高齢者ケアとコミュニティスペースの役割を担う「暮らり」

かつて城下町として栄えた広島県三原市に、築約120年の古民家を改装したデイサービスがある。
経営するのは、同市出身で理学療法士の橋本康太さんだ。もともとは診療所だった建物をリノベーションし、1階はデイサービス「くらすば」として、2階はデザイナー事務所とオープンスペースとして開いている。
高齢者向けのケアを提供しながらも、地域住民が交わり合うコミュニティスペースとしての役割も担っているのだ。このユニークな場所の名を、橋本さんは「暮らり」とした。

人口減少、高齢化、空き家の増加が進む街の片隅で、“暮らしのリノベーション”を起こしたい、との思いを込めた橋本さんが目指す、暮らしと街の風景とは?

橋本康太さん。「暮らり」1階のデイサービス「くらすば」にて。橋本康太さん。「暮らり」1階のデイサービス「くらすば」にて。

理学療法士として働く中で気がついた「身体機能は暮らしの一部」

「暮らり」外観。1階左手に見える階段がデイサービス「くらすば」の入り口。2階へは、右の扉から上がることができる。「暮らり」外観。1階左手に見える階段がデイサービス「くらすば」の入り口。2階へは、右の扉から上がることができる。

橋本さんは三原市に生まれ育った。
理学療法士の資格取得後は、隣町の福山市にある介護施設や病院で働いた。ところが、勤務する中で従来のケアのあり方に疑問を感じ始め、同市で水道事業を続けてきた父親が引退するという話も出てきた。父親が育ててきた会社を畳むのは「もったいない」という思いがあり、「これまで感じてきた課題を解決する場を、自分でつくればいいのでは」と考えるようになった。

自分に何ができるだろうか。改めて考えてみたところ、やはり大学卒業後から携わってきたケアの領域だと考えた。理学療法士の主な仕事は、病気や事故などで障害を負った人の身体機能の回復と生活動作の改善を手助けする専門職だ。だが、既存のリハビリには行き詰まりを感じていた。

「リハビリの語源はラテン語の『リ・ハビリス』で、再び取り戻すという意味があります。当初、僕はリハビリをすれば人の身体は良くなる、と考えていました。しかし、現実の介護の現場に入ってみると、単純な身体機能の改善が劇的に起こるわけではないと気がついたんです」

高齢者は若年者と比較して、そもそもの身体機能が低下している状態だ。そのためリハビリによって改善したとしても、その上がり幅はどうしても小さいという。橋本さんは「理学療法士の役割ってなんだろう」と悩み、考えた。

「高齢者や難病患者は、残念ながらその機能が完全に戻ることはめったにありません。リハビリでは低下した機能をできる限り改善しようとしますが、その考えだけでいいのか、と思ったんですね。身体機能は、暮らしを構成する要素のごく一部です。ならば、身体だけにフォーカスするのではなく、その人の暮らしをよくするためにはどうしたらいいのだろう、とより広い視点で考えるようになりました」

それが「暮らり」……暮らしのリノベーションだ。

「仮にそれまでの身体機能が回復しなかったとしても、人との関わり合いや適切なサービスによって、その現状も《可能性》に変えていけるのではないか、と思いました」

木造の古民家を改修し「一日いても遊べそう」な自然と身体が動く場をつくる

橋本さんが取り組もうと思ったのは、従来型ではない高齢者ケアだった。
一般的なデイサービスでは、集団体操やレクリエーションが用意されている。橋本さんからみると、これは集団に個人が合わせていくプログラムだった。プログラム自体に関心がない人や病気が進行しついていけない人にとっては苦痛ではないかと思った。

そのため、最初からプログラムは用意せず、暮らしの延長線上でスタッフも交えて一緒に作業ができる場にしようと考えたという。例えば料理、庭掃除、工作、掃除だ。「自然とコミュニケーションが生まれ、自然と身体が動くケアを目指したいなと思いました」
その拠点に、診療所兼民家として使われていた旧坂田内科医院を選んだ。

木造の古民家を改修し「一日いても遊べそう」な自然と身体が動く場をつくる

その理由を橋本さんはこう語る。
「建物自体が面白いなと思ったんです。もともと階段が2カ所にあって、ぐるぐる周回できるようになっていました。こんなに木を使った建物は、これから建てようと思ってもなかなか難しいですよね。中庭も蔵もあって、一日いても遊べそうだな、と」

三原市は人口減少や高齢化が進む一方で、中心地はかつて城下町として栄えただけあって、戦前の趣ある建築物が多く残されている。空き家も多く、橋本さんも空き家バンクを通して何軒か検討し、その中から選んだそうだ。

理学療法士として勤めながら、休日は工事に通った。柱や壁の塗装はワークショップの形にして地域の人を巻き込み、およそ2年かけて準備を整えた。橋本さんは2022年4月に独立し、翌5月に「暮らり」をオープンさせた。

リノベーションの過程でこだわったポイントは、「病院や介護施設っぽくしないこと」だ。例えばどんなところだろうか。

木造の古民家を改修し「一日いても遊べそう」な自然と身体が動く場をつくる塗装ワークショップの様子。橋本さん提供

「介護施設っぽさ」をつくり上げているものを壊し、利用者のための空間へ

「施設を利用することに抵抗がある人もいますよね。そんな人が『ここなら行ってもいいかな』と思ってもらえる場所にしたいな、と思いました。そのために『行きたくない』と思わせている既存のあり方を壊したいな、と思って」

