愛知県瀬戸市、商店街の空き家再生から生まれた「瀬戸くらし研究所」
現在、地方商店街のシャッター街化・空き家の増加が問題となっている。「瀬戸焼」で有名な愛知県瀬戸市に位置するせと末広町商店街も、多くの課題を抱えていた。
「老朽化した空き家が多い」「商店街店主の高齢化」「飲食店が少ない」
地域の人々から寄せられたこうした課題に対して、2023年4月にオープンしたのが、複合まちづくり拠点「瀬戸くらし研究所」だ。もともと長年地域で愛されてきた高級洋品店「ヴィーナス」が入っていた建物で、2階建て、床面積150坪以上もある広大な空き店舗を全面改装して誕生した。
瀬戸くらし研究所は、「“ツクリテ”のチャレンジを応援する複合施設」をコンセプトに、フードホール、シェアキッチン、コワーキングスペース、レンタルスペースなどを備え、地域の人々が利用し交流できるイベントも開催している。
運営するのは、株式会社きんつぎ。代表取締役の野々垣賢人さんが運営の大半を担っている。
「瀬戸には瀬戸焼だけではなく、飲食やアートなどのものづくりをしている“ツクリテ”さんがたくさんいます。こういう人たちのはじめの一歩を応援しつつ、地域が持続するような仕掛けづくりをしていきたいんです」
瀬戸くらし研究所は、野々垣さんの積み重ねてきた経験から誕生した部分も大きい。詳しくお話を聞いた。
徒歩15分圏内の「微地域」から街を変えていく
瀬戸市の隣・尾張旭市出身の野々垣さんは、設計事務所勤務の後、東京にある「創造系不動産株式会社」で働いた。「不動産と建築の間には壁がある」ことに問題意識を持ち、壁を取り払い、それぞれの専門家がタッグを組んでお客様に貢献できるよう取り組んでいる会社だ。
野々垣さんは創造系不動産で空き家発掘調査にも携わり、不動産や建築の技術的な面だけでは解決できない空き家問題の複雑さにも直面した。そして、一つの建物を再生するだけではなく、地域とのつながりも重要であることも感じた。
「古い街並みを残したいと思っても、使う人がいなければ朽ちてしまいます。空き家には新築にはない魅力があり、活用したい。けれど、一つの建物が変わるだけでは、地域は変わらないんです。地域と建物が持続する仕組みをつくりたいと思いました。私自身、おもしろい地域に根ざして仕事をしていきたいと思っていたのですが、瀬戸は歴史ある古い建物や商店街が残り、窯業が盛んで豊かな自然も近くにある、伸びしろしかない街だと感じました」
しかし、「街づくり」といえばスケールの大きな話だ。一つの会社でできることにも限界がある。
そこで、野々垣さんは徒歩15分の範囲を「微地域」と呼んで「まずは身近な人が顔を合わせる範囲から地域を変えていこう」と、かつての設計事務所の上司である中渡瀬さんと一緒に株式会社きんつぎを立ち上げた。実際に「瀬戸くらし研究所」も、商店街が培ってきた文化や歴史、人々のニーズを吸い上げ、その場所に求められる場づくりを試行錯誤で進めている。
対話を重ねることで、商店街の空き店舗と巡り合う
野々垣さんは、もともと「商店街に拠点を構えたい」と考えていた。建物を出てすぐ屋根がある、車が入ってこない、理事会という自治もある、という商店街はこれだけで一つの街のようなもの。野々垣さんが掲げる「微地域」というコンセプトにも合っていると感じていた。
しかし、いきなり商店街の物件を借りるのは難しかった。シャッターは閉じていても貸し出していない、地域とのつながりがないと話すら入ってこない、などの現状があった。
そこで、きんつぎはまず瀬戸市内にあるビルをリノベーションしてスタート。地域で活動していくうちに、徐々に情報が入ってくるようになり、縁あって今の物件と出会うことができた。
「空き家ってさまざまな問題が複雑に絡んでいるんですね。今回の物件もオーナーさんは、本当は手放したいと思っているものの、荷物が手つかずで残っていて片づけることもできない、だから貸せない、管理し続けるにも広すぎる、といった困り事が対話を重ねていくうちにわかったんです。そこで、荷物もすべて引き取ることにして、今回の話が進みました」
空き家は単純な貸し借りとはいかない。どんな問題や困りごとがあるのか、ときに建物単位ではなく地域とも絡み合ってくる。野々垣さんはしっかりと対話を積み重ねることで、オーナーさんの困り事を聞き、解決できる道を切り開いていった。
