水に恵まれた日本は水害の多い国でもある
雨は恵みの水でもあるが、記録的な大雨が降ると、川が氾濫して大きな災害につながる。水に恵まれた日本では、たびたび水害が起きており、過去には飢饉をも引き起こした。
1947年の利根川・荒川堤防の決壊では30万戸の家屋が浸水し、死者が1,000人も出ている。近代になっても、2015年の関東・東北豪雨では鬼怒川の堤防が決壊し、5,000戸以上の住宅に被害があった。そして2023年6月に線状降水帯による大雨をもたらした台風3号は、各地に浸水被害を引き起こした。
海に囲まれ、川の流れる豊かな水に恵まれた国の日本は、水害の国でもある。だから日本人は、昔から水との付き合い方に知恵を絞ってきたのだ。
夏になると水難事故のニュースも増える。
海の離岸流も怖ろしく、流されると事故につながるが、川遊びの最中に溺れる事故が多いようだ。川の流れは複雑なうえ、真水なので浮力が弱く、さらに水温が低い。そして川底は急に深くなることがあるので、事故につながりやすい。観光客でにぎわう川でも、毎年のように水難事故が発生する川もある。
たとえば奈良県吉野町の宮滝は、地元の人間が「水流が複雑で水温がとても低い。子どもの頃からあそこでは泳ぐなといわれた」という危険な川なのだが、川遊びの観光客が飛び込んで溺れる事故が頻発する。奈良県の発表によれば、2001年から2010年の10年間で、32件の水難事故が発生し、10名もの人が亡くなっているのだが、その事実が「肝試しスポット」として人の集まる原因となっている節もある。少し下流に行けば、流れが穏やかで川底も浅くなるので、安全を確保しながら涼をとりたいものだ。
このように水に恵まれながらも水害の多い日本だが、日本の各地には水難除けの神社がある。
全国にある水難除けの霊験で知られる「水天宮」
水難除けの霊験で知られるのは、全国にある水天宮だろう。
水天宮の総本宮は福岡県久留米市にある水天宮で、祭神は天之御中主神・安徳天皇・高倉平中宮・二位の尼の四柱だ。
安徳天皇は壇ノ浦の戦いで祖母にあたる二位の尼と一緒に入水したとされる。このシーンは平家物語でも山場の一つだから、ドラマなどで知っている人も多いだろう。二位の尼が、まだ6歳という幼い安徳天皇に「極楽浄土へ参りましょう」と語りかけ、三種の神器の一つである天叢雲剣を抱いて飛び込んだと語られる。
平家物語は安徳天皇について、「主上今年は八歳にならせ給へども、御としの程よりはるかにねびさせ給ひて、御かたちうつくしく、あたりもてりかかやくばかりなり」と、年齢の割にはしっかりしており、輝くばかりに美しい帝と褒めたたえている。
可愛らしく賢く幼い帝が、何もよくわからないまま祖母に伴われて壇ノ浦に沈んだ悲劇は、多くの人の心を打ったのだろう。全国の水天宮に、安徳天皇とその母である高倉平中宮、祖母である二位の尼が祀られた。
総本宮で毎年8月5・6・7日に催行される夏の大祭では、安徳天皇入水の折に、源平両軍の兵士が船べりを叩きその死を悼んだ故事に由来する「水天宮船太古」が奉奏される。
水天宮のお守りは、水難除けはもとより、子授け・安産の霊験があるというから、川遊びが好きな方は、最寄りの水天宮を探してお守りを授かってはいかがだろう。
旧暦の12月1日「川浸り朔日(ついたち)」は、水神を祀るしきたり
旧暦の12月1日を「川浸り朔日(ついたち)」といい、水神を祀るしきたりがあった。
江戸時代に日常生活に役立つ知識をまとめた『重宝記』には、川浸り朔日に餅を河の水に浸して水神に祭ると、瘧(おこり:マラリアのこと)をわずらわない。これは水の恩に報いるための祭りで、子どもに川浸りの餅を食べさせると水難を免れる、とある。
全国的に、この日には川の水にお尻を濡らして潔斎したり、川浸り餅と呼ばれる小豆餅や小豆団子を作って川に流したり、川辺に供えたりするしきたりがあり、川でころんだり、河童に引かれたりしないためのまじないであるという。川浸り餅は、馬にも食べさせて、安全を祈願した。
