映画のロケ地やテレビ番組の撮影舞台になるごみ処理施設

広島県の県庁所在地で、人口およそ120万人を抱える政令指定都市である広島市。その広島市には、ごみ処理施設のイメージとはかけ離れた美しいデザインで注目される施設がある。それが、広島市中区南吉島にある「広島市環境局 中(なか)工場(以下、中工場)」だ。

中工場の自由に立ち入りができるエリアには、見学に訪れ写真撮影をする人が多い。小学校等の見学希望も多数だという。さらに2021年に公開され話題となった映画『ドライブ・マイ・カー』のロケ地となり、戦隊ヒーロー『王様戦隊 キングオージャー』の下絵撮影が行われた。ごみ処理施設としては異例だ。またメディアの取材も多数行われている。

広島市環境局中工場の外観広島市環境局中工場の外観
広島市環境局中工場の外観3本の煙突がカバーで囲われている。煙などは一切出ておらず、クリーンな工場であることがわかる
広島市環境局中工場 惣本清隆 次長広島市環境局中工場 惣本清隆 次長

話を聞いたのは、広島市環境局中工場の惣本 清隆(そうもと きよたか)次長。惣本さんは「中工場は、市内に3ヶ所あるごみ処理施設のひとつです。もともと中工場は、現在の駐車場のところにありました。老朽化に伴って現在のところに新しく中工場を建てることとなり、2004年に完成しました」と話す。

なお中工場は、敷地面積が約50,200m2、地上7階・地下1階建てという規模だ。面積は、Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島とほぼ同じだという。ごみの処理だけでなく、処理の過程で発生する蒸気を利用して発電し、施設の電力として利用。残りの電力を電力会社に販売している。また温水をつくって、隣接するプールへ温水の供給も行う。

広島市環境局中工場の外観中工場の目の前は広島湾

ごみ処理施設をネガティブな施設から市民に親しまれる場所に生まれ変わらせる

「広島市では1995年より、『ひろしま2045:平和と創造のまち』というプロジェクトが進行していました。2045年を目標に、優れたデザインの社会資本を整備していくものです。建設にあたり、海沿いにあって海の玄関口ともいえる立地に建つ中工場も、このプロジェクトの対象となりました」と惣本さん。

「新しい中工場を建てるプロジェクトにあたり、設計を建築家・谷口 吉生(たにぐち よしお)先生にお願いしました。谷口先生は、東京都江戸川区にある葛西臨海公園のように水辺空間を生かし、周辺環境と調和したデザインに優れている方です。また中工場が計画地の地形を生かし、清掃工場のイメージアップに繋がる施設になることを期待し、谷口先生にお願いすることになりました。そして谷口先生に快諾していただき、いまの中工場のデザインが生まれたのです」と語る。

谷口 吉生氏は、水や海をテーマにした建築デザインで実績のある建築家。東京都江戸川区の葛西臨海公園にある水族園やレストハウスのほか、愛知県の豊田市美術館などのデザインを手がけたことで知られる。

広島市環境局中工場 敷地案内板広島市環境局中工場 敷地案内板
広島市環境局中工場 敷地案内板広島市環境局中工場 施設配置図

惣本さんによると「ごみ処理施設は、どうしても良いイメージをもたれません。臭い、汚い、うるさいなどといったネガティブなイメージをもつ人もいました。しかし実際は臭いや騒音などの対策はしっかり行われており、クリーンな施設なんです。ごみ処理施設は、市民の生活に必須のもの。だからこそごみ処理施設のネガティブなイメージを払拭し、"市民に親しまれる場所"にしたかったのが当時建設に携わった方々の思いでした」。

「テーマに沿ったデザインにするといっても、あくまでも中工場はごみ処理施設。ごみ処理施設としての機能は、維持したままなのが大前提です。そのためごみ処理施設の技術者と谷口先生のあいだで幾度も話し合いが行われ、デザインやレイアウトの調整が何度もされるなど、試行錯誤があったと聞いています」と惣本さん。

広島市環境局中工場 敷地案内板エコリアムの展望デッキを下側から見たところ
広島市環境局中工場 敷地案内板エコアシスから見る広島湾

見どころは大迫力の吹抜け通路「エコリアム」と海辺の公園「エコアシス」

中工場の見どころについて惣本さんは、次のように語る。「一番の見どころは、エコリアムです。エコリアムとは、エコロジーとアトリウム(広場)の造語。エコリアムは中工場の建物を南北に貫くように設置された、左右がガラス張りの歩行者通路です。エコリアムの左右には、実際のごみ処理施設の設備があり、ガラス越しに迫力ある姿を見られるのが大きなポイントですね」

エコリアムは2階にあり、足を踏み入れると通路の左右のガラス越しに巨大な設備が立ち並ぶ。まるで未来都市のようなSF感あふれる雰囲気だ。そして海に向かって工場内を真っ直ぐと延びる通路は、開放感がある。なんとエコリアムは、結婚式の前撮りに利用される方も多いそうだ。さらにバス会社等によるバスツアーの目的地のひとつとして、エコリアムが組み込まれていることもあるという。

エコリアムの途中には、インフォメーションコーナーやクイズコーナーを設置。さらに通路の横には、木が植えられている。「木が育つということは、空気がきれいだということ。中工場はごみ処理施設としての機能も、しっかりとしているというアピールですね」と惣本さん。