誰もが小さく挑戦しやすい「瀬戸くらし研究所」のシェア空間
念願の商店街で物件を見つけたものの、歴史のある大きな建物。「計画段階から多くの人に関わってもらうことで、建物が長く愛されるきっかけをつくりたい」と思った野々垣さん。
大きな建物の改修で資金も足りていなかったこともあり、クラウドファンディングに挑戦することにし、単に資金を集めるだけではなく「地域の人と一緒につくっていく」仕掛けも用意した。この建物をどうやって活用していくか、地域の人と話し合うワークショップを開催し、計6回、約100人の人が参加した。
「会社として『地域が持続する仕組みを創る』という理念はあったものの、この建物で具体的に何をするかというのは漠然としていました。そこで地域の皆さんに『瀬戸と商店街の資源・課題ってなんだろう?』ということを聞くことから始めたんです」
そこで出てきたのが「飲食店が少ない」という食へのニーズだった。さらに、瀬戸には趣味のレベルを超えたセミプロのような、飲食の“ツクリテ”さんが多くいることがわかった。
自分で店舗を借りて店を始めるのはハードルが高い。けれど、地域にはこんなにもレベルの高いツクリテさんたちがいる。そこで、ツクリテさんたちが小さく挑戦できる場として「シェアキッチン」をつくることにした。
クラファンでは目標金額を超え680万円を集めることに成功。瀬戸市の補助金も利用したが、それでも資金が足りない。そこできんつぎの二人は動画サイトを見ながら、慣れない大工工事を自ら行い、場をつくっていった。
失敗しながらも、「持続する地域づくり」を目指して奮闘中
瀬戸くらし研究所の1階には5つの飲食ブースを設置。2024年3月現在は常設の飲食店が2軒入り、徐々に常連さんでにぎわうようになってきた。
ただ、野々垣さんは不動産のプロではあるものの、シェアキッチンや施設運営は初めての経験で、うまくいかないこともあるという。
「以前は時間貸しでやっていたんですが、それだとお客さんも定着せず、なかなかうまくいかないと感じました。そこで、今は曜日固定で貸し出すことにして、事業計画を一緒に作っているところです。ちょうど4月から1軒スタートする予定です」
野々垣さんは単なる「場所貸し」ではなく、開業支援や審査も行っている。定期的に出店相談会を開き、シェアキッチンでやってみたい事業に対する壁打ちも行うなど、新たな事業に挑戦したいオーナーにとって心強い存在だろう。
また、2階にあるシェアオフィスも、事業を小さく始めたい人が挑戦しやすい場所だ。全7ブース中4つが埋まっていて、コワーキングスペースの利用者も徐々に増えてきた。
「まだまだ課題もあります。今はそれぞれのつながりが弱いと感じていて、場だけを提供するのならば、カフェに行ってパソコン打ってるのと変わらないですよね。『仕事に集中できる』というのは機能面だけの価値なので、コミュニティがセットでないといけないと感じています」
そこで、最近ではトークイベントや部活動を始めた。普段の利用者はもちろん、一般の人も参加できるオープンな場だ。
「たとえば1階の飲食店の人が2階で働いているデザイナーにチラシ作りを頼んだり、2階で仕事を終えた人が1階で飲んで交流したり。機能面だけじゃなくて、そういう情緒的な豊かさもつくっていけたらいいなと思っています」
シェアキッチンの周知にも課題を感じている野々垣さんは、動画での発信も積極的に行っていきたいと話す。不動産の仕事もしながら、場の運営やSNSの動画作りに至るまで仕事は多岐にわたる。今後はさらに人流を呼び込めるよう、地域の企業と連携し、商店街への導線をつくるための二次交通の整備も検討していくという。
「瀬戸くらし研究所の運営は、不動産の契約書を作るよりはるかに複雑ですよ」と野々垣さんは笑う。
場を提供するだけでなく、人がつながるきっかけをつくり、新たな価値が生まれる有機的なコミュニティを醸成していくことは、一筋縄ではいかない事業に違いない。しかし、こうした地域資源を生かした街づくりによって、地域の歴史や文化、独自の魅力が受け継がれていくことに期待したい。
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