なぜ冬の寒いころに水難除けのまじないをするのか不思議だが、日本では、古来、半年ごとに祭事が行われていた。たとえば6月30日の夏越の日と12月31日の大晦日は、ともに先祖迎えの日であり、夏越の日には大晦日と同じような区切りの意味があったらしい。6月初旬には水神祭が各地で催行されるから、それに対応する12月1日にも水神に祈る祭が行われるのだろう。
6月の水神祭は、たとえば、水の神として有名な奈良の丹生川上神社中社では毎年4日に開催され、水力発電や水道事業の関係企業や、全国の崇敬者が集まる。
夏の水神祭では、河童の好物とされるきゅうりが供えられることも多いが、ただの水難除けではない場合もある。疫病が流行する時期と重なるため、疫病除けの祇園祭などと習合するものも多かったようだ。また、梅雨の時期でもあり、洪水除けの意味も含まれる。
水難除けのおまじないや風習
兵庫県では、鳥が鳴きだす前に起きて、茄子の漬物を食べると水に溺れないという言い伝えがあるほか、近畿や中国地方では、餅や団子などを、膝、鼻先、頬など身体のどこかに塗りつけていたらしい。これが川に溺れないまじないという。
江戸時代の南町奉行、根岸鎮衛が残した雑話集の『耳袋』「川狩の難を遁るゝ歌の事」では、河童除けの古歌が紹介されている。河童が出て恐ろしいという人に、半左衛門という人物が「ひょうすべに飼い置きせしをわするゝな川立ちおとこうじはすがわら」という古歌を書いて渡したところ、それ以降は河童が来てもすぐに逃げ帰るようになったという。「ひょうすべ」とは河童のことだが、「すがわら」とはなんのことか、根岸鎮衛にもわからなかったようだ。
『重宝記』には、水に向かって指で「土」の字を書くと海や川の水難がないとある。江戸時代の呪詛法を集めた『新撰咒咀調法記大全』には、「筆でも指でも良いので、『土』の字を書くとよい。朱で書いたのを持てばなお無難である」とあるから、朱色のインクで「土」と書いた紙を持ち、泳ぐ前に川や海に向かって指で「土」と書けば、二重のおまじないになるかもしれない。
観光客の多い島ならば、大型の船が定期的に航行していることが多いが、観光の島ではない場合、島民が本土と島を行き来するのに使う漁船と変わらない大きさの船で渡るしかない場合もある。内海や瀬戸内の海ならば揺れもさほどではないが、外海へ出る船はジェットコースターも目ではないほど揺れることもあるから、この夏、船での旅行を予定している人は、念のため、船旅の安全のまじないをしてはいかがだろう。
『新撰咒咀調法記大全』には、水難除けの「十字の秘術」が掲載されている。(海川舟橋を渡る時)「龍」の字を書いて持つと水難の憂いはないとのことなので、半紙などに「龍」と書いて持つと良いだろう。書道を学んでいる人ならば毛筆がベターだろうが、筆ペンでも問題はなさそうだ。
少し不思議なのは『重宝記永代鏡』の「舟に乗るのを忌む日」や『諸民必用懐中咒咀調法記』の次の記述だ。船に乗るときの注意として「乗るとき小便をして泡が立たない時は必ず難があるので舟に乗ってはならず、疑ってはならない」とあるのだが、現代医学では尿が泡立つのは、タンパクが含まれているときや糖が含まれているとき、細菌が感染しているときなどでむしろ健康が懸念される。もしかすると、勢いのない(元気のない)ときは乗ってはいけない、ということなのかもしれない。
水害にあわないためには、お守りやおまじないもあるが、まずは危険を回避するのが最も重要だ。過去の水難事故を調べたり、気象情報などを確認し、注意して水遊びをしてほしい。
■参考
三省堂『年中行事事典』田中 宣一・宮田 登編 2012年10月発行
勉誠出版『江戸庶民のまじない集覧』長友千代治著 2020年10月発行
勉誠出版『江戸時代生活文化事典ー重宝記が伝える江戸の智恵』長友千代治著 2018年2月発行
平凡社『耳袋』 鈴木 棠三編 2000年6月発行
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