変わった人は、結構いるようだ。加瀬川さんと同じように市役所に入庁した人や、大学の進路を変更した人もいる。
現在の第10期メンバーである柏木さん(大学1年生)もその1人だ。
「もともと理数系で、大学も当然そちらの方向に進むだろうと思っていました。しかし、高校2年生のときから若者議会に参加し、さまざまな年代の人と協力してまちのことを考え、政策をつくっていく過程で、まちづくりにどんどん興味が出てきて。それで、地域政策が学べる大学に進学しました」
柏木さんは「若者議会に参加することで、自分のやりたいことが見つかる人もいると思う」と語る。普段の学校生活だけでは関わることのなかったさまざまな年代の人たちと関わり、個人的なことも相談できる関係になっていくのが大きいという。
若者議会に参加することは、地域への愛着が深まるだけではなく、若者の自己理解を深める場としての役割も果たしているだろう。
若者議会に参加した人の変化と図書館リノベーション
例年、若者議会の参加者は高校生が大多数を占める。高校生がまちの政策を議論し合うのはハードルが高いようにも感じられるが、若者議会ではみんなが意見を言いやすいよう「話し合いのルール」を設けている。
・相手を否定しない
・自分だけ話さない
・聞き上手になろう
・思ったことは言ってみよう
・楽しく、気軽に
現在高校2年生の菅沼さんは「最初はまったく発言できなかった」という。
「人前で話すことが本当にダメでした……。メンターや事務局の大人の人たちが話を振ってくれたときにやっと話せるという感じだったんです。でも、そうやってみんなが話せるように配慮してくれる人たちがいて、1年たった今は人前で話すことが怖くなくなりました」
菅沼さんのように最初はなかなか自分から発言できない人も多いというが、周りのサポートもあり、会議が進むにつれどんどん積極的になっていくという。
メンターや事務局だけではなく、市役所の観光課や農業課など、それぞれのアイデアに対して市の職員と意見交換する場も設けられる。こうしてブラッシュアップされたアイデアは、11月に市長に答申されるのだ。
若者のアイデアから実現された事業の一つに「図書館のリノベーション」がある。「テスト期間に勉強するスペースが足りない」という意見をもとに、利用者の少なかった郷土資料室をリノベーションした。机を並べ、勉強しやすいような照明に変えるだけではなく、床を絨毯からフローリングにして飲み物可の空間にした(こぼしてもサッと拭けるため)。
現在の第10期若者議会のメンバーである菅沼さんと柏木さんは、若者議会に参加したことでの変化を次のように語る。
菅沼さん「先に参加していた兄に誘われて、入る前は何をしているのか全然わかっていませんでした。でも、若者議会に参加したことで、今までよく知らなかった地域のことを知ることができて、新城市に愛着が湧きました。人前で話すことにも慣れて、今後の大学受験や面接でも役立ちそうです」
柏木さん「自分の気持ちをなかなかうまく言葉にできず、人に伝えられなかったのが、若者議会を通して言語化がうまくできるようになったと思います。あとはやっぱり、自分たちのアイデアが実現したときはうれしかったですね。新城市の観光PR動画ができたときは感動しました!」
若者議会の課題とこれから
若者議会は、若者自らがまちづくりを行うことで地域に新しい発想を取り入れ活性化させるという効果はもちろんだが、若者への教育的側面も大きいだろう。
しかし、担当者の加瀬川さんは、若者議会の難しい点についても言及する。
「若者議会に参加することで自己成長につながる人たちを見てきて、若者への教育的側面が大きいことを感じています。しかし、市の税金を使っている以上、やはり一定の効果やクオリティは求められます。この部分のバランスは難しいですね」
ちょうど第10期を迎えた若者議会。節目となる年に挑戦したいこともあるという。
「今後の若者政策をどうしていきたいか、今までの運営などの見直しと、改善できることはないか、改めて考えたいと思います。いつも若者議会の中でテーマごとのチームに分かれるのですが、その一つとして取り組んでいきたいですね」
新城市には大学がなく、大学進学をきっかけに地元を離れてしまう若者が多い。しかし、若者議会をきっかけに改めて地元の魅力に気づき、愛着を持って地元に貢献する人が増えている。新城市に限らず、人口減少社会に突入している日本において、若者自らがまちづくりを考えることは、地域の活性化につながる大きな意味を持っているのではないだろうか。
取材協力:新城市役所
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