なおエコリアムは9時〜16時半のあいだで、無料で自由に立ち入りができる。

エコリアムの様子エコリアムの様子
エコリアムの様子エコリアムから見るごみ処理設備のガス吸収塔

エコリアムを通り抜けると展望デッキに出る。デッキの目の前には、一面に広島湾が広がっており、見はらしが抜群だ。「晴れた日の夕方には、美しい景観が楽しめます」と惣本さん。

また地上部分の海沿いには芝生の公園「エコアシス」が整備され、市民の憩いの場となっている。エコアシスは、24時間無料で立ち入りが可能だ。惣本さんは「釣りを楽しむ方もおられます。ごみ処理施設で釣りをするというのは、ごみ処理施設のイメージが変わった証拠かなと感じていますね」と話す。

「谷口吉生先生が中工場を設計する過程で、先生が気がついたことがあったんです。平和記念公園を設計した丹下健三先生は、原爆ドームから真っ直ぐ軸線を引き、そこに平和記念資料館を設計していました。その軸線をさらに吉島通りに沿って南へ延ばすと、中工場の敷地に突き当たるのです。これでは、丹下先生が描いた軸線を断ち切ってしまいます。丹下先生の描いた軸線を断ち切ることはできないので、谷口先生はなんとか軸線を中工場を突き抜けて海まで繋げなければいけないという思いでした」

「そこで谷口先生が考えたのが、吉島通りから続く形で中工場を貫き、海へと通じる通路でした。それがエコリアムです。平和記念公園を手がけた丹下健三先生は、谷口先生の師にあたります。エコリアムは、谷口先生の師への思いが形になったものといえるのではないでしょうか」と惣本さんは語る。

エコリアムの様子エコリアム最端部にある展望デッキ
エコリアムの様子エコアシスの様子

工場見学は希望者が殺到するほどの人気

中工場は一般のごみ処理施設同様に、工場内見学もできる。見学は事前予約が必須で、見学の所要時間は約1時間だ。「見学は市内の小学生が多いですが、残りは一般の方です。また、ほかの自治体の方が参考にするために視察に来ることも多いですね。おかげさまで数ヶ月先まで、毎日見学の予約でいっぱいです」と惣本さん。

ごみ処理の設備の中でも、一番の目玉となるのがごみピットだろう。広大なピット内には、大量のごみが溜まっている。そして2台の巨大なクレーンが稼働する。ごみピットの大きさは、幅44m・奥行16m・深さ15m。4階建てのビルの高さとほぼ同じだ。最大で4,200トンのごみを溜められるという。

ごみピットの様子ごみピットの様子
ごみピットの様子ごみピットのクレーン

クレーンは、一度に約9トンのごみをつかめるという。惣本さんによると「クレーンは自動ではなく、人の手によって操縦されています。クレーン操作は、単にごみをすくって焼却炉へ投入するだけではないからです。ごみの中には燃えやすいごみ、燃えにくいごみがあります。これらを撹拌(かくはん)して、均一にする作業もクレーンで行うのです。これは、人が目視で判断しながら作業する必要があります」。

またごみピット内の臭い空気は吸気口から取り込まれ、焼却炉内に吹きこむことにより、臭い対策と同時に燃焼効率を高めている。

ごみピットの様子ごみピットのクレーン操縦風景
ごみピットの様子中央制御室

注目される施設だからこそごみ問題について発信していく

惣本さんは、中工場に対する思いを次のように語る。「ごみ処理施設は、市民の生活に直結する大切なインフラのひとつです。デザインで注目される中工場ですが、まずインフラ施設として責任をもって安定的に運営することが一番大切と考えています。それと同時に、ごみ問題について触れ、考えてもらえるよう発信することも重要です。これは、デザイン面などで注目されることの多い中工場ならではの役割だと感じています」

中工場のように、多くの人が積極的に足を運ぶごみ処理施設は、ほかにあまりない。メディアの取材や撮影地としての利用も多い。多くの人が注目し、訪れるからこそ、伝えられることがあるのだという。

「私は中工場に携わるようになり、ごみ問題・環境問題は時間をかけて対策していくものだと感じています。見学に来られた小学校の先生の中には、小学校時代に自分も見学に来たという先生もいます。環境問題は時間がかかる問題だからこそ、このように世代を超えて足を運んでもらえる施設として、中工場をより魅力的なスポットとして発信していきたいですね」と惣本さんは今後の展望を話す。

吉島通りから見た中工場とエコリアム吉島通りから見た中工場とエコリアム
吉島通りから見た中工場とエコリアムエコリアムから見た吉島通り

ごみ問題の解決のためには、ひとりひとりが意識して行動することが求められる。中工場は優れたデザインで話題になり、人が見学に訪れるごみ処理施設だ。中工場を訪れ見学することが、ごみ問題について考えるきっかけになることを期待したい。

取材協力:広島市 環境局 中工場
広島市 環境局 中工場 公式サイト:https://www.city.hiroshima.lg.jp/soshiki/93/

吉島通りから見た中工場とエコリアムエコリアムを上階から見下ろす
吉島通りから見た中工場とエコリアム展望デッキ側から見たエコリアム

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