「暮らり」の内装を考えるにあたり、設備関連のモデルルームに足を運んだ時のことだ。身障者用のトイレに入った時、直感的に「病院っぽい」と感じた。手すりの色や質感、洗面台の形状や色、さらには照明のデザインや画一的な椅子の形まで、あらゆるものが積み重なって「病院や介護施設っぽさ」を作り上げていると気がついた。

「設計をする時って、『線を引く』視点だと思うんです。ここには何の機能をつけて、あそこにはあの機能、と。運営側からしても管理がしやすいとは思うんですが、利用者の目線で考えたらどうでしょうか。真っ白な壁や照明ではリラックスができないと思います」

温かな雰囲気の室内では、スタッフと利用者がなごやかに談笑していた温かな雰囲気の室内では、スタッフと利用者がなごやかに談笑していた

ケアを提供する場所が、管理者目線で設計されている。橋本さんはこの点に疑問を投げかける。
「だから、照明はあたたかい中間色を選びましたし、建物のそのままの良さをできるだけ活かしました」

例えば、中庭はもともとあった木や石材をそのまま残している。利用者が普段過ごす部屋の大きな窓からはしなやかな松の木が見え、外を眺めながらゆったり過ごせそうだ。
もちろん、トイレなどは利用者の身体的な事情を考えた設計をしている。だが、「ここで過ごす人の居心地をよくすることを目標にしました。でないと、多様な人が入ってこられないですよね」と橋本さんは話す。取材に訪れたのは、とある秋の日の昼過ぎ。利用者は落ち着いた室内で椅子に腰かけ、談笑していた。今は1日あたり最大17人が利用している。

デイサービスでありながら、地域の人たちが交流する拠点を目指している点もユニークだ。しかし、ここには難しさもあったという。「多様な人がまじわればいい、と簡単に言いますが、やっぱりなかなか難しかったですね」

温かな雰囲気の室内では、スタッフと利用者がなごやかに談笑していた

「閉じながら開く」。粘り強く街にコミュニケーションの機会をつくる

「暮らり」では、塗装のワークショップをはじめ定期的に八百屋を開くなど、地域とのつながりを積極的につくる努力をしてきた。学生とボランティアが交流し、よく遊びに来た親子の間で「ママがおばあちゃんになったら暮らりにつれて行かなくちゃ」という会話が生まれるなど、ハブとしての機能も果たしてきた。
だが、「やはり、利用者さんや訪れる方の居心地や安全を守りながら外に開くというのは、スタッフ側も負担が大きい。認知症の方などコミュニケーションが難しいケースもあって、『開く』ことの難しさも実感しました」と橋本さんは言う。しかし、「閉じながら開く」ことの可能性は感じている。

「暮らり」の2階には、20代の女性3人が仕事をするデザイナー事務所「パンパカンパニ」が入り、利用者やスタッフとの交流は常にあるという。2階はオープンスペースとしての利用も可能で、学生が一日限定のカフェを開くなど地域に開けた場となっている。1階奥の離れは、「公民館のように使ってもらえたら」と、基本は無料で貸し出している。

「暮らり」2階に入るデザイナー事務所の「パンパカンパニ」「暮らり」2階に入るデザイナー事務所の「パンパカンパニ」
「暮らり」2階。建物の良さはそのまま活かした「暮らり」2階。建物の良さはそのまま活かした

また、「暮らり」の隣にある空き家も新たに借りた。訪問介護サービスの事務所としながら、1階は地域の人とコミュニケーションが生まれるような場所にできないか模索中だ。

理学療法士という仕事をしながら、どうして橋本さんは地域での交流が生まれるような取り組みにも力を入れているのだろうか。

「『助けて』と言える人をたくさんつくりたい、というのが出発点にあります。地域でも、孤立していたり仕事が忙しかったりで、横のつながりが失われています。例えばスーパーだと買い物をするという機能は担えるけれど、お惣菜屋さんに行けばそこで会話が生まれるわけですよね。そういう関係性はきっと健康のためにも必要なので、しっかり作っていきたいです。それが、暮らしのレジリエンスを生むのではないでしょうか」

レジリエンス。回復力やしなやかさを意味する言葉だ。この街で生きていくための粘り強さにつながることを期待している。

空き家の活用に関心があるように見受けられるのも、「もったいない」と思うからだ。空き家が多ければ、それだけコミュニケーションをする機会が失われている、と捉えている。
 
「僕自身のビジョンとしては、まずは自分が自立する。そしてビジネスを成長させて、今は1%しか社会に貢献できていなかったとしても、少しずつその量を増やして、10年後には10%になっていたらいいな、と。そんな気持ちでやっています」

既存のあり方を疑い、壊し、新たに作りあげていく。もっと視野を広く、もっと価値を遠くへと届けようとする橋本さんの仕事は、介護サービスの領域に留まらない。この街に生きるすべての人の暮らしを解きほぐしてくれそうな予感が、「暮らり」にはある。

「暮らり」公式ホームページ
https://kurari.jp/about/

橋本康太さんX(旧Twitter)
https://twitter.com/hashimoto721

「暮らり」2階に入るデザイナー事務所の「パンパカンパニ」リノベーションされた「暮らり」は古い建物を生かした落ち着いた空間がある

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